第 49 部
それから久美はお金の話をした。弟と二人で暮らして行くには貯金の積み立ても何もかも含めて最低でも毎月20万円必要なこと、それを一日10時間働いたとしても時給に換算すると900円を超すこと、そうすると弟の面倒を一切見られなくなること。
その話の全てがちーちゃんとミカリンの想像を超えたものであり、二人は生活していくのがこれほど大変なことだとは知らなかった。そして、心から久美は凄いと思った。
「私、本当にどうして良いのか分からなかった・・・・」
「そうよね・・・・」
「九州のおじさんの所に戻ろうかと思ったりもしたの」
「うん」
「でも、弟が物凄く嫌がってね・・・・結局・・・・」
「それで、あの話を受けたのね?」
ミカリンが言うと、久美はコックリと頷いた。ちーちゃんもミカリンも、今では久美の選択は仕方のないことかも知れないと思った。久美の話を聞いていると、こうやって久美が今二人の目の前にいることさえ奇跡に思えてしまう。
「で、どうだったの?彼は?」
「優しい人だった。・・・・とても大切にしてくれたの」
「よかった・・・・」
「彼は私に夕食を作って欲しいって言ったの。最初は肉じゃがだったの。ジャガイモは崩れてたし、お肉は固かったし、変に醤油っぽかったけど、美味しいってお代わりまでしてくれたの。私の作った料理が美味しいって言ってくれた。とっても嬉しかった」
「あの・・・・あんまり聞いちゃいけないと思うけど・・・・・、嫌なこと、されなかった?」
久美は今では幸一のことを本当に好きになっていた。だから、最初幸一が久美を半ば強引にベッドに連れて行ったことも、もう気にならなくなっていた。
「大丈夫だった。どっちかって言ったら、結構自然に恋人って言うか、彼が上手に好きにさせてくれたって感じかな?だからそれはもう良いの。だって、彼の部屋に行くのが楽しいんだもん」
そこでまた久美は少し涙を流した。二人には分かっていた。ずっと社会から拒絶され続けていた久美に『必要なんだ。役に立ってるんだ』と小さな喜びを教えてくれたのだ。こんな体験をすればきっとちーちゃんだってミカリンだって心から嬉しいに違いない。
「それでね。次はトンカツを作って欲しいって言ったの。でも、トンカツってとっても難しくて最初は凄くなっちゃった。でも、私も食べたくなかったのに彼は本当に美味しいって食べてくれて、また次の週に同じものを作って欲しいって言ってくれて・・・」
「練習させてくれたのね」
「そう、だから次の週にはがんばって、そしたら結構美味しくできて・・・」
「喜んでくれた?」
「うん、とっても。私それで料理が好きになってきたの。この前は英二にも褒められたの」
久美はそこからは普通に話し始めた。夕食後、幸一が久美のお酌でお酒を飲むことは二人に話したが、さすがに久美が抱かれるところははしょってしまった。しかし、二人にはもうそれで十分なようだった。
「・・・・だから、最初はまだちょっと嫌だったけど、少しずつ幸一さんと一緒に居たくなってきたの。だから、土曜日にね、嬉しかった・・・・」
「クー、ごめんね」
「私も、ごめん」
「ううん、ありがと。聞いてくれて。怒った?」
「何言ってんの。バカにしないでよ」
「そーよ。私たちを誰だと思ってんの?」
「・・・・・・・・・」
「クー、よく頑張ったね。偉いよ。良くそこまで・・・」
「ちーちゃん・・・・」
「クー、黙ってたことなんて気にしなくて良いよ」
「ミカリン」
「そーだよ。これを分かってあげなかったら親友じゃないよ」
二人はそう言って久美の方を優しく撫でた。それでまた久美は少し泣いた。そして更にちーちゃんが、
「クー、大好きだよ」
と言うと、その言葉で久美はもっと泣いた。
それから三人は、更にいろいろ話した。
「やっぱり二人には隠し事なんてできないんだね」
「そうだよ。私たちの絆をなんだと思ってるの。見くびらないでって言いたいわ」
「そうだね。ごめん。でも、私、そんなに歩き方、変だった?」
「ううん、それほどじゃないよ。でも、私たちだったら分かるな。やっぱりリズムがいつもと違ってたもん」
「そうかぁ・・・・」
「ねぇ、そんなに痛かったの?」
「え?」
久美は思わず顔を赤くした。
「だからぁ、痛かったの?って聞いてるのさ」
「うん・・・・、家に帰る時迄はまだそんなに痛いって思わなかったんだけどね」
「家に帰ってからなの?」
「うん、朝起きた時はびっくりした」
「痛くて?」
「そう。日曜日なんて歩くのがとっても辛かったもの。特に階段がね」
「クーがそうなら、私なんて布団から出られないかもね」
「ミカリンだってきっとそうなるよ」
「だってさぁ、三組の森田なんて翌日は模試休んだらしいよ。土曜日だったから」
「そうなんだ。私もよぉく考えようっと。日曜日に模試がある時はダメだね」
「そう。模試がどうこうって言うより、一発でばれちゃうよ」
「だね。男ってさぁ、そう言うのは見境無いから気をつけないとね」
「でも・・・・・・、・・・あのさ・・・・」
ちーちゃんが言いにくそうに切り出した。
「なあに?」
久美が不思議そうに聞くと、
「大滝さんはどうするの?」
と聞かれ、久美はギクッとした。大滝とは久美達の一年上野先輩で、新聞部の部長をやっており、一年生の憧れの的だった。久美は大滝の近くに行きたくて新聞部に入ったのだ。
「もう、良いの。だって、今更仕方ないし、部活にも出られそうにないから」
「そうだね。月曜から金曜までは家のことで手一杯だし、土曜もダメなら空いてる日無いもんね」
「うん。だから、もう良いの。忘れちゃった」
確かにその時、久美は大滝のことなどすっかり忘れていた。今の久美の心の中は幸一でいっぱいだった。
3人がマックを出たのは結局夜の9時を回ってしまった。
それから週末になるまで、久美は幸一が恋しくて仕方がなかった。ちーちゃんとミカリンに黙っている必要が無くなって心が軽くなったためと、やはり、幸一を知ったことが大きかった。何をしていても幸一のことを考えてしまう。それだけ幸一との初めてのセックスは久美に強烈な印象を与えた。
それまではベッドの上で指で感じさせられたので、それが一番強烈な印象だったが、圧倒的なボリュームと固さの肉棒を埋め込まれて絶頂させられてからは、指での愛撫は料理で言えば前菜に過ぎないと思った。そしてそれまでは凄いことだと思っていたことを前戯と呼ぶ理由がやっと分かった。
久美は授業中、そっと一人でベッドの上で幸一としたこと思い出して何度も赤くなった。ただ、ちーちゃんの視線があるので表情だけはポーカーフェイスを保っていたが、頭の中では幸一にされたことが渦巻いていた。そしてトイレに行った時、初めて自分が濡れていたことに気が付いた。幸一に会っても居ないのに濡れるとは自分でも驚いたが、それだけ幸一のことしか考えられなくなっている自分が何故か嬉しかった。
そして体育の時間、クラスメートを見ていて気が付いた。久美が知っている初体験を済ませた子とまだの子は歩き方が違うと思った。今まで気にしたこともなかったのだが、まだの子は無防備に足を広げ、がに股で歩いていても気にしなかった。しかし、済ませた子は何となく歩き方が女っぽかった。男子とは体育の場所が違うので視線を気にする必要はないのだが、やはり済ませた子は何かが違うと思った。
木曜日には殆ど痛みは消えたが、またもう一度幸一を受け入れたら同じ痛みを感じるのではないか、と思うとちょっと怖かった。それでも、土曜日になれば幸一のマンションに行かなければいけないし、そうなればその先は分かりきっている。『でも、痛くて我慢できなかったらきっと幸一さんは優しく気遣ってくれる』そう思うだけで心が温かくなった。
英二が寝てしまうと、久美はゆっくりと風呂に入った。余りゆっくり入ると勉強の時間が短くなるのでそうもできないが、平日の久美にとっては唯一のプライベートなくつろげる時間だった。少し温めの湯に肩まで浸かり、そっと乳房を両手で覆ってみる。ここを幸一に触られるだけで久美の頭の中はぼうっとなって気持ち良くなりたくて我慢できなくなる。自分でも不思議だと思った。