ウォーター

第百五十二部

 


「宏一さん、ここでお昼ですか?少し歩きませんか?」

「由美ちゃん、ここからあのリフトに乗って上に行くと高山植物園とかあるけど、今日はここで遊んでる時間がないんだよ」

「そうなんだ・・・・・。残念・・・・・・・」

由美はかなり残念そうだった。

「だって、早く由美ちゃんとしたいことがあるから」

宏一がそう言うと、由美はハッとしたような顔になり、

「はい・・・・・・・・私も・・・・・・・」

と恥ずかしそうに言った。今日の由美は白いミニスカートにブルーのTシャツという身軽な姿だ。只、Tシャツはかなり由美の身体のラインがはっきりと出ており、とても宏一を刺激していた。ちょうど周りに人影もないし、車は駐車場にポツンと止まっている。宏一は由美をそっと引き寄せるとキスをした。

「あ・・んっ・・・」

由美はちょっと驚いたようだったが、素直に唇を返してきた。宏一がそっと由美の細い身体を抱きしめると、由美も宏一の首に手を回してくる。二人は短い間だったがお互いの気持ちを確かめることができた。宏一が軽く抱いて手を由美の背中から胸へと回しても嫌がらない。宏一のお気に入りの小振りな形の良い膨らみが宏一の手の中で弾むと由美の息が乱れた。由美が全く嫌がらないので宏一は手をスカートの中へと移した。由美のぷくっとした可愛らしい尻を手で確かめると、今日の由美はセミビキニのパンツを着けているようだ。しかし、宏一の手はそこで由美の手に抑えられてしまった。

唇を離すと由美が、

「もう、宏一さんたら、ダメですよ。お部屋に入ってから。ね?・・・もう、いきなりなんて・・・・びっくりしちゃいました・・・」

とスカートの中に入った宏一の手を抑えながら恥ずかしそうに言った。その由美の身体の中ではゆっくりと潤いが分泌され始めており、由美自身、キスをしながらも自分が濡れ始めたことが分かっていた。

「こういう景色の中でキスするのも良いもんだろ?」

宏一はそう言うと、再び由美を抱き寄せてキスをした。由美は大人しく唇を重ねてきたが、直ぐに身体を離して、

「もう、こんなことしてたらまっすぐにお部屋に行きたくなります」

と可愛らしく宏一を睨んだ。

「それじゃ、そうしようか?」

宏一がそう言うと、

「せっかく志賀高原まで来たのに、それじゃぁあんまりです・・・・こんな素敵な景色なのに・・・・。宏一さん、もう少しだけ高原を楽しみましょう」

と由美は嫌がった。確かに今、由美がいるのは東京では絶対に見られない高原の景色だった。二千メートル級の高原の景色は誰が見ても普通の景色とは違うのが分かるほど植物も空も独特だ。今、由美はうす緑色をした白樺のような森と美しいブナの木の林に釘付けになっていた。由美は携帯で何枚も写真を撮っている。

宏一は、由美を喜ばせようとここまで連れてきたのに、いざ由美が喜んで景色に夢中になると、自分を見てくれなくなったようで寂しく思った。そこで宏一は由美の後ろに回るとそのまま後ろからそっと抱きしめた。そして項に息を掛けながら、

「由美ちゃん、どこの辺りの景色が一番気に入った?」

と聞きながら、ゆっくりと両手を由美の胸に回していった。由美はその手を何とか抑えながら、

「やっぱりあそこの木がまばらになっている所が・・・・ああぁん、宏一さん、ダメです。せっかくの景色が・・・あん、そんなに息を掛けないで・・・」

と感じながらもそこから先へは行こうとしなかった。宏一は由美が思ったように感じてくれないので寂しかったが、ここで時間を掛けるわけにはいかない。

「仕方ないな。それじゃ、そろそろ行こうか。ここはこの旅行のまだほんの始まりなんだから」

「はい。宏一さん、こんなに素敵な景色を見せてくれて、ありがとうございます」

「うん、天気も最高だし、由美ちゃんが喜んでくれて嬉しいよ」

宏一はそう言うと、由美を乗せて再び走り出した。只、もう少し由美には甘えて欲しかったので、少し複雑な心境だ。

先程左に曲がった分岐まで戻ってくると、左に曲がって元来た道を直進して横手山を目指す。そこから先はトンネルも少なく、更に標高が高くなるので由美は車窓の景色に夢中だった。最早由美は完全に車の運動性に慣れており、軽快にカーブを曲がっていくフェアレディのバケットシートにすっぽりと収まったまま外を眺めている。元々この車は窓が広くて視界が良いので低い車高さえ問題にならなければドライブには最高だ。ここはかなり急な上り坂なので、パワーのない車だとエンジン音ばかり大きくて先に進まないのだが、さすがにパワーは十分以上あるので坂を全然意識せずに走れる。

「こんな景色が日本にもあるなんて・・・・、日本て広いんですね」

「遠くの山が下に見えますよ。いったいどれくらいまで上がってきたんだろう?」

由美は周りの景色が針葉樹に代わり、それが白樺やブナへと変わっていくので窓に釘付けになっていた。由美にとってはカーブの一つ一つが次の世界へと繋がっていく扉のようなものらしい。

只、宏一としては、由美がもう少し自分のことを見て欲しかった。しかしその由美は、

「あぁ、もう白樺が無くなっちゃった・・・・」

と宏一のことなど完全に忘れている雰囲気だ。

「由美ちゃん、あれは白樺じゃなくて岳樺(ダケカンバ)。白樺みたいに真っ白じゃなかったろ?」

「そうなんですか・・・・」

「白樺はもっと標高の低い所に行かないと見られないよ。ほら、電車で見た軽井沢みたいな所」

「そうなんだ・・・。わぁっ、また景色が変わった。すっごく遠くまで見える。ひゃぁっ、凄ーい」

「さぁ、由美ちゃん、よく見ておいで、もうすぐ駐車場に入るよ」

そう言って宏一が車を止めたのは横手山駐車場だった。

「すっごーい!涼しいーっ」

駐車場の場所で視界が一気に開け、まるで駐車場が空の上に浮かんでいるような感じさえする。

「由美ちゃん、お昼ご飯を食べに上に上がるよ」

宏一はそう言うと、由美を連れてスカイレーターに乗った。これは斜めになった動く歩道みたいなもので、道路の駐車場とスキーにも使うスカイリフト乗り場を繋いでいる。これは本来、冬にスキーやボードの客を運ぶためのものだ。そしてこの時由美は初めてリフトに乗った。幸い二人乗りのペアタイプなので、宏一が由美の横で少し斜め後ろから抱きしめるようにしてリフトに乗り込み、

「さぁっ、腰を下ろして足を上げなさい、ホラッ」

と言うとぐぃーんとリフトが二人を持ち上げて上り始めた。

「きゃぁぁぁぁぁぁっ」

と由美は可愛らしい悲鳴を上げた。横で見ていたリフトの係員が笑っている。

「由美ちゃん、上手に乗れたね」

「宏一さん、足の下に・・・・何もない・・・・浮いてる・・・」

「そりゃそうだよ。リフトだもん」

「落ちないようにしっかり抱いてて下さいね。離しちゃイヤですよ」

由美はとても怖がっているようで、可愛らしく思えた。

「大丈夫。それよりも外の景色を見てごらん」

「それどころじゃ・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・き・・れ・・い・・かも・・」

由美が身体を起こして恐る恐る景色を眺め始めた。

「そうだよ。しっかり抱いててあげるから、ゆっくり見てごらん」

「うわぁ、どんどん上っていく。周りの山がどんどん下になって・・・凄い」

「落ち着いてきたら、しっかりこのバーを掴んでごらん。怖くなくなるよ」

「はい。本当に綺麗。すっごく遠くまで見える・・・」

「気に入った?」

宏一はそう言うと、顔を回して由美にキスしようとした。由美はほんの少しだけ付き合ってから直ぐに唇を離し、外の景色に夢中になっている。挙げ句の果てには、

「宏一さん、もう大丈夫です。もう怖くないです。そんなにしっかり捕まえてなくても大丈夫ですよ。よいしょ」

とバーを掴んで体勢を立て直し、抱きしめられたままなのを嫌がった。宏一にしてみれば、由美が喜ぶのは嬉しいが、また寂しい気持ちになってくるのも事実だった。

数分間の空の旅の後、リフトを降りれば標高二千三百メートルの山頂だ。周りの山の中で一番高いので、展望台に上がればぐるりと見渡せる。山登りをせずに簡単に二千メートル以上に上がれる場所は日本にもいくつかあるが、視界が片側に偏っている富士山の新五合目を除けば東京から一番近い。

「気持ちいいーっ」

由美は展望台で思いっきり背伸びをした。ぐるっと見渡せるので、どこを眺めて良いか分からない。

「由美ちゃん、一番遠くの山を見つけてごらん」

「遠くの山?ええっと、あれかな?それとも・・・・あっちかな?」

しばらくあちこちを眺めていた由美だが、やがて一つの山を見つけた。

「宏一さん、一個だけずぅーっと遠くに山がありますよ」

「そうだね。何て言う山?」

「そんなこと言われても・・・・・この辺りは北アルプスだっけ・・・・・」

「あの山の形に見覚えない?」

「え?形?・・・・・・あ、もしかして・・・・・富士山??・・」

「そうだよ」

「本当ですか?だって、ここは良く分からないけど、かなり日本海に近いんじゃ・・・・・」

「そうだよ。でも、今日みたいに珍しく空気の綺麗な日には富士山も見えるんだ」

「へぇぇぇぇ・・・・凄い」

「じゃぁ、日本海は見えるかな?」

「あっちが富士山なら、日本海はこっち・・・・、あ、あれ?」

「うん、今日は何とか海岸までは見えるね。もう少し天気が良ければ佐渡まで見えるよ」

「宏一さん、志賀高原てすごいんですね。でも、少し寒いかも・・」

「ははは、そうだね。ここだと気温は十五、六度くらいだから涼しいを通り越して寒いかな。東京は今日も三十度なのにね」

「宏一さん、志賀高原がもし東京の近くにあったら大混雑ですね」

「そうかな?東京の人はビルの中のエアコンの涼しさが好きな気がするけど」

「そんなことありませんよ。こんなに景色が綺麗で東京よりずっと涼しいのに好いてるのは東京から遠いからですよ」

「そうだね。新幹線とレンタカーで合わせて3時間もかかったからね」

「東京から3時間でこんな景色が見られるんですね・・・・・」

由美は涼しい風を浴びながら遠くの景色をじっと見つめていた。

「そうだよ。さぁ、お昼を食べに行こうか」

「ええ?もう?もう少し見ていたいです」

「分かったよ。それじゃ、下のレストランにいるから降りておいで」

「はい」

 

 

 

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