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第 50 部
ただ、ちーちゃんとミカリンに幸一のことを話したことで、ずっと気が楽になったことは嬉しかった。まだ全部を話したわけではないが、二人とも久美のことは分かってくれたし、久美が決めたことも理解してくれた。そして、久美自身、どこかで二人のことを『結局は分かってくれない』とか『自分で真面目になんて考えてくれない』と思っていたが、全部話してみて、久美が考える以上に久美のことを思ってくれていたことが分かり、本当に嬉しかった。特に元々仲の良かったちーちゃんだけではなく頭脳派のミカリンがちーちゃん以上にいっぱい話をしてくれたのが嬉しかった。友達との心配が無くなった以上、後は幸一とのことが一番の気がかりだった。大滝君とのこともあるにはあったが、どのみち片思いで終わる恋だと思っていたのでそれほど気にはならなかった。
その夜、久美は布団の中でそっと触ってみた。幸一に出会う前は時々していたのだが、幸一に出会ってからは一切触ったことはなかった。それは自分が幸一と同じ事をする事への戸惑いと罪悪感からだったが、今は幸一が恋しくて触るのだ。パジャマの上からそっと乳房を撫でていると、少しずつ気持ち良くなってきた。しかし、確かに気持ち良いのだが幸一にされるのとは全然違う。それでも、身体が少し感じたことで自分の身体が幸一を恋しがっていると思い、久美はしばらく触り続けた。そして、そのまま寝てしまった。
その翌日は金曜日だったが、久美は張り切って家を出た。明日になれば幸一に会えると思うと何を作ろうか考えるのが楽しかったし、水曜日の夜に突然家を空けて弟に寂しい思いをさせたお詫びに昨日の夜は手製のトンカツを作ってお詫びして許してもらったので、いつもよりずっと気が楽になっていた。
元々久美は成績が悪いわけではなく、進学校のこの私立高校でも真ん中よりは上にいたので何とか国立を狙える位置にいた。久美が学校に拘った一因には進学の夢が捨てきれなかった、と言うか、このまま高校を中退するよりは大学に入っていくつか奨学金を貰えればずっと家計が楽になる、と言うのも入っていた。もちろん、奨学金をもらうにはまだ成績を上げなければいけないが、これからがんばれば何とかなりそうだし、今の気力は十分だった。
久美のノートは字が綺麗だし、書くのが早かったこともあって、ノートには先生が板書したことだけではなく、いろんな事が書き加えてあったから友達の間でも評判になり始めていた。幸一のおかげで参考書も十分に買うことができたし、勉強の時間もたっぷりあった。
今や久美の勉強は、単なる勉強ではなく、明日への糧を掴むための直接的で実際的な手段だったから、久美は猛烈に授業に集中した。もちろん、授業中に隣の友達とのおしゃべりをおろそかにしては友達とは言えないから、そこはちゃんとするべき事はしていたが、頭のスイッチの切り替えは早かった。
しかし、久美にだって苦手な科目はある。何故か古文だけは中学の時から苦手だった。何というか、久美の自分なりの勉強方法が通じないのだ。だから高校に入ってから今までは、教科書や参考書に出てくる分を丸暗記することで何とかこなしてきたが、高校に入ってだんだん文法の解釈の比重が高くなってくるとそうも行かなくなってきていた。しかし、今日は普段とは何か違っていた。あの大嫌いな文法が少しずつだが頭の中に入っていくのだ。もちろん、もとの文章を丸暗記しているのだから、だいたい何を言っているかは分かっているが、今までは一部分だけを抜き出されると、はっきりと分からなかった。しかし、今日の授業ではやっと文法のつながりが少しだけ理解できた。
高校一年生の夏には文化系にするか理科系にするかを決定しなければいけないので、今がちょうど決断の時期だった。それについて久美は自分なりの考えを持っていた。
ただ、夏休みも近くなった時期なので、それについて再び学校でオリエンテーションがあり、土曜日の午後、個人面談をすることになっていた。久美としては、両親を失った時に身にしみて分かっている。結局、学校というものは当てにならないのだ。自分が助けて欲しい大切な時には逃げてしまう。だから学校の先生といくら話しても仕方がないと思っていたので食事の準備時間が短くなるのが気に入らなかったが、こればかりはしかたがなかった。
そして土曜日、久美はオリエンテーションのことなど全く気にしていなかった。それよりも幸一に何を作ってあげようか、そればかり考えていた。昨夜、勉強が終わってからそれを考え始めたので、寝たのは2時近くになっていた。そして考えついたのはスープスパゲティを中心としたイタリアン。しかし、スープを何にするかはとうとう決まらなかった。ただ、幸一が気に入ってくれるように少しハーブを利かせたものを作るつもりだった。
そして午後、オリエンテーションが始まった。多くの生徒は親と一緒に話をするので教室の周り賑やかになっている。しかし、久美は一人きりだった。ただ、不思議なことに、通常は両親宛の面談時間の通知にはわざわざ『ご父兄様』の部分を線で消して柳久美様と名前が書いてあっただけだし、担任から親かその代わりになる人を連れて来いとも言われなかった。しばらく順番を待った後に先生に呼ばれて部屋に入った後、久美は驚くべき事を聞かされた。
「後見人が決まったんだって?」
「はい?」
「三谷さんという人だそうだね」
「あ、・・・・・こうけんにん・・・・」
「学校にはちゃんと届けが出ているから特に何もする必要はないが、ちゃんと生活できているか?」
「はい、できてます」
久美は後見人とは何か知らなかったが、どうやら先生の話しぶりからは親に代わるものらしいと分かった。
「その後見人の三谷さんとは会っているのか?」
「はい、週に一度くらいは・・・・・」
「ちゃんと報告しているのか?どんな生活をしているのか」
「はい、してます・・・・・」
「まぁ、お父さんの会社の役員だそうだから立派な人なんだろうが、弟さんのこともある。気が抜けないな」
「もちろんです。私、少し成績が落ちましたけど、絶対にもっと上に上がりますから」
久美は学校に挑戦するかのような口調で言い切った。
「そうだな。最近は授業態度が良くなった、と他の先生も褒めていたぞ」
「そんなつもりは・・・・」
「まぁ良い。それで、どっちにするつもりなんだ?」
「はい、理系にします」
「どうしてだか言ってごらん」
「理系の方ができる事って言うか、実力がはっきりしているからです」
「うん、そうだな。分かった。理系で決めて良いんだな」
「はい」
「柳には言っておこうか。理系と文系、今の時点ではどちらを選んでも大きな違いはないんだ。でも、今の選択が最後じゃない。途中で移りたくなるかも知れない。後になってからだと文系から理系に変更するのはとても大変だ。でも、理系から文系へは大変だけど移ることは可能だ。毎年2,3人はいるからな」
「あの・・・どうして・・・・???」
「理由はそれぞれなんだが、理系の場合は文系で習わない教科が多いのに、文系の場合は理系を選択しても習わない教科がほとんど無いんだ。だから、もちろん遅れた分の勉強は必要だとしても、迷った時は理系にしておくと間違いがない」
「でも、それをどうして私に・・・、いえ、ありがとうございます・・・・」
久美は担任がこんなことを言ったので驚いてしまった。両親を亡くした時には最初だけ力になると言いながら、途中からは完全に厄介者扱いだったのに、今になってこんな熱心なアドバイスをくれるとは信じられなかった。『もしかして自分の成績を上げたいから進学指導に熱心なのかな?』と思った。
「それから・・・えーと・・・・」
担任は気まずそうに言葉を繋いだ。
「何ですか?」
「生活費とかは心配ないのか?」
久美はカッとなった。私があんなに困っていた時には知らん顔をしていたくせに。
「はい、心配ありません。大丈夫です」
「勉強の時間はあるのか?」
「もちろんです。私、絶対に大学で奨学金を取れるようになります」
「分かった。それだけの気持ちがあれば心配ないな。国立に入ればいろんな奨学金のチャンスがある。余計なことを聞いて悪かった」
「いいえ。大丈夫です」
「それと、しばらく時間が経ってしまったが、先月提出した奨学金の方は審査を通ったそうだ。良かったな」
「そうなんですか?」
久美は高校の事務室から案内があった奨学金のことをすっかり忘れていた。それは金額が少なかったからではなく、全国で20人という枠の狭さから通るはずがないと思っていた。実際、久美の高校では今まで一度も通った生徒は居なかった。
「一昨日、連絡が来た。先月にさかのぼってこれからは毎月5万円、支給される。手続きが必要だから、月曜日に事務室に行きなさい。これは返す必要のない奨学金だから、金額は大きくないが、大切だぞ」
「はい。ありがとうございました」
「よし、それではこれからもがんばるように」
「はい、失礼します」
久美はもっとねちねちと言われるかと思ったのに、他の人の半分の時間で簡単に終わってしまった。母親と一緒に来ていたちーちゃんが、
「ねぇ、もう終わったの?どうだった?」
と聞いてきた。
「うん、決めてきちゃった。一発だよ」
「やっぱり理系?」
「うん。あいつも賛成したし」
「えエーッ、あいつが?・・・凄いねクー。一発なんて」
「だって、あそこで悩んでても仕方ないもん。それくらいなら勉強した方がマシよ」
久美はそう言ってさっさと学校を出た。
鞄を持ったまま買い物に出た久美はオリエンテーションよりも難しい問題に直面していた。スープスパゲティを何にするのかまだ決めていなかったのだ。今の久美にはこちらの方がずっと重要な問題だった。
いつもはマンションの近くのスーパーで買い物をするのだが、今日の久美は近くの大形ショッピングセンターまで足を伸ばした。少し時間がもったいないが、少しだけ特別なものを作りたかったのだ。と言っても久美の料理の腕ではこったものなど作れるはずもない。しかし、今の久美の気持ちが伝わるようなものを何か一品入れたかった。そして、もしそれに幸一が気が付いて喜んでくれたら・・・・、と思うだけで心が熱くなった。
久美は広いフードパークの中を歩き回り、カゴの中にいっぱいのものを入れることができたが、時間的にはだいぶ厳しくなってきた。それでも久美は笑顔で重いバッグを持ってマンションに向かった。
マンションに入ると、まず食材を作る料理毎に纏めてキッチンカウンターに並べる。こうするだけで効率が上がる。そしてざっと料理の準備だけしてからシャワーを浴びに行った。これは何度も頭の中で考えた、もっとも効率の良いやり方だった。
最初はぬるいシャワーを浴び、身体が慣れてきてから徐々に温度を上げていく。もう後数時間で幸一の肌と自分の肌が重なり、また新しい世界を教えて貰える、と思うだけでドキドキした。今までもシャワーは入念に浴びていたが、今日は特に丁寧に浴びて外の埃を徹底的に落とした。そしてシャンプーやコンディショナーも新しいのを買ってきたので置かせて貰うことにした。ただ、さすがにシャワーの後、ブローまでしている時間はないので、髪は軽く生乾きにするのが精一杯だった。
ピンポーン、やがて幸一が帰ってくると、久美の心臓は急速に鼓動を早めた。
「久美ちゃん、元気だった?」
「はい、元気です」
「美味しそうな匂いがしてるね。今日は何?」
「スープスパゲティ」
「へぇ、凄いね。それになんかいろんな皿が出ていて、まるでフルコースだ」
「ちょっとだけ贅沢しちゃいました」
「それじゃ、着替えてくるね」
そう言って幸一が部屋を出て行くと、久美は幸一がいつもとの違いを見抜いてくれたことが嬉しくて心の中で歌声を響かせてながら、料理を仕上げて皿に盛っていった。