ウォーター

第三百八十二部

 
翌日は月曜日だったが、香奈は昼休みに洋恵を呼び出した。洋恵はいよいよかなと対決しなくてはいけない時が来たと覚悟した。昨日、部屋の前で香奈と別れてからずっと分かっていたことだった。そして洋恵は香奈の表情を見た途端、恐れていたことが起こったことを確信した。香奈は明らかに洋恵に遠慮しているような、申し訳ないような表情をしていたのだ。
「あのね・・・」
香奈は遠慮がちに話し始めた。その言葉を洋恵が遮る。
「わかった。もういい」
「ううん、違うの」
「もういいって。わかったから。聞きたくない」
「聞いて、違うの。そうじゃないの」
「なにが?」
「お願い、聞いて。宏一さんに甘えてきた。それだけ」
「それだけ?」
「ううん・・・・それと・・・」
「ほら。だからもう良いって。私には止める権利なんてないんだから。それじゃぁね。バイバイ」
「洋恵、待って。ちゃんと言いたいの。お願い、聞いて」
「どうして私が聞かなきゃいけないの?」
「それは・・・・・でも、お願い、ね?」
洋恵は香奈がのろけたいのかと思ったが、香奈の表情からそうではないらしい。内心は香奈が宏一を狙えばこうなることは分かっていたので今は悲しくて仕方がないのだが、起こってしまったことは変えられないし、ここで逃げてもいずれは全部知ることになる。洋恵は心を決めた。香奈に相談を持ち込んだ時からこうなることは決まっていたのだと思い込むことにした。
「わかった。それで?」
「ズバリ言うね。回りくどいのいやだから。指でしてもらった。それだけ」
「そう。それを私に言って、どうするつもり?私にはどうする権利もないのに。それとも、良かったねって言わないといけないの?」
「ううん、そうじゃない。洋恵は今まで通りでしょ?だから私も今まで通りにする。そう言うこと」
「それって、どういうこと?」
やっと洋恵が興味を示した。香奈は心の中で安心すると、話し始めた。
「宏一さんは、私にとって甘えられるけど彼じゃない。正直に言えば彼氏にしたいとも思わない。それは洋恵も同じでしょ?だから、お互いに今まで通りにしよ、って事」
「・・・・・・・・・」
そう言われては洋恵は言葉が返せない。香奈の言葉は核心を突いていたからだ。
「あのね、ちゃんと話すね。最初は凄く冷たい雰囲気で、直ぐに帰れって言われると思ってた。覚悟してたし。でもね、正直に話したら居ても良いって言ってくれたの。それで、ここに居る間は自分のことだけ考えれば良いって言ってくれたの。心が疲れるから洋恵のことや、他のことを考えるなって。私が洋恵のことを気にしてたから。それで、優しく甘えさせてくれたの」
「私のことを?」
「そう・・・・・甘えたくて宏一さんに行った時に、そう言った」
「香奈が本当に甘えたの?先生に?」
「そう、泣いちゃった。ちょっといろいろあったから。でも宏一さんは理由も聞かなかった。いきなり泣いてたのに」
それは洋恵にとってちょっとショックだった。香奈が宏一に甘えたと言っても、最初はきっと興味レベルのことだと思っていたが、香奈の様子からそうで話ささそうだ。それに、香奈が宏一の前で泣いたというのもちょっと驚きだった。香奈はそんなに簡単に弱みを見せる子ではないからだ。
「そう・・・・・それで香奈は宏一さんを落とす気になったんだ」
「ううん、違うの。落とすとか、そうじゃなくて、もう少し甘えたくて・・・・」
「それで?」
「それで・・・・・優しくしてもらったの」
「やっぱり香奈から言ったんだ」
「ごめん、それはごめん。帰りたくなかったの。もう少し居たくて・・・・それで甘えたの・・・」
洋恵には香奈の言っていることがよく分かった。洋恵が宏一の部屋に行く理由が正にそれだったからだ。最初はそのつもりがなくても、宏一に優しくされると、どうしてももう少し居たくて、それで結局いつもああなってしまうからだ。洋恵の中では心の整理が付いているので、それはそれでいいと思っているが、香奈も同じ気持ちなのだと分かった。
「どうしてそれを私に言ったの?」
「きっと、洋恵と同じだと思ったから。だってそれは好きとか恋じゃ無いもの。洋恵はもう少し違うかも知れないけど、私の中ではそう言うこと」
「・・・・そう」
「だから、彼を取るって話じゃないから洋恵にきちんと話しておこうと思って。その方が良いって思ったから」
「そうね」
正直、洋恵の心は複雑だった。
「だから私も洋恵から宏一さんを取ろうなんて思ってないし、張り合うつもりもないの」
「・・・・・そう」
「だけど、きっとまた宏一さんに会いたくなる。それは確かだから、やっぱり洋恵に言っておこうって」
「・・・・そう・・・・・わかった・・・・」
「だから洋恵が宏一さんに会いたいなら、それは私とは別のこと、だよね?」
「そう・・・」
「だから、これからどっちが会いに行ってもお互いに干渉はしない、それでいいよね?」
「私にどうこう言う権利なんて無いもの」
「それじゃ、そういうことにしよ?」
「・・・・・わかった・・・」
二人は一応和解した形を取ったが、洋恵は香奈がきっと宏一に抱かれるだろうし、宏一に抱かれることで変わっていくだろうと言う不安を感じた。一方の香奈は洋恵と同じように自分が宏一に魅了されてしまうと言う予感は確かにあったし、もしそうなったら自分自身がどのように変わっていくのかと言う不安と期待を感じながら別れた。
一方、その日宏一は夕方、結衣のところに行くのを諦めた。土曜日の話では連絡が来ればいくことになっていたが連絡がなかったからだ。しかし、宏一はこうなることを土曜日に結衣と別れた時に既に予想していたし、それでも良いと思っていた。
男としては少女の身体を開発するのは楽しいが、実際には大変だし時間も掛かる。もちろん思い通りに行かないことも多い。それでも結衣をバージンから卒業させるところまではしたので、一区切りだと思っていた。
しかし、宏一が帰宅しようとした時に結衣の母親から連絡が来た。話したいことがあると言う。宏一は最初、結衣のバージンを奪ったことが問題なのかと思ったが、どうもそうではないようだった。
そこで宏一は指定されたレストランに行ってみた。すると、結衣の母親が先に来ていた。ただ、宏一は一度だけ最初の日に和服姿を見ただけだったが、今はドレスっぽいワンピースを着ていて宏一の目を引きつける。派手ではないのに美しさが際立っており、さすがに大人の女性の雰囲気が溢れていた。
「こんばんは、三谷さん、急にお呼び立てして申し訳ありません」
母親は宏一に丁寧に挨拶した。
「いいえ、良いですよ」
「食事の方は、さっき勝手ながら注文させていただきました。ゆっくりお話がしたかったので、その方向で頼んであります。苦手なものがあれば代えますのでおっしゃって下さい」
「はい、好き嫌いはありません。ありがとうございます」
「それでは早速話に入らせて下さい。もちろん結衣のことなんですけど、土曜日に結衣にしてくださったことは分かっています。親としては少し複雑な気持ちですが、年頃の子は誰もが通る道ですし、それなら相手はしっかりした人が良いと思うので、先ずはお礼を申しあげます」
「あ、・・・・はい、ありがとうございます」
「それで、くわしい話に入らせていただきます。あの後の結衣のことから話しますね」
「あのあと?ですか?」
「はい、実は、結衣には好きな人が居ました。過去形なのは私がここに来たのと関係があります。あの子は、三谷さんがお帰りになった後、土曜日は部屋から殆ど出ませんでした」
「きっと痛みが残っていたんですね」
「そうだと思います。だから夕食は部屋に運びました」
「ちょっと可愛そうだったかな?」
「いいえ、そんなことはありません。却って感謝しているくらいですから」
「部屋では普通にしていましたか?」
「はい、普通に食事は取りましたから。でも、あの子は日曜日に出かけたんです。そして夕方、ボロボロになって帰ってきました」
「ぼろぼろ?」
「はい、服ではありません。心がボロボロになっていました。驚きました」
「どういうことですか?」
「夕方、あの子が帰ってきた時に偶然玄関で会ったのですが、ぼうっとしたままで返事もしませんでした。それで、様子がおかしいことに気が付いたのでどうしたのか聞いたんです。すると、突然涙を流し始めました」
「何かあったんですね」
「それで、あの子の部屋でゆっくりと聞いたんです。どうしてそうなったのか」
「仲が良いんですね」
「あの、もともと私はあの子の本当の母親ではないんです。だから今まで遠慮みたいなものがあって、あの子には余り相談を聞いてやろうとしなかったんです・・・・。悩んでいる様子が分かっても、敢えて距離を置いていたんです。年頃だから悩むのは当たり前、みたいに考えて。でも、昨日、結衣が帰ってきた時の姿を見た瞬間、それではいけなかったと思い知りました。今はそれをとても後悔しています。それで、結衣の部屋に行って、今までの無関心を謝って、これからはきちんと母親になるという気持ちで真剣に話を聞いたんです。そうしたら結衣は、きっと誰かに寄り添って欲しかったんでしょう、少しずつですが、話してくれました」
そこからの話はかなり衝撃的だった。母親は、時間をかけて丁寧に聞き出した。それによると、結衣は通学路にある本屋でアルバイトしている大学生に恋をした。そして勇気を出して告白したのだが、彼には既に彼女がいると言って断られた。しかしそれでも結衣は諦めきれず、本屋の休憩時間に狭い休憩室に外から忍び込んで彼に会った。しかし、彼には既に彼女はいるし、結衣のようなバージンは面倒だからここで会うのは良いが、それ以上の相手はできないと言われ、結衣はショックを受けた。
しかしどうしても諦めきれない結衣は彼が教えてくれればできることはするからと言って、何度も本屋の休憩室に押しかけ、言われるが儘に要求を受ける間に口でする方法を教えてもらったそうだ。彼氏も休憩時間に合わせて裏口から入ってくるスレンダーな美人系の女の子に口で奉仕されるなら拒む理由は無く、結衣に休憩時間になると口で奉仕させていたらしい。多い時には日に二度も三度もしたそうだ。次第に上達していった結衣はいずれ彼女になれると勝手に思い込み、バージンさえ卒業すれば彼女として考えてもらえると考えた。そして彼氏は後腐れの無い関係が気に入って結衣の奉仕を楽しんでいった。結衣の巧みな奉仕はそうやって教え込まれたものだったのだ。ただ、彼氏は結衣の口での奉仕は気に入っていたが、結衣の身体は求めなかったそうだ。母親が言うには、いろいろ気を遣わなくてはいけないバージンは面倒だったのだろうとのことだ。
実は、結衣は家では父親にべったりの甘えん坊の女の子で、いつも父親が帰ってくると、リビングに行って父親と二人だけで話をするのが大好きな結衣は、そこに母親が入ってくると露骨に嫌な顔をした。だから母親は結衣から父親を取るつもりがないと言うことを示すために、結衣と父親が一緒の時にはなるべくリビングに入らないようにしていたそうだ。しかし、それが結衣の変化を見落とす事になってしまって後悔したそうだ。
「それで日曜日に、結衣は本屋に出かけた。もともとそのつもりで前日の土曜日に宏一を呼んだそうだ。そしてバージンを卒業したから、いつでも彼女になれると彼氏に迫ったそうです。すると彼は結衣を本屋の休憩室で結衣を求め、それだけでは満足せずにそのあと部屋に連れて行って更に何度も結衣を求めたそうです。結衣は卒業したばかりの身体に何度も求められて、痛くて泣いたそうですが、彼はそんな結衣に優しくするどころか部屋で徹底的に結衣を抱き続けたそうです。そして、夕方、結衣はフラフラになって帰ってきました。そして結衣は、やっと自分が遊び相手に過ぎないことを心と身体で悟ったんです」
「そんなこと・・・・・・・・・」
実は、宏一は結衣が口での奉仕が得意なのは父親にしているからでは無いかと疑っていたのだが、実際にはそんな複雑な話ではなく、聞いてみれば、少し無謀ではあるがごく普通の中学生の女の子の片思いの話だ。それにしても可哀想な話だ。
母親とそんな話をしている間に料理はサラダからメインへと進んでおり、宏一はビールを飲みながら話に夢中になっていた。母親は代議士の妻らしくこう言うことになれていると見えて、上手に宏一に食べるものを進めたり、飲み物を勧めたりしながら自分も軽く食べていた。
「そこで、三谷さんにお願いがあります。親としては、このままではあまりに結衣が可愛そうです。単刀直入にお願いします。もう一度結衣と過ごしてもらえないでしょうか?場所はこちらで手配して結衣に託しますから、土曜日から一晩一緒に過ごしてやってください。それ以上は何も言いません。三谷さんの好きなように過ごしてください。嫌なら結衣に話をしなくても構いません。結衣は三谷さんと一緒に居られればそれでいい、三谷さんは利用されたと分かっていたのに、それでも優しくしてくれた、それは本当に嬉しかった、今は三谷さんの優しさが心に残っている、と言っています。嬉しかった、と。だから、私から言い出したんです、もう一度三谷さんと過ごしてみなさい、と。結衣は三谷さんに申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、三谷さんがOKしてくれるならもう一度一緒に居たいといっています。結衣は今、心がボロボロです。自分で勝手に王子様を作って、自分から押しかけて、それで遊ばれて泣いているんですから自業自得なのは当たり前ですが、それでも親としては可愛そうで何とかしてあげたいんです。笑うのは無理でも、微笑むくらいまでは心を癒やしてあげたいんです。どうか三谷さんの力を貸していただけないでしょうか?」
そう言うと母親は丁寧に頭を深々と下げた。
「分かりました。私にも責任がありますから、おっしゃるとおりにします。確認しますが、結衣ちゃんは私に会いたいと言ってるんですね?」
「ありがとうございます。はい、そうです、結衣は宏一さんと一緒に居たいと言っています」
明らかにほっとした表情で母親は答えた。そこに宏一が念を押す。
「それで、本当に良いんですか?結衣ちゃんと一晩過ごしても」
「はい、もちろんです。私も女ですから、それくらいは分かっています。でも、結衣の心を癒やすには、それくらいの時間は必要なんです。今の結衣には安らげる相手が必要なんです。もちろん結衣も三谷さんと一緒に泊まることを望んでいます。できれば優しくしてやってください。母親を早く亡くして私が来るまで結衣は一人でしたし、私が来ても今まで十分に話し相手になってやれなかった、それを私は今、本当に後悔しています。今、結衣の心を癒やせるのは私ではありません。三谷さん、よろしくお願いいたします」
「はい、分かりました。できるだけのことはしたいと思います」
「ありがとうございます。本当に感謝します。それで、ここからは結衣の個人的なことになりますので、少し場所を変えましょう」
そう言うと母親は車を呼んで宏一を別の店に連れて行った。静かなバーでブースごとに分かれているプライバシーを確保できるバーだ。


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