ウォーター

第二百五十四部

 
「お願いです・・・・離して下さい・・・・・宏一さん・・・・」
由美はじっと抱きしめられたまま小さな声で懇願した。宏一はその声に由美を離したが、目の前の由美の顔がとても可愛らしく色っぽいことに我慢できず、キスをした。由美はちょっとだけそれを受け止めたが、直ぐに腕を突き放して宏一から離れた。
「だめ」
小さな声でそう言うと、身支度を終えて部屋を出て行ってしまった。宏一は閉まったドアを見つめながら、どうして由美をベッドに押し倒して挿入しなかったのかと自分を責めた。頭では分かっていた。由美の気持ちを大切にするなら、これ以上のことをしてはいけないと。しかし、それでもやはり由美を裸にして全てをものにしたいと強烈に思った。そして、挿入しても由美は受け入れてくれるだろうという確信のようなものがあった。
一方由美は、部屋を出て少しの間は息を弾ませていたが、やがてそれが落ち着いてくると、今度は強烈な感情に包まれた。悲しいのかどうかさえ分からない。しかし、気が付くと涙が幾筋も頬を伝って落ちていた。それは喜びなのか後悔なのか、それとも両方だったのか、由美は激しく揺らぐ気持ちを理解できなかった。涙がポロポロ頬を流れ落ちていく。ただ、こんなに泣くのはどれだけぶりだろうと思った。ただ、一つだけ分かったのは、心の中で何かに区切りが付いたらしいことだった。何となく、これ以上は中途半端なまま苦しまなくてもいいような気がした。
家に帰った由美は、通帳を見つめながらぼうっと考えた。これからどうなるのだろうと思ったが、同時に、自分がしっかりしなければいけないと思った。そして、もう迷わないと決めたが、自信は無かった。
翌日、宏一はいきなり忙しくなった。元々、この社屋で新しいシステムを稼働させてから新社屋で使うシステムの設計をして、移転準備をしながら新システムを新社屋で立ち上げていく予定だった。しかし、いきなり会議に呼び出されて早急に建設中の新社屋にシステムを入れることを求められたのだ。
「申し訳ないが、移転の日程が早まって順次移転を始めることになった。まずは総務や経理から移っていくが、業務に支障が無いように新社屋に移る部署もシステムを使えるようにして欲しい」
宏一を呼び出した会議で総務部長が言った。
「しかし、新システムは能力を大幅に増強することになっていますから、サーバー自体も大きいものに更新する予定になっていて、まだそれは納品まで時間がかかりますが」
宏一が驚いてそう言ったが、誰も聞いてくれなかった。
「それは分かるが、何とか新しいサーバーが届くまで今のシステムのまま順次移転を支援して欲しい。技術的に難しいのは分かるが、無理では無いだろう?」
経理部長の言葉は有無を言わさない感じだ。
「たぶん、できるとは思いますが、離れた場所同士で連携を図るとなると専用回線でも確保しないとレスポンスが悪いので・・・・」
「それができないのは知っているだろう。数ヶ月だけのためだけに高価な専用回線を契約することなど無理だ。何とかそれをせずに移転を完了させて欲しい」
「はい・・・・なんとか・・・・できるだけのことは・・・・・・」
「営業や経理に影響が出るのは絶対に困るが、少しくらい他に不具合があっても仕方ない。この社屋の立ち退きが早まったんだ。これはどうしようも無い。決定事項だと思って欲しい。できるだけの便宜は図るからがんばって欲しい」
「わかりました。なんとかします。但し、予算については最大限圧縮しますが現社屋と新社屋でどちらも動かすとなるとどうしても二度手間になる部分が出てくるのでご配慮をお願いします」
「どれくらい余計にかかる?」
「最大限がんばっても2割5分は見ていただかないと」
「分かった。それだけは了承しよう。以上だ」
「ありがとうございます」
宏一はそう言っては見たものの、どうすれば良いのか分からなかった。もともと新社屋で新しいシステムを採用することになったとき、現在の社屋でシステムだけ新しくして稼働するのを確認した後に新社屋に移転した後で拡大版を動かすというのがロードマップだったのだが、現在の社屋でもシステムを更新し、新社屋でも一部を動かして、さらに両者を連携させるとなると作業が倍近くに増えてしまう。工数という手間では無く、システムの稼働という完工を条件にした作業だと、うまく動くまではどれだけ工数がかかっても予算とは関係ないと言うことになるので、設計を上手にやらないと簡単に業者の手間賃が予算を超えてしまう。
宏一は部屋に戻ってからしばらく考えていたが、システム設計を根本から見直す必要があると言う結論しか出てこなかった。取り敢えず新社屋でのシステム導入のプランから立て始める。
「新藤さん、ちょっと良い?」
宏一はそう言って友絵に会議の内容を伝えた。友絵は分かったとしか言わなかったが、宏一にしてみれば、もう少し宏一の話を受け止めて欲しい気がした。
「三谷さん、私からもお願いがあるんですが?」
「なんですか?」
「しばらくの間、少し早めに上がらせていただいても良いでしょうか?」
「もちろん良いですよ。定時でも」
「ありがとうございます・・・・・・」
友絵は少し浮かない顔をしてそう返事をすると、また仕事を再開した。なんか最近、友絵との間がよそよそしい気がする。本当は友絵と食事でもしながらゆっくり話をしたいのだが、状況がそれを許さないので宏一は不安な気持ちを抱えながら仕事をするしか無かった。
ただ、松野から来週の水曜日に食事の誘いのメールは来ていた。彼女らしい丁寧なメールで気になった店に行きたいので同行して欲しいという。宏一は了承の返事を送ると、新しいシステムの設計の打ち合わせに外出した。
宏一がシステム設計を依頼している会社に着くと、担当者は直ぐに出てきた。
「どうしたの?三谷さん。設計変更か何か?」
「そうなんだ。現在の社屋でシステムを動かしながら、新社屋でも同時に動かさなくちゃいけなくなったんだ」
「そりゃ大変だ。今のあのサーバーのクラスだと結構きついんじゃ無いの?」
「そうなんだ。バーチャルを入れようかとも思ったんだけど、どうもあれは好きになれないしさ」
「そうだね。バーチャルデスクトップは通信の負担が大きいから、最近は流行らないよね。でも、離れた場所の二つのサーバーを同期させるとなると、ちょっと問題は大きいね」
「そう、専用回線はだめだってさ」
「だろうね。今時そんな会社無いよ。インターネットベースで大抵のことができるから」
「そうなんだ。HTMLにすれば動くとは思うけど・・・・」
「それは無理があるよ。あんな重い言語使ったら絶対に止まるよ。Cとかならまだ・・・」
「いずれにしても、良い案があったら教えて欲しいんだ」
「ノードの数は?」
「半々だね」
「そうか、それでサーバーはどっちに置くの?」
「ギリギリまで現社屋に置いておきたいんだ」
「ファイルサーバーくらいは新社屋に置くんだろう?」
「うん、それくらいはね」
「それなら、後はだいたい決まってくるんじゃ無いの?」
「やっぱりそうかな・・・・」
「うん、原案は作っておくよ。3日で良い?」
「お願い」
「了解」
その後、システム全体の規模について話をしてから宏一は会社に戻った。
すると、宏一は総務部長に会議室に呼ばれた。全く慌ただしい限りだ。
「三谷君、話は聞いたな?」
「はい、ざっくりとですが、新社屋への移転が早まったので同時にシステムを動くようにして欲しいとのことでした」
「どうかな?できるかな?」
「できるかできないかという話でしたら可能です。但し条件が付きますが」
「それを聞かせて欲しい」
「はい、現在のシステムは、基本的には一台のサーバーが全体を管理するシステムになっています。一台しか無いのでコストを圧縮できるんです。もちろん子供のサーバーはあちこちにありますが、鍵となる親のサーバーは一台だけです。それをどちらに置くかで話は変わってきますが、今回はそこに手を付けるしか無いと考えています」
「どういうことかな?」
「現在は人事システムを管理するのも経理システムも営業システムも全部一台のサーバーの中に入っています。しかし、先に総務や経理が移るとなると、営業システムと分離して新社屋に持って行くしか無いと思います。つまり、臨時の親サーバーが必要です」
「そうなんだ・・・・・・。それは大きな問題になるのかな?」
「期間が決まっていればレンタルできるので根本的には問題ではありません。しかし、いくつか現状との変更が出てきます」
宏一は丁寧に全体像を説明した。設計変更が必要になる部分、システムの導入時期が変わる部分、予算的な部分などだ。
「わかった。ありがとう」
総務部長は軽く頭を下げた。
「それと、一度夕食に付き合ってもらいたいな。いつが良い?」
宏一は身構えた。こういう場合はたいてい内密な話がある時だ。いい話ならよいが、そうでない場合も十分考えられる。と言うか、常識的に考えて良い話ならこんな誘いにはならないのが普通だ。
「今日でも良いですが・・・・」
「今日は都合が悪い、明後日はどうだ?」
「はい、結構です」
「行きたいところはあるか?」
「それでは、串揚げの店はいかがでしょうか?」
「わかった。悪いが予約を頼む。時間と場所を秘書に伝えておいてくれ」
「はい、わかりました」
そう言うと総務部長は部屋を出て行った。宏一は自室に使っている第3応接に戻ると友絵に、
「総務部長に呼ばれて説明をしてきたよ。それと、明後日夕食を一緒にすることになったんだ」
と言った。すると友絵は少し驚いたようだったが、
「そうですか。わかりました」
とだけ言った。宏一は本音ではもっといろいろ友絵と話しておきたいと思ったが、もうすぐ定時だし、宏一だってやることがいろいろある。友絵に総務部長のことを聞いておいたほうが良いような気がしたが、残念ながら今日はタイムアップだ。宏一は『戻ってきたときに友絵さんはいないだろうな』と思いながら部屋を出て別の打ち合わせに向かった。
翌日も夕方まで打ち合わせで忙しかった。ただ宏一は、火曜日よりはいつもの部屋に行くのが嫌ではなかった。火曜日のことがあるので、由美は来ているのではないかと思えたのだ。忙しい時に時間通り部屋に行くには、午前中からきっちり仕事を見切って時間を管理せねばならず、おかげで今日も友絵とはちゃんと話ができなかった。それは残念だったが、もともとしっかりしている友絵のことだから時が来れば何があったのか話してくれるだろうし、基本的には待つしかないのだから仕方がなかった。
部屋に入ると、案の定由美が来ていた。
「由美ちゃん、こんにちは」
「宏一さん、こんにちは。少し早く来ました」
その由美の言葉は火曜日よりは明らかに明るいし、よそよそしい感じもしない。それでも宏一は、後ろに立つとまた嫌がられるかと思って最初はベッドに座った。
「今日は何の勉強をしてるの?」
宏一は内心ドキドキしながら平静を装って由美に話しかけてみた。
「今日は数学をやってます」
と由美は言ってから、
「宏一さんに教えてもらうのは、やっぱり苦手な数学が良いから」
と付け足した。それを聞いて宏一は嬉しくなった。
「うん、わからなくなったらいつでも聞いてね」
宏一はそう言うとベッドに座ったが、由美は、
「宏一さん、こっちに来てください」
と言ってくれた。
「うん」
宏一は元の関係に戻ったのだろうかと思って由美の後ろに立った。しかし、近くでよく見ると由美の表情はまだ固い。それでも、由美の上から見ると制服の胸元から形の良い小ぶりな乳房が少し見えている。それを見た途端、宏一の肉棒には一気に力が籠もってきた。
由美は練習問題を解いているが、すらすらと解いている。そのまましばらく由美は宏一に声をかけなかった。
しかし、しばらくすると由美の方から聞いてきた。
「済みません、ここなんですけど、この意味がよく分からなくて・・・・・」
「うん、この問題はね、うーん、なんて言うか、まず問題を方程式に直さないといけないね」
「それって、AとBで二次方程式を作るって事ですか?」
「そうなんだけど、まずやってみてごらん」
「はい・・・・・」
由美はそう言うと問題を読みながら二次方程式を作り始めた。
「これで・・・いいですか?」
「うん、良いよ。なんか分かってきたかな?」
宏一はそう言いながら、由美の脇から手を入れようとした。しかし、由美は脇を締めてそれを拒んだ。
「ちょっと・・・・だめ・・・・です・・・・・」
「ごめん」
宏一はそう言って慌てて手を引っ込めた。
「まだ、そこまでは・・・・・・・。ごめんなさい・・・・」
由美はそう言って問題を変形し始めた。この問題はAとBをXとYを使って二次方程式にしてからXとYの関係式に直すとAもBも2次元になるのでXとYの軸がAとBの軸に変わって、XとYの極小点を求めることができる、と言う問題なのだ。
「あ、わかってきた」
由美は嬉しそうに言うと、XとYをAとBの軸でグラフを書き始めた。
「よくできました」
「やっぱり宏一さんに教えてもらうとよく分かります」
「何にも教えてないだろう?解いたのは由美ちゃんだよ」
「でも、やっぱり宏一さんと一緒じゃ無いと・・・・・」
由美はそう言うと、振り向いてニコッと笑った。その表情はとても可愛らしく、思わず紘一は顔を近づけてしまう。すると今度は由美の方から宏一の手を取り、脇の下へと導いた。
「え?いいの?」
宏一が聞いたが由美はコクンと頷いただけだ。
「これは俺へのご褒美かな?」
宏一がそう言って脇から入れた手で由美の胸の膨らみを手の中に収めてそっと撫で回し始めた。

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