ウォーター

第百九十三部

 

洋恵は頼んだ物が届く頃から、再び暗い顔になった。しかし、今度は黙り込むことはなかった。パスタをフォークで巻き付けて遊ぶような仕草をしながら、ポツポツと宏一を断ってからのことを話し始めた。

最初は、もうこれ以上自分が変わることはないと思って安心し、友達とも気楽に話を始めたのだが、宏一に意識が向いていた時には気付かなかったことが周囲では起きていた。友達に内緒で彼ができた子、高校生のグループと遊ぶようになった子、そして奥手だと思っていた子が実は洋恵よりも早く経験していたこと、みんな洋恵が改めて友達と付き合い始めてから分かったことだった。それを知った洋恵は宏一に会えなくなった寂しさが一気に募り、それを何かで紛らせたかった。

そして、友達は洋恵にも彼を作るように話してきた。そうすればダブルデートで遊びに行けると。だから洋恵は、みんなと一緒に遊びに行けるようにと思って、前から気になっていた男子に告った。そしてその週末、彼の家に遊びに行った時に何となく求められた。嫌ではなかったのでそのまま許す気になったが、彼は全然落ち着きが無く、ムードも何もあったものではなかった。単に脱がして触りまくるだけ。洋恵が感じるかどうかなど全く気にしていなかった。挙げ句の果てには感じない洋恵を責めるような言葉まで口にした。

その時、洋恵は同級生の男の子の肉棒を初めて体験した。宏一のように大きくはなかったが、好きな子だったのでそれなりに少しずつ感じ始めていた。しかし、彼からしっかり感じない事を責める言葉を聞いた途端、心が一気に冷めてしまった。

結局、洋恵は自分自身が一番子供だった時がついた。どんどん自分が変わっていくのが怖くて宏一から離れたが、その時、友達もそれぞれどんどん変わっていた。何も変わらない子も確かにいたが、どちらかというと頭の良い子達で、洋恵のグループではなかった。

洋恵はその時になって初めて、宏一の顔をもう一度見たいと思った。だが既に、親が宏一に強い調子で電話しているのを聞いていたので、宏一の所に遊びに行ってもきっと嫌われると思った。だから時々、宏一のアパートの近くに行って、ドキドキしながらアパートを訪ねた時を思い出したり、宏一が通りかかったらどうしようと思ってハラハラしてみた。

別にストーカーと言うほどのことではないし、宏一の周囲を余計に詮索するつもりなど無かった。あのマンションを見つけたのは、偶然にも洋恵が駅に着いた時に宏一がホームに歩いてくるのを見つけたので、引っ張られるように一緒に行ってしまっただけだった。

洋恵は、宏一に済まないことをしたと思っていた。だからあのマンションで宏一が何をしていたのか全く聞こうとしなかった。

「分かったよ。洋恵ちゃん」

「ごめんなさい。後をつけるつもりなんか無かったの」

「うん、良いよ。もう何とも思ってないから。それよりも、さっきも言ったけど、洋恵ちゃんが会いに来てくれたことの方が嬉しいよ」

「うん・・・・・・」

「もう、その話は無し。良いよね?」

「うん・・・・・、それでね・・・・・」

「なあに?」

「あのね・・・・・・・・・」

洋恵は自分から言いかけたくせに、かなり言い難そうだった。

「良いよ。言ってごらん、何か力になれるならがんばるから」

「先生、これから、時々は、また、こうして会ってくれる?」

「うん、いいよ」

「ありがと・・・・・」

「曜日とか時間とか、決めなくて良いの?」

「うん、いいの」

「それじゃ、洋恵ちゃんが会いたくなったら遊びに来るって事かな?洋恵ちゃんは確か、携帯、持ってなかったよね?」

「ううん、この前、買って貰った。塾に行くから」

「そうなんだ。塾に行くことにしたんだ」

「うん、勉強、しなくちゃ」

「そうだね。もうすぐ志望校を決めるんだから、がんばらないと」

「そうだよ。分からないことがあったら教えてあげるからね。それくらいなら、お金なんかいらないから」

「うん、ありがとう・・・・」

宏一が教えると言っても、洋恵はそれほど喜ばなかった。実は洋恵は宏一に勉強を教えて欲しいと思っていたわけではなかった。それよりも、宏一に優しく抱きしめられている時の安心感が何よりも欲しかった。しかし、それを口にするわけにはいかない。

それからお互いの携帯の番号とアドレスを交換し、食事を終えた二人は駅に向かった。洋恵が電車を降りるまで洋恵は宏一の直ぐ近くに立っていたが、身体を宏一に寄せようとはしなかった。少し混んできたので宏一が洋恵を引き寄せると、ちょっと嫌がった。しかし、宏一は洋恵が本当は嫌がっていないことを見抜いていた。洋恵が降りる瞬間、宏一が耳元で、

「またね。待ってるよ」

と囁くと、ちょっとくすぐったそうに首をすくめたが、その表情は笑っていた。

洋恵は家に帰ってから、夜、一人で宏一のことを考えていた。偶然とは言え、久しぶりに会った宏一は全然変わっていなかった。『もしかしたら、電車であのままもっと引き寄せられたら抵抗しなかったかも知れないな』などと思ってしまう。優しく洋恵を抱きしめ、身体を燃え上がらせてしまう宏一のテクニックと肉棒は洋恵の記憶に鮮明に残っている。しかし、一方で再び宏一に夢中になったら今度は更に深くのめり込みそうな怖さも感じていた。

今日、宏一に会ったのに宏一の部屋まで遊びに行きたいと言わなかったのはその為だった。しかし、ベッドに入らなければ、もう一度宏一の部屋に遊びに行っても良いかな、と思ったりもする。何と言っても宏一は大人として洋恵を愛してくれた。自分のことしか考えない同級生の男の子などとは大違いだった。そんなことを思い返していると、『ゆっくりと身体を撫でてくれて、だんだん身体が熱くなってきて、それから少しずつ焦れったくなって、最後に我慢できなくなっておねだりをするんだ。そうするといっぱい優しくしてくれて、全部嫌なこと忘れて夢中になるの』そう、洋恵はあのプロセスが堪らなく恋しくなってきた。洋恵はその夜、ベッドで夢中になって自分を可愛がった。

宏一はその日、既にお腹いっぱいになってしまったので、行きつけのカクテルバーで軽く飲んでから家路に着いた。さすがに、部屋に入ってシャワーを浴びると、あとはぐっすりと寝てしまい、朝まで起きなかった。恵美から電話があったことにも全く気付かなかった。

 

実はその日、恵美は買い物に出ていた。最初は、宏一に次に会ったときに使うフレグランスを選びに出たはずだった。しかし、いくつか試している内に、自分が思い描いているのは宏一に再び抱かれる時間だと言うことに気が付いた。

「ごめんなさい。また後で来ます。先に買いたい物があるので」

そう言っていろいろ勧めてくれた店員から離れると、一旦地下のコーヒーショップに行って頭を整理しようとした。

実は恵美は勝負下着という物は持っていない。元々最初は自分から仕掛けるタイプではないので持つ必要はないのだ。ただ、あの日、宏一に抱かれるとは夢にも思っていなかったので、人に会うときに使う、ちょっとだけおしゃれな下着で出かけた。それは彼と会うときに身に付けるようなものではなかったので、宏一の手が伸びてきたときには少し嫌がったが、もうどうにもならなかった。自分自分が完全にその気になっていたのだ。

どうも、宏一には恵美をその気にさせる見えない力があるみたいだった。宏一を迎え入れたとき、あれほど感じるなどとは思いもしなかった。あそこまで感じたのは殆ど経験がなかった。それまで恵美は、セックスで絶頂を極めるなど、殆ど経験がなかったのだ。恵美は、十分にお互いが安心できる全てを知った相手とだけ経験できる物だと思っていた。

しかし、初めてデートした宏一はそうではなかった。後から考えても不思議なくらい自分から宏一のペースに乗ろうとしていた。そして、ホテルの部屋で触られて脱がされたことも、考えてみれば自分から誘ったような物だった。そして、宏一がいきなり入ってきた途端に自分の方が夢中になっていた。それからは全て自分の方が常に求め続けていた。あんな強烈な印象のセックスは初めてだった。今でもあの感覚は身体の奥底に残っている。それまでの恵美は、どちらかというと大人しく愛される方だったのに。

恵美はコーヒーを飲み終わると、新しい下着を買いに行くことにした。宏一に愛されて発見した新しい自分を宏一にアピールできるような、すっきりとしたデザインでラインの綺麗な物を。

いろいろ選びながら、宏一と会っているときの自分を想像している自分が不思議であり、また嬉しかった。今までは、どちらかというと貯金ばかり増えていく感じだったが、今日の恵美は久しぶりに楽しんでお金を使えることが嬉しかった。そして、いくつか初めてのデザインの物でラインが美しく出る物を買い揃えた。確かにそれなりの値段はしたが、恵美は全く気にしなかった。いきなり5万円以上も買い物をしたことだって久しぶりだった。

恵美は帰ったら宏一の声を聞こうと思った。恵美は自分が甘えん坊モードで話しているときも仕事モードで話しているときも同じように優しく受け止めてくれる宏一の声が好きだ。あの声を聞いていると心から安心できるのだ。もちろん、いつか肌を合わせ、情熱を燃やした後のベッドで腕枕をして貰いながらゆっくりと聞く機会が来るのを楽しみにしている。しかし、その夜、宏一は電話に出なかった。

 

由美はその夜、疲れた身体を休めようと早めにベッドに入った。しかし、疲れているはずなのになかなか寝付けなかった。ほんの二日間、昨日と今日だったが、あまりにいろいろなことがあった。宏一との長野の旅行はとても楽しかった。ちょっと喧嘩もしたが、だからこそ、その後の宏一の優しさが心に染み込むように嬉しかった。

『宏一さんの好きな可愛い女の子で居たかったのに、宏一さんが入ってくるとどんどん夢中になっちゃう。私って結構凄いことできるタイプなのかな?』軽井沢で愛されたいろいろなことを思い出しながら由美は暗い部屋の中でじっと天井を見つめていた。『もしかしたら、私は恥ずかしがるのが好きなのかな?だから、恥ずかしがると夢中になっちゃうのかな?』そんなことを思ってみる。

ただ、どれだけセックスに夢中になっても、今日、宏一が一枝を抱くことが心の中に澱のように溜まっており、愛された後、少し時間が経つだけで直ぐに不安になってきた。だからこそ、思い切って宏一が一枝を抱いている部屋に押しかけたのだ。さすがに宏一が一枝の中に入ったまま由美を出迎えたのはショックだった。自分でも表情が変わったのが分かったくらいなので、一枝にも分かってしまったかも知れなかった。しかし、宏一は結局、由美を選んでくれた。宏一が由美の中に入ったまま、一枝を口で喜ばせてくれたことが本当に嬉しかった。

『最後のとき、宏一さんは終わったんだっけ?・・・・??ええと、終わってない・・・・そう、私がいっちゃったとき、ずっと固かったもの・・・・???ううん、そうじゃない、終わったわ。そう、そう、シャワーを3人で浴びてたとき、ちょっとだけど中から出てきたもの。うん、間違いない。私と一緒にいったんだ・・・・嬉しい・・・』由美は最後のときを思い返しながら布団を頭の上まですっぽりとかぶった。

最後に一枝と一緒だったのは、正直に言えば嫌だった。やはり宏一と二人だけ、お互いだけを見つめながら愛し合いたかった。しかし、それについては由美自身にも責任があったから、それについて宏一を責めるつもりなど無かった。それは自分で自分を責めるべきなのだ。

由美はそのままそっと布団の中でショーツを脱ぎ、自分で可愛がり始めた。しかし、気持ち良くなるどころか、少しあちこちが痛くなって驚いた。自分で何度も確認してみた。しかし、何と言うか、擦り傷みたいな感じでピリッと痛くなるのだ。そっと触ってみたが同じだった。

こんなことは以前にもあった。宏一と京都から札幌に向かう寝台特急の中で朝を迎えたとき、同じようなことがあった。『そうか、使いすぎたんだ』由美は布団の中で納得した。考えてみれば当たり前だった。二日間で何度宏一に愛されたか、由美自身でも数えてみて驚いた。『寝台特急のときよりもずっと多いわ。私、慣れてきたのかな?あんなにたくさんしたなんて・・・』

考えてみれば、軽井沢の部屋に入ってから、殆ど丸一日、宏一と愛し合っていたようなものだ。自分でも驚くほどだ。由美はほんの3ヶ月前、何もまだ知らなかった頃のことを思い返してみた。今から思えば、あのころはなんて単調な生活を送っていたのだろうと思う。今では宏一の居ない生活など考えることさえできない。宏一に会えると思うからこそ、それまでの間、学校や家で真剣に勉強もできる。宏一に抱かれるようになってから、明らかに成績も上がっていた。

そして今日、一枝が宏一から離れると宣言してくれたことは何よりも由美は嬉しかった。『これでまた、宏一さんと二人きりになれる』そう思うと由美は闇の底に落ち込むように深い眠りに入っていった。

 

 

 

 

 

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