ウォーター

第百十六部

 


「それで、どうした言って言ってるの?もう会わなくてもいいって?」

「いいえ、会いたいそうです。とっても」

「え?会いたい?いいの?由美ちゃん、それで・・・・」

「宏一さん、一枝ちゃんは日曜日に宏一さんの部屋から飛び出してすぐに私に全部話してくれました。自分は怖がりだから、何かあるとすぐに相手を傷つけてしまうって。今日会えたら宏一さんに謝るって言ってましたけど、本当にごめんなさいって」

「ごめんなさいって言っても、由美ちゃんだって本当はいやなんでしょ?俺が一枝ちゃんに会うのが」

「・・・・・・・・・・・」

「だったら、そんなに無理しなくたっていいじゃないの。このまま一枝ちゃんに会わなければそれで良いんだから」

「宏一さん・・・やっぱり・・・・一枝ちゃんに会ってあげて・・・」

「由美ちゃん・・・・」

「良いんです。一枝ちゃんは私の大切な友達。昨日は一枝ちゃんが何度も『ごめんね、ゆん』って言ってました。一枝ちゃん、最初は『もう会えなくなっちゃった』って寂しそうに言ったんです。それで話を聞いたら・・・そういうことだったって」

「だって、由美ちゃんが嫌なのに・・・」

「宏一さん、もしこのままになったら、私、一枝ちゃんの顔を見るたびに後悔すると思うんです。あの時力になってあげればよかったのにって」

「そうか・・・・それで、一枝ちゃんはどうするって?これは、一枝ちゃんの気持ちが一番大切だと思うんだ。本人の気持ちが中途半端だからこういうことになったんだろ?」

「一枝ちゃん、今度は本当に謝るって。そして、もう一回宏一さんにお願いしてみるって言ってました」

「由美ちゃん、今度は大丈夫そう?」

「はい、たぶん、一枝ちゃんは気持ちを決めたみたい」

「いいの?それで・・・」

「はい、私もお願いします。一枝ちゃんを大切にしてあげてください」

「そう・・・・・由美ちゃん?」

「はい?」

「由美ちゃんは苦労性だね」

由美はふっと笑ったようだった。

「一枝ちゃんにも言われたことがあります。ゆんは苦労ぱっかりするって」

「でも、由美ちゃんのそういうところは大好きだよ」

「宏一さん、嬉しい。そう言ってもらえると。私、とっても嬉しい」

「わかった。それじゃ、ちょっと遅くなるかもしれないけど、先に行って待ってるように言ってくれる?必ず行くからって」

「はい」

「それじゃ、由美ちゃんとは明日会えるね」

「はい、宏一さん」

「それじゃ、明日」

宏一は電話を切ると、入ったばかりの店を出て、再び地下鉄を乗り継いでマンションに向かった。

部屋には一枝がぽつんと座っていた。宏一が入るとあわてて立ち上がり、

「宏一さん、ごめんなさい」

と思いっきり頭を下げた。その表情は怖がっている感じは全くなく、しっかりと気持ちを決めた感じがした。

「良いよ。由美ちゃんから話は聞いたから」

そう言って部屋の奥にいる一枝の近くに行って座ろうとしたが、

「ちょっと待って」

と一枝は宏一を部屋の入り口に押しとどめた。

「どうしたの?」

「最初に言っておきたいことがあるの」

「なあに?近くに座ってからじゃだめ?」

「そうなると、私また、嫌がるかもしれないから」

「大丈夫だよ」

「だめ、ちょっと待って」

そう言うと、一枝は頭の中で何度も繰り返した言葉を宏一に伝え始めた。

「宏一さん、私、怖がりだから、宏一さんが優しくしてくれるのに勝手に嫌がって・・・ごめんなさい。私、本当は楽しみにしていたの」

一枝はもう一度深々と頭を下げた。

「うん、わかってるよ」

「私、怖いとすぐに逃げるの。だから・・・・決めてきたの」

「ん?」

一枝は深呼吸すると、思い切って言った。本当ははっきりとした声で伝える予定だったが、その声はか細い、小さな声だった。

「今日は遅くなってもいいの。だから・・・・・・・・・・私をゆんみたいに・・・・あの・・・・・私を・・・・大人にして・・・・・抱いて・・・」

一枝は顔を真っ赤にして言った。それを聞いた宏一は、目の前の一枝が可愛らしく思えてきた。そして、できることなら一枝が喜ぶように手助けしてやりたいと思うようになっていった。それまでは、どちらかというと由美の事が気になっており、一枝の方は余り真剣に考えていなかった。しかし今、目の前にいる一枝は宏一の手助けを求めている。

「一枝ちゃん、大丈夫。安心して。優しく教えてあげるから。もう、そばに行ってもいい?」

「まだ、もうちょっとだけ待って」

一枝は宏一をまだそばに近寄らせなかった。宏一が少し不満そうな表情をしたのがわかったらしく、

「私、このままじゃまた逃げるかもしれないから」

と言うと、ゆっくりと両手を胸元に持って行き、制服のリボンを解き始めた。

「一枝ちゃん!」

「待って、すぐに終わるから」

そう言うと、リボンを解き、さらに制服に手をかけた。しかし、さすがに手が止まってしまう。もう、一枝が何をしようとしているのか、宏一にははっきりわかった。

「そこまでしなくても・・・」

「直ぐだから」

一枝は思い切ってジッパーを下げた。しかし、その後が続かない。本当は一気に服を脱ぐつもりだった。一気に服を脱いでから宏一の腕の中に飛び込む、それくらい簡単なはずだった。自分では簡単にできると思っていたのだ。しかしなかなか手が動かない。意識の中で宏一の視線を感じているので、どうしても手が止まってしまうのだ。しかし、この先に行かなければ自分はいつまでたっても同じところをぐるぐる回っているだけだ。その間に由美はどんどん先へと行ってしまう。そう思った一枝は、既に自分の知らない世界へ入っていった由美を追いかけるためにジッパーを下げた。

ジーッっと小さな音がして、胸から下の布地が二つに分かれた。宏一は無理に止めようとはせずに、好きにさせることにした。もちろん、可愛らしい少女が自分で服を脱ぐところなど滅多に見られるものではないので、正直な気持ちとしてはそれを見たいという思いも強かった。二つに分かれたジッパーの向こうには、まだよく分からないがブラジャーがジッパーの間から少しだけ見えている。一枝はさらに一番下の繋がっていた部分を二つに分け、上半身を宏一に見せた。

宏一が思っていたよりもスリムな身体が現れた。胸は可愛らしいブルーとピンクのストライプが入ったブラジャーに包まれている。胸の膨らみはどちらかというと小さめの由美よりも一回り大きく、綺麗な形をしていた。一枝はそのまま制服をゆっくり脱ぐと、スカートに手を掛け、ジッパーと金具を外すといきなりすとんと落とした。本当は一枝の場合、スカートは落とさず手で持ったまま足を抜いて脱ぐ。しかし、宏一の前でかがむ姿勢を取る余裕はなく、とりあえず脱ぐことだけしか考えられなかったのでそうするしかなかった。ブラジャーとお揃いなのか、斜めのストライプが少しだけ入った薄いピンクのパンツが現れた。一枝の腰回りは由美よりも少しだけ子供っぽい、丸みを帯びたラインをしていた。服を脱いだ一枝は、更にもう一枚脱ごうとしているようだった。何かに追い立てられているような感じがする。宏一が何も言わないのに、

「待って、今、脱ぐから。直ぐだから」

と言うと、思い切って手を後ろに回して止め具に手をかけた。いつもなら簡単に外せる留め具が、宏一の視線が胸の膨らみに突き刺さっているような気がして背中がどうしても少し丸まってしまい、いつもみたいに簡単に外せない。

それでもどうにか留め具を外したが、そこまでだった。乳房をきっちり覆っていたカップが緩んだ途端、あわてて両手でカップを押さえてしまう。そうなると、後は恥ずかしさだけが一枝を包み込み、そのまま後ろを向いてしまった。

宏一にはきれいな背中を向けているのだが、その背中にも視線が感じられるようで、どうしようもなくなってしまった。

一枝は目的を達成すると、次に何をして良いのか分からずに困ってしまった。それまでは脱ぐことだけを考えており、服を脱げば後は全て巧くいくと思っていた。しかし、まだ宏一はじっと一枝を見ているだけだ。もっと一枝が脱ぐと思っているのかもしれない。一枝にとってはこれが限界を超えた一杯いっぱいの表現なのだが、つきあいの浅い宏一にそんなことが分かるはずもない。

宏一は余程後ろを向こうかと思っていたのだが、それでは無理してがんばっている一枝に失礼な気がして、視線をそらすことができなかった。

「一枝ちゃん、そっちに行っても良い?」

宏一はできるだけ優しい口調で一枝に声を掛けた。一瞬ぴくっとした一枝は後ろを向いたまま小さく頷く。その背中には細いバックストラップがかかっているだけだが、かすかに震えているように見えた。宏一が一歩歩き出すと、さっきよりも大きく一枝が反応し、更に小さく身体を丸めた。

宏一はこれ以上無理だと思った。この状態で一枝を抱いても、緊張と怖さで感じるどころではないだろうから、じっと耐えている一枝を無理矢理裸にしなくてはいけない。それは宏一の世界ではなかった。

「一枝ちゃん、お願いがあるんだけど、良いかな?」

宏一は立ったまま上半身を丸めている一枝に声を掛けた。一枝は仕方ない、と言った感じでゆっくりと頷いた。一枝は宏一が直ぐにベッドに寝かせようとしているのだと思っていたのだ。

「ごめんね一枝ちゃん。見せてくれた一枝ちゃんはとっても可愛らしいんだけど、もう一回服を着てくれないかな?一枝ちゃんの気持ちは分かったから、とりあえず普通に話をしたいんだ。ダメかな?」

一枝はどうして宏一がそんなことを言うのか分からなかったが、これ以上この格好でいるのは恥ずかしいし怖かったので、諦めたように制服に手を通してからスカートを履いた。

「それだけの勇気があれば、俺の横に座るくらい大丈夫だろ?」

そう言って宏一は一枝をベッドの方に誘うと自然に宏一の横に座らせた。一枝にしても、服を着ているのだからベッドに座るのくらいは大丈夫だ。それがいやで宏一の手をふりほどいて飛び出していった自分が嘘のようだった。

「一枝ちゃん、ありがとう。がんぱったね」

「うん・・・」

「恥ずかしかった?」

「うん・・・でも・・・」

「でも、どうしたの?」

「ううん、全部できなかったなって」

「そんなに急がなくてもいいじゃない。大丈夫だよ」

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