第 71 部
高校生同士では直ぐに裸になって結合を思いっきり楽しみ、体力の続く限り楽しんだら疲れ果てて終わりにしてしまうのが普通だから、ちーちゃんにもミカリンにも久美の経験したようなセックスは思いも付かなかった。
ただ、二人にはこれ以上久美を虐めるのが可愛そうだと思ったので追及の手をわざと緩めた、と言う事情もあった。二人だって久美を虐めるのが目的ではないのだから。強いて言えば、三人で秘密を共有するのが友情の証みたいな物だった。
「分かったよ。今、クーは幸せで仕方ないって事が。これ以上聞いてもクーの自慢ばっかりになるから終わりにするか」
「自慢なんて・・・」
「はいはい、お終いにするから」
「ありがと。それで、今日の親父のことなんだけど、実は明日さぁ・・・」
「彼に頼んでどうにかしてもらったんでしょ?彼に会ってお礼を言うの?その後でまたベッドに行くわけ?もう良いよ。帰ろ帰ろ」
ちーちゃんはそう言うと荷物を纏めて席を立った。実は、久美は明日、幸一の会社に行くことを二人に相談したかったのだが、二人はそんな気分ではないらしい。久美も何があるのか分からないのでそれ以上は引き留めないことにした。
翌日、久美はお昼で早退すると幸一の会社にタクシーで向かった。少し変だと思ったのは、先生が既に知っていたことだった。
「連絡があったから早退して良い。大切な話があるそうだ」
そう言われたのだ。『大切な話』とは何なのか、気になった久美は幸一の会社に電話してみた。すると、幸一は運転手に電話を変わって欲しいという。そして少し話して運転手は携帯を返してきた。久美が出ると、
「今、運転手さんにお願いしたから、運転手さんが場所を教えてくれたらもう一度電話してね」
と幸一が言った。分けも分からずその通りに後でもう一度電話をしたが、
「うん、わかったよ」
と幸一は言っただけだった。
タクシーが会社の玄関へと入っていくと、見慣れた受付がガラスの向こうに見えてきた。あの受付で過ごした日は短かったが、久美にとってはとても楽しい時間だった。『懐かしいなぁ』と思って見ていると、バラバラと数人の人が外に出てきてタクシーの入り口に並んだ。その中には幸一もいる。『もしかして、私を迎えにこれだけの人が出てきたの?どうして?』久美は理由も分からず、とにかく不安で仕方なかった。
タクシーのドアが開くと、数人の人が久美を出迎えてくれた。
「いらっしゃい。中でお客さんが待ってるよ」
幸一がそう言ってにこやかに久美を迎え入れてくれる。そして久美の鞄をもぎ取るようにして澤田に渡すと、
「第一応接に」
と言った。
久美は何のことか分からなかった。結局、この会社だって途中から久美の力にはなってくれなかった。だからこそ久美は幸一の元に行ったのだ。久美はエレベーターの中で澤田に、
「あの、どういうことですか?」
と聞いたが、澤田も知らないらしかった。ただ、
「大切なお客様をお迎えするからロビーに来るように言われただけなの。久美ちゃんがタクシーから出てきたからびっくりしたわ。でも、今日はお客様なのね。良かった」
とだけ言った。
エレベーターを降りて案内された所は、途中からカーペットの敷かれた豪華な区画だった。そして、今までテレビでしか見たことの無いような豪華なソファの置いてある部屋に案内され、
「ここで待っててね。直ぐにお茶を持ってくるから」
と言うと澤田は出て行った。
久美はどうして良いのか分からず、しばらく部屋の隅に立っていると直ぐに男性が一人入ってきた。テレビで見るようなビジネスマンそのものだ。
「こんにちは、柳久美さんですね。弁護士の毎田と申します」
と言って名刺を渡されたが、久美はそれをどうして良いものか迷っていると、
「その名刺は財布の中に入れて下さい。これから何度か連絡を取る必要がありますから」
と毎田は言った。
「少し長い話になりますから、気を楽にして聞いて下さい」
そう言うと、毎田は久美を座らせてから話し始めた。
「急にお呼び出しして申し訳ありません。これから話すことはとても大切なことですから、まず最後まで聞いて下さい。質問したいことが山ほどあるでしょうが、それは後で纏めて伺います。ちゃんと答えますから安心して」
そこまで毎田が話した所で、澤田がケーキセットを持ってきた。毎田は澤田が部屋から出て行くまで一言も話さなかった。ドアが閉まると、
「いえ、彼女が何か聞いてしまうと、彼女に迷惑がかかるもので。余り気にしないで下さい。もうすぐ、全社員が知ることになりますから」
そう言うと毎田は再び話し始めた。
「あなたのお父様、柳さんはこの会社の設立時から深く経営に関わっていらっしゃいましたが、設立時の出資者にはなりませんでした。つまり、会社のオーナーにはならず、普通の会社で働く人としての道を選びました。現在、この会社にはオーナーが3人います。つまり、この会社はオーナー3人が全ての株を持っていて、その3人が社長に会社を任せているのです。この3人は会社が儲けたお金を受け取る権利があります」
「そのうちの一人、今は名前を伏せておきますが、設立者の一人には子供がありませんでした。そして歳を取ったので、この会社の役員の誰かに会社の株を買ってもらって引退しようと考えたのです。そして、誰に売るのが一番良いのか柳さんに相談しました。そして実質的に柳さんに決めてもらうことにしました。今から1年少し前の話です」
毎田は話し続けた。久美はじっと聞いている。
「しかし、これは簡単なことではなかったんです。だって、役員は会社で働く人です。その人の誰かがオーナーになれば、その人は役員を辞める事になる代わりに毎年たくさんのお金が入ってきます。その権利を売ろうというのですから、いくらで売ればいいのか、誰に売るのか、とても大変なことだったと思います。とにかく、たくさんのお金が絡むことなので。ここまではいいですか?」
「父は会社のオーナーという人の権利を誰に売るか相談されて、引き受けたんですね」
「そうです。お嬢さんはとても頭が良い。そう言うことです」
「それで、父はそれをやったんですか?」
「残念ながら、最後まではやりませんでした。あの事故がありましたから」
「そうですか」
「元々、このオーナーの権利を売る仕事はそう簡単にできる事じゃないくらい、きっと柳さんもオーナーの方も知っていたのでしょう。一つ条件を付けました。もし、柳さんがこの仕事の最中に何らかの原因で死亡、あるいは仕事ができない状態になった場合、オーナーの権利は柳さんに、正確に言えば柳さんのご家族の代表者、実質的には久美さんに移ることになっていました」
久美は急に自分の名前が出てきたので驚いた。
「私に移る?どういう事ですか?」
「つまり、久美さんがこの会社のオーナーの一人になる、と言うことです」
「私が?いつ?」
「法律上は、今、既にオーナーの権利があります」
「ええっ?何にも知りませんよ。会社の事なんて」
「これは私の想像ですが、もともとオーナーの方は柳さん、あなたのお父さんにオーナーになって欲しかったのではないでしょうか?しかし、それを柳さんが断った。そこでこういう話にしたのだと思います」
「・・・・わかんない・・・・」
「つまり、多額のお金と権利が動く話を纏めようとすると、どうしても欲や利害が絡んできます。中にはお父さんを脅かしたりする人だって出てこないとも限りません。この会社は株を持っている人がわずか3人の会社なんですから。毎年会社が稼ぐお金はかなりの額になります。その権利は、普通の会社員では絶対に手にすることのできないくらいの額になります。久美さんみたいに学生さんは別として、たぶん、会社の社員なら何が何でも欲しい権利だと思いますよ」
「でも、その権利をオーナーの人が売るんでしょ?それだって凄いお金なんでしょ?」
「久美さん、あなたは本当に頭が良い。そうなんです。一つはそれだけのお金を用意するのは大変なことです。少なくとも億単位のお金なのですから」
「良く分かりませんが、私の家にはそんなお金、無いと思います。だから父は断ったんだと思います」
「確かにそんな金額を持っている人なんて滅多にいません。でもね、この場合、もし柳さんがオーナーになりたいと言ったら、きっと簡単になれたんです」
「どうしてですか?」
「柳さんには絶大な信用があるからです。とても誠実で、部下をとても大切にする人なのは有名でした。だから、柳さんが希望すれば、会社の経営は安定する、つまり会社にお金を貸している人は得をする、だから、きっと柳さんにお金を貸そうとする人はいくらでもいたでしょう。だからオーナーの一人はその話を柳さんにしたのだと思います」
「じゃぁ、どうして父は断ったんですか?そんないい話なのに」
「こればかりは本人に聞くしかないんですが、たぶん、例えお金がたくさん入ってくるとしても、オーナーという会社から離れた所に行くのではなく、会社の仲間と毎日働く方が柳さんにとっては価値があったんでしょうね。人気のある理由が分かりますよ」
「オーナーになったら会社で働いちゃいけないんですか?」
「そんな決まりはどこにもないし、世間にはそう言う人もたくさんいますが、考えてみて下さい。会社の大切なことを決められる人がどこかの部署にいたとして、その人に反対することに意味があるでしょうか?柳さんほどの人ならきっと他の人の話しも聞いてくれたでしょうが、普通の部長だった柳さんが社長以上の権限を持っているとしたら、普通は柳さんに反対する人なんていないでしょうね。そう言う職場で働くことが嫌だったんでしょう。柳さんにとって誰も絶対自分に反対しない職場なんて、きっと退屈を通り越して辛かったでしょうから」
「それで父は誰か他の人を捜そうとしたんですね」
「そう言うことです」
「ところが途中で交通事故に巻き込まれて死んでしまった」
「そうです」
「・・・・・・・・・・・・・・」
久美は今、恐ろしいことを思いついた。そんなことがあるはずがない・・・・。
「久美さん、今、お父さんが亡くなった交通事故の原因のことを考えていますか?」
「えっ、・・・・はい・・・・」
「誰でも考えますよね、きっと。でも、今のところ、交通事故は偶然起こった出会い頭の事故と言うことになってます。少なくとも現在、誰かが引き起こしたという証拠はありません」
「そうですか」
「でも、事故が起こった日はオーナーの方に最終報告をする日の前の週だったそうです。その日に誰が新しいオーナーになるのか報告することになっていたそうです」
「そんな・・・・・・」
久美の心は乱れに乱れた。ほんの今まで父は偶然怒った交通事故で死んでしまったと思っていたのに、突然、誰かが仕組んだ事故という可能性を告げられたのだ。父が死んでから今日まで辛い目に耐えてきたのは、一つは『偶然起こってしまったことなのだから考えても仕方がない』と思えたことも大きい。しかし、そうではないかもしれないとなると・・・・。
「久美さん、今日、私がここで話すことは、まだこの会社の人は誰も知りません。総務部長の三谷さんとは個人的におつきあいがあるようですが、三谷さんだってこの件は何も知りません。私とあなただけしか知らないことです。もし、久美さんがこのことを誰にも言わない方が良い、と思うのなら、私はそうします」
「そんなこと、急に言われたって・・・・」
「そうですよね。大丈夫。時間はあります」