第十一部

「そうか、出国検査しなくちゃ」

「こんな格好でいいの?」

「他にどうしろって言うの?行きましょ。混んでると大変だわ。あ、その前にお金を替えなきゃ、ドルに」

「そうか、でもどこでやるの?」

 亮子は他の係員に銀行の場所を聞き、パスポートを見せて5万円をドルに替えた。

「お待たせ、さぁ、行きましょう」

二人はあわてて出国検査場に行った。係官に見せる出国記録は既に航空券を購入したときに亮子が記入してあったので、康司はサインするだけで済んだ。ズラッと並んだ係官は高い台の上に座って旅行者を見下ろしている。その係官の前に一列に並んで一人ずつ順番に係官の前に出て何かを話しているので、何を聞かれるかともの凄く緊張したが、康司の順番が来てその女性の係官は航空券とパスポートを見ると、

「グァムまでご旅行ですか?」

と聞いただけで、康司が返事をすると、

「はい、どうぞ。次の方」

と通してくれた。出国検査を終わって大きな廊下に出ると、近くの店の人に再びラウンジの場所を聞いた。すると今度は丁寧に教えてくれたので迷わずにたどり着くことができた。立派な入り口の中に女性のいる受付があって呼び止められたが、亮子がチケットを見せると丁寧に挨拶して中に入れてくれた。飛行機の搭乗時間がきたら案内放送をすると言う。中に入ると、確かに大きな応接間のようだった。どちらかというと豪華な待合室と言った感じで、いろんな人がソファに座って新聞を読んだり、居眠りしたりしている。

二人は空いている場所に席を取ると、改めてキョロキョロと見渡した。

「アキちゃんはここに来たことある?」

「そう言えば、3年くらい前にロスに行ったとき、ここに来たような気がする。その時は両親と一緒だったからよく覚えてないけど」

「ねぇ、みんなは何か飲んでるみたいだけど、どこで売ってるの?」

「ええと、よくわかんない。前は父が持ってきてくれたから」

周りを見渡したが、どこにも店のようなものはなかった。そこで、亮子は思いきって隣でオンザロックを飲んでいるビジネスマンに聞いてみることにした。

「すみません。飲み物はどこで売ってるんですか?」

ビジネスマンは驚いたようだったが、すぐに優しく答えてくれた。

「ここは自分で用意するんだ。だから全部タダだよ。ほら、あそこに飲み物とかコップが置いてあるだろ」

「一人何杯までなんですか?」

康司が横から口を出すと、

「飲めるだけ飲んでいいんだよ。タダだから」

とビジネスマンは笑って答えた。

お礼を言って亮子が立ち上がり、康司とカウンターに行ってみると、確かにいろんな飲み物が置いてあり、いろんな洋酒、ジュース、さらにクッキーや煎餅まであった。手に取ってみると、ちゃんと煎餅にまでJALのマークが入っているのには驚いた。

「凄いね。全部タダなんて。それじゃ、オレンジジュースとグレープフルーツジュースとウーロン茶と・・・」

康司は何本もいろんなものを取ってきた。しかし、一本が小さいのですぐに飲み終わってしまう。亮子は、

「これならコンビニなんて寄るんじゃなかったな」

と、少し後悔していた。ラウンジでは特にすることもなかったが、亮子がどこからか週刊誌を手に入れてきたり、二人で話をしているとあっという間に時間が過ぎていった。

 やがて、放送が始まるとラウンジの中が騒がしくなった。

「皆様にご案内致します。941便でグァムへご出発の皆様、長らくお待たせ致しました。搭乗手続き開始のご案内をいたします。941便は機材の準備が整い、33番ゲートにて、皆様のご搭乗をお待ちいたしております。グァムへご出発の皆様はラウンジをお出になってからシャトルにお乗りになり、33番ゲートへお進み下さい。繰り返しご案内いたします。941便・・・」

ラウンジの中の何人かが立ち上がり、出口に向かって歩き出した。

「康司さん、行きましょう。出発みたい」

「でも、まだ時間まで40分もあるよ。カウンターの人は定刻に出発って・・・」

「でも、放送で案内されたんだから。時間が変更になったのかも知れないし」

亮子は康司を急かせて立ち上がり、出口に向かった。ラウンジの出口ではカウンターの女性が、いってらっしゃいませ、と丁寧にお辞儀をしていた。

 指定されたゲートに着くと、既に大勢の人が列を作って並んでいた。

「わぁ、遅くなっちゃった。早く並ばないと」

と列の最後尾に付く。しかし、よく見るとビジネスクラスとエコノミークラスで並ぶ列が別になっており、ビジネスクラスの列にはほとんど誰も並んでいない。

「ねぇ、本当はあっちだと思うんだけど、誰も並んでないわねぇ」

「うん、俺もそう思うけど・・・。もし、あっちだったら後から行っても間に合うよ。とりあえずこっちのエコノミーに並んでおこう」

「そうね」

そう言って数分も並ばない内に、案内放送が始まった。

「たいへん長らくお待たせいたしました。只今より搭乗手続きを開始いたします。ファーストクラス、ビジネスクラスのお客様は搭乗券とパスポートをお持ちになり、搭乗口までお進み下さい」

「何だ、並ばなくてもよかったんだ。行こう」

その案内で、今まで列に並ばずに優雅に座っていた人たちが席を立ってゲートに歩き出した。

「そうか、ビジネスクラスの人は別の入り口から先に乗るから並ばなくていいんだ」

「何か得したみたい。ラッキー、だね」

二人はチケットを持ってゲートに行き、パスポートと搭乗券を係員に見せると、

「ご利用いただき、ありがとうございます。行ってらっしゃいませ」

と半券をもぎって搭乗券を返してくれた。

 ボーディングブリッジを進み飛行機の中に入ると、二人のチケットを見てフライトアテンダントが席まで案内してくれて、

「只今おしぼりとお飲物をお持ちいたします」

と言って戻っていった。二階席ではなかったが、ちょうど窓際の席だ。

「凄い。グリーン車よりよっぽど広くて豪華だ。おっきな椅子だね」

「よかったね。どっちに座る?」

「もちろん、アキちゃんが窓際だよ」

「わ、ありがとう」

「この席、広くて座り心地がいいね」

康司は座席に付いている電動リクライニングや液晶テレビを面白そうにいじり回して喜んでいた。

フライトアテンダントが次々と、

「おしぼりでございます」

「お飲物は何がよろしいでしょう?オレンジジュース、ウーロン茶、グレーフルーツジュースなどございますが?」

「お飲物のお代わりはいかがでしょうか?」

「新聞、雑誌のサービスでございます」

と次々に持ってくるので、出発までの時間はあっという間に過ぎ去った。ちょっと席を外して戻ってきた亮子は、

「後ろの方のエコノミークラスは凄い混雑よ。荷物を入れる場所が無くて足下に置いてるの。あっちは座席だって新幹線より狭いみたい。ぎっしり並んでるの」

「そうか、それでエコノミーの人は荷物を入れる場所を取りたくて、みんな早く席に着こうって並んでいたんだね。ビジネスでよかった」

「ホント、こっちはゆったりしてるものね」

亮子は広々とした配置のビジネスで本当に良かったと思った。亮子は思い出したように、

「あのね、グァムなんて3時間半で着いちゃうけど、ロスは12時間もかかるのよ。だから前にロスに行ったときはビジネスクラスだったんだわ。今やっと分かった」

 やがて、

「業務放送です。ドアロック確認願います。各フライトアテンダントは持ち場について下さい」

と案内があり、少ししてからガタンと音がするとゆっくりとバックし始めた。そして、エンジン音が高くなると、ゆっくりと誘導路を走り始める。座席に備え付けられた液晶モニターと大きなメインスクリーンでは安全のための案内が始まった。亮子はそんなものはそっちのけで窓の外の景色をじっと眺めている。

 飛行機は滑走路の横に出ると、ノロノロと走っていく。自転車でも追い越せるぐらいのスピードだ。

「飛行機って、案外のろいんだね」

「前にたくさん並んでいるの。10機ぐらいいるわよ。順に飛び立っているみたいだけど。離陸まではまだかかるわね」

亮子は、ホラ、と言って離陸していく飛行機を指差す。

「ええ?あそこまで飛行機が並んでるの?あんな遠くまで?」

「そう、たくさん並んでいるみたい」

康司は成田の混雑ぶりに驚いた。ニュースで聞いたとおり、ここは銀座並の混雑だ。巨大な飛行機が車の渋滞みたいに一列にズラッと並んでノロノロ走るなど、考えたこともなかった。

 それでもしばらくすると、離陸の案内があり、一気に加速してふわっと浮いた。そのままぐんぐん賭け上っていく。あっという間に地上の景色が小さくなり、雲の中に入ってしまった。

 離陸してしばらくすると、フライトアテンダントが来て、

「お食事は洋食と和食、どちらになさいますか?」

と聞きながら、二人の前の折り畳みのテーブルを引き出して、ナプキンを広げた。

「洋食にして下さい」

と二人とも答えると、

「かしこまりました。お肉かお魚、どちらがよろしいですか?」

「それじゃ、肉にして下さい」

「焼き方はいかが致しますか?ミディアムですか?」

「はい・・・そう・・・」

「私はお魚」

「かしこまりました。何かお飲物はお飲みになりますか?」

と聞いてくる。見学デッキで飲んで、ラウンジで飲んで、更にさっきもウェルカムドリンクを飲んだばかりなので亮子は断ったが、康司は意地汚くオレンジジュースを頼んだ。フライトアテンダントは座席の角に肉と魚のマークのシールをそれぞれ貼ると、次の乗客に移っていった。

「よく次々に飲めるわね。感心しちゃうわ」

「こんなもの、いくらだって飲めるよ」

康司はこれほど丁寧にもてなされたことが今まで無かったのでご機嫌だ。亮子はシートポケットに入っていたメニューを見つけると、

「何か、色々でてくるみたい。ほら」

と康司に見せた。

 

(洋)アペタイザー ラム肉とクリームチーズのミルフィーユ仕立て

   プロシュートハム メロン添え

   メイン(選択)A.牛フィレステーキ 松の実ソース

           B.(ヘルシーメニュー)

   カジキマグロのロースト 和風ソース添え

   他 キャロット スープ、

           フレッシュ サラダ オニオン ドレッシング、

           特製ブレッド 又は 御飯、お飲物、チョコレート各種

(和) 前 菜    蟹 甲羅盛り、鶏 照焼き、帆立 串打ち、錦玉子

    口 取    鯛松皮 ポン酢おろし、いか雲丹添え

    煮 物    野菜の焚き合わせ

    小 鉢    胡麻豆腐

    台の物   カレイの唐揚げ 煮おろし庵

   他 御飯、味噌汁、香の物、お飲物、チョコレート各種

 デザート ワゴン(ご選択)

           ラズベリーケーキ、オレンジクレープ、モンブラン、

           和菓子、フルーツ、チーズ

「フィレ肉ってヒレ肉のことだろ?」

「うん、たぶん、だと思う。ローストって焼くことよね」

「わかんない・・・」

「プロシュートハムって?」

「ハムの種類だろ?」

「どんな?」

「わかんない」

「カジキマグロってマグロの種類?」

「それなら分かる。回転寿司に良く出てくるやつだ。まあ美味しいけど、あんまり高くなかったような気がするけど・・・」

二人はどんなものがでてくるのかまるで分からなかった。ただ、何か凄いものがでて来るんだろうと言う漠然とした予想ができただけだった。但し、デザートだけは二人とも分かったので、散々どれにしようか迷ったが、せっかくワゴンサービスででてくるのだから、と実際のものを見てから決めることにした。

康司がオレンジジュースを飲み干した頃、食事のサービスが始まった。最初二人共、あまりに出てきたものが少ないので驚いた。これでは昼食どころか小さいおやつがいいところだ。康司が唖然としていると亮子はメニューを再び取り出し、メインディッシュが来ていないことに気が付いた。そして、以前ロスに行ったときもそうだったことを思いだした。

「まだ二人ともメインが来てないのよ」

「忘れたのかなぁ、いいかげんだなぁ」

「違うわ、確か、後で出てくるの」

「へえ?高級レストランみたいだね」

「まぁ、そうかもね」

「じゃぁ、もう少し我慢か」

「すぐに来るわよ」

「早く持ってきてくれればいいのに」

康司がブツブツ言いながらたちまち出されたものを平らげてしまうと、ちょうど食べ終わった頃にメインが配られた。

「これ?メイン?ビジネスクラスってグリーン車なんだろ?でも給食みたいじゃん。一口か二口でなくなるぞ」

「こんなものなのよ。これでもビジネスクラスなんだから」

「ン、味は、まぁまぁかな?でも、少し固いかな?」

「ミディアムになってる?」

「よくわかんない。でも、これ焼き過ぎじゃない?」

「ロスに行ったときもお母さんと焼き方を変えて頼んでみたんだけど、結局みんな同じだったの。聞いてみただけってやつね」

亮子がそんなことを話している間に、康司はメインを食べ終わってしまった。

「これだけなのか。なんかがっかりしたなぁ」

亮子は康司ほど素早く食べたわけではなく、ゆっくりと食べてはいたが、亮子にしても少し少ないような気がした。

康司が食べ終わってしまって何もすることが無く、何となく画面を切り替えたりしていると、フライトアテンダントが声をかけてきた。

「あの、お客様、うどんかそばでもお持ちいたしましょうか?」

「あ、はい。うどんにして下さい。大盛りで」

「あの、申し訳ありません。カップ麺ですので大盛りはありませんが。よろしかったら二つお持ちしましょうか?」

「あ、お願いします。亮子さんは?」

「私はデザートを楽しみにしてるからいいわ」

「それでは今お持ちします」

運ばれてきたカップ麺は、航空会社のマークの入っているので特別製なのだろうが、味はごく普通のカップうどんだった。小さなものだったので二つ食べて康司にはちょうどよかった。

「ああ、やっと8分目ってところかな」

「おいしかった?」

「全然。100円くらいの特売用カップうどんて感じ」

「そう、デザートまで我慢して良かった」

「そう、魚は美味しかった?」

「ええ、こっちはそこそこ美味しかったわよ。小さかったけど」

「そうか。肉で正解ってところか」

 食事が終わってデザートが出てくると、亮子はモンブランとオレンジクレープ、康司はラズベリーケーキを二つもらった。食欲旺盛な年頃なのでフライトアテンダントも納得したのだろう。また後で残っていたら持ってくると言ってくれた。

康司はコーヒーを飲みながら食べ始め、液晶テレビを引き出し面白そうな番組を探し始めた。亮子は紅茶を飲みながら文庫本を取り出して読み始め、ゆっくりと食べ始めた。

やがて映画が始まり、機内が暗くなった。康司は見たかった映画なのでずっと見ていたが、気が付くと亮子はスヤスヤと寝ていた。その寝顔がとても可愛らしく、この子をこれから抱けるのかと思うと自然に肉棒が堅くなってしまった。もう少し、と我慢する。

 やがて映画が終わり高度が徐々に落ちて雲の下に出ると、見渡す限りの海の上に出た。もうここは日本の海とは色が全然違うトロピカルブルーの海だ。着陸の案内があり、更に高度が下がっていく。波が間近に見えるくらいまで降りてきても陸地はどこにも見えなかった。このまま海の上に降りてしまうのでは、と思ったところで陸地の上にたどり着いた。もっと小さな島を連想していたが、着いてみると意外と大きそうな感じがする。何も言わなかったが、亮子も心配していたらしく、ホッとしているのがよく分かった。

 飛行機が到着してドアが開くと、みんな降り始めた。ボーディングブリッジに出ただけで少し暑いような気がする。ゲートを通り抜けて歩いていくと入国審査に出る。

「俺、英語なんて話せないよ」

「大丈夫よ。バケーションて言えばいいんだから」

本当か、と思ったが、確かに係官に訳も分からず、バケーション、と言うとあっさり通してくれた。ターンテーブルの前で自分の荷物が出てくるまでは不安だったが、それが出てきたら一気に安心する。そのまま税関の係官に亮子が記入してくれた申告用紙を渡して通り抜け、ターミナルに出ると少し蒸し暑かった。たくさんのツアーの看板を持った人が客を集めている。しかし、亮子はそれに目もくれず、どんどん先に歩いていった。

「ねぇ、これからどこに行くの?」

「迎えの車でホテルに行くのよ」

「英語話せるの?」

「わかんないけど、この日のために勉強してきたんだから何とかがんばってみる」

亮子はキリッと表情を引き締めると、荷物を載せたカートを押してロビーの方に歩いていった。そして、名前を書いた紙を持った人がたくさんこちらを見ているとことで自分の名前を書いた紙を探す。すぐに見つかったらしく、一人の男の前に行って自分の名前を書いた紙を指差して何か言った。運転手は喜んだようで、すぐに荷物のカートを押して歩き出した。

ターミナルビルを出ると、猛烈な熱気に包まれた。今までターミナルの中はそれ程冷房が効いているとは思わなかったが、外の熱気に触れて初めていかに冷房が効いていたかを思い知った。熱気と湿気が身体にまとわりつく。急な温度変化でカメラのレンズに湿気が入らなければいいが、と少し心配した。

タクシー乗り場を通り過ぎたところに一台の車が止めてあった。運転手が何も言わずにトランクに二人の荷物を積んでしまう。

「ノッテクダサイ」

何とも変な日本語を喋る運転手は、さっさと乗り込んでしまい、ドアが開くのを待っている康司にドアを開ける仕草をした。自分で開けろと言うことらしい。

二人が乗り込むと、

「スグ、ツキマス」

と言ってくる。日本語と言えば日本語だが、何とも変な発音だ。ここから亮子の出番となった。

"How long does it take to Guam International Beach Resort?" 「グァムインターナショナルビーチリゾートまでどれくらいかかるの?」

"Oh, you speak English! It's good! About 20min." 「英語が話せるのか。そりゃいい!20分くらいだな」

運転手は上機嫌で車を空港から海沿いの道に進めた。

"Are you Japanese? Some Japanese speak with strange note, but your English is perfect! What days do you stay here?" 「日本人かい?変なのを喋る日本人もいるけど、あんたの英語は完璧だよ。こっちにどれくらいいるんだい?」

"Thanks a lot. Two nights only." 「どうもありがとう。二日だけよ」

"Two nights? That's pity. Don't you like Guam?" 「二日?気の毒な。グァムが嫌なのか?」

"No, we, Japanese are always busy." 「いいえ、日本人はいつも忙しいのよ」

"Definitely." 「全くだ」

亮子と運転手はそんな会話を交わしていたが、康司には何のことだか全く分からなかった。

 やがて、タクシーは大きな門と門番のいる所で何事か話すと中に車を入れた。

「着いたの?」

「そう、ここが私達のホテルよ」

亮子は嬉しそうに康司によりかかってきた。康司はホテルと言うから大きな四角い建物を想像していたが、着いたところは椰子の木の林の中にいくつもの小屋が点在しているだけの所だった。名前の豪華さとは少し違うようだ。林の中を少し進むと車が大きな家の前で止まり、運転手が荷物を降ろし始めた。今、康司達がいるところが一番大きな建物で、ここにフロントがあるらしい。亮子はフロントで受付を済ませると、鍵を持って康司と外に出た。

「何を話してたの?」

「私達の部屋の場所を聞いてたの。それと、荷物を部屋まで運んでくれるって言ったけど、自分たちで運ぶからいいって断ったの。他の人に入ってきて欲しくないから。康司さんと一緒の所に・・・」

亮子は少しだけ恥ずかしそうに言った。二人の部屋は、浜から50m位離れた一軒家で、中に入るとクーラーが利いていた。

 亮子は荷物を置くと、康司の首に両手をかけて聞いた。

「さあ、着いたわよ。これからどうするの?」

康司はそのまま亮子を抱き寄せると唇を合わせ、しばらくお互いに舌を絡め合った。そしてお互いが満足して唇を離すと、亮子は、

「そうすればいいの?シャワー浴びてきても良い?」

と聞いてくる。その言葉が少し事務的で、恋人同士という感じではなかったので、康司は思わず亮子をベッドに押し倒したくなったが、撮影となれば準備もある。仕方なく、

「ああ、浴びてきて。それから、準備に30分以上はかかるから、ゆっくり浴びたら髪を綺麗に乾かして。服装はまかせるけど、服の下はブラとパンツだけにしてね。その方が綺麗に写るよ」

と言って亮子を離した。亮子は荷物からいくつか取り出すと、シャワールームに入っていった。

 康司は準備に取りかかった。このために色々機材を借りてきたのだ。康司自身、高校生活の総決算のつもりだったので、気合いを入れて準備を始めた。まず電源を確保する。撮影機材は直流で動くものばかりなので電圧の違いは問題ないはずだ。延長コードを取り出してベッドの横に巡らし、三脚を二つ立て、片方に水平ブームを付けてカメラとビデオカメラ、もう一方にカメラを取り付ける。片方のカメラにはモータードライブを取り付け、ワイヤレスリモコンも取り付けた。ビデオカメラにはワイヤレスリモコンが標準装備なので、撮影灯だけを付ければよい。ビデオと一緒の三脚のカメラの方にはバウンズ撮影用のスピードライトとレフ版まで取り付けた。それぞれに電源コードが付くので床の上は凄いことになっている。もう一方の方には普通のスピードライトだけだ。

 それが終わると康司は暗室になる部屋を探し始めた。あちこち探して回るが、日差しの強い南国で真っ暗な部屋など早々あるものではない。シャワールームしかないか、と諦めかけたとき、温水器やエアコンの機械がある物置のような部屋を発見した。中は埃が溜まっているが、小さな棚もあり、暗室代わりにはなりそうだ。康司はここの部屋を軽く掃除し始めた。

 その時、亮子がシャワーから上がってきた。

「わぁ、凄い、まるでモデルになったみたい。こんなにたくさん持ってきたんだ。重いはずだわ。ビデオまである。ビデオか・・・ま、いいか、まかせたんだし」

「髪を乾かしてさらさらにしておいてね。ちょっとこもるけど10分くらいで出てくるよ」

康司はそう言うと暗室に入り、フィルムを大型カートリッジに詰め始めた。今回は、普通のフィルムもたくさん持ってきたが、セックスの最中に何度もフィルムを換えるのは嫌なので、プロ用の250枚入りの大型カートリッジを借りてきていた。これに、同じくプロ用の大型フィルムロールから必要な長さだけ切って使うのだ。その詰め替えにはどうしても暗室が必要だった。暗室と言っても完全な暗室ではないので、フィルムの感光を避けるために両手が入るダークバッグの中で作業することになる。康司はダークバッグの二重ジッパーを開けてフィルムロールとカートリッジを入れると、部屋の電気を消して暗い中でバッグに両手を差し込んで作業を始めた。

 その作業が終わり、フィルムをカメラに取り付けると自動撮影用のコントローラーにパラメーターを入れる。これで、スイッチを入れると15秒ごとにフィルムが無くなるまで撮影が続く。その他、ビデオカメラのアングルを決めたり、ガンマイクを付けたり、撮影パラメーターのセットなどをおこなった。

 一通りの準備が終わったので、康司はシャワーを浴びることにした。程良い緊張感がシャワーの心地よさと重なって複雑な気分だ。康司が出てきたとき、亮子はベッドにちょこんと座っていた。

 「康司さん、何か、凄い、ちょっと緊張しちゃう」

そう言う亮子は3台ものカメラに囲まれて何だか不安そうだ。

「これで、カメラの準備は済んだけど、まだ準備は残ってるんだ。亮子さんにカメラになれてもらわないとね」

そう言うと、足下に置いたカメラを取り上げると、

「まずは、その姿勢から顔だけこっちを向けて、ハイ。次は少し笑ってみようか、ハイ。次は腕を思いっきり伸ばしてみよう、あー疲れたなーって、そう、ハイ。まだ足りないかな、じゃあ立ち上がって思いっきり背伸びだ、うーん気持ちいい、ハイ」

康司はカメラのシャッターを切り続けた。

「ねぇ、もうこんなにとっちゃっていいの?」

「実はフィルムは入ってないんだ。気楽にして良いよ。カメラになれてもらうためのものだから。よし、それじゃ、ベッドに寝ころんで。ゴロゴロゴロゴロ、ハイ」

そのまましばらく康司はシャッターを切り続けた。そして、途中でさりげなくビデオのライトを点け、フィルムを入れないままカメラにストロボを付けて亮子を光に慣れさせた。

「少し休憩しようか」

康司が休憩を宣言したとき、既に30分以上が経過していた。冷蔵庫から冷たいジュースを取り出して飲みながら、

「こんなにしなくても良いのにって顔してるね」

と笑って言うと、

「ばれた?少しそう思ってた」

と亮子も笑った。

「あのね、光の強さの問題もあるんだ」

「光の強さ?」

「そう、ここの光は日本より強いだろ。だから、あのまますぐに撮影を始めると、影の部分が強調されて堅い感じになっちゃうんだよ。でも、これからしばらくの時間は太陽の光がだんだん弱くなってくるから、亮子さんの肌に太陽の光が当たっても柔らかい感じに仕上がると思うんだ」

「そう、だから撮影を始めなかったの」

「うん、どう?だいぶ慣れてきた?」

「わかんない。でも、気持ちは落ち着いてきたような気がする」

「そう、よかった。ちょっと待ってね」

そう言うと、康司は先程のカメラに45枚分のフィルムを詰めたパトローネを入れ、足下にセットすると、2台のリモコンを枕元に置いた。亮子はいよいよだと思ったのか、緊張しているのが分かる。康司はベッドに座り、亮子を膝の上に横たえてゆっくり話し始めた。

 

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