未来がたっぷりと感じたので、康司は未来を解放した。先程も既に疲れていた未来は、今度こそぐったりとして全く動かなくなった。あまりに感じたので少し気を失ったようだ。
康司が起きあがって息を整えていると、
「失礼致します。御夕食の支度をさせて頂きます」
と声がして、隣の部屋に仲居が入ってくるのが聞こえた。食卓のある居間との間の戸は閉めてあるのでこちらを見られる心配はなかったが、その声が聞こえても未来は全く反応せずに足を開いたまま全裸でベッドの上にいる。康司は未来に布団をそっと掛けてやった。
しばらくがちゃがちゃと音を立てていた仲居が、
「お食事を始められましたらご連絡をお願い致します」
と言って部屋を出て行くと夕食の支度が調ったという合図だ。しかし康司はもう少しだけ未来を寝かせておくことにして、浴衣を着て寝室を出ると、居間のテレビを付けて音を小さくしながらニュースを見始めた。
未来が目を覚ましたのはそれから小1時間ほどしてからだった。未来が備え付けの浴衣を着て居間に戻ると、康司はテレビを付けたままうとうとしていた。食卓を見ると凄いごちそうが並んでいる。
「うわぁ、すごい!」
未来は声を上げると康司も目を覚ました。
「康司さん、すごいよ。テレビに出てくるみたい」
「そうだね、寝過ごしちゃったみたいだ。お腹減ったろ?ご飯にしよう」
そう言うと康司は電話を取り、
「済みません。ちょっと横になるつもりが寝過ごしたみたいです。これから食事を始めますので、ビール1本とジュースを2本ずつ運んでもらえますか?」
そう言うと、
「さぁ、未来ちゃん、お箸を取って」
と言って料理に箸を付け始めた。ここの料理は寿司懐石風になっているので、どの料理も小さく纏まっていて食べやすい。だから箸を使うのが余り上手くない未来のような女の子でも楽しんで食べられるはずだった。
「すっごく綺麗。食べるのがもったいないよ」
「このまま放っておいたら色が変わって見かけも味も悪くなるよ。一番綺麗で美味しい時に食べてあげるのが礼儀なんだ。でも、綺麗に食べるんだよ」
「はーい。いっただっきまーす」
未来はご機嫌で箸を付けた。未来にとっては懐石だろうと何だろうと関係ないので、食べたいものからどんどん箸を付けていく。康司はちゃんと口取りから箸を付けていったが、未来のような食べ方も良いのかも知れないと思い何も言わなかった。確かに順番通りに食べていけば、料理のつながりも良いし飽きることもないが、どこか自由さが無いような気がする。未来のように自由に喜ぶままに食べていっても、結局楽しければそれで良いのではないか、そんな気がしてくる。
「先生、このレモンみたいな中にお魚が入ってるよ。酢の物になってる」
「この小さいお肉、とっても美味しいよ」
「うわぁっ、この小さいの、お酒だぁ、甘苦いぃ」
未来は一人で大騒ぎしながら料理をどんどん食べていった。
「未来ちゃん、このほかにまだお寿司が出るんだよ。今食べ過ぎるとお寿司が入らなくなるよ」
そう康司が言ったが、
「だってこれ、すっごく美味しいよ。残すなんてできないよ」
「でも未来ちゃんには多すぎると思うよ」
「私がどれだけ食べるか知らないんだ?びっくりするよ、きっと」
と未来は食べるペースを変えようとしなかった。
やがて食事も後半になり、康司がビールを日本酒に買えた頃、食事が出てきた。
「まだこんなにあるの?これもすごい綺麗だけど・・・こんなに食べられない・・・」
「だから言ったでしょ。お寿司も出るって。無理してまで食べなくて良いから、食べられる所だけ頂きなさい」
「ぅわぁ、こんなすごいお寿司、見たこと無い。綺麗〜ぃ。お寿司やさんて、回ってる所しか行ったこと無いから。テレビだってこんなすごいの見たこと無いよ」
「ははは、未来ちゃんはサザエやウニをそのまま見たこと無いんだね」
「テレビなら見たことあるけど、こんなに大きいなんて思わなかった」
「殻は大きいけど、食べられる所はほんの少しだよ」
「ね、康司さん、問題出して」
「え?何の?」
「こんなの見たの初めてだから。だから問題出して」
「分かったよ。でも、やり始めると時間ばっかりかかるから、三つだけだよ」
「時間は?」
「それぞれ2分。いいね」
「はい」
「まず1問目は、回遊魚を説明しなさい。2問目は、サザエやウニはどうやって食事をするの?何を食べるのかな?3問目は、このサザエやウニはさっきまで生きていました。どうやって生きたままこの旅館まで運んできたのでしょう?だよ」
そう言うと康司は時計を見始めた。
「まず1問目の回遊魚は、海の中を移動している魚のことで・・・」
「ダメ、魚はみんな泳いで移動しているよ」
「違うの、普通の魚は海岸の近くを泳いでいるけど、回遊魚は遠くまで泳いでいて・・・」
「もっとダメ、遠くまで、なんて曖昧な答えはダメ」
「ああん、分かっているのにぃ」
「落ち着いてよく考えなさい」
「えっと・・・・、海流に乗って季節毎に移動する魚」
「いいだろう、正解」
「次のサザエやウニの食事や食べ物は・・・・えっとー・・・・」
「降参しても笑わないよ」
「むかっ、がんばる」
「・・・・・・・・・・・1分経過」
未来は図鑑で見たことを何となく覚えていた。
「食べ物は海草・・かな?」
「どうやって食べるの?」
「それは口に入れて・・・」
「口があるの?サザエやウニに?」
「海藻を食べるんだから、たぶん・・・・見たこと無いけど・・・」
「まぁ良いだろう、正解。次最後」
「当たったんだ。えーと、運び方?」
「そう、どうやってここまで持ってくるの?」
「それは魚屋さんで買って、箱かなんかに入れて・・・」
「ブー、間違い」
「えーと・・・・」
未来には全然分からなかった。箱に入れなければ運びようがないと思った。
「・・・・1分経過」
「・・・・・・・・・・うーん、分かんないよう・・・」
「・・・後20秒」
「もう1分待って」
「ダメ、分かんないのなら待っても無駄でしょ」
「何か思い出すかも知れないからぁ、待って」
「ダメ、・・・・・・・はい、時間」
「あーあ、良い所まで行ったのになぁ」
「1問降参だね」
「はい・・・・・」
「良いかい、海の生き物だから、生きたまま運ぶためには海水に入れて運ばないとダメなんだ。当たり前だろ?」
「そうか、海水に入れて運ぶんだ」
「それだけじゃダメで、運んでいる間にストレスがかかったり疲れたりするのを防ぐために低温の海水に入れて運ぶんだ」
「サザエやウニが疲れるの?」
「野生の生き物なんだよ。それが突然トラックに入れられて揺られたらびっくりするだろう?」
「・・・うん・・・・」
「だから10度前後の海水に入れて眠らせたまま運ぶんだ」
「全然知らなかった・・・・」
「運び方を知らなくても、海の生き物の生態を知っていればある程度推測できたはずだよ」
「・・・・はい・・・そうか・・・」
「さぁ、元気を出して食べちゃおう。美味しいよ。未来ちゃんが元気を出して食べてくれれば遠くまで運ばれてきたサザエもうにも喜ぶよ。このまま残しちゃったらもったいないだろ?」
「うん、食べる」
「ほら、これを見てごらん。これがウニの殻。トゲは取ってあるけど、本当は長いトゲがいっぱい付いているんだ。ここを見てごらん。これがウニの口。これで海藻を食べるんだ」
「うわぁ、すごい歯だね」
「未来ちゃんはお寿司では何が好きなの?」
「何でも好き。でも、たくさんのご飯に卵やかんぴょうが載ってるのよりもこういうのが好き」
「それはおうちで作るちらし寿司だね」
「うん、それよりもお魚の載ってるのが好き」
「どんなのが一番好き?」
「あのね、私、マグロが好き」
「このトロと赤身とどっちが良いの?」
「私は赤いのが好き。トロって言うんだっけ?これも美味しいけど、脂っこいのはあんまり好きじゃないの。なんか口の中がべとべとして」
「そうなんだ。てっきりトロとイクラって言うのかと思ったよ。未来ちゃんはちゃんと味が分かるんだね」
「そう?私、偉い?」
「うん、値段の高いのが美味しいって思ってるよりはずっと偉いよ」
「値段のことはよく分かんないの・・・」
「ま、良いか。美味しい?」
「うん、とっても美味しい。でも、お腹いっぱいで食べられないよう」
「そうだね、仕方ないよ」
「さっきまではすっごくお腹減ってたのにぃ」
「あれだけベッドの上で運動したからね」
「・・・・・・意地悪!」
結局未来はいくつかを残し、康司がそれを食べた。ミクは最後まで綺麗なお寿司を残したことを残念がっていた。
「もうお腹いっぱいなのに、もったいないなぁ」
「未来ちゃん、それだけ食べれば十分だよ。かなり食べたじゃない」
「あーあ、もう動きたくないよぅ」
そんなことを話していると、仲居が入ってきて食卓の片づけを始め、しばらくしてデザートを運んできた。