第15部

「康司さん、いいのよ。しても」

それを見越したように康司の胸の中で亮子が囁く。実は康司の肉棒は亮子に入りたくてうずうずしていたのだ。本当は帆掛け船にしたかったのだが、亮子が疲れてきているようなので、とりあえず普通に入れることにする。

康司は亮子を抱きしめたまま上下を入れ替えると、亮子はそれを受け入れるように足を開いた。康司は肉棒に手を添えて入り口を確かめながら入ろうとする。しかし、なかなか他の場所をつつくばかりで上手く入らない。

「あん、あん、違う、そこじゃ、もっとした、あん、違う」

亮子もどうしていいのかよく分からないようだ。康司は少し焦れてきて、

「アキちゃん、膝を曲げて、こう」

と亮子の膝を持ち上げるようにすると、今度は肉棒が柔らかい入り口を探り当てた。

「ああっ、そこっ、ああぁーっ、入るっ」

ゆっくりと肉棒が弾力のある壁に包まれる。未だ入り口はかなり堅く、しっかりと肉棒を締め付けている。二人とも最初の時よりは心に余裕があったので、挿入の感覚をお互いに確かめ合うことができた。亮子は先ほどイスに座っての結合は、刺激的な体勢ではあったがそれほど深くなかったことを自分の身体で知ることになった。

「ああっ、入ってくる、入ってくる。ああんっ、深い、そんなに、ああんっ、こ、こんなにおっきいなんてっ」

「痛い?大丈夫」

「大丈夫、そっと、そっとよ、あん、まだ入るの?」

「もう少し、狭くて、凄いよ、アキちゃん、凄い」

康司は亮子の足を更に広げて持ち上げ、ゆっくりと一番深く入る位置まで肉棒を進めた。新鮮な肉壁のブツブツがしっかりと肉棒に絡みついてくる。

「ああ、凄い、こんなに奥まではいるなんて、あん、ああぁ」

亮子は今初めて挿入の深さを実感できた。それは身体の奥にまで康司を迎え入れているという満足感と共に、身体の奥底から沸き上がる快感が全身をゆっくりと満たしていく。

「康司さん、このままでいて、嬉しいの、ああん、奥から感じるの」

亮子は挿入される感覚を確かめるように康司の首を抱きしめた。

「動いてもいい?」

「そっと、そっとして、ね?」

亮子は挿入感に包まれていたかった。

「それじゃ、アキちゃん、少しだけ腰を突き上げてごらん」

「あん、こんなにしっかり入ってると、上手く動かせない」

「大丈夫、できるよ、少しでいいから」

「こう?ああっ、す、凄い、ああっ、あーっ、ああーっ」

亮子はほんの少し腰を突き上げるだけで、深い結合のまま大きな快感が生まれることを知った。肉壁は小さな腰の動きを増幅するかのようにざらっと肉棒を撫で上げ、亮子の喜びを更に高いものに持ち上げていく。まだ突起の多い経験のない肉壁はブツブツとした細かい襞を肉棒に絡めては締め上げ、ヌメヌメと撫で上げる。それは出没とはまた違った快感を康司に与えた。

「アンッ、ああんっ、ああっ、ダメ、身体が、ああっ、覚えちゃったみたい。ああんっ、止まらない、こ、腰が、ああーっ」

「アキちゃん、気持ちいいよ。とってもいいよ」

亮子は声を上げながら康司に教えられた快感をしっかりと身体に刻みつけていった。それはこの後亮子が一生忘れることのない、愛を交わす時の動きになっていく。

しばらく亮子は声を上げながら小さく腰を突き上げていたが、だんだんとだるくなってきて上手く動けなくなってきた。すると康司の肉棒にとっては刺激が少なくなってくるので、康司としては激しく突きたい欲求が募ってきた。

しかし、このまま康司が突き立ててしまっては十分に亮子の初体験の日を楽しめないような気がした。康司は亮子の腰が動くのをやめると、身体を起こして膝立ちの姿勢で上半身を起こし、上から眺め降ろしながら肉棒を突き立てることにした。康司の身体の重みが無くなると、亮子は一瞬挿入をやめられるのかと思った。

「あん、ごめんなさい、上手くできなくて、康司さん?どうしたの?」

亮子の身体を見下ろしながら、康司は亮子の足を開いて膝立ちにすると、

「こうするんだよ」

といいながら、ゆっくりと亮子を見下ろしながら肉棒を出没させ始める。

「ああぁぁーーーーっ」

再び大きな快感が亮子を包み、亮子は身体を仰け反らせて喜んだ。康司はその身体のプロポーションが幼さを残しながらも十分に美しかったので、何度もゆっくりと出没を繰り返して仰け反り悶える亮子の姿態を目に焼き付ける。窓から差し込む月明かりに照らされて少女の身体は妖しくも美しく輝いた。きっと同級生には亮子のこの姿を夢見ながら自分を慰めている仲間も大いに違いない。それを康司は自由にできるのだ。

康司はその身体をじっくりと見ながら、自分の部屋で同じ姿勢で悶えていた昌代の身体と比較していた。昌代の身体は十分に大人びた美しさを持っていたが、亮子の身体はまるで中学生のような初々しさがある。

「ああん、恥ずかしい、こんな格好を見ちゃいやぁ、康司さん、抱いて、ね、抱いて」

亮子は自分をじっと見下ろす康司の視線を感じると、恥ずかしがりながら悶えた。何とか身体をねじって康司に見られまいとする。可愛らしく膨らんだ胸を手で隠そうとするが、快感に悶えながらだと自分で触るだけで感じでしまうので、声を上げそうになって慌てて乳房から両手を離した。

すると康司はそれを待っていたかのように、亮子の身体を横に倒し、足を自分の前を通して片方にまとめ、横から挿入した形に持っていく。

「ああぁぁーーーーっ、そんなことぉ」

肉壁をねじられるような感覚に亮子が声を上げると、康司は更に亮子の腰を持ち上げて四つん這いの格好にして、バックからの体勢を作った。

「ああん、こんな事ができるなんて、ああん、康司さん、こんな事知ってるなんて」

亮子は驚きながらも、バックからの挿入に耐えるようにひじを突いて身体を安定させた。

「足を開いて」

康司は亮子の足を大きく開いて完全に安定させると、可愛らしく張り出した腰を両手で掴んでゆっくりと腰を動かし始める。

「う、ああぁっ、これっ、凄い、ああん、違うの、全然違うの、ああーっ」

「どっちがいいの?前と後ろと」

「どっちもいいっ、ああんっ、はうぅっ、これっ、ああっ、恥ずかしいけど、いいっ」

亮子の肉壁はその言葉を裏付けるかのように、更に多くの液体を吐き出して康司の肉棒の動きを楽にした。だんだんと康司の動きが大きくなっていく。

「あああーーーっ、堪らないっ」

亮子は両手を突っ張って状態を大きく反らせて喜びを表現する。すると康司の手はスッと前に伸びて、亮子の乳房を両側から掴んで揉み寄せた。

「ダメえーっ、ああん、康司さんっ、はうぅっ、はううっ」

いきなり乳房を揉み寄せられた亮子は、両手で康司の手を包むような仕草をしながらも無意識に身体を左右に振って自らの快感を少しでも大きくしようとする。少女の大きく反り返った小さな身体が康司の手によって左右に振られているようだ。その間も康司の腰は何度も可愛らしい尻に突き立てられている。

康司は小柄な亮子の身体を下から持ち上げるようにして乳房を揉みながらぐっぐっと肉棒を亮子の中に押し込み続けた。身体を完全に支えられているので亮子はこの快感から逃げることができず、どうしようもない挿入感の中で康司に与えられる快感を身体に刻みつけていった。

「康司さん、ああん、もう許して、ああーっ、壊れちゃう、あーっ、ダメ、ダメ、身体が持たない、許して、はうぅ、そんなに入れたら、はうぅっ」

「疲れたの?もういや?」

「普通にして、お願い、ね?いいでしょ?」

亮子はいろいろな体位を楽しむよりも、愛されているという実感の方を欲しがった。まだ亮子にとっては初体験が済んだばかりなのだ。康司は亮子から一度肉棒を引き抜き、亮子を仰向けにしておいてから改めて肉棒で貫く。

「はあーっ、やっぱりこれもすごいっ」

先ほどからの挿入と出没で亮子の中はたっぷりと濡れており、今度は前ほどきつい感じがしなかった。スムースに動けるので、今度は康司は出没運動を主体にして亮子を悶え狂わせる。最初はゆっくりと動きながら、肉棒全体の長さを使って大きな動きで亮子を喜ばせていく。

「ああーっ、こんなにされたら、はう、はうぅっ、覚えちゃう、身体が覚えちゃう、あーーっ、ダメーっ、良すぎるぅっ」

「ほうら、アキちゃんの身体はこんなに敏感になってる」

康司はひじで身体を支えて、仰け反って突き出された亮子の乳房を両手でぎゅっと握ってやると、

「ああぁぁぁーーーーっ」

と亮子の身体が更に大きくしなった。まだ亮子は挿入されるのになれていないので、時々足が真っ直ぐに伸びて康司の動きを妨げてしまう。その度に康司は亮子の足を大きく広げて膝を曲げ、男を迎え入れる姿勢を亮子に教え込んだ。

最高の時間だった。亮子は体力の続く限り康司の望む通りに肉棒を迎え入れ、声を上げ、頭を左右に激しく振って悶え、そして康司に抱きつき、快感に絶えられずにまた仰け反った。やがて康司に最後の瞬間が近づいてきた頃は、何も教えられていないのに足を大きく開いて持ち上げ、康司の腰に絡めるような仕草で1ミリでも深く康司を迎え入れようとしていた。

「どう?アキちゃん、いけそう?」

「わかんない、わかんないのっ、ああーっ、何にもわかんないのーっ、いいのっ」

亮子は夢中になって悶えていたが、まだいつでも康司の望むままに絶頂を迎えるほど開発されてはいないようだ。康司は亮子と同時に終わることは諦めて、一気に動きを大胆にして自分自身のために出没を開始し、亮子をむさぼった。

「ああーーーーーーーーーーーっ」

亮子は訳の分からない声を上げて康司に抱きつこうとするが、快感があまりに強すぎるのと疲れているのとで抱きつくことすらできない。

「いくよ、いいね」

康司はそのまま激しく腰を動かし、最後の瞬間を迎える。あまりに激しく動いたのでしっかりと締め付けている肉壁に引っ張られて亮子の身体がベッドの上で大きくバウンドしていた。

「ほうら、いくよっ」

「ああぅっ、ああんっ、女にしてっ、あー、色っぽくしてぇっ、きゃうぅぅっ」

肉棒が噴出を始めた瞬間、康司はぐぐぐっと肉棒を一番奥に叩き付け、その衝撃で亮子は変な声を上げた。ドクッドクッと肉棒から精が吐き出され、亮子の中に流れ込んでいく。

亮子の肉壁は康司の肉棒をしごくようにゆっくりと動き続け、動くのをやめた二人の間に陶然となるような快感を生み出す。最高の瞬間だった。康司はその肉壁を楽しむようにそっと亮子を抱きしめて、汗ばんで乱れた髪が張り付いた顔に何度もキスをする。

その時康司は、亮子の肉壁がときおりピクッと小さく痙攣していることに気が付いた。昼間のようにはっきりとしたものではないが、どうやら小さな峠を亮子も超えたようだ。

「あきちゃん、いったの?」

「・・・・わ・・・・わかんない・・・・うっ」

「少しいったんだね。嬉しいよ」

「私・・・・どうなったの?・・・覚えてない・・・」

「何も考えなくていいよ」

亮子の身体は満足感と疲労が満ちあふれており、もう話すことさえだるかった。『男の人ってこんなにも力強くて、凄いのね』心の中で亮子はセックスの醍醐味に驚いていた。

「動いてもいい?」

しかし最高の瞬間を終えたばかりの肉棒は、亮子の中ではまだまだエネルギーをもてあましていた。ちょっとだけ固さを失った肉棒も、肉壁のしごきでたちまち本来の固さを取り戻してしまう。康司はまだ大丈夫だった。ゆっくりと動き始める。

「ああっ、ダメ、許して、死んじゃう、これ以上はだめ、お願い、ちょっと待って、ちょっとだけ、ね?お願い」

康司が動き始めると、亮子は懇願するように康司に許しを求めた。本当は康司の期待に応えたいのだが、もともと運動系の苦手な亮子にはもう全く体力が残っていなかった。

「ちょっと待って、お願い、少ししたら大丈夫だから」

そう亮子に頼まれては無理強いはできない。未練を残したままゆっくりと肉棒を引き抜いていくと、申し訳ないと思ったのか亮子は何とか身体を起こすと、隣に横たわった康司の肉棒に手を添えて快感を与えようとする。しかし、しごき方が全然ポイントを掴んでいないのと、亮子自身が疲れているのとで亮子の手が肉棒を撫でているような感じにしかならない。

「ご、ごめんなさい、上手くできない、握れないの・・」

息を弾ませながら必死に謝る亮子を見て、康司もかわいそうになってきた。

「いいよ、明日ゆっくり教えてあげる。今は休もう」

「ごめんなさい」

康司はそう言うと、亮子の身体に薄い毛布とベッドカバーを掛けてやった。

「康司さん、怒った?」

「全然、気にしてないよ」

「少し休んだら、またできるから、ね?」

「またアキちゃんを抱いてもいい?」

「もちろん、私も抱いて欲しいの」

「よかった」

康司のその声を聞いて安心したのか、それから直ぐに亮子は眠りに落ちていった。小さな寝息を立てている亮子を優しく抱きしめながらそっと髪を撫でていると、いつの間にか康司も眠りに落ちていった。

それからしばらくして康司はふと目を覚ました。亮子はベッドの反対側に移動しており、毛布をはねとばしたのか背中が丸見えになっている。『可愛いな』と思った康司は、そっと亮子をベッドの中央に引き寄せ、毛布をかけ直してやった。すると、

「え?なに?だれ?」

と寝ぼけた亮子が驚いて身体を縮めた。その亮子に、

「アキちゃん、可愛いよ」

そう言ってキスをすると、亮子も手を首に回してきた。その途端、康司の肉棒は固さを取り戻した。康司が亮子の上になって挿入の体勢を作ると、亮子はスッと足を開いて受け入れる意志を示した。今度は肉棒はスムースに亮子の中に飲み込まれていく。

「痛い?」

「ほんの少しだけ、でも大丈夫」

「動くよ」

「そっとよ」

まだ潤いが残る肉壁の中をゆっくりと肉棒が動き始めた。最初は亮子自身、何の快感もなかったが、次第にはっきりとした快感が生まれて身体中に広がってくる。

「あ、ああっ、あん、ああっ、康司さん、はあっ、康司さんっ」

そのまま二人は次第に息を弾ませながら二人だけの愛を確かめ合った。しかし、康司が達する前に亮子の方が疲れてしまってだんだん声が辛そうになってくる。仕方なく康司が抜くと、たちまち亮子は眠りに落ちた。そしてまたしばらくして目を覚ました康司が亮子を求める。しかし挿入はできても亮子が絶頂にたどり着くことはなかった。

二人は眠り、求め、そしてまた眠り、求め合った。そんなことが夜明けまで繰り返された。

 

夜明け前、ふと亮子は目を覚ました。激しかったセックスの後なので頭の奥が重いような疲れを感じながら、カーテンの向こうの窓の方を見ていた。まだ康司は寝ているらしい。とぎれとぎれでも何時間か寝たのでだいぶ疲れも取れてきたようだ。そんなことを考えていると急に目が冴えてきた。

朝はまだ日本にいた。自分が3千キロ以上も離れたところにきたなんてちょっと信じられない。そして、このことを知っているのは世界で二人だけ。後は誰も知らない。ここは単にグァムと言うだけではなく、完全に孤立した二人だけの世界だ。直ぐ隣で寝ている康司を見ながら亮子は二人の出会いから今日までを思い返していた。不思議とそれは甘い思い出と言うよりは冷静な冷めたものだった。

亮子が最初、康司に声をかけたのは3週間ほど前。それから二人は一日ごとに求め合うようにして親しくなった。しかし、今まで心にふたをしてきた秘密のことなのだが、亮子にとって康司は100%ではなかった。たぶん、自分が手に入れられるベストだとは思っていたが、自分の理想ではなかった。自分でもなんて贅沢でわがままな、と思うが、そう感じるものは仕方ない。康司の写真は素人にしてはずば抜けていたが、プロの撮るような写真ではない。だから、このまま撮影を続けても、亮子のイメージしていた写真を康司が撮れるかどうか、全然自信がなかった。そのことに気がついている自分は、撮影に真剣になろうとする亮子を何度も邪魔して、心を冷ましてしまう。今はそのもう一人の自分がとても邪魔だった。

しかし、康司のことを大好きなのも事実だった。なかなか上手くかみ合わないこともあったが、それでも康司は真剣に走り出した亮子を優しく受け止めてくれて応援してくれた。その腕の中が心地よく、その心が嬉しかったからこそ、康司と計画を実行することができた。だから、康司以外の人だったら、撮影旅行まで発展することはなかっただろうな、そんな風には感じていた。

まだ暗い部屋の中、亮子はだんだん薄れていく意識の中で、冷静に康司を判断している自分と康司を大好きな自分が順に現れては消えていくのを感じながら目を閉じた。

亮子が眠りに入る直前、ごそっと音がして康司が隣のベッドで起きあがった。すっと目を開けてゆっくり寝返りを打つと、康司がこちらを見ているのが分かった。

「アキちゃん、寝たの?」

「うん、いま寝るとこ・・」

「そう・・、じゃいいや。お休み」

康司はそのまま目をつぶったが、再び眠りに入る直前、頭の中で何かが光った。パチッと目を開けて亮子の方を見る。亮子と視線が会った。

「どうしたの?何か言いたいの?良いわ、話して?」

「ちょっとだけ話しても良いかな?」

「もちろん」

「そうか。目を覚ましたらまだ部屋が暗かったんで、ちょっと寂しくなっちゃった。子供みたいかな?」

「ううん、いいの。私も少し話したいなって思ってたの」

亮子は、康司にいまの心の葛藤を正直にうち明けることにした。静かな暗い部屋で、お互いに少し離れているからこそ話せることだった。

「あのね、私・・」

亮子はすっぽりとベッドに入ったまま静かに話し始めた。そして、話しながら少し経つと、心が軽くなった気がした。康司はゆっくりと頷きながら静かに聞いていてくれた。亮子は康司ががっかりするだろうな、と思ったが、康司は言った。

「本当は全然自信がないんだ。こんな強い光の中で写真を撮ったことなんて無いから。でも、できるだけのことはしたいんだ。アキちゃんのためだけじゃなくて、俺自身のためにも。完全なチャンスなんて無いと思うから、たぶんこれが俺の高校生活の中で手に入る最高のチャンスだと思うんだ。失敗するかもしれないって言うか、その可能性の方が高いけど、がんばるよ」

不思議なことだが、それを聞いて亮子は心の中に安心感が膨らんでいくのを感じた。康司が自信無いと言うのなら、かえって不安になっても良いはずなのに、心の中はその逆の反応を示した。たぶん、康司も亮子と同じ不安を抱えていることが分かったからだろう。そして康司がもっと好きになった。

 

ピピピピピ・・、どこかで小さな音が鳴っている。『目覚ましにしては小さい音ね、こんな音じゃ私は起きないわよ』半分眠った意識の中で亮子はもう少し眠ろうと思い、少しごわごわしたベッドカバーを引き上げた。『どうしてこんなにベッドがごつごつしてるんだろう?クッション痛んじゃったのかな?去年買ってもらったばっかりなのに・・』

「アキちゃん、起きて!いい天気だよ!」

突然の声に亮子はびっくりして一気に体を固くした。

「ほら、早く起きないと撮影が間に合わないよ!」

「何?え?康司さん?まだ寝てるの私?ちょっと待って。康司さん?え?どうしてここに???」

康司はその言葉には応えず、ガチャリとカメラケースを開けると準備を始めた。その様子をしばらくベッドから眺めているうちに、やっと亮子にも状況が理解できてきた。『そうか、グァムにいるんだ!』

亮子はゆっくり起きあがると、自分の荷物から着替えを取り出し、バスルームに向かった。

やがて二人は朝食のために昨日のレストランに行った。朝から英会話のテストを受けるような気持ちで、少しびくびくしていた二人だったが、朝食はバイキングで均一料金、食べ放題だったので一気に気持ちが楽になった。

「食べ終わったら撮影を開始するからね。水分をたくさん採った方がいいよ。フルーツをもっと持ってこよう。たぶん、10時くらいまでしか撮影できないと思うんだ。もしかしたら9時半頃に終わらないとだめかも。その後は3時半過ぎからだね。日焼け止めはしっかり塗ってね」

「うん、何度も言われてるから大丈夫。一番強いやつを持ってきたから。これ以上のものなんて無いんだもん。絶対大丈夫」

「グァムでは、日中に平気で甲羅干しをして病院に運ばれる日本人がとっても多いんだって。カメラの露出を見ながら決めるから大丈夫だけど、日差しが強くなったら撮影は中止するよ。どこかに遊びに行っても良いし、部屋にいても良いよ。それと、時々部屋に帰って洗面台のところで写真を撮るからね。これは、同じ部屋の電気の明かりだから一日中同じ条件だろ?日焼けするとすぐに分かるから。写真のためが元々だけど、日焼けのチェックにも良いと思うんだ」

「わかった。あのね、昼間だけど、実は行きたいところがあるの。4時間くらいだけど、いい?」

「うん、撮影しない間は自由時間だから」

「ずっと建物の中にいなきゃだめ?」

「その方がいいけど、パンツルックで長袖と大きな帽子があれば、少しくらいなら外に出ても良いと思うんだ。肌の色を見れば分かるから、だめなら戻ってくればいいよ」

「途中で戻ってこれるかどうかわかんないけど・・」

「なにそれ?どこか遠くに行くの?」

「ううん、街のそばよ。昨日車で通ってきた辺りだったと思うんだけど。ごめん、わがまま聞いて」

なにやら亮子の様子からすると、とても行きたいところがあるようだ。カメラマンとしての康司なら説得してやめさせるべきところだったが、昨日の話を聞いてから康司は心を決めていた。自分のカメラマンとしての力で亮子を納得させられないのなら、せめて恋人として亮子に応えてやろう、と。しかしその時の康司はカメラマンとして一番基本中の基本を忘れていたことに気が付かなかった。

「いいよ。ちょっと暑いと思うけど、日差しは防ぐようにね。あとはまかせるよ」

「ホント!やったぁ、心配してたんだ、結構。だめだって言われたらどうしようって。後は私がするから、康司さんはここで待ってて。ちょっと行って来る」

亮子は食事の途中で立ち上がり、レストランを出てフロントの方に歩いていった。康司は豊富に用意されているフルーツを代わる代わるお代わりしながら、亮子が戻ってくるのを待っていた。

やがて、亮子はニコニコしながら戻ってくると、

「10時半にタクシーが来るって」

と康司に楽しそうに言うと、フルーツを猛烈な勢いで食べ始めた。康司が驚いたくらいだから、亮子の食べ方はすごかった。まるでフルーツの方から亮子の口をめがけて飛び込んでいくようだ。亮子はあっという間にフルーツの皿を空にすると、オムレツスタンドのコックに頼んででオムレツまで作ってもらってから、再びフルーツを食べだした。そんな亮子の様子を見ながら、『きっと、何かとってもやりたかったことが気になってたんだなぁ』と康司は思っていた。

 

朝食が終わって部屋に戻ると、康司は真っ先にカメラケースを開けて準備を始めた。亮子はバスルームに入ると、この日のために買ってきた水着に着替える。さんざん迷った挙げ句に決めた赤に黄色のストライプが入ったかわいらしいデザインだ。今年は上下別の色にするのがはやりだと店員にいろいろ勧められたが、結局上下は同じデザインで揃えた。

『あれ?髪留め・・?』

慌てて部屋に戻った。康司は亮子が水着姿で飛び出してきたのでびっくりした。

「うわ〜ん、無いよう・・。イルカのが、絶対ここに入れたのにぃ」

亮子は必死に荷物をかき回して探している。しかし、探しているものが小さいものなので、簡単には見つからない。

「こっちだったかなぁ、そんなこと無い。絶対こっちにある!」

「どうしたの?何か無くしたの?」

「イルカの髪留めをね、持ってきたの。それが無いの。でも、荷物には絶対入れたから、このバッグの中に入っているはずなんだけど」

「イルカって、俺のシャンプーの横に置いてあった奴?」

「え?」

亮子は再びダッシュで洗面台に戻ると、シャンプーなどのアメニティーグッズの入った皿の中に入っているイルカの髪留めを見つけた。

「あったー。そうだった。朝、起きたときに忘れないようにって自分で持っていったんだ。フェイスタオルに隠れててわかんなかった。ごめんなさい」

亮子はほっとした表情で再び洗面台に向かった。康司はそれを見て、亮子もかなり緊張しているんだと思った。実は、康司も緊張で心臓がバクバクしていた。亮子が念入りに日焼け止めを塗ってからTシャツとホットパンツを着て康司の所に行くと、

「それじゃ、鏡の前で肩までまくって」

と言われて洗面台の前で写真を何枚か撮った。これは日光の入らない部屋の明かりの下で亮子の肌が日焼けしていないかどうかをカメラの露出計で確かめるためだ。ほとんど昨日と変わっていないことを確認すると、

「それじゃ、出かけよう」

「うん」

お互いに何も言わないのに、康司は大きなカメラバッグを抱えて来たし、亮子は部屋にあったバスケットにいろいろ詰めて、これも重そうに抱えて出てきた。それを見てお互いに大笑いした。

朝の椰子の浜辺にはまだ涼しい風が吹いていた。砂浜の近くまで来ると、一本の大きな椰子の木の下に荷物を置いて、部屋から持ってきたバスタオルを何枚も敷いた。これが二人の荷物置き場だったが、亮子のバスケットに入っているドリンクや果物を見ると、休憩所と言った方が正しいようだった。

二人の周りには涼しい風が吹き抜けていた。

「今のうちに浜で写真を撮ろう。まだ日差しが強くないから。透明な水に足をつけてる写真なんて撮りたいと思ってたんだ」

「それ素敵!撮って撮って。早く!」

浜辺はそれほど広くはなかったが、足跡一つ無い、まるで二人のためだけに用意されたかのようなきれいな砂浜だった。都合よく浜辺が北を向いているので一日中逆光を気にせずに撮影ができそうだ。

「まずは浜辺でゆっくり歩いているところ。あっちから歩いてきて。あ、いったん林の中に入って、向こうまで行ってから砂浜に出て。そうすれば足跡が後ろにだけ付くから」

砂浜で思いっきりはしゃげると喜んだ途端に林に入れと言われて亮子はちょっとがっかりした。それでも、100mくらい砂浜沿いに林を通り抜けてから砂浜に出ると、遠くで康司が自分のビーチサンダルを砂浜に置いて、指差しながら何かわめいているのが見えた。風のせいで聞こえないが、どうやらここに向かって歩いてこいと言っているようだ。

亮子は、『さぁ、始めるわよ』と自分に声をかけると、ゆっくりと砂浜を歩き始めた。

中学の時から何度も考えたことのあるシーンだ。時々海の向こうをふっと見つめたり、じっと足元を見ながらゆっくり歩いたり、風がTシャツの袖を揺らすのに気がついたり。本当は自分の髪はもっと長いはずで、海の方向に向かってなびく予定だったのだが、今は短くしてしまったのでそのシーンは無しだ。

その時康司は、そんな亮子の思いも知らずに、なかなか歩いてこない亮子に少しいらだっていた。康司の頭の中ではすっと自然に歩いてくるシーンが浮かんでいた。だから、どちらかというと亮子の姿は小さめにして、景色や足跡を大切にして撮影するつもりだった。しかし、亮子は5分経ってもまだ康司の所にはこなかった。時々海の方を見ては立ち止まり、考え事をしているようだ。

康司は早く次の撮影に入りたかった。ポケットのメモにはぎっしりとプランが詰まっている。今はまだ光が弱いが、すぐに猛烈な強さになる。だんだん気が焦ってきた。

やっと亮子が康司の近くに来たとき、康司は思わず言ってしまった。

「アキちゃん、もっと速く歩いてくれないと。時間がもったいないよ。何分かかったと思ってるの?今度からはもっとさっさと歩いてね。良いね」

自分なりに上手くでき無いながらも自然と対話して歩いてきた亮子にはガツンと来る一言だった。

「え、だって、風や日差しが・・き・・気持ちよくて・・緊張してたから・・」

しどろもどろになって康司に答える亮子は、明らかに戸惑っていた。亮子はさっきまで上機嫌だった康司がどうして怒っているのか分からなかった。自分なりに最高の状態を作って歩いてきたつもりだったのだ。

「風や日差しは俺が考えるよ。アキちゃんは言われたとおりにして、後は笑っていてくれれ・・」

そこまで言った途端に亮子の表情が崩れたことに気がついた。何と言うか、がっかりと悲しさを足したような、康司が見たこともない表情だった。

「笑って・・?うん、わかった・・」

亮子はそう答えたが、目には悲しみが満ちていた。心の中で何かが渦巻き始めた。

「それじゃ・・次に行こうか」

康司は亮子を傷つけてしまったと思ったが、それよりも時間が惜しかった。メモを取り出すと、三脚を取りに荷物置き場に走った。戻ってくると、

「次は膝の高さから見上げたショットを取るから、そこに立って」

「うん」

亮子は康司の言う通りのポーズを取る。心の中で何かが大声を出していた。

「どう?風を感じてごらん。少し上を向いて、空を見上げて、ほら、気持ちいい?気分を一新しよう」

「うん」

確かに康司の予定したショットは撮れた。露出もちょうどよかったし、風がTシャツの裾を少しなびかせたショットは予想以上のできだった。が、亮子の表情が暗い。

「どうしたの?」

「なんでもない・・」

「それじゃ、次行こう」

康司はメモを取り出すと、フィルターの交換を始めた。亮子は心が沈んでいくのをどうしようもなかった。楽しくやろうと思うのだが、どうしてもできない。こんなに天気が良くて、こんなに素敵な景色で、誰もいない自分たちだけの浜辺にいるのに心が沈んでいくのだ。

 

 

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