第32部

 亮子と話し終えた康司は真っ暗になってしまった。話の調子から当面会えそうにないと直感したからだ。少なくとも亮子はすぐに会いたいと思っていないらしい。

それはグァムにいるときから何となく感じてはいたのだが、亮子を抱いているときには忘れられたので、今までわざと目をそらしてきたことだった。そしてそれは康司も認める事実だった。

翌日、康司は悶々とした気分で目を覚ました。実は昨夜、亮子のことを考えて撮影したビデオを見始めたら簡単な編集だけでもやってしまいたくなり、家庭用のビデオを使ってできる範囲での繋ぎをやり始めたのだ。

途中、何度も自分で肉棒を握りしめたが、それをすると自分が惨めになりそうでできなかった。画面の中の亮子はどうしようもないくらい可愛らしく、眠い目を擦りながら亮子の全てが映っているビデオを何度も見続けていたら朝になってしまった。

いつの間にか眠ったのだが熟睡できず、結局疲れがそのまま残ってしまった。寝ていても目を覚ましても頭の中では『俺の役割は終わったって事か?もう、会う必要もないって事か?

あれだけのことをしたのに』と心の言葉が渦巻いていた。今まで康司には疲れが残るなどという経験はほとんど無かったが、旅行帰りで殆ど寝ていないのでは当たり前だ。

いつものように昼頃に両親が出かけると、康司はとりあえず何もすることが無くなってしまった。正直に言うと亮子からの電話を待ちたい気持ちはあったのだが、それをし始めると更に落ち込んでいきそうだ。だから今する事が分からない。いや、一つだけやることがあった。昨日、昌代に連絡すると言ったのだから、連絡するべきだ。しかし、亮子との関係が中途半端になってしまったので、何となく気分が乗らない。もしかして、昨日亮子と写真を一緒に焼き付け、可愛らしい身体をたっぷりと愛し、亮子と気持ちが通じ合っていれば、また違った感じになったのかもしれないが、今は何となく気分が乗らなかった。

しかし、気になることもまた事実だ。康司は『昌代を抱けば気分が変わるかもしれないな』と思い連絡をすることにした。

直ぐに昌代は出た。

「何してるんだ?」

「ううん、なんにもしてない」

「・・・・・・・・」

「会える?」

「会いたいのか?」

「・・・・・・・・・うん」

驚いたことに昌代から康司に会いたいと言ってきた。康司に会ってネガ探しをすればどうなるのか分かり切っているはずなのに、そんなことは気にしていないかのようだった。それに、今までの昌代とは雰囲気が違っている。

康司の方に迫力がないのは自分でも分かるのだが、昌代の方も、何というか弱いというか、可愛らしい雰囲気なのだ。

「どこで会う?」

「どこが良いの?」

「それじゃ、マックの隣の麺大将にするか」

それは学校から駅までの途中にある安い中華食堂だった。高校生を相手にしたボリュームのある定食が売りで、高校生はライスお変わり自由の店だった。

「え・・・・」

「どうだ?いやか?」

夏休みとは言え、高校の近くなので二人の知り合いがクラブ活動の途中か帰りに寄る可能性はある。生徒会をやっている昌代にとって知り合いに見られると言うことは健一との破局と康司とのつきあいを同時に告白することに等しかった。店の名前を口にした時、実は康司はそこまで考えていなかった。単にボリュームのある食事をしたかっただけで、昌代に会って何を話そうか考えてもいなかったし、誰かに見られることを期待してその店にしたわけでもなかった。第一、康司は今までの高校生活で注目など浴びていなかったのだから。強いて言えば、昌代を抱く前に腹を満たしておきたかっただけなのだ。

「・・・分かった。先に行って待ってる」

昌代は観念したかのように返事をすると、スイッチを切った。昌代は今、学校を出たばかりだった。午前中に生徒会の集まりがあり、夏休みの後半にある生徒会主催のサマーコンペの打ち合わせを終えたばかりなのだ。ここからならほんの数分で着いてしまう。

昌代は康司との会話でバックの音が静かだったことから、家から電話しているのだろうと予想をつけ、しばらくコンビニで時間をつぶしてから麺大将に向かった。

しかし、さすがに一人で食堂に入る気にはなれず、昌代は近くをぶらつきながら康司が来るのを待ち、二人で店に入った。

昌代にとって幸いなことに、誰も同じ高校の生徒はいなかった。

「何だ、生徒会か何かに出てたのか?」

昌代が制服を着ているので康司はそう尋ねた。

「うん、サマーコンペの打ち合わせがあってね、今日は朝から出てたの。ちょっと忙しいんだ、このところ」

「そうか、生徒会って大変なんだな。全然縁がないから気にしたこともなかったけど」

「暇つぶしには良いかもしれないけど、結構時間取られるんだ」

「生徒会の役員が暇つぶし?それで毎日出てるのか?」

「ううん、週に3日ってところかな。全体の打ち合わせが週に一回、後はそれぞれの役割で二回くらい」

「そうか、そんなに時間取られて、生徒会って面白いか?」

「面白い?ううん、そうかもしれないけど、正確には楽しいって感じ。お祭りの準備をやってるんだもの」

二人はそれぞれ注文すると、話を続けた。

「そうか、何チームくらい集まった?」

「14チーム」

「結構多いな、今年は」

「うちの学校は3年が一番元気なの。それが最後の年だから、いつもよりたくさん集まったんだと思うの」

「へぇ、3年が一番元気なんだ。でも、それは最上級だからだろ?」

「ううん、そうじゃなくて、学年によってそれぞれカラーがあるの、何となく。今の3年は1年の時から活動的だったから」

「そうか、生徒会をやってるとそんなことも分かるんだ」

昌代は昨年の1年の時から生徒会の役員をやっていた。そして1年の時から有名だった。美人ではっきりした性格で成績も良い、となれば目立たない方が不思議、そんな女の子だった。

ただ、今目の前にいる昌代は旅行に行く前とはかなり感じが違っていた。尊大でプライドの固まり、といった感じから、何となく弱々しい感じに変身していた。

「・・・・・・不思議?」

「え?」

「私がこんな話、するなんて、不思議?」

昌代は康司の戸惑いを直ぐに見抜いたらしい。

「・・・・うん、・・・まぁ・・・」

「そう・・・・そうよね・・・・・」

康司は何と言っていいのか分からなかった。

「後で言うわ、・・・・たぶん」

そう言うと昌代は運ばれてきた野菜卵麺をすすり始めた。康司は肉野菜炒め定食を頬張りながら、どうして昌代がこんなに素直に話をしているのか不思議に思っていた。自分でまいた種とは言え、康司は昌代の弱みに付け込んで身体を楽しんだのだ。昌代にとっては憎みきれないほど大嫌いな相手のはずだった。

それでも康司はあっという間にライスのお代わりを頼むと、みそ汁をすすり始めた。

「やっぱり今言っとく」

昌代は麺をすすりながら素早く言った。

「ん?」

「別れたの。振られたって訳」

それだけ言うと再び麺をすする。

「振られた?おまえが?そんな事するやつ、いるのか?」

康司はマジで驚いた。少なくとも康司の回りには、橘昌代をねらっている奴やあこがれる奴はいても、振りそうな奴は一人もいなかった。

「褒めてくれてるの?ウフフ、ありがと」

昌代はそう言うとにっこり笑った。ラーメンを食べながらなのに、その笑顔ははじけるような素敵な笑顔で、康司はドキッとした。

「奴は結局子供だったの。もう忘れた」

昌代はズズッと汁を飲むと、

「あー、美味しかった」

とすっきりした感じで言った。

「さて、次はあなたの番よ」

「何が?」

「昨日まで亮子と一緒だったの?」

「うっ・・・・」

いきなり核心を突かれて康司はびっくりした。

「やっぱりね・・・」

「そんなこと、おまえに関係ないだろ?」

「それじゃ、どうして亮子と一緒にいないの?私に連絡なんかしてきて。この前みたいにしたいのなら家に呼びつければいいのに」

「そんな気分じゃなかったんだよ」

「ははぁぁん、何かあったんだ」

「何にもないよ」

康司は、まさか昌代に追求を受けるなどとは夢にも思わなかったので、何を言って良いのか分からなかった。

「亮子に嫌われるようなこと、したんだ」

「そんな事するわけ無いだろ」

「ふうん、それじゃ本人は気が付いてないんだ。何をしたか」

「嫌われるようなことなんて何にもしてないよ」

昌代は話をしていてちょっと愉快だった。今までとは立場が逆転している。今の昌代には守るべきものがない。すると、こんなにも強くなれると言うことが不思議で、楽しかった。「それじゃ、もしかして・・・・・」

「なんだよ・・・・」

「捨てられた、なんて?」

「なんだと!」

康司は一番聞きたくない言葉をぶつけられてカッとなった。

「ごめんなさい。亮子はそんな子じゃないと思うけどね」

康司の様子を見て昌代は慌てて謝った。そして康司が今、本気で亮子を好きだという事を理解した。

「そうだろ?お前もそう思うだろ?」

「そうか、康司さんも不思議なんだ」

「・・・・・・・」

「でも、はっきりしたからちょっと元気が出たな」

昌代が楽しそうに言うので、康司はとうとう我慢できなくなった。

「お前な、そんな事言うと・・分かってんのか?」

「って言うと?」

「分かってないのか?まだネガは家にあるんだぞ」

「知ってるよ」

昌代は気楽な感じでそう言った。

「バラ撒いて欲しいのか?」

「したいのなら、どうぞ」

「何だと!良いのか?」

「好きにして良いわよ」

「そうすれば、あっちこっち」

「私、凄い有名人になるでしょうね」

「お前・・・」

「もしかしたら、学校にも知られるかもしれないし、ね?」

「それでも良いのか?」

「かまわないわ」

「ホントに良いんだな」

「良いけど、康司さんは絶対そんな事しない」

「なに?」

「それに、私なら大丈夫」

「私なら?どう言う事だ?」

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