第33部

 「よく考えてみたの。だって、私がしたのは夜こっそり合宿

中に抱き合ったのと、テニスコートで脱がされながら抱き合ってただけでしょ?良い事じゃないかもしれないけど、少なくとも退学になるほどじゃないと思うの。そうでしょ?でも、その写真があるって事は、必ずそれを撮った人がいるって事。どっちもどっちだけど、学校に知られれば学校は必ずそれを追求するわよね。もう私はネガを何枚か持ってるんだし。分かった?私がしゃべれば・・・」

その言葉に康司はカッと来た。

「そう来たか。良いよ、お前がそのつもりなら、有名にしてやろうじゃないの。そうすれば」

「きっと恥ずかしくて街に出られなくなるでしょうね。周りの視線に耐えられなくなって。後悔するだろうし、いっぱい泣くと思うし。もしかしたら親に知られるかもしれないし」

「・・・・・・」

「でも、良いの。康司さんがすることなら」

「え?」

「私、強い男が好きなの。だから決めたの。康司さんがしたければそうすればいいわ。私は何にもせずに康司さんの思い通りに傷つくから。それでも良いの」

昌代はちょっと沈んだ感じながら、淡々とそう言った。康司の頭の中はパニックになっていた。自分の下着姿が写っている写真をバラ撒かれても良い、と言うロジックはどう考えても康司の頭の中には無かった。おまけに昌代は何も防御せずにただ傷付くと言っている。それでも良いと。そんな考えを理解できるほど康司の思考回路は柔軟にできていなかった。「もう一度言うけど、康司さんはそんな事しない。私、この前分かったの」

「何が?」

昌代はここで一度深呼吸し、顔を康司に近づけて囁くように言った。

「あの時の最後に康司さんは優しくしてくれていたから。だから絶対にそんなことはしない。私がチクったら自分が危なくなるとかじゃなくて、そんな人じゃないって事が分かったの」

康司はまるで大学生と話しているようだと思った。一つとは言え自分よりも年下の女の子が話すようなことではないと感じた。しかし、それは康司の経験不足だった。この頃の年では一番男女の精神年齢に開きが出る。それに昌代は同年齢の中でも大人の方だ。

昌代の言っている事はかなりの迫力を持って康司の耳に入った。それは確かだった。しかし、それよりも康司の心に響いたのは、昌代が康司のする事なら自分が傷付いてもかまわない、と言った事だった。

康司は相手が強圧的に出てくればいくらでも強く出られるが、無防備で自分をさらけ出している相手を踏みにじられるほど鈍感ではなかった。

幸い店には二人以外に同じ学校の生徒はいなかった。定食屋で話す事ではないのかもしれないが、今の二人にはそんな事は全然気にならなかった。

「そうか・・・・・・・・・・・」

康司はしばらく黙り込んだ。そして昌代はその沈黙に耐えられるほどの強さを持っていた。

少し伏し目がちにしてじっと康司の手元を見ている。それは何かを言われるまでじっと待ち続ける姿勢だった。その姿を見ていた康司は昌代を抱くことを諦めることにした。

流れが変わっているのに無理に今までと同じやり方を通そうとすると、きっと痛い目に遭う。それは康司が今まで一匹狼でやってきた実感だった。

「いきなり俺の負けか?」

「勝ち負けなんて関係ない。そんな話をしてるわけ・・・」

「良いよ。家に来いよ。ネガを渡すよ」

「そんなもの、欲しくないわ」

昌代はそう言った。確かに今の昌代にとってネガなど最早どうでも良いものになっていた。しかし、これで康司と対等になれた事が嬉しかった。

「でも、そろそろ出ない?」

昌代に言われて康司も席を立った。

店に入るときは昌代の方が沈んだ感じだったが、今はどちらかというと康司の方が元気なく見えた。

「ねぇ、ちょっと一緒に街に出ない?」

「いいよ・・・」

最早、昌代の言いなりという感じだった。康司は昌代と一緒に街に出ることにした。しかし、電車の中でも康司は言葉が少なく、気楽に話しかけてくる昌代にやっとの思いで応じている、と言う感じだった。

昌代はそんな康司を見て、何かを思い付いたらしい。

「ねぇ、一緒に行きたいところがあるんだけど、良い?」

「良いよ」

康司は『どうにでもなれ』という感じだった。そんな康司の様子を昌代だって分かっているはずなのに、昌代は全く気にしていないらしい。時々康司の手を引くようにして電車を乗り換え、1時間ほどかけてお台場までやってきた。

「ここ、一度来たかったんだ。康司さん、来たことある?」

「無いよ」

「良かった。さ、行きましょう!」

「ファンポリスなんて、俺たちの来るところじゃないだろうに」

そう言いながら康司は引きずられるようにして中に入っていった。そこはアーケードゲームのメーカーが運営するテーマパークだった。

「だいたい、テーマパークって行ったって、何がテーマなんだ?ゲームか?そんなのテーマになるのか?」

「ぐたぐた言わないの。ここは恋人同士で来るところなんだから。良いでしょ?それで」

「こ、恋人同士だって?」

「そう、身に覚えがないとは言わせないぞ」

「それは・・・・」

康司には昌代が無理に楽しんでいるように思えた。どうして昌代がこんなに楽しそうに自分のそばにいるのか理解できなかったのだ。しかし、あまりに昌代が楽しそうにしているので、少しずつ昌代のペースにはまっていったのも事実だった。

「ねぇ、あれに乗ってみない?」

昌代は様子を伺うように康司に聞いてきた。それはシューティング系のライドで、ペアで虫が押し寄せるのを打つというものだった。康司はそれを聞いて、ちょっとやる気になった。

「う、うん。でも、高くないか?」

「大丈夫。私が奢ったげる。さぁ、元気を出して」

康司は昌代に連れられるようにしてライドに入っていった。このアミューズメントパークができたときこそは大行列ができたそうだが、今では高い入場料を払って更にライドの料金を払うカップルなどそういない。二人はあまり待たずにライドに乗ることができた。

「ああぁ、最高!康司さんて上手いのね」

昌代はライドから出てくると盛んに康司を褒めた。

「最高得点なんて、滅多に見られるものじゃないわ。本当に凄いもの見ちゃった」

康司も爽快な気分だった。思いっきり打ち尽くした気分なので、何となく気持ちがすっきりしている。

「楽しかったな。あんなに良い気分で打てたのは久しぶりだから」

「康司さんはシューティングって得意なの?」

「そうでもないけど、カメラやってるから数秒先を読むのは得意なんだ」

「へぇ、そうだったんだ。凄いのね」

昌代は康司がカメラをやっていることからシューティングを選んだことなどおくびにも出さずに康司を褒めた。最も、昌代の場合はカメラを向けている格好がシューティングに似ているから何となくそう思っただけだったが。

「さて、次は何にする?」

「そうだな。じゃぁ、クイズにでも行ってみるか?」

「そうね、300円の割には楽しめそうね」

二人はクイズ番組を模したアトラクションに入っていった。少し待つことになったが、その間に二人は分野の分担を決めたりして結構楽しかった。そして問題が始まると、二人は快調に正解を重ねていった。生徒会常連の昌代と映像系に強い康司がペアになっているのだ。15あるジャンルも殆どが二人のカバー範囲に入っている。二人は本当に楽しみながら4拓のクイズに正解を重ねていった。

「あー、楽しかったね」

「惜しかったね。楽しかったけど」

「まぁ、あそこで勝ちを譲ったのは仕方なかったかな?」

「そうだね。相手は社会人ペアだもん。かなりお宅っぽかったし」

「ルーレットは結構良い線行ってたんだけどなぁ」

「そうよ、それに正解数はこっちの方が多いんだから」

「リーチが3つもあったのに、最後の一個が来なかったからなぁ」

「向こうは8つしか正解してないのに5つ並ぶんだもん」

「今日は運がなかったって事か」

「そんなこと無いよ。こんなに楽しいじゃない」

そう言われて康司は、今初めて昌代とデートを楽しんでいる自分に気が付いた。確かに今自分は橘昌代とのデートを楽しんでいる。いつの間にかデートになってしまったというの実感だが、全て昌代の仕組んだことなのだ。

「どうしたの?」

「いいや、次はどれにする?」

二人はそれからいくつかライドを楽しみ、康司の奢りでいろいろとつまみ食いをしてから家路に着いた。

「ねぇ、これからどうするつもり?」

「どうしたい?」

「私を家に連れて行く?」

「そうして欲しい?」

「どうかな???」

昌代はちょっとはにかみながら笑った。

ただ、康司にとっては今になっても昌代の心が分からなかった。本当に康司をカレシにするつもりなのだろうか?

「どうするの?」

康司は思い切って決めた。

「そうだね、寄っていって貰おうかな」

「うん」

昌代はあっさりとOKした。

「でも、その前にお腹に何か入れない?」

「そうだなぁ、吉牛に寄っていくか?」

「康司さんは食事って言うと吉牛なの?」

そう言って昌代は笑った。

「良いだろ。そんなに不味くないよ」

「分かってるって。ただ、直ぐに吉牛が出てきたから可笑しかっただけ」

「うん、それでいい?」

「良いよ。行きましょう。言っておくけど、私は久しぶりなの」

二人は昼の沈んだ雰囲気とは打って変わって、すっかり恋人の気分で駅を出た。

 

 

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