ウォーター

第四十九部

 

 由美は、自分の愛撫で激しく感じている一枝を見て、先程まで

感じていた一枝への感情が微妙に変化しているのに気が付いた。

心の中には今も感じている一枝への嫉妬と同時に、何とかもっと

感じさせてやりたいという愛情のようなものがあるのだ。一枝と

のゲームに勝てたからかも知れないし、一枝が自分の手で思い通

りに肉欲をむさぼっているからかも知れない。しかし、確かに由

美の中には一枝への優しい気持ちがあった。

「ゆん、気持ちいいの、あん、アアッ、話が、できないけど、

うーっ、いいっ、いいの、とってもぅ」

一枝は恥ずかしげもなく自然に足を開き、由美の指を最大限受け

入れるように膝を高く上げて悶えていた。

「アアッ、ゆん、なんか変よ、熱いの、凄いのぅ、ああっ、まっ

て、あああっ、怖い、いや、待って、あう、あうーーっ、いや、

アアッ、ゆんっ、落ちるっ、落ちちゃうーっ」

一枝の身体から反応がスッと無くなった。由美は、一枝がいった

のかと思ったが、そんな風にも見えなかった。しかし、一枝の身

体は小さな山を初めて越えたのだ。一枝は何も言わず息を荒げて

いる。その一枝の目は由美をじっと見ていた。

 やがて、由美がベッドをおり、身支度を始めると一枝もだるそ

うに体を起こしてきた。そして、

「ゆん、ありがと」

とだけ言った。それ以外、二人は全く口をきかず、身支度を整え

るとベッドを直し、荷物をまとめて部屋を出た。

 駅までの道、二人は自然と並んで歩いた。

「ゆん、ちょっとびっくりした?」

「何が?」

「私があんなに飢えていたなんて知らなかったでしょ?」

「一枝ちゃんが?」

「恥ずかしくて、怖くて、ちょっと嫉妬してたし。ゆんだけよ。

あんな私を見せるの」

その言葉に由美は一枝が甘えてきたような気がしたが、それは心

の葛藤を続ける由美には図々しく聞こえた。

「一枝ちゃん、何を考えてるか分からないけど・・、私の方が、

一枝ちゃんよりずっと激しく求めるの。一枝ちゃんみたいに可愛

らしくないわ。もっと・・・凄いのよ」

「ゆん??」

一枝は由美の顔をのぞき込んだが、由美は少し顔を反らせた。一

枝は、それでも由美に恥ずかしそうに、

「ゆん、私の方が子供みたいね。ゆんには子供っぽく見えるのか

な?」

と言った。その言葉は由美の心に更に深く踏み込んできた。そっ

としておいて欲しい気持ちを分からずに甘えてくる一枝に、由美

は一度深呼吸すると、思いきって言った。

「そうよ。だから宏一さんを貸して上げることにしたの。気が付

かなかった?」

一枝は由美の冷たい言葉にショックを受けた。自分から心を開い

たのに、と思うと思わずカッとなってしまった。

「でも、もう決まったことなのよ。ゆんがいいって言ったの。も

し、宏一さんが私の方に気持ちが動いても、それはゆんの決めた

ことだからね」

そう言うと、自分のしたことにはっと気が付いた由美は、

「そうね・・・一枝ちゃん・・・楽しそうね」

と、由美は寂しそうに小さな声で言った。一枝は、

「私、宏一さんにたくさん教えてもらうわ。何度も何度も丁寧に。

ゆん、今日はありがとう。感謝してるわ。これで宏一さんにたく

さん感じさせてもらえる。それじゃ、またね」

そう言うと、一枝は小走りに走り去っていった。

「がんばってね・・一枝ちゃん・・」

由美のつぶやくような小さな声は一枝には届かなかった。

 

 宏一と有紀は店を出るとどちらとも無く高千穂神社の方に歩い

ていった。しかし、宏一が神社の鳥居に入ろうとすると、有紀は、

「もう少し歩きましょう」

と言って宏一の手を引いて通り過ぎてしまった。宏一は足を止め

ると、

「夜神楽見ないの?有名なんだよ」

「夜神楽は見たかったけど、あそこに行けばまたみんなと会うか

も知れないから。多分いると思うんですよね」

そう言うと、ゆっくりと歩き始めた。少し歩くと橋の上に出た。

昼間に車で通ったような気がする。橋の真ん中まで来ると、有紀

は川を眺めながら、

「どうしてこんなことになったのかな。この旅行が始まるまでは

楽しくて仕方なかったのに。ここにきたのが間違いだったのかも」

とポツンと言った。宏一は何と言っていいか分からなかった。何

を言っても今の有紀の上を通り過ぎてしまいそうな気がした。宏

一は、欄干にもたれて川を眺めている有紀の隣に並ぶと、

「多分、ここに来なくても同じ事じゃないのかな」

と言った。

「俺の場合は、高千穂峡に来なくても、少なくとも彼女は同じよ

うに帰ったと思うんだ。俺が彼女のこと分かろうとしなくてこう

なったような気がするから」

「そうかもね。来なくても同じ事だったでしょうね。もう彼はあ

の女とできてたんだから」

「俺が言うのも何だけど、人のこと考える前に自分たちのことを

考えようよ」

「うん・・・そうね・・・でも・・・。ごめんなさい、少しだけ

・・・」

そう言うと、有紀は宏一の肩にもたれたまま小さな声で泣き始め

た。優しく肩を抱いてやると安心したように泣き声が大きくなる。

宏一は何も言えず、ただじっと有紀の肩を抱いていた。どちらか

と言えば、宏一だって有紀みたいに泣きたい気分なのだ。

これから先、一人で旅行することを考えると気分が重くなって泣

きたくなる。宏一自身、分かってはいても史恵との些細な喧嘩が

こんなことになると分かっていれば地図なんか史恵に持たせるの

ではなかったと何回考えたか分からない。今頃史恵はどこにいる

のだろうか?どうしてもそればかり考えてしまう。

「えへへ・・、ありがと・・・」

有紀は暗い明かりの下でもはっきりと分かる赤い目をして宏一に

微笑んだ。

「ちょっと泣いたら少しスッキリしたわ。三谷さん、ありがと」

「良かったら名前で呼んでくれる。宏一って言うんだけど」

「宏一さん?・・・ごめんなさい。三谷さんの方が呼びやすいの。

もう少し三谷さんでいて下さい」

有紀はそう言うと、もう一度、

「ごめんなさい」

と付け足した。有紀が宏一とはっきりとした距離を置きたがって

いることが分かると宏一は少し寂しくなったが、それでも有紀に

明るい声で、

「分かったよ。余計なこと言ってごめん。それじゃあ、これから

どこ行こうか?」

と言った。有紀はにっこり笑って

「あそこ」

と橋のたもとを指差した。

「え?遊歩道?結構暗そうだよ」

「大丈夫よ。三谷さんが付いているんだもの。行きましょうよ」

有紀は子供っぽく拗ねるように言うと、宏一の手を引いて歩き出

した。『確かあの遊歩道は高千穂神社に通じているはずだ』昼間

見た地図の記憶を引き出すと、宏一は有紀に引かれるように歩い

ていった。

「どこに通じているか分からないよ。ゆっくり行かないと」

宏一がそう言うと、

「神社の裏に通じているの。大丈夫よ」

と有紀は宏一の前を歩きながら答えた。神社からの道のりを考え

ると、この遊歩道はそれ程長いとは思えなかったので、宏一も安

心して有紀の後を付いていった。

「ねぇ、三谷さん、三谷さんの彼女はどんな感じの人なの?」

「そうだな、身長は有紀さんより少し低いかな?クリッとした目

の子だよ」

「その目が好きなの?」

「いや、何て言うかな、一生懸命って言うか、純粋って言うか、

飾らないって言うか、そんな性格が好きなんだ」

「そうか、だから怒ったときはストレートにそう言ったのね」

「ん?そうだね。参ったな。その通りだよ」

宏一は有紀がズバリと本質をついているような気がした。史恵の

性格ならああなって当然だと言うことにやっと気が付いた。史恵

と付き合うなら仕方のないことなのだ。そう思うと一気に気持ち

が軽くなった。

 その途端、キャッという声と共に有紀が宏一の方に飛んできた。

びっくりした宏一はとにかく有紀を受け止める。

「どうしたの?」

「ムシが・・・なんかムシみたいなものが顔の前に飛んできて・

・・」

有紀はそう言うとゆっくりと身体を離し、

「ごめんなさい」

と言った。

「大丈夫だよ。夏の夜だから虫くらい飛ぶよね。さ、行こう」

宏一は再び歩き始めた。

「もう神社までの距離は歩いたよね。まだだいぶあるのかな?」

「分からない。もう少しじゃないの?」

「そうかも知れないね。言ってみよう」

そうは言ったものの、夜神楽をやっている神社ならもう少し明か

りなり人の気配なりを感じてもいいような気がした。

「三谷さん、暗くなってきたから掴まってもいい?」

「いいよ。きっともうすぐだよ」

「私達が二人で歩いているのをみんなが見たら、きっとびっくり

するだろうなぁ」

「どうして?」

「だって、店で偶然出会って少し話をしただけだもの」

「そうかな」

「でもいいの。びっくりさせてやるんだ」

宏一には有紀の言っている意味がよく分からなかったが、有紀自

身は納得しているようだ。早く神社に行きたいらしい。

 しかし、遊歩道はなかなか神社に着かなかった。だんだん街の

灯りから離れていくような気がする。そして、とうとう全く灯り

の届かない部分がでてきた。真っ暗な道の向こうには微かに遊歩

道が見えているので、ほんの少しだけ暗い中を歩けばいいのだが、

さすがに宏一も気後れしてしまった。

「どうする?戻る?」

「今まで歩いてきた道を全部戻るの?もう先に行けないの?」

「そんなこと無いよ。多分もうすぐだよ。遠くに街の灯りが見え

るから方向は間違いないし。でも、真っ暗なところ、歩いていけ

る?」

有紀は少し考えたが、

「三谷さんに掴まって行くからゆっくり歩いてね」

どうやら有紀は行く気らしい。そう言われれば、宏一は戻るわけ

に行かない。覚悟を決めてゆっくりと歩き始める。歩き出せばそ

れ程歩きにくい道ではなかった。しかし、自分の足下さえ見えな

い闇の中を歩いていくのは、正直言って怖かった。

「三谷さん、待って」

闇の中から有紀の声がした。すぐ後ろを掴まって歩いていると

思った宏一は、有紀の声が少し離れていることに気が付いてびっ

くりした。自分が歩くことだけに気が向いて有紀が離れたことに

気が付かなかったらしい。

「有紀さん、どこ?」

「三谷さん、早く来て」

宏一は有紀の声がする方にゆっくりと歩きながら両手で有紀を探っ

た。

「有紀さん、どこ?」

「早く、ここだから」

「もうすぐだね。だいぶ声が近くなった。すぐだから」

「うん」

宏一の手が何かに少しだけ触れた。

「あん??いや」

有紀の声が聞こえた。しかし、宏一が何かに触れた場所を探って

も何もない。

「あれ?有紀さんどこ?」

「・・・ここよ・・」

再び声がしたので、そちらの方に手を伸ばすと有紀の手に触れた。

素早く手を捕まえると、有紀の方から宏一に抱きついてきた。



トップ アイコン
トップ


ウォーター