ウォーター

第百四十七部

 


宏一はガウンに着替えて恵美を待っていたが、さすがに直ぐと言ってもしばらく時間がかかった。

恵美はシャワーを浴びながら、これから先のことが少し怖くなった。『本当に良いの?後で後悔しない?宏一さんは一回だけのつもりかもよ?ううん、単なる遊びだけかも?このまま本気になったらどうするの?また捨てられたらどうするの?』いろんな想いが心の中に渦巻く。しかし、敢えて恵美はその気持ちを無視してシャワーを浴びた。それよりも今は欲しいものがあるのだ。迷っていても仕方がない。幸い、シャワーブースは広くて充実しており、気持ち良くシャワーを浴びることができた。

宏一は部屋を敢えて薄暗くして恵美を待っていた。恵美もガウン姿で出てくると、

「髪を乾かすのに時間がかかっちゃって」

と言って宏一の隣に座った。シャワーを浴びたせいか、恵美は先程よりも少し落ち着いて見える。

「俺、汗臭いかな?俺もシャワー浴びようか?」

と言うと、素早くシャワーを浴びた。さすがに宏一も時間を空けたくなかったので、出てくるまでにほんの3分ほどしかかからなかった。

恵美はベッドには入らず、静かにベッドの縁に座って窓の外を見ている。心の中にまだ葛藤があるのかも知れない。

宏一は恵美の隣に座って小さな身体をそっと抱き寄せると、

「恵美さんをそっと抱いていたいんだ」

と言って優しくキスをすると、ゆっくり恵美をベッドに横たえた。さすがにもう恵美は大人しく身体を預けてくる。そして何度かキスをしながら優しくガウンを脱がしていった。もう恵美はガウンの下に何も付けていなかった。恵美はガウンを脱がされても今度は全く嫌がらない。宏一も素早くガウンを脱ぐと、恵美を抱きしめた。改めて小柄なのが実感として良く分かる。恵美は洋恵よりもまだ小柄だった。

恵美は生まれたままの姿になって宏一と肌が触れあうと、宏一の胸に抱かれて髪を優しく撫でられている自分に『この優しさが欲しかったんだわ。宏一さんに許して良かった』と思った。もしあのまま直ぐに押し倒されて激しく求められたら、きっと恵美は途中で泣き出していたかも知れない。それほど今の恵美は無防備で傷付きやすい気持ちをそのままさらけ出していた。

「夜景が綺麗なの」

「うん、とっても綺麗だよね」

「宏一さんがシャワーを浴びている間、ずっと見てたの」

「そんな風に夜景を見る事って普通、無いものね」

「そう、特にこんな時間にホテルの部屋からなんて」

「後悔してるの?」

「ううん、そんなこと無い。でも、いろんな事が凄いスピードで起こったから、ちょっとびっくりしただけ」

恵美は宏一の腕枕で抱き寄せられ、素肌で寄り添っても安心している自分に安堵した。

「俺だってそうだよ。こんなことになるなんて思わなかったから」

「そうなの?でもこの部屋。スィートでしょ?」

「だって、食事の時に恵美さんに『泊まるの?』って聞かれて『そうだね』って答えたけど、実はその時はまだ何にも予約なんかしてなくて、恵美さんが席を立ってから慌てて予約したんだ。だからこの部屋しか空いてなくて」

「そうか、私が席を外した間に予約したんだ。そんなことしなくても良かったのに」

「俺もどうしようかと思ったんだよ。だって、ここに恵美さんが来るかどうかも分からなかったし、電話でスィートしかないって言われた時には咄嗟にOKしたけど、こんな部屋だなんて思わなかったよ。このスィートに一人で泊まるには広すぎるから、思い切って恵美さんにアタックしたんだ」

「それなら、カクテルバーに行かないで直ぐにここに連れてくれば良かったのに・・・・・。あ、でも、それならきっと断ってたかな?たぶん」

恵美は宏一の腕の中で身体を微妙に寄せながら肌の触れ合いを楽しんでいた。

「そう思った。恵美さんだっていきなり誘われたらきっと嫌がったと思うよ。俺も無理があると思ったもの」

腕枕をしている宏一の左手の指が恵美の肩口で遊んでいる。

「そうね。きっとあのバーで過ごした時間があったから付いてきたんだわ」

「そうかも知れないね」

「それじゃ、わざと駅からここまで歩いたのも、いきなり連れ込んだって言うのをごまかすため?」

恵美は宏一の股間のものが大きくなっていることに気が付いた。

「う〜ん、そう言われると困っちゃうけど、俺だって心の準備は必要だったし、恵美さんと歩いてみたかったのは事実だよ」

宏一は話が勝手に弾んでしまい、恵美を愛するタイミングが計れなくて困っていた。どう見てもこの話の途中で愛し始めるのには無理がある。

「そうね。ホテルに入った時は何の違和感もなかったもの」

「それと、誓って言うけど、ラウンジがあると思ってたんだ。本当だよ。ラウンジを口実に部屋に連れてくるつもりなんて無かったんだから」

「分かってる。それを知ってたのはたぶん私の方。前にこのホテルで食事をしたことがあるもの。でも、言わなかったの。その方が良いと思って」

恵美はここから離れた横浜一の超高層ビルの中のホテルに泊まったことはあったが、ここに泊まったことはなかった。もちろん、価格も全然違うのでこの部屋の雰囲気とは比べものにならない。

「ここに泊まったことは?」

宏一は恵美が誰とここで食事をしたのか聞くまでもないと思った。宏一の中に今すぐに恵美を愛したいという欲望が急速に湧き上がってきた。

「無いわ。そんなこと聞かないで」

恵美も今ここで宏一に抱かれていると言うことを確かめたくなった。

「ごめん」

恵美の乳房が宏一の胸に優しく触れていてとても気持ち良い。宏一は恵美を抱き寄せ、右手で優しく恵美の背中とその周りをゆっくりと愛撫し始めた。ただ、恵美は裸になったのに直ぐに何もしてこない宏一の気持ちを図りかねた。恵美は宏一に身体を寄せると、

「ねぇ、どうして私たち、こんなところでこんな格好で反省会やってるの?」

と言った。ここで一気に会話を打ち切ってお互いが望んでいることを始めたかったのだ。

「・・・・・・たぶん・・・まだお互いをよく知らないのにこうなってるから、その理由を探ってるんだと思うよ。自分が納得できる理由を」

「そうね。・・・そうかも・・・。宏一さんて何でも知ってるのね」

恵美のその言葉の中には少しだけ嫌みが混じっていた。まだ平然と会話を続ける宏一への当てつけみたいなものだ。恵美は宏一の愛撫に自分の身体が反応し始めたことに気づいた。ゆっくりと快感が身体の中に広がっていく。もしかしたら自分から先に我慢できなくなるかも知れないと思った。

「ねぇ、恵美さん」

「なあに?」

「恵美さんて、『とっても綺麗だね。美しいね』って言われると嬉しい?」

「もちろん嬉しいけど・・・」

「けど?」

「う〜ん、でもぉ『それだけ?』って思う部分もあるの」

「そうだろ?俺だって同じ。『何でも知ってる』って言われると、同じ事を思っちゃうよ。俺は単なる知識のデータベースじゃないんだから」

「怒った?」

「まさか。恵美さんに言われて怒るわけ無いでしょ?」

「良かった。宏一さんとこうしていると、とっても安心できるの。本当よ。だから部屋まで来たんだもの。そうじゃなければ絶対にあんなこと言わないわ」

恵美の身体の中で小さな炎が灯り始めた。甘い感覚が少しずつ身体の中を満たしていく。しかし、今はそれさえも心地良かった。只、宏一がまだ会話を続けるつもりなのが少しだけ腹立たしかった。

「恵美さんは自信家だから、きっと部屋を見るだけ見てさっさと帰っちゃうと思ってたよ。でも、それでも良いって思ってた。一瞬でも二人で居ればこの部屋を予約した甲斐があるから」

「私ってそう見えるの?」

「うん、自信家に見えるよ」

「そうかしら?そんなこと無いのに」

「そうだね。今はそんな感じ、全然しないよ」

「どんな感じなの?」

「正直に言うね。とっても繊細で傷付きやすい感じ。まだどこかで迷ってるって言うか、怖がってるって言うか・・・・」

「そうかも知れないわ・・・・」

「違ってたらごめんね」

「ううん、そんなこと、優しく言って貰ったこと、あんまり無いから。嬉しいのよ」

「よかった」

恵美はそろそろ待ちくたびれていた。少しだけ怒っても居た。全てを脱がせてから自分の身体に宏一が意欲をなくしたのかとも思った。そこで思いきって言った。

「ねぇ、もし私がこのまま帰るって言ったらどうします?」

「それは仕方ないよ。俺はやるだけのことは全部したんだもの。それでも恵美さんの心に届かないんなら納得するしかないよ。例え今、恵美さんが裸で腕の中にいてもね」

宏一のその言葉は恵美の心の中に優しく響いた。勝手に腹を立てていた自分が恥ずかしかった。宏一はこの段階でも恵美の気持ちを大切に考えて自分の欲望を抑えてくれているのだ。その気持ちが嬉しかった分、逆に恵美は宏一に抱いて欲しくなった。

「だからこうやっていても安心できるんだわ。ねぇ、それと、さっき言ったことで一つだけ間違ってることがあるの」

「教えてくれる?」

「最後の部分」

「『まだどこかで迷ってる』って言ったこと?」

「そう。だって、さっきから宏一さんが私にしていること、分かってる?」

「うん、くすぐったい?」

「そんなこと無いの。もう、最後の最後に知らん顔するんだから」

恵美はそう言うと宏一の方に身体を被せ、首に手を回してキスをせがんできた。もうこれ以上の言葉は必要なかった。やっとお互いに言葉を使う必要が無くなった。たっぷりと情熱的な唇と舌が絡み合う。宏一の指が乳房と脇の逆目をなぞると恵美は、

「ああんっ、私ばっかりこんなことさせてぇ、ああん、あうぅん・・」

と声を上げた。実は宏一と話をしている間、恵美の身体はどんどん燃え上がっていた。宏一の声を聞いて安心すればするほど感じるようになっていた。宏一の手が背中を優しく撫で回すだけでとても気持ち良い。

「あぁぁぁ、私、初デートの日でこんなことになるなんて初めてなの。自分でも驚いてるの。でも、あうぅああんっ、私の方からこんなになるなんて、アンアンッ、知らない顔してその気にさせてぇっ、ああん、宏一さんの意地悪ぅッ」

宏一はそれでもまだ愛撫を続けていた。たっぷりと焦らしてから一気に愛するのが宏一のやり方だ。しかし、恵美には堪ったものではなかった。既に乳房も秘部も焦れったくて堪らなくなっている。

「宏一さん、まだ私を焦らすの?」

「だって恵美さんはまだそれほど感じてないよ」

「そうなの?私が?ああんっ、ねえ、こんなことばっかりされたら私・・・」

「それじゃ、こうしてあげる」

宏一はそう言うと、恵美を仰向けにして乳房の周りから少しずつ指と唇を這わせ始めた。

 

 

トップ アイコン
トップ


ウォーター