トイレからでてきた未来を圭子は優しく気遣ってくれた。

「何かコンビニで買ってこようか?」

「ウェットティッシュか何か要らない?」

「カバン、持とうか?駅まで歩ける?」

「薬局行って痛み止め、買ってくる?」

「もう少し休んでいこうね、今はまだ辛いでしょ」

次々に声を掛けてくれる圭子の言葉を丁寧に断りながら、未来は圭子が一緒で本当に良かったと思った。そして、どうしてだか分からなかったが眼が熱くなったと思ったら、圭子がハンカチを差し出してくれた。気が付くと、いつも間にか頬が濡れていた。

「あれ?どうしたんだろ?ごめんね」

「ううん、ちょっとウーロン茶のお代わり頼んでくるね。未来はここにいて」

そう言って圭子は席を立つと、未来をしばらく一人にしてあげた。カウンターに向かって歩き出した圭子の後ろ姿を見ながら、未来はまだ一生懸命微笑んでいた。

 

出発の日、未来は朝から気が重く、どちらかというと体調もよくない感じだった。しかし、研修ということで親の許可も取ってあったので、少々のことで休むわけにも行かない。本当に仕方なく、と言うよりもいやいや未来は待ち合わせの新宿駅南口に向かって重い足を引きずるように歩いていた。

康司に最初に指を2本入れられてからさらに2回ほど隠し塾に行ったが、その間の康司はぜんぜん優しくなかった。未来の身体がその気になると、すぐにソファベッドに連れて行かれ、四つん這いのままパンツを脱がされて何度も指を入れられ、徹底的に中を探られた。康司は今回の旅行の準備だと言っていたが、未来には単に自分の身体を玩ばれた気がして、今までのように康司に甘えたいと思っても康司はそれを許してくれなかった。確かに未来の身体は感じたりもしたが、それは未来にとって悲しいことでしかなく、それまでの康司の優しさは何だったのだろうと思うくらい事務的で機械的な愛撫だった。

未来はあの日、マックのトイレで自分のパンツを見たとき、初めて自分の中が男を受け入れられるように扉を開いたと言うことを実感した。そのときはなんともいえない充実感のようなものを感じていたのだが、次に康司にあったときにはそんな感じは一気に吹き飛んでしまった。それからは康司に会うのも辛く、この塾をやめてしまったほうがいいのではないか、と再び思い始めていた。しかし、結局出発の日まで思い切ることはできず、待ち合わせの場所に来てしまった。もし隠し塾をやめるのなら何もバージンを捨てることなどはない。ほのかな気持ちを抱いていた同級生を振ってからと言うもの、未来の評判は上がる一方で、それとなく未来に近づいてくる男子は後を絶たなかった。今、未来が隠し塾をやめればなにも我慢することなどなく彼を作ることもデートすることも、友達に自慢げにほのめかすこともできる。どうして奏しないのか自分でもわからなかったが、未来は今、南口に到着した。

康司はちょうど時間通りに現れた。

「未来ちゃん、待った?」

その雰囲気は、つい2日前に一緒に過ごした康司とは思えないくらい優しく明るいもので、未来はちょっとびっくりした。

「ううん、今来たとこ」

「そう、のど乾いてない?電車の時間まで少しあるよ。コーヒーか何か飲んでいかない?」

「はい・・・」

康司は未来を近くの喫茶店に連れて行き、

「おなかすいてる?お昼まだでしょ?何か食べてく?」

と明るく聞いてきた。

「まだ、あんまりお腹空いてないから・・」

「そうか、それじゃ途中で買って食べようか?ん?どうしたの?」

康司はとりあえず自分にコーヒー、未来に紅茶を注文すると、未来の様子が少し変なので聞いてみた。

「ううん、何でもないの・・・」

「そう、それならいいけど・・・」

未来は康司の明るさが理解できなかった。『これから無理やりバージンを奪うんだから楽しいのも当然よね。絶対抵抗できないんだから』そんな風に思っていた。

「未来ちゃん、最初に謝っておくね。これまで辛かったでしょ?ごめんなさい。だいぶ痛い思いをさせちゃったよね」

「え?・・・あぁ・・・」

「未来ちゃんが嫌がっていたのはわかったんだけど、どうしても今日に間に合わせたかったから、無理を承知で未来ちゃんに辛いことをしたんだ。ごめんね」

そう言うと康司は未来に頭を下げた。未来は素直に康司が謝ったので驚いた。このまま無理やりされるものだとばかり思っていたのだ。

「未来ちゃんに最高の思い出を作ってほしかったんだ。それだけは分かってほしいよ。これから短い間、一日とちょっとだけど、未来ちゃんはいっぱい勉強して、いっぱい素敵な思い出を作るんだ。もう無理になんかしないから安心していいよ。楽しんでね」

「だって、康司さんは私の・・・」

「未来ちゃん、分かってる。最初はそんなに痛い思いをさせなくてもいいと思って痛んだ。本当はね、未来ちゃんに教える前から宿の予約は取ってあったんだよ。でも未来ちゃんは慣れるまでに時間がかかるってことが分かったから・・」

「それって、私が子供ってこと?」

未来は康司の話に心が動いたが、まだはっきりと信用できなかったので意地悪な質問をしてみた。

「そうじゃないよ。人によってかなり違いがあるんだ。未来ちゃんはとってもすばらしいんだよ。だから慣れるまで時間がかかるんだ。本当にそうなんだ。こんなこと、中学生に話しちゃいけないのかもしれないけど、気持ちを決めてきてくれたんだから正直に話すね。未来ちゃんはとっても中がしっかりとしてるから、ちゃんと男の人を受け入れられるようになるまで時間がかかるんだよ。でも、これは未来ちゃんがとっても感じるってことなんだ。喜んでいいんだよ」

未来は康司の話をまわりに聞かれないかと気が気ではなかったが、幸い近くには人がいなかったし、周りはざわついていたし、誰も通らなかったのでちょっと安心した。

「それなら、ちゃんとそう言ってくれれば・・・」

「勉強の時間を無くせばもう少しよかったのかもしれないけど、そうも行かなかったから結構時間がなくて」

「でも、そう言ってくれれば納得したのに」

「ごめんなさい。そうだね。早く未来ちゃんの身体を慣れさせないと、ってそればっかり考えてたから」

康司は何度も未来に誤ってくれた。その姿を見て、未来の心は少しずつ康司に向かって開かれていった。

「でも、今日は勉強もいっぱいするんだよ。わかってる?」

「はい、わかってます」

「これから明日ここに戻ってくるまで、ぜんぜん時間の余裕なんかないんだから。大変だよ。覚悟はできてる?」

「はい」

「それじゃ、まずここから勉強を始めよう。紅茶の生産量が一番多いのは?」

「インドです」

「第2位は?」

「えーと・・・・」

「産地別の順位を覚えるためには最低2位まで覚えておかないと、できれば3位まで覚えて欲しいな」

「確か・・・スリランカ・・・」

「良く覚えていたね。大正解」

「へへへ、農産物はこの前勉強したから」

「良いかい、紅茶は第3位が重要なんだ」

「はい、・・・でも、分かりません・・・」

「そうか、3位はケニアだよ」

「そうなんだ、中国かと思った」

「みんなそう思うだろ?そこが盲点なんだ。結構大切だよ」

「はい」

未来はそうやって、目に付くものを順番に教材にして勉強していった。いつものように閉ざされたマンションの一室での勉強と違って、目の前にあるものを教材にするので勉強はとてもはかどった。しかし、未来にとっては次々に難しい問題ばかり出るので気が休まる時間が無く、精神的にはとても疲れる時間だった。

「ちょっと早いけど、お昼を食べてから行こうか?」

「はい」

「それじゃ、何を食べたいの?イタリアン?」

「えーと・・・・よく分かりません」

「良いかい、よく分からない時でも、なるべく自分で目的をはっきりさせるように心がけてね。今の場合、何を食べたいか分からなくても、どんなものが食べられたら嬉しいか、とか、せっかくだからいつもと違うものを食べてみたいな、それなら最近食べていないものは、とか、自分の中で意識をはっきりさせるように会話を繰り返すこと。いいね」

「はい」

「それじゃ、食べたいものを30秒以内に決めなさい」

「はい」

未来はそう言われても、いきなり食べたいものなど見つからないと思った。第一ここに何があるか全然知らない。新宿は友達と何度か来たことがあるが、店を覚えるほど通った訳ではないので、どうして良いか分からない、と言うのが本音だった。しかし、康司にはとてもそういえる雰囲気ではない。仕方ないので何とか取り繕うことにした。

「よし、それじゃ言ってごらん」

「はい、二つあります。1番目の希望は、康司さんの食べたいもの、を食べたいです」

「う〜ん、上手く逃げたね。確かに明確な希望だし、文句の付け様は無いんだけど、念のため2番目も教えてくれる?」

「はい、トンカツです」

「何だ、そっちの方がもっとはっきりしてるじゃない」

「でも、康司さんの食べたいものを知りたいんです。だから1番目にしたの」

未来は康司に何か言われるのが嫌だったので、慌てて正当化した。でも、康司に決めて欲しいと言うが本音だったので、何とか康司に決めて欲しかった。

「俺もトンカツは大好きだし、ここには美味しい店があるからそこに行こう。トンカツって聞いたら急にお腹が減って食べたくなってきたよ。それじゃ、ちょっと離れたメニューの少ない老舗と、直ぐ近くのメニューの多い有名店と、どっちが良い?」

「うーんと、歩くのは嫌じゃないけど、メニューの多い方が良い」

「よし、そうしよう」

「でも・・・」

歩き出そうとした康司を引き留めるように、未来は心配そうな顔をした。

「どうしたの?」

「お昼になんて食べたこと無いから、きっと私には多すぎて食べられないと思うの」

「大丈夫、気にしないこと。お店で出す量は、なるべく多くの人が満足するように作ってあるから、どうしても大人の男の人を基準に量を決めることが多くなるけど、必ず食べなきゃいけないってもんじゃないから、未来ちゃんみたいな小柄な子が残すのは仕方ないよ。でも、食べ盛りの年頃だから、いっぱい食べたいかと思ったのに」

「うん、最近は食べる量も増えてきたけど、私、もともとがそんなに食べなかったから」

「そうか、覚えておいてね、旅行に出た時の食事は美味しく食べるもの。無理して食べて辛い思いをすると、せっかくの旅行が台無しだよ」

「はい」

「今日の夕ご飯はごちそうが出るから、あんまり食べ過ぎちゃダメだよ」

「はい、それは大丈夫」