ウォーター

第七十七部

 

「だめ、宏一さん。これはいや」

そう言うと、イスを回して宏一の方に向き直る。

「どうしたの?いやなの?」

「こんなのいや。このままじゃ全然初体験らしくないもの。まる

で無理にされてるみたいよ」

「そんなこと言ったって・・・」

宏一は少し戸惑った。一枝に初体験を頼まれたからこそしている

のだ。

「ゆんだっていきなりこんなことされた訳じゃないでしょ?」

「それはそうだけど・・」

「ちゃんと優しくして感じさせてくれないとだめよ。そうゆんも

言ったでしょ」

「そうだね。ごめんね。分かった。ちょっと焦りすぎたかな?」

「そう、女の子は大切に扱うものよ」

そう言うと、一枝は宏一をベッドに座らせ、自分もその隣に座っ

た。

「まずはお互いを知り合うの。それからよ」

そう言うと、ぴったり宏一に身体をすり寄せて、

「まずは宏一さんから。何か話をして」

そう言ってせがんだ。宏一も急に脱がされるのはいやなのだろう

と思って一枝の背中に手を回し、優しく撫でながらゆっくりと話

し始めた。

「俺はね、高校の時は全然もてなかったんだ。どっちかって言う

とクラブ活動ばっかりの高校生活だったな」

「好きな子はいなかったの?」

「ううん、いなかった訳じゃないけど・・・・」

そうして二人はしばらく話を続けた。一枝と話をするのは楽しく、

それは宏一にとっては予想外のことだった。

時々、二人の雰囲気が良くなった時を見計らって宏一は一枝を膝

の上に横たえようと身体を引き寄せたが、そのたびに一枝はしっ

かりと身体を踏ん張って倒れてこようとはしなかった。そのまま

あっという間に一時間以上が過ぎた。一枝は、

「宏一さん、喉が渇かない?何か飲むものあります?」

と聞いてきた。

「う〜んと、どうだったかなぁ、旅行に出る前は何かあったと思

うけど、とりあえず冷蔵庫の中を見てみようか」

宏一はそう言って立ち上がり、冷蔵庫の中をのぞき込んだが、

「ごめんよ。なんにもないや」

と言った。実はもう一枝は冷蔵庫の中に何もないのを確かめてあっ

たので、

「それじゃ、買いに行きましょう」

と持ちかけた。この雰囲気では断るわけにもいかない。

「そうだね。そこのコンビニまで行こうか」

と宏一も応じ、二人で部屋の外に出た。一枝は嬉しくて仕方がな

いらしく、宏一の腕を取ると盛んに話しかけてきた。どう見ても

恋人同士という感じだ。

宏一はちょっと戸惑ったが、これからすることを考えると『この

方がいいのかも知れない』と思い、そのまま調子を合わせた。コ

ンビニまではほんの数分なのであっという間に着いてしまう。

二人で仲良く飲み物とデザートを買っていると、一枝は突然、

「ねぇ、このまま今日はデートしない?時間はいっぱいあるで

しょ?」

と言い出した。確かに約束の6時までは4時間近くある。宏一は

ちょっと戸惑ったが、一枝といると快活でとても楽しいので、

「ちょっとだけだよ」

と引き受けた。

「わあ、嬉しい」

一枝は大喜びでせっかくかごに入れたものをたちまち全部戻して

しまった。

「さあ、いきましょう」

「だって、これじゃ部屋の中になんにも食べるものが・・・」

「あとで買えばいいでしょ。またここに来てもいいんだし。さあ、

出かけましょ」

一枝は宏一の手を取ると、うきうきで店を出た。

「どこか行きたいところ、あるの?」

「うん、こっち」

一枝は手を取って歩き出しながらどこに行くか考え始めた。そし

て、駅の近くのケーキ屋を思いだしたので、

「宏一さん、甘いもの、好き?」

と聞いてきた。

「好きだよ。もちろん、あんまり甘すぎるのはいやだけど、ほら、

栗ぜんざいとか、そうじゃなければ結構好きだよ」

「良かった。あの店に行きたかったんだ。1人だとなかなか入れ

なくて」

そう言って一枝はケーキ屋に宏一を連れて行き、奥のカフェコー

ナーで宏一と並んで座る。

一枝は由美より小柄だし、洋恵ほどふっくらもしていないのでちょ

こちょこ動き回っている感じだ。一生懸命世話を焼く一枝に宏一

は何となく愛情のようなものを感じ始めていた。

「ほら、宏一さん、このケーキ、食べてみたくない?それともこっ

ちかなぁ?」

一枝はメニューを広げて楽しそうに話しかける。

「それじゃ、あとは私が決めていい?」

そう言うと一枝はケーキを三つとコーヒーと紅茶を注文した。店

員が復唱すると、

「ケーキとコーヒーはセットに入ってますよね?」

と念を押す。そう言う快活でしっかりしたところは由美にはない

魅力だった。一枝と話していると、知らず知らずのうちに引き込

まれていく。気が付くと二人でケーキを順番に食べながら飲み物

のお代わりを頼んでいた。

宏一はこのままでは一枝に引きずられていくばかりだと思い、

ちょっといたずらをすることにした。右隣にぴったりとくっつい

て座っている一枝の後ろから右手を回し、服の下からお腹の方に

そっと手を差し込む。

一枝は裾の開いた由美と同じ制服を着ているので裾から簡単に手

を入れることができた。宏一の手がお腹に触った途端、一枝の体

が固くなり陽気な会話がぴたりと止まる。

慌てたように、

「だめ、だめよ。ここじゃだめ。こんなとこじゃ、ね、だめ」

一枝は必死に小さな声で宏一の手を引き抜こうとする。宏一が素

直に手を抜くと、

「もう、だめよ。こんなことしちゃ」

とめっと睨み付ける。その仕草はとても可愛らしかった。一枝は

話のペースを乱されて、なんと言っていいか分からずに黙ってし

まう。

「ごめん。ちょっといたずらしたくなっただけだから。気を取り

直して」

宏一が優しくそう言うと、突然一枝は表情を曇らせた。

「宏一さん、分かってたんでしょ。私が無理に元気を出してるっ

て。それで黙らせたくてあんな事したんでしょ。私だって怖いん

だから。考えてもみて、まだ会って1時間よ。いくら最初から分

かっていたってそんなに急になんて。私、由美ほど綺麗じゃない

し、性格も良くないから」

そう言ってポロポロと涙をこぼした。宏一はあまりの展開の早さ

にびっくりして、

「ごめん、ほんの少しいたずらしたかっただけなんだ。一枝ちゃ

んが可愛かったから」

「嘘、私を早く部屋に連れて行って、することして終わりにした

いんだわ」

宏一はズバリと核心を突かれてうろたえる。

「そんなこと無いよ。俺が一枝ちゃんのこと、気に入ってきてるっ

て分かってるだろ?そうじゃなきゃこんなに話が盛り上がる分け

ないじゃない」

「でも邪魔した」

「だから謝ってるのに」

一枝は言いたいことを言ってすっきりとしたようだった。しかし、

このままじゃ泣いただけ一枝の損だ。もっと宏一を困らせないと

気が済まなかった。

「じゃあ、宏一さん、ちゃんとデートして」

「え?」

「夕方までちゃんとデートして」

半泣きの状態で弱みを付かれ、挙げ句にごねられては宏一に勝て

るはずがなかった。

「分かったよ。一枝ちゃんの言う通りにするから」

「ほんと?」

「ほんとだよ。約束」

「よかった!」

一枝は無理に元気を出すと、真っ赤な目をしたまま不器用に笑っ

た。

「あ、わざと?」

「そんなことない。ちがう」

「ほんと?わざとじゃないの?」

「わざとでも何でも、約束は約束。そうでしょ?」

そう言って無理ににっこり笑うと、一枝は再び元気になって最初

よりは自然な感じで会話してきた。

「でも、なんかすっきりしちゃった。宏一さんは優しいけど、な

んか遠慮してて遠くにいる感じがしてたから。でも、なんか今は

近くにいるみたい」

「それじゃ、一枝ちゃん、改めてどこに行きますか?」

「どこでもいいの?」

「今日は一枝ちゃんがお姫様だね」

「うわぁ、そう言うのあこがれてたんだ。えーとね、それじゃ、

トリトンスクエアに行きたいな」

「いいけど、時間、あるかな?」

「ちょっとくらい遅くなっても・・・」

「だめ、6時まででしょ」

「予定あるの?」

「そう、ちょっとね」

予定など無かったが、時間に関しては由美との約束を破るわけに

は行かなかった。

「でも行きたい」

「いいよ、行こう」

宏一はそう言ってレシートを持って立ち上がった。まだ少しケー

キが残っていたが、一枝は諦めた様子で宏一の後を追った。

私鉄を乗り換えながら行っても、今は六本木から大江戸線に乗り

換えれば意外に簡単にいける。二人はトリトンスクエアでショッ

ピングをしたり、軽く食事をしたりして時間を過ごした。

新しいショッピングスポットだし、ちゃんとしたカップルなので

一枝は何も見ても楽しくて仕方がない。さんざん宏一を引っ張り

回して何度も何度も話しかけ、二人の時間をたっぷり使って甘え

てきた。

だから時間はあっという間に過ぎてしまい、二人が部屋に帰って

きた時は6時に十分ほど前だった。

一枝はそれまで宏一に甘えるような仕草を何度も見せていたので、

宏一にしてみれば、これで一枝は納得してくれるだろうと思って

いた。部屋に入ると、一枝は自分の荷物を取り、楽しかった一日

を思い出しながら話し始めた。

「今日はありがとう。とってもたのし・・・」

そのまま一枝は宏一に抱きしめられた。

「あ・・・宏一さん・・・・」

今度は嫌がらなかった。宏一はそっと唇を近づけていく。

「だ・・・だ・・め・・・んんっ」

一枝は唇を奪われると一気に大人しくなり、うっとりとしたよう

に身体の力を抜いた。宏一が舌を入れていくと一瞬驚いたようだ

ったが、次第に的確に舌を絡めてくる。やがて宏一の唇が首筋に

写っていくと、一枝の身体はぴくんぴくんと反応しながら宏一の

腕の中で正直な反応を示し始めた。

「あ・・・ああっ・・・・こんなこと・・・あん・・・宏一さん

・・・・時間が・・・・時間が・・・」

一枝は力の入らない身体をねじって逃れようとした。

「まだ5分あるよ」

宏一はそう言うと、一枝を抱きしめたままベッドに連れて行く。

「少しだけ。ほんの少しだけ一枝ちゃんを確かめたいんだ。いい

だろ?」

そう言うと、

「いや、ベッドに入るのはいや、いや」

と抵抗する。

「分かったよ。それなら座っているだけでいいから」

そう言うと宏一はベッドの上に足を大の字に大きく開いて座り、

一枝を真ん中に座らせて後ろから抱きしめ、ゆっくりと服の裾か

ら左手を入れて腹を撫で、更に上に上がって布地に包まれた膨ら

みへと進んでいく。

また右手はスカートの中に差し込まれ、小さな布に包まれた秘密

の場所をそっと撫で始めた。

「ああっ、だめ、いや、いや、こんなにされたらいや・・・・い

や・・・・ああっ、だめぇ」

一枝は口では嫌がっていたが、無理に逃げようとはしなかったし、

身体が反応しているのは宏一にも分かっていた。

「少しだけだから、今日はこれだけだから、ね?」

「ああん、イヤぁ、こんなの・・・ああん、だめぇ・・・宏一さ

ん、やめて・・・お願い」

一枝は自分の身体がこんな反応を示すとは思っていなかった。宏

一の手が触るところはどこでも気持ちいい。ゆっくりと手が這い

回るだけで身体をねじってしまいそうになる。それに、パンツの

上から撫でられているのは秘核の近くだが少し離れているのに、

猛烈に気持ちいい。次第に一枝は足をしっかりと閉じて宏一の手

を挟み込んでいった。

「だめ・・・・もうやめて・・・宏一さん・・・・」

「感じてるの?」

「いや・・・違うの・・・・いや・・・・」

「これでも?」

宏一は小さなうなじに吸い付く。

「はうぅっ・・・」

「ほうら・・・」

一枝はまだ宏一の愛撫で感じる段階には行きたくなかった。そう

すればもうデートをすることもできない。宏一が一枝に好意のよ

うなものを持ち始めているのは分かっていたので、もっと宏一と

デートをして気持を引きつけたかった。

今のままではまだ宏一の心は由美のものなのだ。しかし、こんな

声を上げてしまっては感じないとも言えない。一枝は困ってしま

った。その時、ピピッピピッと小さなアラームが鳴った。

宏一の腕時計のアラームが鳴ったのだ。宏一の手が止まると、一

枝は手を外してゆっくりと立ち上がる。

「また来週だね」

「はい、また来ます」

そう言うと一枝はそそくさと部屋を出ていった。部屋を後にした

一枝は、まだドキドキしている心臓を押さえながら、何とかもっ

と宏一の心を引きつけられないかと考えていた。やはり人の恋人

に抱かれるのは寂しいのだ。

できることなら宏一に一枝をもっと好きになって貰いたかった。

そしてもし、宏一が由美から一枝に乗り換えてくれれば一枝自身

が本当に幸せになれる。由美には後ろめたい気もしたが、宏一が

決めることなら二人とも何も言えないはずだった。『その為には

・・・・』一枝は考えを巡らせた。


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