ウォーター

第七十三部

 

正直に言うと少し疲れもあったが友絵が誘ってくると言うこと自

体面白かったので、気合いを入れ直して付き合うことにした。

気が付くと、ここに座ってから1時間以上経っている。コーヒー

とケーキだけでよく粘ったものだ。

「三谷さん、それじゃあ、行きましょう。もう切符は買ってある

んです」

「切符?どこかに旅行に行くの?これから?」

「違います。すぐですよ」

友絵は笑って言うと立ち上がって伝票に手を伸ばそうとしたが、

それは既に宏一が持っていることに気が付くと、

「ごめんなさい。ごちそうさま」

と笑って言った。

「良いよ、これくらい」

そう言って宏一も立ち上がる。その時宏一は、友絵が小さな旅行

鞄を持っていることに気が付いた。

「新藤さん、そのカバン・・・」

「これですか?安物なんだけど、見かけは良いでしょ?」

そう言って友絵ははぐらかすと店の外に出て宏一を待つ。

そのまま二人は電車に乗って横浜駅まで行った。友絵はキョロキョ

ロしながらシーバス乗り場まで宏一を引っ張っていった。

「新藤さん、シーバスってことはみなとみらいだね。観覧車なん

かに乗るのも良いかな?」

「それはお任せしますよ」

友絵もにっこり笑って答えた。

「絶対シーバスに乗っていきたかったから、ちょっと遠回りだっ

たけどこっちにしちゃいました。本当は駅の地下からシャトルバ

スもあるんですよ」

そう言って友絵はデッキに出る。少し風があったが、ちょうど良

い気温だった。

「ねえ、新藤さん。お願いがあるんだけど、いいかな?」

「はい、なんです?」

「俺のこと、宏一って呼んでくれる?名前で呼んで欲しいんだ。

会社じゃないんだから」

「はい、宏一さん。うわ、でも、そっちが先に名字で呼んだんで

すよ。私はちゃんと最初名前で呼んだのに。それに旅行に出る前

はちゃんと名前で呼んでくれてたのに」

「え?そうだっけ?」

「そうです。思い出せませんか?」

そう言われてみれば出発の日に川崎駅で会った時、名前で呼んだ

ような覚えがある、が、はっきりとは覚えてなかった。

「そうかなぁ、きっとぶたれた時に忘れちゃったんだよ」

宏一がニヤリと笑うと、友絵は急に真っ赤になって、

「あれは宏一さんが急に・・・・もう!」

友絵はちょっと後ろに下がると、

「あの時はごめんなさい」

とおとなしく頭を下げた。

「ごめんよ、そんなつもりじゃ!」

あわてて宏一は友絵に近づいて肩に手を当て、

「謝って欲しくて言ったんじゃないんだ。ごめんよ」

と急いで謝る。すると、友絵はそのまま身体を宏一の方に寄せて

きた。自然に宏一の腕の中に友絵が収まる。しばらく二人はその

まま動かずにいた。

「懐かしいなぁ、宏一さんの腕の中なんて。最初に食事に行った

時以来だもの」

そう友絵がぽつりという。やがて船は桟橋に着いた。宏一はクイー

ンズスクエアの方に行くものだと思って桟橋を下りて右の方に進

もうとすると、

「宏一さん、こっちですよ」

と友絵が反対の方向を指さした。

「え?だってそっちは・・・、そうか、ここで食事をしたかった

んだ」

宏一はやっと納得した。友絵は大きなヨットの帆の形をした建物

を指さしたのだ。

「分かった。少し夕食までは時間があるけど、バーラウンジにで

も行ってからにすればいいよね」

そう言って宏一は友絵の後についてホテルの中に入る。しかし宏

一が、

「友絵さん、バーの方に・・・」

宏一が話しかけても友絵は返事をせず、まっすぐにフロントの方

に行ってしまった。『まさかここに泊まる訳じゃないよな・・・

?』そう思った瞬間、友絵の持っているバッグが旅行カバンなこ

とを思い出した。

しかし、このホテルは二人で一泊4万円以上するはずだ。友絵の

給料で払えるとはとうてい思えなかった。しかし、友絵はフロン

トでチェックインを済ませたらしく、ベルボーイと一緒に宏一の

所に戻ってきた。

「お疲れさまでございました。お荷物をお持ち致します。お部屋

までご案内致しますのでどうぞこちらへお越し下さいませ」

ベルボーイは宏一の荷物を持つと、エレベーターホールに案内す

る。友絵は硬い表情で何も言わず、じっと下の方を向いていた。

エレベーターを下り、廊下を突き当たりまで歩いて案内された部

屋は帆で言うとマストの部分に当たる端っこの部屋で、スイート

になっていた。入り口から右がベッドルームで左がリビングにな

っている。ボーイが下がると、とりあえず、と言う感じで豪華な

内装のソファに腰を下ろし、

「そろそろ種を明かしてくれても良いんじゃない?」

と声を掛ける。

「はい・・・宏一さん、良いですか?怒ってませんか?突然こん

な事して・・・」

友絵は明らかに狼狽した感じで宏一におずおずという感じで聞い

てきた。

「怒ってないけど・・・・」

「宏一さん、もし宏一さんさえ良かったら泊まっていっても良い

んです。嫌なら食事だけつきあってください。どうせ貰ったチケッ

トだから・・」

「でも、友絵さんも良いの?」

「私はもちろん良いんです。自分で決めて自分でしたことだから」

宏一は気合いを入れた。よく分からないが、どうやら今は友絵を

抱きしめる時らしい。立ち上がって立ったままの友絵の肩に手を

当て、ゆっくりと抱きしめていく。友絵は何も反応せずにそのま

ま宏一のされるがままという感じだ。友絵の耳元でそっと、

「まだよく分からないけど、友絵さんの望むようにするよ。どう

すればいいか言って。でも、このまま何も言わないと、もっと凄

い事しちゃうよ。うれしいんだ、とっても。だから早く言って」

そう友絵の耳元でささやき、ゆっくりとうなじに唇を這わせはじ

める。友絵のうなじからは新しい感覚が生まれ、次第に身体の中

に広がっていく。

「あ、待って、まだ全部話して・・・・はぅ、あん、宏一さん、

待って・・・まだ・・・ああっ」

友絵は少しうなじをすくめるようにねじると宏一から逃げようと

した。しかし、その力は弱く、宏一の唇がうなじを上がってくる

と怖がりながらも唇で迎え入れる。

二人の唇が重なると、友絵の身体から一気に力が抜けて、今まで

硬直していたのがウソのように柔らかくなった。そのまま宏一は

舌を差し込んでいく。

最初、友絵はおずおず舌をちょんちょんと当てる程度だったが、

次第に大胆に絡めてきた。宏一はゆっくりと背中を撫でながら友

絵の身体を改めて感じていた。服を着ているとよく分からないが、

どうやら腰の張り出しがしっかりとしているらしい。後が楽しみ

だった。

そのまま宏一が唇からうなじに愛撫を移し、今度はねっとりと首

筋を味わいはじめると、友絵は反応しながらも嫌がった。

「ああっ、待って、待って、宏一さん、このままじゃ・・、

あうぅ、ダメ、ああっ、ううっ、はあっ、待って・・う、お、お

願い・・・」

宏一がやっと友絵の身体を解放すると、友絵はどさっとソファに

沈み込むように座り込んだ。この時点ではまだ宏一は友絵が後悔

しているのかどうか分からずに、何も言えずにいた。やがて友絵

は、

「宏一さん、タバコ吸いますよね。良いですよ。私、気にしませ

んから」

と言って冷蔵庫から飲み物を取り出した。その様子からどうやら

友絵が後悔していないことを感じ取ると、遠慮無くタバコに火を

付け、ゆっくりと一服した。

「びっくりしたの?」

「ううん、なんか、びっくりって言うより訳がわかんなくて、驚

いて・・・おんなじか・・」

「でも、良いの?このまま朝までいて」

「宏一さん、何度も言わせないで。恥ずかしいんだから」

「ごめん、でも、そろそろ聞かせてよ。今日のびっくりパーティー

の種を」

「宏一さん、いや、会社だから三谷さんか、旅行に出る前に業者

に発注した機器が納入されるから、第七会議室を使わせて欲しいっ

て言ってたでしょ」

「そうだね。工事を始める前に結構たくさん機器が来るはずだか

らまとまった場所が必要なんだ。高価な機械だから鍵のかかると

ころが良いし」

「それでウチの部長が第三応接を使うようにしたんです。応接室

の中で一番大きいから」

「応接室になったんだ。それで?」

「で、届いた部品の確認と納入伝票は私が引き受けたんですけ

ど・・・」

「何だ、営業三課にお願いしておいたのに、総務に押しつけたん

だ」

「それはいいの。その時に業者の方が三谷さんに必ず渡してくれっ

て、ギフト券を置いていったんです」

「だれが?」

「インターコンピュの近藤さんだったかな???」

「ああ、そう言えば出かける前にあった時、納品記念とか何とか

言ってたな。時計かなんかだと思ってたのに」

「その時は私がいなくて、伝票だけ受付に預けて置いたのを持っ

ていったから直接受け取ったんじゃないんですけど、ギフト券に

メモが付いていて、できるだけ早く、必ず今週中に宏一さんに渡

すようにって書いてあったんです」

「生ものか何か?」

「それで私も気になって、いけないことだとは思ったんだけど中

を開けてみてみたんです。そしたら卓上の時計と一緒にこのホテ

ルの宿泊券が入っていたんです。そしてその期限が今日だったっ

て言うことなんです」

「それで俺たちがここにいるんだ」

「本当はすぐに交渉して別のものにしようかとも思ったんだけど、

その時ふっと二人でいられたらいいなって思って・・・」

どうやらその業者は、ホテルが空室にしておくよりはマシと言う

事でギリギリになって放出する超格安宿泊ギフト券を購入したら

しい。確かに額面では想像できないくらい安い割りに高級な贈り

物に見える。

宏一は友絵の様子からまだ何か友絵が話していない心の奥の何か

があるような気がしたが、それ以上の詮索はしないことにした。

友絵が宏一の旅行の詮索をやめたのとおあいこだ。

「と言う訳でした。あー話したらすっきりした」

そう言って無邪気に友絵が笑った。宏一が更にタバコを一本吹か

している間に友絵はジュースを飲んだ。

「そうだ、友絵さん、向こうの部屋に行って見ようよ」

宏一はそう言って友絵の手を引いてベッドルームに行った。

「わぁ!素敵」

部屋の端っこがホテルの先端になっており、丸く回り込んだ円筒

形の窓がいかにも端っこという感じを出している。もうすぐ夕方

なので窓から入ってくる光が優しくなってきており、豪華な内装

と相まって部屋の中は不思議な感じがした。

「宏一さん、私、こっちの方がいい。しばらくここにいます」

友絵はそう言うとベッドに身体を投げ出し、窓からの景色を眺め

た。窓の向こうにはベイブリッジが見え、いくつもの小さな船が

行き交っている。バスルームまで見た宏一は、ベッドに横になっ

ている友絵の横に寝そべり、

「お風呂に入っておいで、きっといいことがあるよ」

と囁いた。友絵は勘違いしたらしい。ちょっと恥ずかしそうな顔

をして、

「もう、宏一さんたら・・」

と言うと、

「もう少し眺めたかったのに・・・」

と残念そうな顔をして着替えを取ってバスルームに入った。

しばらくしてバスルームの方から友絵の歓声が聞こえた。

「すごーい!こんなのはじめてー」

友絵の声がバスルームから聞こえる。バスタブに入ったまま外の

景色が見られるように設計されているのだ。窓の直ぐ外に綺麗な

観覧車のネオンが見えるので思わず声を出してしまったらしい。

それからしばらくは水音が聞こえ、シャワーの音や浴槽の音が聞

こえ、友絵が歌を口ずさんでいるのも聞こえた。それを聞きなが

らいつの間にか宏一は短い眠りに入っていった。

「宏一さん、上がりました」

その声を聞いて宏一がゆっくり目を開けると、すぐ目の前にバス

ローブ姿の友絵の笑顔があった。既に髪が乾いているところを見

ると、上がってからしばらく経っているらしい。外を見ると空は

瑠璃色に変わっており、ちょうど夕焼けが始まったようだった。

「宏一さんも入ってきてください?素敵よ」

「う?うん、そうするかな」

「大丈夫?まだ眠いの?」

「大丈夫だよ。すっきりしてくるよ」

「おぼれちゃだめよ」

友絵はそう言って笑った。確かに浴室からも外の景色が眺められ

るが、目の前にある窓はベイブリッジ方向ではなく、米軍桟橋方

向なので友絵ほどは喜ばなかった。それでもすぐ目の前には大観

覧車が見えてとても綺麗だった。友絵が湯を張ってくれてあった

ので、少し体を温めて気分がすっきりしたところで身体を洗って

外に出る。友絵と同じ備え付けのバスローブを着て部屋に戻ると、

友絵は服に着替えてしまっていた。

「宏一さん、綺麗だったでしょ?」

「うん、綺麗だったけど・・・」

「あんまりだった??」

「どうせなら友絵さんと入りたかったな・・・」

「宏一さん!そんなこというと」

「言うと?」

「一緒に入っちゃうから!」

「なんなんだ、それ」

友絵はケラケラと笑った。しかし、その雰囲気はまんざらでもな

いようだった。

「ねえ、宏一さん、食事に行きましょう。緊張してたからお腹が

減ったわ」

「いいよ。でもどうせ食べるんならルームサービスって言う手も

・・・」

「だめ、それ以上言わないで」

友絵はそっと宏一に身体をすり寄せて寄り添うと、

「お願い、食事が終わるまで待って。それまではかわいい女の子

で居たいの。分かって」

友絵はそう言うと、唇にチュッとキスをしてくれた。宏一は友絵

の言葉の意味がよく分からなかったが、友絵が抱かれることを嫌

がっていないことだけは分かった。その友絵が食事が終わるまで

待って欲しいというのだから、宏一としては待つほか無い。

「食事はどこに行くの?決まってるの?」

「宿泊券には食事券も付いてるの。このホテルのレストランの」

「どこでもいいの?」

「そう、でも1万円分」

「二人で?」

「そうみたい」

「いいよ、後は俺がおごるから、友絵さんの好きなところにしよ

う。せっかくの日だから」

「私にも出させて、少ししか出せないけど。きっと宏一さんの何

分の一しか」

「そうか、友絵さんは俺の受け取っているお金を知ってるんだね」

「そう、社員なら人事だけど、宏一さんは派遣だから総務の管轄

なの」

「それなら遠慮しなくていいよ。好きなものを食べに行こう。滅

多に食べないものの方がいいかな?何料理にする?」

「あの、良かったらフランス料理を食べたいんだけど・・・」

友絵は遠慮がちに言った。

「いいよ。そうしよう」

「友達同士で行くんならイタリア料理だけど、宏一さんならフラ

ンス料理も詳しいかと思って。だってフランス料理って知ってる

人と行かないと迷ってばっかりになるから。宏一さんならきっと

いろいろ知ってると思って」

友絵は一気に話し始めた。決して値段が高いからフランス料理を

食べたいわけではないと言いたいらしい。

「分かったよ。とにかく行ってみよう。空いてるかな?」

宏一は館内の案内を取り出し、電話でレストランの空席を尋ねた。

幸い空いているようなのですぐに行くと言って電話を切り、友絵

と部屋を出ようとした。しかし、その館内案内を見ていた友絵は、

「もう出るんですか?ちょっと待ってください」

と言って、あわててバスルームに入って化粧を直し始めた。慌て

るとまじめな口調になるのが面白い。宏一は少しイライラしなが

ら待っていたが、出てきた友絵はびっくりするほど綺麗だった。

少し大きめのピアスをしてうなじを大胆に露わにし、濃いめのルー

ジュを引いて化粧も全体的に濃くしている。会社では、どちらか

というとかわいらしい印象の友絵だが、今はぐっと大人っぽくな

っている。

「案内に載ってたレストランの写真を見たら、凄い雰囲気でびっ

くりしちゃったから」

と言って友絵は笑った。その笑う仕草もどこか大人びている。

そのレストランは写真で見るよりも実際は更に豪華で、シックで

いながらあちこち金色に光る内装が圧倒的な雰囲気で二人を飲み

込んだ。席に着くと大きなメニューを渡され、それだけで友絵は

何もできなくなってしまう。

「何がいいかな?」

「宏一さん、こんな所、私・・・」

「大丈夫だよ。気楽に堂々としていればいいんだ。食べたいもの

は?」

「あの・・・私・・・わかんない・・・」

「それじゃあね、どれくらいお腹空いてる?たくさん食べられそ

う?」

「さっきまではとっても空いてたの。お昼抜きだったから。でも

今は・・・わかんない。ごめんなさい」

友絵は済まなそうに言った。

「お酒は飲める?」

「はい、大丈夫です」

「リラックスしてよ」

「はい」

そう、硬い表情で応える友絵は、なんかもう、どうにもならない

と言う感じだ。宏一は諦めると、

「それじゃ、こっちで一応選んでみるから、いいかイヤかだけ言っ

てね」

「はい、それならOKです」

友絵は少し力強く言った。なんか会議をやってるみたいな雰囲気

だ。

「メインディッシュは肉がいいの?お魚?それだけ聞かせて」

「お肉が・・・」

「分かった。じゃあね、こうしよう」

宏一はウェイターを呼ぶと、

「一応決まったんだけど、今日のスペシャルは何かありますか?」

と聞いた。

「はい、前菜には生牡蠣が入っております。スープはクラムチャ

ウダーか鶏のコンソメ、メインにはウズラのワイルドライス詰め

にポルタベロソースをかけたものと、メダリオン3種盛りがござ

います」

「メダリオンのソースは?」

「アメリケーヌソースとドミグラスソースとオランデーズソース

になります」

「濃いなぁ。やっぱりこっちにしよう。友絵さん、生牡蠣がある

んだけど、食べられる?」

「はい・・でも・・」

「どうしたの?」

「ナイフとフォークなんて・・・」

「気にしなくていいよ。嫌なら箸を貰えばいいんだし。先に切っ

て貰ってもいいよ」

「はい」

「じゃ、それ一つと、ラングスティーヌエビとホタテのポワレの

ほうれん草サラダ添え、シェアしたいので半分ずつに分けてもら

えます?」

「はい、かしこまりました」

「スープは鶏のコンソメとクラムチャウダーを一つずつ。それに

ハウスサラダを一つずつ」

「はい」

「友絵さん、子羊とか食べられる?」

「はい」

「じゃあ、メインはシャラン鴨のローストと子羊のローストを半

分ずつに分けてください」

「かしこまりました」

「ソムリエはいらっしゃいますか?」

「ただいま参ります」

「宏一さん、凄いんですね」

「なにが?」

「だってすらすらと言うんだもの」

「だってメニューを読んだだけだよ」

「私、どうしていいのか分からなかった」

「慣れだよ」

そう話しているうちにソムリエがやってきた。

「ワインはお決まりでしょうか?」

「私たちの注文は知っていますか?」

「はい」

「それじゃあ、前菜に合う白をハーフボトルで6千円くらいのを

一本勧めてもらえますか?」

「かしこまりました。何かお好みはございますか?」

「きりっとしたものがいいなミュスカデなんかどうだろう?」

「かしこまりましたミュスカデにはハーフはございませんので、

サンセールVVはいかがしょうか?」

「それでいいよ」

「赤ワインは如何なさいますか?」

「カリフォルニアにしよう。鴨と子羊のローストの煮込みだから

コクのある方がいいと思うんだ。ケイマスはありますか?」

「97年と94年がございますが」

「いい年があるんだね。じゃあ、チョークヒルは?」

「96年以降になります」

「ケイマスの97年でいいよ。フルボトルで」

「かしこまりました」

「友絵さん、ワインも飲めるよね?」

「はい、大丈夫です」

「牡蠣があるからきりっとした白ワインにしたんだけど、生臭かっ

たら無理しなくていいからね」

「よく言いますよね。白ワインには生牡蠣は無理だって」

「でも、本当に新鮮なものなら合うと思うよ」

「そうなんですか」

「ま、試してみればいいよ。お楽しみと言うところだね」

友絵との食事は楽しく過ぎていった。友絵は宏一に勧められたこ

ともあり、結構ワインを飲んだ。そして結局二人で合わせて一本

半のワインをほとんど空けてしまった。デザートにスペシャルの

クレープシュゼットを食べ終わる頃、酔いも手伝って二人はどう

見ても親密な恋人同士という感じになっていた。


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