第 27 部
翌日、久美は目を覚ました途端、予想通りに昨夜のことを激しく後悔した。もともと久美は幸一の恋人でもなかったし、肌を許す約束などしていたわけでもなかった。しかし、なぜか昨夜はそうするのが、そうされるのが当然であるかのように錯覚していた。
その日は天気の良い日だったが、久美は全く外に出る気にならず、それどころかちーちゃんの家に行く約束まで断って家に籠もってしまった。弟が出かけて家で一人になると、否が応でも昨夜の出来事が繊細に蘇ってくる。
幸一の家で夕食の後にキスされるまでは仕方なかったと思う。だが、そこから先は久美自身でも予想していなかった。確かにキスされながら触られた時に久美は嫌がった。しかし、それは幸一にとって何の拒絶でもなかったらしい。言葉巧みに焦らしの我慢を強いられただけだった。そして限界まで我慢させられた挙げ句、久美はベッドへと連れて行かれて喜びを教えこまれた。あれだけ我慢していたのだから、たっぷりと刺激されて感じない筈がないのだ。
結局、今になって考えると、全て幸一の思い通りに扱われただけなのだろう。焦らしに持ち込まれた時点で久美には実際選択の余地など無くなっていたのだ。そして、あれだけたっぷりと喜びを教えこまれ、生まれて初めて秘唇を舐め上げられ、秘口に指を挿入されながら乳房を揉まれて喜びの声を上げない少女などいる筈がない。そして身体の火照りが抜けないうちに軽く愛撫されれば身体が再び喜びの炎を求めても仕方ないのだ。
ただ、最後の肉棒の扱い方を覚えさせられたのは、自分でもなぜ嫌がらなかったのか不思議だった。あの時はそれほど焦らされていたわけでもなかったし、身体が快感を求めていたわけでもなかった。良く分からないが、そうするのが自然なような気がして、あのおぞましい肉棒を扱き、舐めてしまった。
そこまで考えて久美は自分が嫌になった。自分は焦らされればあんな事を平気でする女の子だったのだろうか?昨日、あの部屋で夕食を作るまでは確かに普通の女の子だったはずだ。あの時はまさか、その日のうちに全裸で指を入れられて乳房を揉まれ、喜びの声を上げるなどと予想すらしなかった。久美は自分の性格が分からなくなった。
月曜日になって学校に行くようになると、久美の心に少しずつ変化が起こり始めた。月曜日は新しい週の始まりで、その週の終わりにはまた土曜日が来る。さすがに月曜日は元気が無く、ちーちゃんが、
「どうしたんだい?元気がないぞ。どれ、ハヤシヤで詳しく聞かせて貰おうかいの?」
と誘ってくれても、ミカリンが、
「いこーよ、いこーよぉ、ハヤシヤいこーよぉ」
と単刀直入に誘ってきても、
「ご、ごめん。今日はちょっと・・・ね・・・。ごめん」
と逃げるようにして学校を抜け出してきたのだが、火曜日には少し心が落ち着いてきた。と言うよりも、自分で無理にでも心を落ち着かせるようになってきた。あと3日、水木金が過ぎればまた土曜日なのだ。それまでに心をニュートラルに持っていかないと、もっと辛い思いをすることになる。久美は一生懸命、土曜日の出来事を肯定的に受け入れようとしていた。そしてその中で、一つ発見したことがあった。久美は幸一が嫌いではなかった。それどころか、淡い憧れのようなものを持っていた。だから、最初にベッドに無理に連れて行かれたときもじっとしていられたのだし、その翌週、自分で幸一の申し入れを承諾したのだ。
更に、その翌週、幸一は久美に何もしなかった。心ではどこかで覚悟して行ったのに何もされなかったことで久美の心に安心が生まれた。それが先週へと繋がっていたのだ。もしかして、全て幸一に計算し尽くされたものだったのかもしれない。しかし、久美はそう思いたくなかった。先週、久美があそこまで幸一を受け入れたのは、幸一の誠実な気持ちを受け入れたからなのだ、と信じた。
そう考えたところで、久美は土曜日に幸一のマンションに行く力が湧いてきた。もちろん、完全に幸一に肌を許すことを肯定できたわけではない。それをするには久美自身、まだあまりに純真すぎた。だが、自分の心の中に幸一を受け入れたがっている部分があることを確認できたことで、ずっと気が楽になった。
「ねぇ、ハヤシヤにいこっか?」
久美が笑ってちーちゃんとミカリンにそう言ったのは水曜日だった。
金曜日、久美はなんと、学校の帰りに本屋で料理の本を立ち読みしていた。明日、幸一にリクエストされたものを作るためだ。久美はなぜかやる気満々だった。それは、愛する人に料理を食べさせたいと言うのではなく、どちらかというと何でも知っている幸一を感心させたい、びっくりさせてやりたい、と言う挑戦のようなものだったが、久美は真剣だった。その証拠に、立ち読みしていただけなのに、殆ど作り方は覚えてしまった。覚えてしまうと実は簡単な料理だった。一冊の本で作り方を覚えれば、あとは久美がびっくりするほど楽だった。何冊読んでも作り方に大差はない。更に、本によって大きく分量が違っているものがあると言うことは、実は分量をいい加減に作ってもそれなりに美味しくできると言うことなのだと分かった。
ただ、問題が一つだけ残った。それは明日、幸一のキッチンで実践してみるしかない。
土曜日が来た。久美は学校が終わるといつものコースで買い物をしてマンションに入った。誰もいないマンションで久美は先週、自分が着ていた制服が綺麗にクリーニングされて脱衣所の隣の棚に入っていることを発見した。一瞬、気が滅入りそうになったが気合いで我慢して料理の支度にかかる。久美が昨日、あちこちの本を読んで分析した結果によると、今日の料理はひたすら煮込めば良い料理なのだ。ただ、さっきの買い物でも苦労したのだが、煮込み料理とは食材の種類を多く使うので、どうしても切ったり皮を剥いたり刻んだりという時間が長くかかる。それは今日、授業の最中に時間をシミュレートしてみて分かっていたことだったが、実際にやってみれば予想以上に大変だった。
もともと久美と幸一が食べる分、幸一が大盛りだとしても3人分もできれば十分なはずだった。だから久美は中型のフライパンに切った食材を入れていった。しかし、気が付いたら刻んだ食材が山盛りになっている。更にここに肉が入るのだ。久美は仕方なく大型のフライパンに代えた。
ただ、実際に作ってみて分かったのだが、肉を入れて煮込んでいると、どんどん材料の分量が減ってきた。そして出来上がる頃にはちょうど3人分程度の量まで減っていたのだ。久美は心の中で万歳を叫んだ。
ここまではマンションに入ってから休み無くやったので、まだ幸一が帰ってくるまで1時間以上残っていた。2時間以上煮込んだのにこれだけ時間が余ったのだから、久美の準備の手際も進歩したものだ。
ここで久美は大鍋に湯を沸かすと実験を始めた。たぶん、実験している時間は十分あるはずだった。
幸一が帰ってきたとき、久美は笑顔で幸一を出迎えた。
「久美ちゃん、なんか良い匂いがするんだけど?」
「お帰りなさい。もうすぐできあがりです」
幸一は久美がちゃんと出迎えてくれるかどうか不安だった。先週は、かなり久美にも久美の身体にも大きなショックだったはずだと心配していた。最悪の場合、もう久美は来ないかも知れないと思っていた。それだけに、以前にも増して優しい笑顔で迎えてくれたことが嬉しかった。しかし、今の久美は自分の制服を着ていた。それが気になった。
幸一が着替えている間に、久美はミートソースを温め、パスタを茹で始めた。
「凄いね、久美ちゃん。こんなのを作れるなんて」
「ちょっと苦労しましたけど、ちゃんと全部作りましたよ」
久美はチラッと時計を見ながら答えた。
「これだけの材料を刻んで準備するのは大変だったろう?」
「思ったより時間、かかりましたけど、その分余裕を見て始めたから・・・」
「へぇ、時間の先読みまでできるようになったんだ」
「ちゃんと調べてから作ったから・・」
「それじゃ、だいぶ調査に時間がかかってるんだ」
「昨日、2時間近く本屋で勉強しました。立ち読みだけど」
「それだけ気合いが入ってれば上手くいくのも当然か」
「勉強と違って楽しいですからね。・・・・ちょっと・・・・」
久美は簡単なサラダを並べ、冷蔵庫からビールを取り出すと、パスタの引き上げにかかった。夕方、何度も調べてみたように、パスタは引き上げる時間が十秒単位で味が大きく変わる。久美はしっかりと時計をにらんで、一気に用意してあったざるにパスタ鍋を空けた。
更に素早くサラダオイルを絡めてから皿に移してミートソースを掛ける。
「できました」
「凄いや。まるでお店で食べるみたいだ」
「幸一さんの行くようなお店には敵わないと思うけど・・・」
久美もベタ褒めされて満更ではないらしい。
「それじゃ、直ぐに食べよう。いただきまぁす」
「どうですか?」
久美はまじめな顔で心配そうに幸一の表情を覗き込んだ。その表情を見たらいい加減なお世辞などを言うことはできない。幸一もかなり真剣に味を見た。
「うん、凄く美味しい。ほんとだよ」
「わっ、よかった!」
「ちゃんと缶のトマトと生のトマトの両方を使ってるし、生のトマトの青臭さが抜けるまでしっかりと煮込んである。大成功だね」
「あー良かった。何度も味見をしてたら分けが分かんなくなっちゃって」
「ちょっとだけ味が濃い目なのはそのせいかな?でも、高校生なんだからこのくらいインパクトのある味の方が美味しいよね」
「濃かったですか?」
「いいや、ビールにも合うよ。このくらいの味の方が。自分でも美味しいと思うでしょ?」
「・・・はい」
「パスタだって、良くこんなに上手に茹でられたね」
「ミートソースができてから、何度も試してみたんです」
「そんなことまでやったの?」
「どうして良いか分かんなかったから」
「だから、こんなに絶妙に茹で上がったんだね」
久美は面を引き上げてからも茹で加減が進んでいくことをさっき初めて知った。だから、まだわずかに芯のあるときに引き上げないと延びてしまうと言うことを自分で発見した。
「良かった。幸一さんが喜んでくれて。また作っても良いですか?」
「良いよ。それじゃ、その時はビールじゃなくてワインにしようか」
「はい」
「わかりました」
「それじゃ、次も楽しみにしてるからね」
食事は幸一の予想以上に和やかに進んだ。だが、久美が食事の後に幸一の希望通りの格好をしてくれるかどうかは分からない。その時にならないと、何が起こるのか予想できなかった。
幸一は今この瞬間の久美の笑顔を失いたくなかった。だから、珍しく食事の後、直ぐに酒には進まずにデザートを欲しがった。久美はちょっとびっくりしたみたいだったが、冷蔵庫のマンゴーを切ってバナナを添えて出してくれた。
「久美ちゃん、これ、どっちも凄く甘くて美味しいね」
「スーパーでワゴンセールになってたんです。安かったし良い匂いがしてたから」
「久美ちゃん、お金のことまで考えてくれたの?ありがとう。そう言えばそろそろお金が無くなる頃かな?渡そうか?」
「まだありますけど、ちょっと少なくなってきたかな?・・・」
「それじゃ、ちょっと待っててね」
幸一はテーブルを立つと久美に渡す封筒の上に2万円を別に置いてきた。
「今度はワインを買うんでしょ?3000円くらいのが良いな」
「はい、3000円ですね」
「うん、楽しみにしてるよ」
幸一の気持ちとは裏腹に、とうとうデザートの時間も終わってしまった。何も食べるものが無くなると久美は自然に皿を片付け始めたので、幸一も仕方なく立ち上がってリビングのソファに身体を沈めるしかない。幸一は久美の出してくれた氷を使ってスコッチをオンザロックで飲み始めた。
テレビではCSのニュースをやっているが、幸一は久美の動作が気になって仕方なかった。このまま今までのように片付けが終わったら直ぐに隣のソファに座るかも知れないし、下手をすればこのまま帰りたいというかも知れないと思った。幸一は先週、久美が帰ってしばらくは久美の素晴らしい身体と感度を思い出して何度も肉棒を握りしめたが、ふと久美の瞳の中の陰に気が付いてから、急に心配になってしまったのだ。
久美は、しばらくはいつも通りに片付けをしていた。そして片付けが一通り終わると、キッチンを軽く掃除し始めた。幸一の心臓ははち切れそうなくらいドキドキしている。
片付けが終わると久美は、ごく自然にキッチンを離れて部屋を出て行った。それが余りにも自然だったので、トイレにでも行ったのかと思ったくらいだった。