第 51 部
「こんなにいっぱい、全部久美ちゃんが用意したの?」
「はい、でも、買ってきたものが多くて・・・・」
「どんなものだって買ってくるのが普通なんだから、気にしない気にしない」
「はい、これがローストビーフのサラダで、これがチーズの盛り合わせで、これがフルーツのカクテル盛りで、これがスープスパゲティです」
「本当に凄いね。時間かかったろう?」
「そんなこと無いです。全部で1時間半くらいかな・・・」
「へぇ、料理がうまくなったんじゃないの?」
「時間はとっても短くなりました。最初のトンカツの時は3時間くらいかかったから」
「それじゃぁ、もう待ちきれないよ。食べようよ」
「幸一さん、シャンパンも買ってきたんですよ」
「凄いね。重かったろう?」
「大丈夫。私、これでも力はあるんです。今、出しますね」
そう言うと久美は冷蔵庫からシャンパンを取り出した。
「幸一さん、はい」
久美は取り出したシャンパンをそのまま幸一に渡した。
「え?」
「開け方、知らないんです」
「あぁ、そうか、分かったよ。俺がやるんだね」
「お願いします」
幸一はキュキュキュッと音をさせてコルクを緩めていくと、音を気にして自然に久美が頭を下げて顔を背ける。
「大丈夫だよ。飛ばしたりしないから」
幸一はそう言って栓を開けると、ポーンといい音がした。
「この流れから行くと、俺が久美ちゃんに注ぐのが先だね」
そう言うと幸一は久美のオレンジジュースを入れるグラスに少しだけシャンパンを注いでから自分のグラスにも適量を注いだ。『これが会社の女の子だったら、直ぐに私がします、と言って自分で注ごうとするけど、久美ちゃんくらい子供だとそんなことも考えないんだな』と思うと久美がとても可愛らしく思えた。
久美は幸一のそんな想いとは裏腹に、かなりドキドキしていた。なんか、急に幸一と二人だけ、と言うのが実感されて、まともに幸一の顔を見られない。にっこり笑いたいのだが、変に引きつった笑顔になったらどうしよう、と思うと笑えないのだ。
しかし、幸一はそんなことは全く気にしていないようだ。
「それじゃ、いただきまぁす」
幸一はそう言うと、シャンパンを一口飲んで、
「美味しいね」
と弾けるような笑顔で笑った。
「はい・・・・」
久美はそれだけ言うと、料理に手を付ける。
「うん、スープスパゲティ、とっても美味しいよ」
「そうですか?」
「この前と比べると、ずっと堅めにしてあるからまだ全然伸びていないし、味付けもちょうど良いや。久美ちゃん、腕を上げたね。これならいくらでも食べられるよ」
「あ、まだ茹でますか?」
「良いよ。他にもいろいろ作ってくれたから、きっとこれ以上あっても食べきれないよ」
「はい」
「これ、久美ちゃんがトマトから作ったの?」
「はい、本を見て・・・・・」
「そうか、凄いね。偉いよ」
久美はこの会話が簡単に終わってしまったことにがっかりした。本当は、本を見て、全部材料と作り方を覚えて、少し遠くのショッピングセンターまで出かけていって、生バジルがなかったので粉末バジルとミントの葉で代用して、ちゃんと茹でるお湯に入れる塩の量も量って、幸一が帰ってきてから直ぐに茹で初めて、茹で時間の2分前に上げてからスープと合わせたのだ。そのスープだって・・・・・、本当は言い始めたらスパゲティが伸びてしまうくらいたくさん話したいことがある。
「ねぇ、久美ちゃん」
「はい」
「少し疲れてるの?」
「いいえ、そんなことはありません」
「だって、なんかあんまり話をしてくれないし、表情も硬いよ」
「それはっ、あの、大丈夫なんです。別に疲れてもいないし、楽しくない訳じゃなくて、とっても楽しくて、でも、なんか笑えなくて・・・」
何だか話せば話すほど深みにはまり込んでいく。
「あの・・・・・、この前のこと、怒ってるの?」
「え?」
「先週、ここでしたこと」
「違います。絶対そんなんじゃなくて、ただ私が・・・・」
「後悔してない?」
「そんなことありませんっ」
「よかった」
久美はまさか幸一にそんなことを聞かれるとは思わなかった。また、幸一は私が簡単に後悔するような感じで始めての人に許したと思っているのだろうか?それって、私がそんな軽い女の子だと思っているって事なのか?ほんの少しだが久美は自分への侮辱のような気がして腹が立った。
「怒った?」
あまりに幸一が気にしているようなので、久美ははっきり言っておく必要があると思った。
「幸一さん」
「え、あ、はい」
「私、幸一さんから見ればまだ子供かも知れませんけど、私、後悔なんてしていませんから。私は自分で良いと思ったから幸一さんとああなったんです。後になって後悔するくらいならこんなこと、いくら幸一さんだって許したりしません」
今まで元気の無かった久美が突然勢いを付けてそんなことを話し始めたので幸一はちょっとびっくりした。
「幸一さん、幸一さんは初めて経験した女の子って簡単に後悔したりすると思いますか?」
「え?・・・それは・・・あんまり経験がないから良く分からないけど・・・・」
「女の子は、絶対後悔しないんですよ。少なくとも私の周りにはそんな子、一人もいませんから」
「そうなの?」
これには幸一も少しびっくりした。
「上手く言えないけど、女の子ってそう言うものなんです」
久美はそこまで言ってしまってから、ちょっと言い過ぎたかな?と思った。でも、嘘は言っていないので幸一に私のことをもっと知ってもらうためにも良いことだと自分に言い聞かせた。
「あ、いけない。スパゲティが冷めちゃう」
久美のその言葉で、二人は食事を再開した。
「でも、このスパゲティ、本当に美味しいね」
「良かった。ちょっと苦労したんです」
「え?何が?」
「このスパゲティを選ぶのに」
「もしかして、イタリアの珍しいスパゲティとか?例えばディチェコやなんか?」
「違います」
「それじゃ、『青の洞窟』かな?」
「それも違います」
「なあに?降参するよ。何て言うスパゲティなの?」
「へへへ。『マ・マー・スパゲティ』ですよ」
「ええ?あのスーパーにあるやつ?」
「そうです」
久美はちょっと鼻高々だった。
「だって、今まで自分で作ってた時に使ってたイタリア製よりずっと美味しいよ」
「インターネットでいろいろ調べたんです。そしたら、イタリア製の生スパゲティは滑らかだけど、スープスパゲティにはこっちの方が堅めに仕上がるから堅めが好きな人にはこういう方が良いんですって」
「そうなんだ。知らなかったよ」
「これ、インターネットで調べたんです。調べるのに時間かかったんですよぉ〜」
久美はそう言うとからからっと笑った。
「やっと笑ってくれたね」
「あ、はいっ」
久美も自然に笑顔が出たのでとても嬉しかった。
「このサラダも美味しいね」
「それは・・・・・」
「どうしたの?」
「あの・・・・、買ってきたサラダにお肉コーナーで売ってたローストビーフを載せただけなんですけど・・・・」
「へぇ、とてもそうは思えないよ。とっても美味しい」
「これもインターネットで見つけたんです。簡単で美味しいって」
「それじゃ、まだ食べてないけど、このフルーツは?」
「あんまり虐めないで下さい」
「どうして?」
「だって、『フルーツカクテル』って言う缶詰を開けてヨーグルトを掛けただけだから」
「それだって立派な料理だよ」
「でも・・・」
「人が何か手を加えたものは全部料理なんだ。潮汁って言う究極の吸い物があるんだけど、お湯に塩を入れただけなんだって。でも、水と塩を吟味すると最高のお吸い物になるんだって。久美ちゃんのサラダだって、フルーツカクテルだって、きっと久美ちゃんが心を込めて組み合わせを考えてくれたんでしょ?それなら立派な料理だよ」
「良かった。幸一さんにそう言って貰えるなんて」
「俺が久美ちゃんを虐めるのはベッドの上だけだね」
「!!!!!!っ」
久美は突然顔を真っ赤にして下を向いてしまった。自分でも顔が火照っているのが良く分かる。
「おや、久美ちゃん、あれだけのシャンパンで酔ったのかな?顔が赤いよ?」
「やっぱり幸一さん、私を虐めてる」
「ごめんごめん。久美ちゃん、もう虐めない。さぁ、美味しい料理を食べようよ」
幸一はそう言うと大盛りになっているスープスパゲティをもりもりと食べ始めた。確かに久美は料理の腕を上げていた。まだ固形スープの味がはっきりと分かったが、それでも新鮮なトマトを使って丁寧にアクを取ってあったので、とてもすっきりとした味わいだったし、スパゲティの茹で加減もちょうど良かった。
「ほんとに美味しいですか?」
「凄く、ね」
「良かった。私、最初にちょっとだけ作って食べてみたんですけど、良く分かんなくて」
「久美ちゃんの気持ちがこもっていて、とっても美味しいよ」
「嬉しい。ちゃんとある・・・アルバイト、じゃなくて・・・・アルペン、じゃなくて・・・茹で加減、あれ?覚えてたのに・・・」
「もしかして、アルデンテ?」
「そう、アルデンテになってます?」
「うん、なってる。通の味だね」
「よかった」