ウォーター

第三十三部

 


 やっと安心して感じられるようになったと思ったら、宏一は由

美の愛撫をやめてしまった。

「ああん、そんな、もっと」

息を少し弾ませながら膝の上から手を伸ばして甘えてくる由美を

起こしてしまう。

 「さあ、この前の復習だよ。上手にできるかな」

そう言うと、ベッドに座ったまま全裸の由美を後ろ向きに宏一の

膝の上に座らせた。もちろん、最初のうちは腰を引いて肉棒を少

しだけ突き出す。

「いや、ベッドに入りましょう、いや、こんな格好はいや」

宏一の目の前に一枝が座っているのだ。宏一の膝に座れば目の前

に一枝がいる。由美は嫌がった。

 宏一は肉棒の位置を秘核と秘口の間ぐらいにあてると、手を回

して胸の堅い膨らみを優しく揉み始めた。由美は、足を開けば迎

え入れて上下運動ができることに気づいていたが、一枝の目の前

で足を開けるはずがなかった。

「あう、あうっ、ううっ、だめ、いや、我慢できなくなる、いや、

見ないで、一枝ちゃん、アアッ、だめ、あうっ」

無意識にもっと感じようとして由美の足が意志の力を上回って次

第に開き始める。少しでも足を開けば確実に快感が強くなってく

る。

 じわりじわりと開いてくる足を何とか元に戻そうとするが、足

を閉じるといったん秘唇に割って入った肉棒をより強く締め付け

てしまうので更に快感が強くなる。由美は、もう我慢できないと

思った。

どんなに我慢してもいずれは見られてしまう。そう思うと、もは

や宏一を受け入れることだけを考え始めた。宏一は由美の足が開

いてきたことを察すると、腰を突き出しながら自分の足を大きく

開いた。由美の足もそれに併せて大きく開く。

 一枝は目を見張った。由美の淡い茂みの中に肉棒がはっきりと

見えた。凄い大きさだった。肉棒の奥に袋もはっきりと見える。

そして、淡い茂みに突き刺さっている肉棒の周りは由美の液体で

ぬらぬらと光っていた。由美の秘唇はほとんど茂みと肉棒に隠れ

ていたが、綺麗なピンク色をしており、嫌らしさとかわいらしさ

を持っていた。

 宏一は由美の腰に手を当てると、少し持ち上げてから肉棒の上

に下ろした。

「くーっ、入ってっくるっ、いっぱいっ、いーっ」

由美はもう我慢できなかった。目をつぶったまま自分から上下に

動き、宏一の肉棒をむさぼる。

「あーっ、イイッ、イイッ、いいのっ、宏一さん、ああっ、あう、

あうっ、イイッ」

我慢していた分を取り返すかのように一気に快感の坂を駈け上っ

ていく。

 一枝は真っ赤な顔をして由美の体を見つめていた。茂みに少し

隠れてはいたが、宏一の肉棒が出没するのがはっきりと見える。

由美の様子から、凄まじい快感が身体を駆けめぐっているのが伝

わってくる。それを見ているだけで自分の身体もじわっと熱くな

っていることに気が付いた。

 由美は一枝が見ていることを考えると夢中になってはいけない

と思うのだが、心の中にある一枝に対する優越感が感覚を鋭くし

ていく。『一枝ちゃんに見せつけるんだ』そんな思いがどこから

か由美の心の中で囁いている。『宏一さんは私の大切な人なの。

こんなに愛し合っているのよ』そう思うと、一気に頂上に駈け上っ

ていく。

 宏一は由美の腰を支えていた両手を上に伸ばし、胸の膨らみを

下から揉み上げるようにしてやると、由美の快感は一気に身体の

全てを満たしていく。

「あーっ、イイッ、こんなにされたら、あ、もう、もういっちゃ

う、もういっちゃうーっ、まだっ、アアッ」

腰をグラインドさせながら揉まれている胸を突き出し、髪を振り

乱している由美の姿に一枝は圧倒された。『すごい、ゆんがあん

なになるなんて。私、できるかしら』

やがて由美が、

「もう、もういっちゃう。まだいや、もっと」

と言いながら、体をのけぞらせて硬直し、頂上を極めたとき、一

枝には肉棒が刺さっている由美の秘口が萎むのがはっきりと見え

た。由美の体がすーっと濃いピンク色になって大きくのけ反り、

一枝の目の前に乳房が突き出される。

「うう、・・・う・・、う、ううっ」

由美が軽く痙攣する度に秘口が肉棒を締め付ける。

 宏一は由美を膝の上から下ろすと、ゆっくりとベッドに横たえ

た。一枝はこれで終わったと思った。後は由美と帰るだけだ、そ

う思った途端、由美の手が宏一に向かって伸びていった。まだ

弾んだ息のままで、

「宏一さん、もっと、このままじゃいや、もう一回、ね、お願い

します」

宏一も当然のように、

「今度はお口で少ししてからね」

そう言うと、横たわっている由美の足を大きく広げて茂みの中に

顔を埋めた。

 『また始まった』一枝の目は再び由美に釘付けになった。宏一

は、最初からぴちゃぴちゃと音を立てて由美の茂みの中を舐めて

いた。

「はあっ、アン、はうっ、ダメ、音を立てな、アアッ」

由美は宏一の手を引き上げて自分の胸に持ってくると、自分の手

は宏一の頭を持ち、宏一の顔が秘唇に押しあてられるような体勢

を作る。さらに両足をM字型に大きく開いてゆっくりと何度も腰

を突き上げ、宏一の舌を秘唇全体で迎えにいく。

「はあっ、あっ、ううっ、あーっ、いいっ」

目もくらむような嫌らしい光景に一枝は『なんていやらしいこと

をしてるの』と驚いた。

 こんな事を由美がするとは、と驚いていた。どちらかというと、

由美の方が積極的に宏一を求めている。まさにむさぼっている、

と言う言い方がぴったりくる光景だった。由美は両足を大きく全

開にすると、自分からクイッ、クイッと腰を使って宏一の顔に秘

唇をこすり付けて喘いでいた。

 「アアッ、イイッ、宏一さん、止まらない、いいっ、止まらな

いのっ、ああっ、このままじゃいや、アンアン、もっとちゃんと

入れて、いっぱい欲しいの、オチンチンが欲しいっ、止めて、も

う、いっちゃうからぁ、お願い」

激しく喘ぎながら由美は宏一に挿入を求めた。求めながらも由美

の腰はさらに一定のリズムで宏一の顔を迎え入れていた。

 宏一は、由美の言うとおりに一旦顔を上げると、由美の乳房を

舐めたり吸ったりし始めた。右手は茂みの中で小刻みに動き、左

手ではもう片方の乳房を揉んでいる。

「ああん、ちゃんと言ったのに。おねだりしたのにぃ。宏一さん、

早く、早く下さい。欲しい、欲しいの。早く、はめて、我慢でき

ない」

由美の両足は思いっきり開かれ、指で何とか感じようと腰をグラ

インドさせている。一枝は由美の手の位置が少し高いのでよく見

ると、宏一の腰の辺りをさすっているようだ。しかし、宏一を後

ろから見ているので何をしているのか分からなかった。『何であ

んなことしてるのかしら?』不思議に思ってよく見てみると、右

手で宏一の肉棒をしごいている事に気が付いた。『そんなにして

まで入れて欲しいの?もう、一回いったんでしょ?』一枝には信

じられなかった。

焦らすだけ焦らしてから宏一は、いよいよ膝立ちの姿勢で由美に

入っていった。由美は、

「いーっ、深いっ、あーっ、こんなっ」

と声を上げて悶えながらブリッジを作って反り返る。宏一はその

まま由美の感触をしばらく楽しんだ。

 「アアン、イイッ、いいの、もっと、もっと欲しい、早く、いっ

ぱいズボズボして、宏一さん、抱いて、抱いていっぱいして」

両手を宏一の方に伸ばしながらも、由美の腰は怪しく動き、時々

ニチャッと音を立てる。

 宏一は、そろそろ満足させてやることにした。由美に覆い被さ

ると両手で乳房を揉みながら腰の動きを速くしていく。

「あーっ、これがいいのっ、いいっ、あーっ、よすぎるっ、くっ、

ううっ、ああっ」

由美はスラリとした足を宏一の腰に絡め、下から腰を大胆に突き

上げる。

 由美が絶頂を迎えるまで、一枝は身動き一つせずに二人の交わ

りを見つめていた。愛の表現はもっと単純なものだと思っていた

一枝には刺激が強すぎた。目の前にいるのは本能でうごめく男と

女だった。由美の表情は、喜びと苦しみに悶えているようだ。

「アアッ、宏一さん、いいっ、愛してる、好きよ、このまま、あ

あっ、いっちゃう、いっちゃう、しっかり抱いて、ああ、あ、あ

うーっ」

由美の体が硬直して、宏一の下でぴくっぴくっと痙攣するのを一

枝はただ放心して見つめていた。

 宏一がベッドから降りて服を着終わってもぐったりとした由美

は動かなかった。まだ足を少し開いた大胆な格好のまま、時折、

今までの交わりの激しさを思い出すかのようにピクッと痙攣して

いる。その顔は、まるで眠っているかのような、とても安らかな

表情をしている。

やがて、宏一がライターでタバコに火を付けた音でやっと体を起

こした。由美はゆっくりとだるそうに体を起こし、無言で下着を

付け終わると、制服に手をかけながら、

「一枝ちゃん、待っててくれたのね。ありがとう」

そう言った。その言葉で一枝は、由美が途中から一枝のことを忘

れていたことに気が付いた。イスから立ち上がるときに、ビクッ

と快感が一枝の身体の中を駆けめぐった。

 二人は駅までの道ではあまり話をしなかった。もうすぐ駅に着

く、と言うときに、

「いつもあんなに激しくするの?」

と一枝がポツリと聞いた。

「今日は宏一さんが最後までいかなかったけど、いつもみたいに

もう少し時間があれば、宏一さんの最後にあわせてもう一回ぐら

いはいかせてくれるのよ」

由美は恥ずかしそうに、一枝の耳元で囁いた。

 「由美、妊娠の心配しないの?」

「危ない日は、私の中には、しないの。その、あそこじゃなくて

・・・、口で・・・お互いに。でも、幸せになれるわよ」

由美は顔を真っ赤にして小声で囁いた。

「あんなにしたら疲れるでしょう」

一枝は自分でも何を聞いているのか分からなくなって、変な質問

に赤面した。

「そうね、家に帰って夕食を食べて、お風呂に入ったらぐっすり

寝ちゃうこともあるわ。でも、ちゃんと勉強だってするわよ」

「ゆんの成績なら少しくらい遊んでてもいいのに」

「宏一さんにがっかりされたくないもの。宏一さんにも勉強見て

もらってるし」

 そう穏やかな声で言いながら由美は、一枝に対してずっと話し

やすくなっていることに気が付いた。もうこれ以上なにも隠すこ

とがないので、開けっぴろげに話せるのだ。部屋で一枝に見られ

ているときは恥ずかしくて何度も後悔したが、今はそうでもなかっ

た。

 一枝の表情を見た由美は、

「一枝ちゃん、私があんまりエッチなんで軽蔑したでしょ」

と言った。一枝は、少し考えたようだったが、

「はっきり言って、そう思ったけど・・・うらやましいわ。あん

なに夢中になれるなんて。由美って情熱家なのね」

「一枝ちゃんにしては珍しいこと言うのね。いつも自信いっぱい

なのに」

「そう見せてるだけよ。特にゆんには」

「私に?」

由美は一枝の顔をのぞき込んだ。

 しかし、一枝はまっすぐ前を見たまま、

「私、ちゃんとできるかなぁ」

「大丈夫よ、宏一さんに任せておけば心配ないわ。一枝ちゃんの

体に合わせてしてくれるから」

「だって、ゆんみたいに激しく感じなかったら・・・」

「宏一さんがそういう体にしてくれたのよ。私、最初は少しくす

ぐったいだけだったのよ」

「ほんと?」

一枝は少しだけ興味を示した。

「宏一さんは何度もゆっくりとしてくれたから、だから感じる

ようになったの」

「そう、だから、ゆっくり慣らしてっていったのね」

やっと一枝にも意味が飲み込めたようだ。ほんの少しだけ希望が

見えてきた。そこまで話をしたところで駅に着いた。改札を入る

とき、

「ありがとう、感謝してるのよ」

最後に一枝がそれだけ言った。

 

 宏一の仕事は、金曜日になってどうやら先が見えてきた。これ

で安心して九州に遊びに行ける。改めて気合いを入れて工事手配

の最後の詰めを行う。宏一のいない間に工事だけをしておくが、

システムが上手く動くかどうかは宏一が帰ってきてから確かめる

ことになっている。だから、端末の配線の切替はまだ行わないこ

とになっていた。

 その日は一日中工事業者に電話ばかりかけていた。以前の仕事

からつき合いのある業者なので細かいことを言わなくても済むこ

とがありがたい。

「三谷さん、アップグレードしたんですって?」

電話でしか知らない業者の女性が宏一にそう言った。

「うちの親方なんて凄く喜んでたわよ。今時、簡単に安くしろと

言う人はいても高くしろって言う人はいないって」

宏一はその言葉でリベートをすんなり上げてもらえた理由を理解

した。

 午後に入ってから、各部署を回り、工事の概要と注意事項だけ

を簡単に説明して回る。丁寧な言葉でいろいろ言ってはいるが、

要するに、新品なんだからちゃんと動くまであんたの汚い手で新

品に触るんじゃない、と言っているだけだ。すでに回覧は回して

あったのでどこもすんなりと応じてくれた。

 総務部に寄ったとき、真っ先に目で友絵を捜した。しかし見あ

たらない。残念な思いにがっかりして、部長席に言ったが、部長

も不在だった。

「あの、部長はいらっしゃらないのですか?」

近くの女性に聞くと、

「今は、お客様を見送りに下に降りていらっしゃいますが・・・

三谷さんですか?」

「はい、そうですが」

宏一の答えに急に愛想が良くなる。

 「もう戻ってくると思いますからそちらでお待ち下さい。ほん

とに、すぐに戻ってきますから」

そう言うと、宏一を応接ブースに案内しようとする。

「いや、あの、今日は工事の説明と休暇を頂く挨拶にきたんです。

こんな所に入れてもらうほどのことでは・・・・それと、少し皆

さんにご説明させていただけますか?」

「あ、そうですか、はい、どうぞ」

その声は、どうやら友絵と同じ手で近づくことができなくなって

がっかりしているようだ。

 宏一が簡単に部屋にいる人に説明していると、部長と友絵が帰っ

てきた。友絵は宏一を見て見知らん顔している。そのまま宏一は

説明を最後まで終えると、総務部長に

「おかげさまで予定通りに進みました。このまま来週は休暇を頂

きたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

と伺いを立てた。

 もともと、宏一はこの会社の雇用者ではないのだから、総務部

長にも正式な権限があるわけではない。あくまでも礼儀であった。

「そうか、ご苦労様、今日の四時からの臨時部長会、よろしく頼

むよ。まぁ、座りたまえ」

今日の総務部長は機嫌がよい。もともと気分を表面に出す人では

ないから、宏一が勝手にそう思っているだけなのかも知れない。

 「別に答えなくてもいいんだが、休暇では実家に帰るのかね?」

「いえ、気分転換に南九州を回ってこようと思います」

「そうか、九州か、若いってのはいいことだな」

「ありがとうございます」

「念のために連絡先だけ残しておいてくれ、新藤君に渡しておい

てくれればいい」

「分かりました。えっと、携帯の番号はこれだし・・」

宏一は携帯のスイッチを入れ、初期画面に現れる自分の番号を友

絵に見せた。

 友絵がメモしようとするとすぐに画面は消えてしまう。

「あ、いいよ、後でスイッチを入れ直して読んでおいてね。俺の

机に戻してくれればいいから」

そう言って次に自宅の番号、滞在先のホテルの名前などを次々と

告げた。

「結構優雅な旅行じゃないか。独身貴族そのままだな」

「この旅行を楽しみにしてがんばってきたんです。家族持ちの方

には申し訳ありませんが、目一杯、羽を伸ばさせてもらいます」

宏一は和やかに総務部長の言葉を受け返した。

 そのまま少し九州の話をしてから、

「あ、もうすぐ時間ですね。それではいつもの会議室に伺います」

そう言って宏一は戻っていった。友絵は宏一が携帯を忘れていっ

たことに気が付いたが、宏一が戻った頃を見計らって返しにいく

ことにした。どうせ今日も残業なのだろうし、あわてることはな

い、そう思って自分の残業のネタを探し始めた。

 宏一は自分の所に戻ると、大急ぎでプレゼンの資料を手直しし、

カラーでOHPシートを作っていく。このカラープリンターはO

HPシートになると、印刷速度が大幅に遅くなるのでやきもきし

ていた。だから、すっかり携帯のことは忘れていた。

 臨時部長会では、思ったより説明に時間がかかり、宏一をあわ

てさせた。どの部長も、表だって反対はしなかったが、宏一が勝

手に高価なシステムにしてしまったことには納得がいかないよう

だった。

何度も質問が出て、そのたびに宏一が丁寧に答えていたので二時

間近くたってもまだ終わらなかった。

 結局、最後に総務部長が、宏一がその分の埋め合わせに外部講

師の替わりになることを申し出ていることを告げると、やっと和

んだ雰囲気になった。

宏一は、総務部長が全て話をつけてくれているものとばかり思っ

ていたので、何でこんな目に遭わなければいけないのか納得がい

かなかった。

 退室するときに、木下部長にこっそり尋ねてみた。

「あの、今回の変更について、総務部長からは何も事前説明のよ

うなものはなかったのですか?」

「ああ、なかったよ。もし、それをされていれば確かにこの場で

の話はうまく進んだかも知れないが、後で三谷君が困ることにな

るから、なにも言わなかったんじゃないのかな?」

そう言われてやっと分かった。

 事前に全て決めてしまっていれば、後になってから納得しない

部長連中の協力が得られにくくなることは十分に予想できた。こ

こで宏一が冷や汗をかいて切り抜けたからこそ、今後の協力が確

実に得られるのだ。

 宏一は、部屋に戻るとすぐに後始末をして退社した。急がない

と洋恵の家に7時迄に着かなくなる。それでも、駅のホームであ

わてて蕎麦だけは食べた。宏一が洋恵の家に着いたのは丁度7時

だった。

 友絵は、すでに電気の消えている営業三課を見てあわてた。旅

行に行くのに携帯がないのでは不便だし、いざというときこちら

から連絡が付かなくなる。大変なことをしてしまったと思った。

何とか、宏一が出発する前に返さなければならない。そこまで考

えて、ふと、宏一に合う口実ができたことを少しだけ喜んだ。

しかし、宏一にそのために携帯を返さなかったと思われるかも知

れないと思うと、やはり少し気が重かった。

 友絵は取りあえず宏一の携帯を持つと帰宅することにした。会

社を出てすぐにハンドバッグの中の宏一の携帯が鳴り出した。

『あ、気が付いて電話してきてくれたんだわ』そう思ってあわて

て通話スイッチを入れる。

 「もしもし、宏一さん?明子です」先に話したのは向こうだっ

た。一瞬、友絵は大変なことになったと思った。

「あ、あの、もしもし・・・」

「失礼しました。番号を間違えたようです。申し訳ありませんで

した」

「いえ、三谷さんにおかけですよね。合ってます。あの、これは

三谷さんの携帯です」

友絵も、とっさのことで何と言ったらいいか分からなかった。

 それ以上にびっくりしたのは明子である。

「あの、宏一さんはいないんですか?」

明子は、言ってしまってから当たり前のことを聞いていることに

腹が立った。

「いえ、あの、はい、今はいません」

「そうですか」

突然明子の声が冷たくなったのに友絵はあわてた。

 「あの、違うんです。三谷さんが今いないのは・・・」

明子は、話しかけた友絵に強引に割ってはいると一気にしゃべっ

た。

「宏一さんに伝えていただけますか、日曜日の夕方なら電話に出

れるからと。失礼しました」

「待って下さい・・・」すでに友絵は発信音に変わってしまった

携帯に向かって話していた。

 それからは、どうしたらいいか、どうやって謝ろうか、友絵は

そればかり考えていた。このままでは、きっと宏一は怒るだろう、

怒らないまでも、ひどくがっかりするかも知れない。こんな事が

あったら、もう自分を誘ってはもらえないかも知れない。友絵は、

どうやったら宏一に誤解されずに済むか、当てのない悩みを持っ

て家路についた。

 一方、明子は、やっと相手を捕まえたと思った。可愛い話し声

の人だった。何か言いかけたようだったが、言い訳なんか聞きた

くなかった。

たぶん、二人でいるときに宏一が席を外したのだろう、偶然その

ときに電話をしたのだ、きっと二人で夕食にでも出かける途中な

のだろう、勝手にそんな風に思っていた。宏一の携帯にかかって

きた電話をなぜ友絵が取ったのか、そんなことまでは考える余裕

をなくしていた。

 本当は、明日の土曜日に宏一の所に行こうと思って電話をした

のだが、可愛い声を聞いていたら、そんな気分はなくなってしまっ

た。一生懸命書類を片付けて時間を作った自分がばからしく思え

てきた。『いつからの関係なのかしら』冷たい目をしてそんなこ

とを考えていた。


トップ アイコン
トップ


ウォーター