ウォーター

第二百九十八部

 
「その『最初は』って言うのはどうして?」
「だってそうでしょ?彼女は二股掛けるような子じゃないから、そのまま三谷さんと付き合うわけが無いもの。でも、何となく三谷さんは分かってて斉藤さんと付き合ってるらしい、って事になったんです。それで、三谷さんの方から行ったとも思えないから斉藤さんの方から行ったんだろう、って事になったんです」
「良く出張ばっかりで忙しいのに、そんな噂が入ってくるね」
「それは女性ですから。そう言うアンテナって、女性は全方位に張り巡らせてるものなんですよ」
「へぇ、すごいね」
宏一は女性の噂が心底恐ろしいと思った。友絵との複雑な関係を、ほとんど正確に言い当てている。
「宏一さん、それで、聞いても良い?」
舞は宏一をじっと見つめた。もちろん、今の噂の真偽を確認したいのだ。聞いた以上、宏一も知らん顔をするわけには行かない。言わなければタブーを犯した舞の立場を無にすることになる。
「うん、もちろん・・・・・・・」
「ありがと。夜も一緒だから。私、ちゃんと聞いてからにしたいの。何を聞いても気持ちは変わらないし、ここで変えたら私の方が騙したことになるから」
さりげなく、決然と宣言した舞の言葉を聞いて宏一は気持ちを決めた。
「うん、その話、だいたい舞さん言った通りだよ」
聞いた途端、さすがに舞の気持ちは大きく揺らいだ。本当は『大体その通りだけど、斉藤さんと噂になるようなことはないよ』という言葉を聞きたかったのだ。ただ、宏一の言葉を聞いて『やっぱりね』と思ったことも確かだった。そうでなければいきなり現れた自分にこんなに優しくしてくれるはずがないからだ。それに、否定されれば今度は噂との整合性が気になる。それならこの返事の方がすっきりする。舞はそれくらいは納得できる大人だった。
「わかった。・・・・・・・そうよね・・・・・」
「他には聞きたいこと、ある?」
「うん・・・・・・あるけど・・・・・・」
舞は聞いて良いものかどうか迷っていた。明らかに自分は分かっていて後から割り込む形になっているのだから、ここで宏一に『どっちにするの?』と聞くのは無理があると思ったのだ。
「舞さんを信用するから言うけど、斉藤さんとはお互い最初から分かっていたんだ。俺は彼女の『止まり木』だって」
「止まり木?」
「そう、小鳥が嵐が過ぎ去るまで強い雨風から守って休める場所って事」
「それで、いいの?」
「うん。何となくそうなっちゃったんだけど、最初からそう言う関係だから」
宏一の言葉を聞いて、舞は何となく納得した。そして、それが今、自分が宏一の前にいる理由のような気がした。
少しの沈黙の後、舞が更に聞いた。
「でも、彼女の相手の人って今度・・・・・・」
「そう、もうすぐ居なくなる。そこまでバレてるんだ。だったら、静かに見守っていて欲しいな。きっともうすぐ、何かが起こる気がするから」
「そうね・・・・・・」
舞はそこで完全に納得した。そして、今度は自分が宏一を守る立場になったのだと気が付いた。
「ごめんなさい。こんな事聞いて。私って、結構ゲスよね」
「ううん、そんな事言えば俺だって同じだと思う」
宏一の言葉を聞いて舞は、もしかしたら友絵と自分は宏一に同じアプローチをしたのでは無いかと思った。自分のことでボロボロになって、宏一に助けを求めたのではないかと。それならこれ以上宏一に聞くことはない。ただ一つのことを除いては。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか?」
「え?いいの?」
宏一は舞がまだ夜を一緒に過ごすつもりなのに少し驚いた。
「何言ってるの。私だって結局は斉藤さんと同じって事なんだから、もう何も聞く事なんて無いし、宏一さんの気持ちもよく分かったんだから。宏一さん、外でタクシーを拾っておいて貰えます?」
舞はそう言うと会計に立った。舞の心の中に残ったただ一つの疑問とは『斉藤さんも私も宏一さんの優しさに惹かれて優しくして貰ってるだけなのなら、宏一さんの本当の心の中の人って誰?』と言うことだった。しかし、それはさすがに聞く気になれなかった。聞けば宏一が去ってしまうと分かっていたからだ。そして、今の自分に必要なのは宏一の癒やしだ。いきなり宏一の前に現れて自分が本命だと言い張るほど愚かではない。
二人は舞のホテルに行った。そこは普通のビジネスホテルのツインルームだ。それでも、宏一にはそれが舞が苦労して整えた今日のための特別な空間に思えた。
「先にシャワーにいってくる」
舞はそう言うと、手早く支度を調えてシャワールームに行った。そこで宏一はライトデスクに灰皿があることに気が付いた。舞はたばこを吸わないので明らかに宏一のために喫煙ルームを予約したことが分かった。たぶん舞は部屋に入ってからのことは全てシュミレーション済みなのだろう。宏一は一服してから部屋着に着替え、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取りだした。
部屋着の舞が出てくると、宏一は入れ替わりに軽くシャワーを浴びた。そして部屋に戻ってくると、既に部屋のライトは落としてあり、舞はベッドに座っていた。宏一が隣に来ると、舞は静かに身体を寄せてきた。
「本当に、良いの?」
「それは俺の言葉だよ」
「ごめんなさい。今日はどうしても・・・・・・甘えても良い?」
「うん」
二人はそのまま軽くキスをした。それは二人だけの時間が始まる宣言だった。そのまま宏一は舞を支えながらそっとベッドに寝かせていく。そのまま二人はベッドで抱き合って更にキスをした。
「宏一さん、あんまり気を遣わないで。気乗りしなかったら何もしなくて良いから」
舞は唇を離すと、小さな声で囁いた。
「どうしてそんなこと言うの?せっかくこうなったのに」
宏一は舞の細い身体をそっと抱いて髪を優しく撫で始めた。
「ううん、なんでもない」
「付かれてるんだよ。いつも明るくしてるから疲れが溜まるんだよ。だいぶ疲れてるんだろ?」
「うん、本当はちょっと」
「疲れてるなら、このまま寝ても良いよ。この時間は舞さんが好きに決めて良いからね」
「うん、嬉しい・・・・・・。本当は、ここに来るために頑張ったの。だから頑張れた」
「やっぱり。どう?こうしてれば良い?」
「うん、もう少しこうしてて。落ち着くの」
舞は宏一に身体を預けながら、不思議に安心していた。さっきの話から、ここで宏一に本気になってしまったらどうしようという不安がなくなったからだ。今なら心から安心して宏一の胸を借りることができる。自分の心に嘘をつかなくても良いのだ。
「うん。分かった。でも、こんな綺麗な人を抱いてるんだ。我慢できなくなったらどうすれば良いの?」
「もちろんその時はどうぞご自由に。元々分かってるはずでしょ?」
「さすが苦労してる人の言葉は違うね」
「何言ってるの。そんなことないから。ここでそんなこと言わないで」
そこまで話し手二人はしばらく無言で抱き合い、宏一は舞の身体を優しく撫でたり髪を撫でたりしていた。すると、しばらくして舞がぽつりと言った。
「宏一さん、寝ちゃいそう」
「うん、お休み」
「だめ、そんな優しいこと言わないで。本当に寝ちゃいそうなの」
「本当にお休み。舞さんは先ず寝なきゃだめだよ」
舞は宏一が何も聞かずに、ただ寝かせようと心を配ってくれる宏一の言葉が本当に嬉しかった。ただ、もちろんこうやってホテルでシャワーを浴びて部屋着一枚で腕の中に入っているのは宏一に優しくされたいという気持ちがあるからだ。その辺りを分かろうとせずに余り気を遣われるのも残念な気がする。
「もう・・・知らないから・・・・・・」
宏一に抱かれている心地よさと飲んだ強いお酒の宵の中で、舞はそのままゆっくりと眠りに落ちていった。そして宏一も引きずられるように眠りに落ちていった。
舞は夢を見ていた。その夢はどこかで何かを探している夢だったが、嫌な夢ではなく心から無心で探している夢で、探している自分が心地よかった。そして大自然の中にぽっかりと浮かんでいるような不思議な感覚の中で目を覚ました。目の前に小さなデジタル時計があり、それがホテルのものだと理解するのに数秒かかった。そして背中に宏一の気配を感じて二人でホテルに入ったことを思い出した。
時間を見ると午前2時を回っている。ただ、熟睡したはずなのにまだこの時間なのが不思議だった。あれだけ圧迫感とストレスの中にいたのに、今は心がとても軽いのが不思議なくらいだった。舞はそのままそっと寝返りを打つと、宏一の胸の中に入った。
「ン・・・・・・・・・舞さん・・・・・・・」
「起こしちゃった?ごめんなさい。寝てて良いのよ。おやすみなさい」
舞は小さな声でそう言ったが、その自分の言葉がとても心地よかった。すると、宏一の腕がそっと身体を包み込んだ。
「あん、宏一さん」
「舞さん、起きたんだね。もしかして俺が起こしちゃった?」
「ううん、そんなことない。とっても熟睡できたみたい。今は元気。本当よ。自分でもびっくりするくらい」
「よかった・・・・・・」
舞は宏一が眠いのだと思った。だから、今はこのままで居ようと思った。まだチェックアウトまでかなり時間がある。飛行機が羽田空港を出るのは9時前だから、余裕を見ても8時頃に出れば良いのだ。慎重に出張中も日程を調整しながら、どうしても一度東京に戻ってからまた九州に出なければいけないように日程を調整してきたことは誰にも内緒だ。舞は暗い部屋で宏一の腕の中で肌の温度を感じながら、苦労の甲斐があったと思った。
そのまま二人は再びゆっくりと眠りに落ちていった。舞にとってはとても安心できる眠りだ。
舞が再び目を覚ましたのは6時前だった。睡眠時間そのものは長くないのに、何故か完全に寝尽くしたという感覚があった。そして、たばこの臭いに気が付いた。振り返ると宏一はベッドにおらず、サイドデスクで一服していた。
「宏一さん、もう起きたの?」
「あ、舞さん、たばこの臭いで起こしちゃったの?ごめんなさい。疲れてるのに」
「何言ってるの。そんなことない。もう完全に元気」
舞の声は明るく、自分でも嬉しいくらいだ。
「良かった。よく眠れたんだね」
「誰かさんのおかげで」
「そうか。本当に良かった」
宏一の言葉から舞は宏一の心遣いがよく分かった。心から安心できる相手と過ごしていると、我が儘を言いたくなる。
「ねぇ、そんなとこに居ないで、こっちに来て」
舞はそう言って宏一をベッドに誘った。宏一が再び舞を抱いて身体を優しく撫で始めると、舞はそっと自分から部屋着の帯を解いた。
「ねぇ、ちょっと・・・・触ってみて・・・・・」
そう言って宏一の手を自分の胸に当てる。宏一は優しく舞の小さな乳房を右手で包み込み、そっと撫で始めた。もしかしたら感じるかも知れないと思ったのだ。宏一の手は優しく乳房を撫でて乳首をそっと可愛がってくれる。そのまま舞は宏一の愛撫を受け止め、静かに感じるのを待った。
そのまましばらく、二人は舞の乳房から何かが起き始めるのを待った。しかし、舞は少しすると悲しくなってきた。
「ううっ・・・・・・うっ・・・・・」
「どうしたの舞さん?泣いてるの?」
「ごめんなさい。やっぱり感じない。こんなに安心してるのに。こんなに優しい人とベッドに居るのに・・・・・・・ううっ・・・・」
「ごめん。きっと俺が下手なんだよ」
「そんなことない。宏一さんはとっても上手。私だってそれくらい分かるもの。でも・・・・・・私の身体が・・・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・」
舞は静かに宏一の腕の中で泣き続けた。宏一が舞の乳房にそっと舌を這わせてもそれは変わらなかった。舞は乳首を舐められながら静かに涙を流し続けた。
そしてしばらくすると、舞は宏一の手を取って秘部に導いた。こっちなら感じるかも知れないと一縷の望みを託したのだ。ただ、無理だろうとは思っていた。
すると宏一が言った。
「ねぇ、舞さん、ちょっと聞いても良い?」
「なに?」
「あのね、怒らないでね。ちょっと聞いてみたいんだ」
「何でも聞いて。何でも答えるから」
「あのね、道具を使ってみる?」
「道具?何?」
「うん、ふと思って、ネットで買ってみたんだ。もしかしたら上手くいくかも知れないと思って。・・・・・・あのね・・・・怒らないでね・・・・バイブレーターって知ってる?」
舞は最初、意味が分からなかったが、やがて宏一の言っていることがだんだん分かってきた。宏一の気持ちが分かるだけに余計悲しくなる。
「うん・・・・・ありがと・・・・・・・でも・・・・・やっぱりいい・・・・」
「そうだよね。ごめん、変なこと言ったね」
宏一が素直に引き下がったことで舞の心に少しだけ余裕が生まれた。
「でも、どうしてバイブ・・・を買おうと思ったの?」
「正直に言うとね・・・・・・・結局、一種のストレスから来る精神的な病気みたいなものじゃないかって思って、それで病気なら積極的に治す方法があるんじゃないかって思ったんだ」
「それがバイブ・・・・」
「うん、病原菌とかの病気なら抗生剤とかの薬を飲むだろ?疲れが溜まってできたストレスなら元気になる栄養剤を飲むとか、そう言うことじゃないかって思って。だって、本人が辛い思いをして悲しんでるんだもの」
「でも、バイブって言うのが効くかどうかなんて・・・・・」
「そう。調べた限りでは、精神的に拒否感が強くて全く感じないって女の子も結構いるみたいなんだ。ほら、経験の少ない女の子は口で舐められても精神的に嫌悪感が強くて全然感じないって言うのと同じらしいよ。薬だって効いたり聞かなかったりするんだから同じだよね」
舞は宏一の話を聞いて、宏一が真剣に自分の身体のことを考えてくれていることに安心した。
「ちょっとだけなら・・・・・・」
舞の言葉を最初宏一は上手く理解できなかった。
「ちょっとだけ?なんのこと?」
「ううん・・・・・・・・」
さすがに自分から言い直すのは恥ずかしい。ただ、舞は宏一の気持ちは既にバイブを使おうとは考えていないことに気づき、逆に安心した。
「・・・良いわ・・・・・・ちょっとだけ使ってみようかな・・・・・・」
「いいの?」
「うん。だめなら使わなければ良いだけでしょ?」
「うん。もちろん」
「今、持ってる?」
「うん、あるよ。・・・・・ちょっと待って・・・・」
そう言うと宏一はバッグから宅配で届いた小さな荷物を取り出し、箱を開けて電池を入れた。
「結構小さいんだ・・・・・・」
「大きいのから小さいのまでいろいろあるみたいだけど、効くか効かないか調べるだけなら小さいので十分と思ったから」
そう言うと宏一は電池を入れたバイブを舞に見せた。電池の入った部分とバイブがコードで繋がっているタイプで、バイブ本体は親指ひと関節くらいの大きさだ。
「これが・・・・バイブ・・・・・」
舞はそれを改めてよく見てみた。しかし、自分の身体に使うというのには抵抗がある。
「これを、どうするの?」
「よく分かんないけど・・・・・・スイッチはこれだから・・・・・」
宏一は電池の入っている部分のスイッチを入れた。ぶぅーんと音がした。
「強さを2段階に変えられるみたい」
「それ、振動してるの?」
「うん、そうだよ」
そう言うと宏一はそれを自分の口に入れて舞の頬に押し付けた。こうした方が舞の拒否感が少しでも少なくなると思ったからだ。
「あ・・・・・・振動してる・・・・・・・かなり細かいのね・・・・・」
「うん、これはそう言うタイプだから。初心者用って書いてあったから」
「そうなんだ・・・・」
「最初は耳元で試すって書いてあったよ」
「耳元で?」
「うん、それで嫌じゃ無ければ、首筋、胸って順番にして行くみたい。メーカーのサイトにはそう書いてあった」
「それじゃ、してみて」
「え?舞さんが自分でするんじゃないの?」
「私がするの?嫌、宏一さんがして。宏一さんがしてくれるのなら良い」
「うん、わかった。それじゃ・・・・・」
宏一はそう言うと、舞の身体を引き寄せ、舞を後ろから抱きしめる形にして耳元で囁いた。

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