ウォーター

第三十六部

 


 両親に挨拶をして、

「川崎の駅で会社の同僚にあったものですから」

と言って、友絵を紹介する。友絵は丁寧に両親と洋恵に挨拶をし

た。両親の方は、宏一が女性を連れてきたので明らかに安心した

ようだ。

「向こうの兄は、船を下りたところで出迎えると言っております

ので、しばらくの間だけ我慢して下さい」

言葉の端々に、男性と二人で大切な娘を送り出す心配が見て取れ

る。

「だいじょうぶですよ。一人じゃ騒ぐ相手もいないから大人しく

しているしかないでしょう。ね、洋恵ちゃん」

そう言うと、挨拶も早々にカウンターに行って乗船券購入申込書

を書き込んでいく。これとクーポン券を見せて乗船券と引き替

える仕組みだ。

「中学生の女の子なんで驚いたかい」

宏一は友絵にそう聞き返したが

「いいえ?全然。だって、向こうに着いたら一人旅なんでしょ?

切符だって二等寝室だし」

と何気なく答えたので宏一が驚いた。あのドタバタの中で良くそ

こまで注意して見ていたものだ。確かに切符の確認もしたし、日

程の確認もしたが、それにしても、と友絵を見直す。この中では、

洋恵は明らかに子供として扱われていた。洋恵にはそれが面白く

ない。まともに宏一と口を利こうともしない。

「ちょっと待っててね」

そう言って申込書の内容を確認すると、窓口に並ぶ。友絵は両親

と当たり障りのない話をしているようだ。窓口で素早く乗船申込

書の二等のところの○を消して一等のところに○を付け直し、用

意してあった一等用のクーポン券を出して一等の乗船券と引き替

える。

 友絵のところに戻って少しすると、出航30分前になった。

「さぁ、そろそろ行こうか」

そう言って宏一が洋恵を促すと、渋々という感じで付いてきた。

ターミナルからゲートを通ってボーディングブリッジに入る前に、

両親は洋恵に最後の注意を与えている。

 洋恵が両親から離れると、友絵はニコニコとして手を振ってく

れる。

「行ってらっしゃい」

「ああ、みんなによろしく。ちゃんと職場にはお土産を買って行

くから」

「待ってますよ」

自然にそんな会話が出てくる。宏一は洋恵の両親にもう一度会釈

をして友絵に軽く手を振るとブリッジを渡っていった。

 船の中に入ると、エントランスホールで乗船券の確認と部屋の

割り振りが行われていた。宏一は

「洋恵ちゃん、切符を頂戴」

と言って洋恵から切符を受け取る。怪訝そうな顔で切符を渡す洋

恵に、

「今、部屋の受付をしてもらうからね。このまま待っててくれな

いかい」

そう言って、一等の受付に並ぶ。

「先生、そっちは一等よ」

「いいんだよ。後で説明するから」

宏一はそう言って一等の部屋のカギをもらってしまう。

 「さぁ。行こうか」

宏一が歩き始めると、

「先生、二等じゃないの?」

と不思議そうに聞いてくる。

「洋恵ちゃんとふたりっきりで旅行したかったから、一等の切符

を買ったんだ。だけど、二人部屋だとお母さんたちが心配すると

思って、洋恵ちゃんには二等の切符を渡したんだよ」

そう言うと、一応納得はしたものの、何かすっきりしない顔をし

ている。

 部屋に入ると、フェリーの中とはとても思えない素晴らしい室

内だ。さすがバブルの絶頂期に就航しただけあって、下手なビジ

ネスホテルのツインよりも立派になっている。洋恵も唖然として

いる。

「さぁ、気に入ってくれたかな?」

宏一が自信を持ってそう言うと、洋恵は窓の外の景色を見に行っ

た。

 「うわぁ、高い」

洋恵は窓の外の景色を見て驚いている。

「お父さん達いないかなぁ」

そう言って見送りの人の中に家族がいないか必死に探し始めた。

宏一は洋恵の後ろに立つと、窓に肘をついている洋恵の脇から

そっと両手を差し込み、そっと二つの膨らみを撫で始める。

 一瞬、体を堅くして洋恵は

「イヤ」

と言ったが、特に反応はしなかった。どちらかというと宏一を無

視しているような感じだ。宏一は特に気にもしないでゆっくりと

洋恵の感じやすい強さで軽く膨らみを撫で続ける。こうしていれ

ば必ず洋恵の体が反応することに自信を持っていた。

 やがて、洋恵の膨らみが堅く膨らんでくると、洋恵の息が少し

乱れてきたような気がした。しかし、洋恵はそんなことは気にし

ていないかのように

「あっちにもいないかなぁ」

とまだキョロキョロと探している。

「あ、見つけた」

そう言うと、窓の外の一点に向かって盛んに手を振り始める。

 宏一は更に激しく攻めることにした。いったん手を脇から抜く

と、洋恵のスカートの中に手を入れ、パンツを降ろして脱がせて

しまう。

「いやだってば」

洋恵は少し強い調子で抵抗したが、窓の外の方が気になるようだ。

宏一は洋恵のTシャツをまくり上げると脇から手を入れて再びブ

ラジャーに包まれた膨らみを愛撫し始める。

 「先生、こんなのイヤ、全然優しくない」

洋恵は嫌がって宏一の手から逃げようとした。

「ほら、もうすぐ出航だよ。早く手を振らないと見つけてもらえ

ないよ」

宏一がそう言うと、仕方なく宏一に体を許したまま手を降り続ける。

このとき、洋恵の両親はパンフレットに書いてあった二等寝室の

デッキを見ながら洋恵を捜していた。洋恵達のいる一等は二等に

比べて船の前方にあるので洋恵の姿を見つけることはできずにい

た。

 「こっちを見ないかなぁ、あ、イヤ」

洋恵は自分の体が反応し始めたことを悟るとなるべく感じないよ

うにして、家族との別れを惜しみたかった。しかし、宏一は早く

洋恵の体が燃え上がるようにじっくりと愛撫し続けた。

「あ、先生、イヤだって、やめて」

洋恵の声が次第に感じていることを正直に告白し始める。

 宏一は洋恵の体の準備ができたと見て、一気に攻めていった。

両手をぎゅっと握り洋恵の体に快感を送り込む。

「ああっ、せんせっ、いやっ、だめっ、いやっ」

洋恵はいやいやをして快感から逃れようとする。更に宏一はス

ラックスのジッパーを下げて自分の肉棒を取り出すと、洋恵の尻

から差し込んで秘核を刺激する。

 「ああーっ、いやっ、いやーっ」

洋恵の声が悲しさを帯びてきた。いつもなら喜びに悶えるはずな

のにと、やっといつもと違うことに気が付いた宏一は軽く腰を動

かしながら耳元でささやいた。

「どうしたの?洋恵ちゃん、いつもみたいに感じてごらん」

宏一がそう言うと、ついに洋恵は

「いや、いや、やめて、いやーっ」

と言うと、ワッと泣き出してしまった。

 あわてて宏一が肉棒を抜いて両手を離したときは既に遅かった。

激しく泣き出した洋恵はベッドに俯せになって宏一が近づいても

激しく手を振って拒絶する。

「イヤだって言ったのに、あんなに言ったのに、全然聞いてくれ

ない。私のことなんか全然考えてくれない。エッチなことばっか

りして。それに先生の周りはいつも女の人ばっかり。昨日の人

だって」

洋恵は激しく泣き続けた。宏一は何か言わなければと思って

「洋恵ちゃん、あの・・」

と言った途端、

「話しかけないで。ほっといて!先生なんか大っきらい!」

ととりつく島もない。洋恵の心の中では、昨日見た明子や今日見

た友絵に比べてあまりにも子供な自分が情けなく、それだけで、

自分が宏一を好きになったことが無駄なように思えた。そして、

宏一を引き留めておけないだろうと言う悲しさが渦巻いていた。

 船が出航しても長い間、洋恵は泣いていた。やっと泣きやんだ

と思っても宏一の方を向こうとさえしなかった。

「ごめんね」

宏一は何度も謝ったが、洋恵は一言も返事をせず、心は閉ざされ

たまま開かれることはなかった。

 やがて船内放送でレストランが開いたことを伝えてきた。

「洋恵ちゃん、もう触ったりしないから夕食に行かない?お腹空

いたろ?」

宏一がなるべくそっと言ったが、

「先生が行けば。私はここにいる」

と完全に無視している。宏一はしばらくじっとしていたが、この

ままこうしていても無駄だと思って部屋の外に出ることにした。

 「じゃあ、食事に行ってくるからね」

「はい」

洋恵は一言だけ向こうを向いて応えた。レストランに向かっては

見たものの宏一の足取りは重かった。洋恵がこんなに嫌がったの

は初めてだった。いつもは宏一が驚くほど積極的に快感をほしが

り、恥ずかしいことでも嫌がらずに何でもしてくれた。それが、

今日は別人のようだ。たぶん、最初からその気がなかったのだろ

う。友絵と一緒に来たからなのか、昨日、明子を見かけたのかも

知れない、それとも両方か、考えては見たものの後の祭りだった。

 広いホールを抜けてレストランに来ると、たくさんの人が列を

作って待っていた。今は少々時間がかかってもなんの影響もない。

ただボーっとして列に加わっていた。洋恵を怒らせてしまったこ

とが宏一には悲しかった。『何とかならないものか』そんなこと

ばかり考えていた。

カフェテリア方式のレストランなので焼き肉定食とビールと

サラダを取り、更にコーヒーとケーキを追加した。今は部屋に戻

りたくなかった。ゆっくりと食べてからデザートで時間をつぶす

つもりだ。

 しかし、当然だがオープン直後のレストランの中は混んでいた。

ゆっくりと一人で食事できる場所など空いているはずもない。ゆっ

くりとテーブルを回って空いている場所を探す。しかし、4人用

のテーブルに2人で座っているのが関の山で一人の客自体が見つ

からない。ましてや空いたテーブルなどは望むべくもなかった。

 仕方なく、アベックのところに相席を願い出る。アベックは明

らかに困った様子だったが、席が混んでいるので仕方ないと思っ

たのだろう、了承してくれた。たちまちテーブルは宏一の焼き肉、

ご飯、みそ汁、ミニサラダ、漬け物、サラダ、ケーキ、コーヒー

に占領されてしまう。アベックは自分たちの席に後から来てテー

ブルを広く使う宏一に迷惑そうな顔をしたが宏一は気が付かなかっ

た。アベックは自分たちのカツカレーをそそくさと食べるとテーブ

ルを立っていった。

 そのころになってやっとテーブルが空き始めた。宏一があても

なく、と言う感じでぼそぼそと食べていると、

「すみません、ここ、よろしいでしょうか」

と声がした。ふと顔を上げるとトレイを持った小柄な女性が立っ

ている。

「ええ、どうぞ」

そう言うと宏一は再び自分のトレイだけを見ながらのろのろと食

べ始める。その女性は宏一の斜め前の席に座ったので顔を伏せて

食べている宏一は一目見ただけで、よく見えなかった。また、見

ようと言う気も起きなかった。

 宏一がたっぷりと時間をかけて全てを食べ終えたとき、既に店

内はだいぶ空いていた。見ると半分程度しかテーブルが使われて

いない。斜め前の女性はいつの間にかいなくなっていた。宏一は

ゆっくりと席を立った。

 時計を見ると部屋を出てからまだ2時間しか経っていなかった。

まだ部屋に帰りたくなかったので、もうしばらく時間をつぶすこ

とにした。船内を歩き回ってみたが、なかなか気に入ったところ

は見つからない。元々落ち込んだ人間が入りやすい場所などと言

えば居酒屋かバーくらいだが、船内のバーには入らなかった。今、

飲み始めるとどこまでも飲みそうな気がして少し怖かった。

 

 風にでも当たってみるか、と思い立ち、デッキに出ることにし

た。船は左舷側から風を受けていると見えて、左舷のデッキは強

風のため立入禁止の札が出ていた。広いエントランスホールを横

切って右舷側に回ってみる。『少しくらい強い風に当たれば気分

もすっきりするだろう』そう思うと少しだけ気分が晴れた。食事

に飲んだビールが効いてきたのかもしれない。

 宏一は前を歩く人に続いてデッキに出ようとした。しかし、ド

アを押して出ようとするとかなり強い風の圧力で容易には開かな

い。やめようか、と思って引き返そうとする宏一の横を、一人の

女性がグイッとドアを開けて出ていった。しかし、開けた瞬間に

予想以上に強い風の圧力がドアを閉めようとする。そこを女性が

通り抜けようとした瞬間、

「きゃっ」

と声がしたので、はっとして宏一はあわててドアを押さえる。し

かし、強い風に押されたドアはどんどん閉まっていき、身体だけ

通り抜け、後ろから来る宏一のためにドアを押さえている手を挟

んでいく。宏一は、思いっきりドアを体で押して支えた。風の圧

力で閉まりかけたドアがやっと開き、スッと手が引き抜かれた。

 宏一が外に出ると、思ったほど風は強くない。

「どうもありがとうございました」

小柄な女性が宏一に頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして。怪我はありませんでしたか?」

「はい、大丈夫です。あ」

返事の最後に変な声がしたので宏一は女性の方を見た。

「ああ、さっきの」

今度は宏一が答えた。先程レストランで後からテーブルに来た女

性だった。

 「やはりさっき食事していらした・・」

女性が話しかけると、

「ここは風がありますから後ろの方に行きませんか」

宏一がそう言うと、

「はい」

とそのまま二人は船尾のデッキに向かって歩き始めた。

 しかし、船尾も風は結構あった。左舷のデッキはもっと強烈な

風が吹いていた。少しの間うろうろとした二人だったが、後部

デッキの一番前のところで話をすることにした。

「失礼ですが、おひとりですか?」

「はい」

「帰省される所ですか?」

「いいえ、大分で仕事があるものですから、ちょっと冒険してみ

ようかな、と思ってこの船にしたんです。あの、あなたは?」

「宮崎の友人の所まで行くんですよ」

「恋人か何かに会いに?」

「いいえ、そんなものじゃありません、何年ぶりかなぁ、4年ぶ

りになるのかな。大学時代の友人ですよ」

宏一は、結構はっきりと話す人だな、と思って当たり障りのない

言い方で答えた。こういうときは、答える側から聞く側に回るに

限る。

「あなたは仕事でとおっしゃいましたが、大分で仕事というと旅

行関係か広告か何かですか?」

「いいえ、会議なんです。私、薬剤師なんですけど、大分のホテ

ルで会議があるものですから。コンソーシアムって言うんです

けど」

「温泉で会議とはいいですね。おっとコンソーシアムですね」

「でも、こんな時期にしなくたっていいですよね。みんなまだお

盆休みですよ」

どうやら会話が弾んできたようだ。

 宏一はちょうどいい気晴らしになるとばかりに会話を楽しんだ。

女性は紺野恵美と言い、藤沢に住んでいて実家から職場に通って

いるそうだ。身長は155センチぐらいの小柄な人で、丁寧にカー

ルしたロングヘアーがとても似合っている。

 しばらく話をした後で、恵美は

「もし良かったら、上のデッキに上がって見ませんか?」

言い出した。

「え?でも、風が強いと思いますよ。大丈夫かなぁ。でも、もの

は試し、行ってみましょうか」

とは言ったものの、宏一は少し心配した。時速40km以上の速度で

走っているのだ。その上、向かい風のようだ。そう言っているう

ちに恵美は風をものともせずに階段を上がっていった。デッキの

上は予想通りかなり強い風が吹いていた。隣り合っていても大き

い声で話さないと良く聞こえない。

 「私、こんな夜の海って一回見てみたかったんです」

恵美が大きな声で話す。海は少し風があったが、月が綺麗に見え

ており、所々に浮かぶ雲が水墨画の世界のようだ。

「恵美さんてロマンチストなんだね」

「私が?そう言ってもらえると嬉しいですけど、でも、結構現実

派ですよ」

「そうかな、じゃあ、今はロマンチストなんだね」

「そんなにこだわらなくてもいいのに」

と恵美は笑った。

「こんな景色、普通は見られませんからね。それだけ」

そう言いながらじっと海を見ている。

 『何を考えているんだろう?もし、話してくれたらいいのにな』

そうは思ったが、さすがにさっきあったばかりの女性の心の中に

踏み込んでいく勇気はなかった。宏一も隣でしばらく海を見てい

た。滑るように海の上を動いていくのと、船の上の方なので波の

音も聞こえないこともあって、低く空を飛んでいるような錯覚に

陥る。

 思い切って宏一は話しかけてみた。

「恵美さんは帰りも船にしたの?」

「ええ、そうですよ。一回、ゆっくりと船旅がしたくて船にした

んです。今までこんな船に乗った事なんて無かったから。でも、

帰りは二等なんです」

「え?今日は一等なの?一人でしょ?」

「ええ、一人になりたかったから、ちょっと思い切って贅沢して

みたんです。お盆に働くんですから。でも、片道だけ」

「もしかして話しかけて迷惑したかな?」

「そんなこと、いざ一人になると退屈なものですね。だって部屋

にいてもなんにもすること無いから。だから、食事の後に外に出

てみたんです。今日は三谷さんとお話しできてとっても良かった

ですよ」

「それはよかった」

 「少し寒くなってきましたね。下に降りましょう」

「うん、もし良かったら、少しだけバーに行ってみませんか?恵

美さんに時間があれば」

宏一はもう少し恵美と話がしたかった。この楽しい時間が過ぎて

しまえば洋恵の所に戻らなくてはいけない。洋恵が寝た頃を見計

らって戻るつもりだった。明日の午後に到着するまでの間、午前

中いっぱいかけて洋恵とゆっくり話をしようと思っていた。

 「え、いいんですか?じゃあ、ちょっとだけ」

恵美が承諾したので宏一は嬉しくなって歩き始めた。風が弱いと

ころまでくると、恵美は髪を直し始める。

「あーあ、こんなになっちゃって・・・」

と独り言を言っている。デッキから船内に入ると、風の音も全く

なくなり、一気に元の世界に戻ってきたようだ。

 すると恵美が

「すみません、あの・・」

と宏一を引き留めた。

「どうしました?」

「あの、先にシャワーを浴びておきたいんです。髪もぼさぼさに

なったから直しておきたいし。そうすればすぐに眠れるから」

「いいよ。じゃあ、40分後にここで、いいかな?」

「はい」

宏一はこのときふと、もしかしたら恵美を抱けるかもしれない、

と思った。

 恵美は部屋のシャワーを使うだろうが、宏一は部屋に戻りたく

なかったので、売店でタオルとシャンプーセットを買うと展望浴

場に向かった。展望浴場はガラス張りで外の景色を見られるよう

になっているが、夜なので外は真っ暗で何も見えない。こんなと

きは瀬戸内海を通る航路の方が景色を楽しむことができる。瀬戸

内海なら行き交う船の明かりや島の明かりが転々と続くので、天

気さえ良ければ夜でも景色に飽きることはない。

 それでも、二等の客にはここしか風呂はないので結構混んでい

た。宏一くらいの年代の男性のグループが楽しそうにふざけ合っ

ている横で中年の男性がじっと肩まで湯に浸かって目をつぶって

いる。街の銭湯よりはにぎやかだ。

 湯船で恵美のことを改めて考えて見ると、かなりの自信家のよ

うだなと思った。きっと、自信があるから平気で宏一にシャワー

を浴びたいなどといえるのだろう。もし宏一をベッドに誘いたけ

ればあんなところでシャワーの話はしないと思った。その気が

あるのならバーの帰りに誘うはずだ。そう考えると、恵美に変な

期待はしない方が良さそうだった。

 宏一には40分という時間は風呂に入るには十分すぎる時間なの

でゆっくりと風呂に入ることができた。風呂上がりに十分体を冷

ましてからエントランスホールに向かう。時間にはまだ少し余裕

があったが、既に恵美は来ていた。

 ロビーの一角にある大きな地図の上にランプがついて船の現在

位置を示す航行表示板の前で航路の説明を眺めている。恵美の後

ろから声をかける。

「待たせたのかな?ごめんなさい」

宏一がそう言うと、

「いいえ、私も今来たところです。まだこんな所にいるんですね」

そう言って船の位置を見る。まだ御前崎の手前で伊豆を過ぎたば

かりだ。

「だってまだ出航して3時間少々だから、そんなもんだと思いま

すよ。それじゃ、バーに行きましょうか」

宏一はそう言って恵美をバーに誘った。

 そのころ、部屋に一人でいる洋恵は寂しくて仕方がなかった。

宏一がいなくなると、しばらくは怒っていたが、次第に寂しくなっ

てきた。独りぼっちでは怒っても泣いてもむなしくなるだけで誰

もなだめてくれない。宏一が既に部屋を出て2時間以上経ってい

る。食事の時間にしては長すぎる。漠然とだが、先生は戻ってこ

ないかもしれない、と言う想いが洋恵を責めていた。自分が変な

やきもちを焼いて宏一を嫌がったから宏一は洋恵を嫌いになって

出ていったんだと思い始めていた。


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