第 14 部
「数分だけ、良いね?」
そう言うと唇を久美に合わせた。幸一の唇が久美の唇をそっと開かせ、久美の小さな口に舌を送り込んでくる。
「んっ!」
久美は慌てたが拒絶はしなかった。そして幸一の舌が久美のツルツルの歯を撫でてから歯茎を確かめ、更に奥へと進んでくると久美の舌とぶつかった。久美は最早キスでは驚かなかったが、どう対応するべきかしばらく迷っていた。しかし、これくらいは許さないと申し訳ないと思い、そっと舌を差し出した。それは既に先週までの頑なな少女ではなかった。そこに幸一の舌が絡んでくる。最初は冷静にキスをしていた久美だが、幸一の巧みな舌の使い方にいつしか自分からも舌を絡めるようになっていった。
久美がふと気が付くと、幸一の右手が久美の制服の上から胸を撫でている。ハッとして身体を縮めると、幸一はちょっとだけ唇を離して、
「大丈夫、これ以上はしないから」
と言って、更に胸の膨らみをゆっくりと撫で続けた。
久美はタクシーが早く来ないかと思いながらそれを許していた。しかし、タクシーが来る前に久美の身体が反応し始めた。そっと撫でられるだけでくすぐったいような感じになり、身体が少し熱くなる。久美はこの感覚に慣れていなかったので、最初は幸一の愛撫に自分の身体が反応していると言うことが分からず、単に変な感じがすると思っただけだった。しかし、幸一に触られていると少しずつ感覚が大きくなってくる。『この前はこんな感じ、全然しなかったのに、もし『止めてください』って言って、幸一さんに『どうしたの?』って聞かれたらどうしよう』と思い、しばらくはじっと耐えていた。しかし、その感覚は更に大きくなってくる。そしてこれ以上続けられると変な気分になりそうだったので、何も言わずに幸一の手を取って愛撫を止めた。しかし幸一は、
「ダメ」
とだけ言って再びキスをしながら同じ動作を続けた。その断定的な言い方の言葉に久美は幸一の手を思わず離してしまった。更に幸一の手がゆっくりと久美の膨らみを撫で回していく。
『先週は服を脱がされて触られたのに何も感じなかったじゃないの。こんなの何でもない。だいじょうぶ』心の中で必死にそう思うのだが、一度心を開いて甘い時間を受け入れてしまってからでは急に何も感じなくなることなど不可能だった。だんだん胸の膨らみが固く張りつめ、布地の下では膨らみの先端の小さな芽が存在を主張するかのように薄い布地を突き上げてきた。少しずつ息が荒くなってきたが、無理にそれを押さえ込んだ。
幸一は久美の様子が今までと全く違ってきたことに驚き、喜んだ。やはりあの時、寝てしまった久美をそっとベッドに寝かせたのは正解だった。幸一が何もしなかったことで、久美の心が開いてきたのだ。久美の胸の膨らみがはっきりと固く張りつめ、本来の丸い形を取り戻したのが触っていて良く分かる。そして微かにその先端に小さなしこりのようなものが現れてきたので、そっと何度も優しく撫でてやると、更にはっきりとしこってきた。幸一はキスを止めて久美の表情を確かめた。
久美はキスどころではなくなってきた。何とも言えない気分だ。焦っているような、気持ち良いような、恥ずかしいような、そして嫌なような、複雑な気分だった。ただ、幸一の手が自分の身体に起こった変化を確かめているのは分かったので、幸一の顔をまともに見られなかった。
「久美ちゃん、感じてるの?」
幸一がそう聞いても、久美は顔を真っ赤にしたまま、目をつぶって横を向いているだけだった。そこで更に幸一は先端のしこりの周りを丁寧に撫でていく。最早、久美にはじっと黙っていることしかできなかった。息が弾んできたので、何か声を出そうとすると変な声になりそうだった。そして久美の息がはっきりと弾んできた時、幸一は膨らみを撫で回していた動作を止めて、そっと優しく揉み上げてみた。
『あっ』久美の表情が一瞬歪んだ。小さくだが、何か身体に不思議な衝撃が走った。それまでじっと目を閉じていた久美の目が大きく見開かれ、不思議そうに幸一を見上げている。幸一の手は膨らみ全体を包み込み、更に次の揉み込みに入ろうとしていた。
その時、インターホンが鳴っていきなりタクシーの運転手が大画面テレビに映り、到着を告げた。
幸一の膝の上で身体を探られていた久美は慌てて幸一の手をどけ、テレビから隠れるようにして幸一に身体をくっつけた。まるで運転手に見られたような気がしたのだ。
「はい、今降りますから」
幸一がそう答えると同時に、久美は両手で胸をガードして幸一の膝の上から起きあがった。
「久美ちゃん」
「帰ります。あの、今日はどうも済みませんでした」
久美は慌ててペコリと頭を下げると、部屋の隅に置いてあった自分の荷物を手早くまとめて帰り支度をした。そして幸一からチケットを受け取ると、そそくさと部屋を後にした。
久美はタクシーの中で先程のことを思い出していた。最初はほんの少しキスを許すだけのつもりだった。しかし、幸一のキスに飲み込まれるようにいつしかその中に溺れてしまった。
そして幸一が胸を触り始めたとき、しっかりと拒絶しようと思えばできたはずだった。タクシーを呼んだ後だったので、荷物の整理でも何でもできたはずなのだ。しかし、自分でもどうしてなのか分からなかったが、幸一に触られるのをそのまま受け入れてしまった。そして身体の中に何とも言えない不思議な感覚が沸き上がってきて、それにどう対応して良いか分からずにどんどん息が荒くなり、最後は敏感になった乳首の辺りを触られるだけで何とも言えない感覚に自分でも夢中になってしまった。
もし、もっとたくさん時間があったら、あのままベッドに連れて行かれても嫌がらなかったかもしれない。そこまで考えてから、『感じてたんだ。私、触られるのが嬉しかったんだ』と気が付いた。その夜、久美は久しぶりにベッドでまだ幸一にも秘密の敏感な部分を探った。しかし、確かに気持ち良いのだが、幸一に触られたときに感じるものとは根本的なところで何かが違う。久美はベッドの中で、それが何か分からないまま敏感な部分をこっそりと触り続けた。
土曜日の午後に幸一のマンションに行くようになって一番大きく変わったのは平日の生活だった。両親が他界して以降、平日学校に行っていても生活のことで気持ちが一杯一杯で勉強など二の次三の次だった。正直、どうせ大学など行けるわけがないのだから、卒業さえできればそれで良いと思っていた。しかし、今の久美は学校生活を楽しむことができた。幸一から貰う現金は何よりも久美の心を安心させた。『もう、通帳の数字が減っていくのを見なくても良いんだ』そう思うだけで気持ちが軽くなるのだった。そして弟は姉が明るくなったことを真っ先に喜んでくれた。
「姉ちゃん、何か良いことあったの?そんなに楽しそうにしてるの見るの、久しぶりだもん。僕まで嬉しくなるよ」
と言ってくれたのだ。そして親友のちーちゃんまで、
「最近、元気出たね。なあにか良いことでもあったのかなあぁぁぁ?白状せい、今なら大目に見てやるぞ」
と笑って話しかけてくれた。つい最近まで、まじめな顔で、
「ねぇ、くー、元気出しなよ。何か奢ってやっからさ」
と心配してくれてた親友に軽口を叩かれて、久美は『もしかしたら今はこれが一番良いのかもしれない。私が我慢すれば・・・・』と思い始めていた。最初のうちはここまで考えると『我慢』という言葉が重く気持ちにのしかかってきて黙り込んでしまったのだが、周りがどんどん明るくなっていく様子に、次第にそれもあまり重いものでは無くなっていった。
次の土曜日、久美は午前中の授業の最中に、しっかりとノートにトンカツの作り方を書き出していた。料理は段取りが一番大切だと言うことが分かってきたのだ。そして、どの料理本を見ても『揚げ物をするときは、始める前に揚げ物を引き上げる準備をしておくこと』だの『食べる直前に揚げ始めること』だのと書いてないことに気が付いたので、自分で全て決めて準備をしてからでないと、どんなものを作っても食べる前に失敗してしまうことを学んだのだ。第一、料理の本は料理の作り方を書いてある本であって、料理の美味しい食べ方などは書いてないのだから。
周りの友達は久美が全く授業を聞いてないことに気が付いて、久美が考え事をしながら猛烈な勢いで何かノートに書き込んでいることに気が付いたが、休み時間になっても久美は決してそれを見せようとはしなかった。
学校が終わると、久美はサヨナラもそこそこに買い物に向かった。
まず久美が向かったのは学校指定の制服を売っている店だった。先週末、日曜日に採寸して貰ったとき、金曜日に出来上がると聞いていたのだ。久美は今着ているのよりも少しだけぴったりとした新しい服を受け取り、試着してみた。今着ているのは長く着られるようにと母がかなり大きめに作ったもので、1年生の久美にはかなりゆったりとしていた。しかし、今回は少しだけ今の自分に合わせて貰ったのだ。自分で着てみても明らかに一回り小さく見えるのが良く分かる。元々、この制服は幸一の部屋できるための服なので、エプロンを着たときにバランスが良いようにこのサイズにしたのだが、ウェストが引き締まって見える分、全体が小さくなった印象で、ちょっと自分が子供っぽくなったみたいな複雑な気持ちだった。
それから幸一のマンションへと向かう途中、前週と同じ店でトンカツ用の肉を買い、更にみそ汁とサラダの材料を買った。
幸一の部屋に入ると、使っていない部屋に荷物を置いてシャワーを浴びた。他人の家でシャワーを浴びるのは落ち着かないもので、誰もいないと分かっていてもゆっくりはできない。それでも汗を流すとすっきりした。ただ、シャワーを浴びる行為そのものが幸一に抱かれる準備のようで、身体の汗を流しながら気持ちが落ち込みそうになった。しかし、シャワーブースも服を脱いだメイクアップブースも綺麗に掃除されており、幸一の持ち物も全て仕舞われているらしく殆ど生活感がない。さらに新しいタオルが積み上げられていて、まるでテレビに出てくる高級ホテルのような感じがした。
身支度が終わり、髪の毛が乾くまでしばらくリビングでテレビを見てから、いよいよ料理に取りかかった。さすがに3回目ともなると幸一の部屋のこともだいぶ覚えてきており、自分で作ったタイムチャートに従って『何時になったら何をする』と準備を進めていったので、今回は全てが順調にいった。ただ、まだトンカツを作るのに3時間ほどかかったのは料理自体になれていないので仕方なかったが。
幸一が帰ってくるちょっと前、久美はふとサトミを試してみようと思った。声で反応するのなら自分の声にだって反応するかもしれないと思ったのだ。
「サトミさん」
一瞬、テレビの画面が反応したかに見えた。しかし何も起こらなかった。今度は思い切って、
「サトミ」
と呼んでみた。しかし、やはり何も起こらない。久美は安心したような、残念な不思議な気持ちで諦めた。
ご飯が炊けてサラダの準備も完了し、貝のみそ汁の準備も終わって、久美は6時ちょうどにトンカツを揚げ始めた。幸一に褒めて欲しいと言う明確な気持ちがあったわけではないが、中途半端な自分にけじめを付ける意味でもやるべき事はしっかりとやってしまいたかった。
幸一が帰ってきたとき、久美はちょうどトンカツを揚げ終わり、『冷めないうちに幸一さんが帰ってきますように』と思いながらトンカツを切って盛りつけていたところだった。
「あ、幸一さん、お帰りなさい」
「久美ちゃん、すごく良い臭いだね。あ、出来立てだ。すごい上達だね」
「ビールを飲むんでしたね」
久美はそう言って冷蔵庫を開けた。
「1分だけ待って。直ぐに着替えてくるから」
幸一は予想以上のもてなしに大喜びで普段着に着替えに行った。久美が全て準備し終わり、エプロンを外してちょうど席に着いたときに幸一が戻ってきた。
「うわぁ、凄いや、今度は完璧だ」
「今度はだいぶ上手くできました。食べましょう」
「言われちゃったね。はい、いただきます」
久美の揚げたトンカツはほんの少しだけ幸一の好みよりは火が通っていたが、それでも十分と言っていいほどの出来栄えだった。細かいことを言えば、まだ衣が少し剥げているところもあったし、パン粉自身にもムラがあったし、幸一の皿に載っている2枚のトンカツは火の通り方が同じではなかった。しかし、先週に比べれば驚速の進歩と言える。
「美味しいよ。本当に。凄いや。これだったら街で売ってるのよりずっとずっと美味しいな。久美ちゃんに作ってもらって良かった」
「よかったぁ」
「自分で食べても分かるだろ?とても美味しくできてるって」
「えぇ、まぁ・・・」
久美は照れ笑いで下を向いて答えた。