第42部

 「前にも言わなかったっけ?人間の目に敵うものはないんだよ」

「だって・・・・」

「大丈夫。だからそう言うことにならないように、自分で現像することにしたんじゃないか。安心して良いよ」

「そうなの?」

「そう、フィルムの現像の時点での調整は全体のバランスを整えるため、ってさっき言ったろ?安心して良いよ。ちゃんと綺麗に仕上がるから」

「白っぽいところと黒くなっちゃうところも?」

「そう、元々フィルムには色の情報がはっきり残ってるんだ。それを上手に引き出してやれば良いだけ。さっきのは現像時間が長すぎたんだよ。もちろん標準の現像時間なんだけどね。あのフィルムの場合はもっと時間を短くすれば良いんだ。そうすれば白も黒もつぶれたりしない」

「本当?凄い!ね、やってやって!」

亮子は康司の腕を取って大喜びではしゃいだ。この無邪気さが亮子の一番の魅力だ。

「はいはい、任せて頂戴」

康司はちょっと考え込んだみたいだったが、頭を切り換えたらしく、

「減感現像なんて殆どやったこと無いけど、ま、大丈夫だろ」

と言ってフィルムを並べ始めた。

康司は撮影順に順番に並べたフィルムを見て、おかしいと思った。

「アキちゃん、一本足りないんだけど、全部持ってきた?」

亮子は予想していたらしく、少し時間を置いてから話し始めた。

「ごめんなさい。・・・・1本だけ、現像しちゃったの」

「現像した?どうやって?」

「町のお店で」

「よくヌードなんて現像してくれたね」

「だって、私本人だし、それに出したお店は機械から出てくるのをほとんど何も見ずに袋に入れてるの知ってたから」

「それで、どうしたの?」

「ううん、何もしない」

「何にもしないのに一本だけ現像したの?」

康司に痛いところを疲れて亮子は一瞬戸惑ったが、思い切って押し通すことにした。

「うん。だって、早く見たかったから」

「一本だけ?」

「現像は康司さんに任せるつもりだったんだけど、ほんの少しだけって。我慢できなくて・・・」

「それで、どう思った?」

「え?」

「現像した写真、見たんだろ?どう思った?」

「すっごく綺麗だった。本当よ。びっくりした。私が想像していた以上に綺麗だった」

康司の話題が写真のほうに行ったので亮子はほっとして一気に離し始めた。

「どの辺りが?」

「まず砂浜がとっても綺麗。私はもっと白っぽいだけかと思っていたけど、ちゃんと砂浜に表情があるんだもの。私だって気が付かなかった。特に風の跡が付いていて、それが同じ方向に並んでいるのがとっても綺麗だった」

「アキちゃんの写り具合はどうだった?」

「それも綺麗。私だって気が付かなかった表情をいっぱい撮ってあったし、私も綺麗に写ってたし」

「それだけ?」

「えっと、やっぱり南の国だから日差しが強くて、思ったより日焼けしてたかな?でも、南の国って感じで良かった」

「日焼け?」

「うん、日本に帰ってきたときは少しくらいかなって思ったんだけど、向こうで日を浴びていたときはもっと黒かったんだなって」

「黒かった?アキちゃんが?」

康司が強い調子で疑問を出したので、亮子は自身なさそうに答えた。

「・・・うん・・そんなに黒いってほどじゃなかったけど、何となく・・そう・・・・思った・・・・・」

「そうか・・・・・」

「あの・・・・・やっぱり町で現像したから?機械じゃうまくできなかったの?私、失敗した???」

康司は渋い顔をしていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

「そうだよ。さっきも見せたろ?普通の現像だとコントラストが強く出すぎるんだ。砂浜がはっきりと見えたって言ったろ?それも同じ理由だよ。本来砂浜なんてアキちゃんを引き立てるためにあればいいんだ。それがはっきり見えたってことはコントラストが強く出てるって事」

「それ・・・・直らないの・・・?」

「現像しちゃったんだもの。もうどうにもならないよ。もちろん、焼付けのときにある程度の補正はできるけど、ネガに入っている色の情報は変えられないんだから」

「そう・・・・」

亮子は少しがっかりしたように言った。

「でも、どうして一人で現像なんかしたの?一言、相談してくれれば良かったのに。そうすればちゃんとアドバイスできたのに。俺が自分で現像するつもりだったから撮影も全部それようにしかしてないんだ。最初から町で現像するんだったら、撮影方法だってそれに合わせておかないといけないのに。どうして勝手に現像なんて・・・」

康司は抑えきれない、という感じで一気にまくし立てた。それは亮子にとってかなりショックだったらしい。しかし、本当のことを言うわけにはいかない以上、亮子は謝るしかなかった。

「ごめんなさい。私、軽く考えてた。写真の現像って大変なことなのね。私、自分でフィルムを一本だめにしちゃったんだ・・」

その言い方があまりにもしおらしかったので、康司も少し言い過ぎたと思ったらしい。

「ダメって言うほどじゃないけど・・・」

「だいじょうぶなの?」

「ううん、強い調子でネガの画像が固定されたから、微妙な中間色のアキちゃんの肌が映えないのは仕方ないね。肌が本来よりも黒っぽく写ってたって言ったろ?アキちゃんが日焼けしたんじゃなくて、黒っぽい色でフィルム上にネガとして定着したんだ。これは焼付けの調整ではどうにもならないよ」

「そう・・・ごめんなさい」

「ううん、いまさらアキちゃんを責めても意味がないよ。それじゃ、現像を進めようか」

康司はそう言うと、一本目のパトローネを取り上げて、先ほどと一緒にダークバックに現像タンクと一緒に入れてチャックを閉め、タンク内のリールにパトローネから取り出したフィルムを巻きつけ始めた。そして一本現像しては定着、水洗までしてネガの画像をビューワーで確認し、それから次のフィルムの現像に取り掛かった。

「どうして一本ずつしか現像しないのって顔してるね」

「そんな・・・大丈夫。康司さんがやることだもの。信用してるから」

「ほら、『大丈夫』って言い聞かせてるってことは、やっぱりそう思ってるんだ」

「・・・・・・・・・」

「一本ずつ現像してるのはね、全部光の強さが違ってるからなんだ。午前中のはあとの方のフィルムになるほど光が強くなってるし、夕方撮ったやつは逆。だからそれに合わせて微妙に現像時間を変えてるんだよ」

「そうなんだ。ぜんぜん知らなかった。どれくらい変えるの?」

「うん、それが問題なんだ。細かいこと言えばフィルムの最初と最後でも光の強さに違いがあるわけだから。でも、言い出すとキリがないからね。とにかく、今までのやつだと一本の撮影に15分くらいかかってるから、次のフィルムの現像時間は約6秒ほど短くしてる」

「6秒!」

「うん、それくらいの現像時間の違いだと、目で見てもほとんどわかんないんだよ。一応、ビューワーで見て確認してるけど、本当は印画紙に焼き付けないと違いがわかんないんだ。でも、さすがにそこまではできないから、ある程度は勘だね」

「すごい・・・・」

亮子は康司の持っている能力に改めて驚いた。『もしかして私、すごすぎる人を捕まえちゃったのかも・・・・。ただのカメラ好きじゃこんなこと絶対にできないもの』そう思ったが、いまさらどうしようもない。ただ、問題は現像した後だった。康司にネガを渡すわけにはいかないので、それをどうやって納得させるかだった。たぶん、方法は一つしかない。

康司は亮子のそんな考えなど気にしている場合ではないようで、ひたすら神経を集中してフィルムの現像を進めていった。康司が現像している間、亮子は何もやることがない。だから、途中でお昼ご飯のマックを買いに行った他はほとんどやることがなくて暇だった。だから、デジタルビューワーを使ってネガをポジにして眺めていた。確かに康司が現像したネガは亮子が町で現像したネガとは違っていた。なんと言うか、同じ鮮やかで綺麗な景色なのだが全体的に優しいのだ。亮子の現像したものは砂浜や波や椰子の葉など、それぞれは綺麗なのだが強力に主張しているため、肝心の亮子がその中に埋もれてしまっている感じなのに対し、康司のネガは全体の調子が少しだけ抑えられ、はっきりと亮子が映えて見える。それに亮子の肌も黒っぽくはなく、亮子自身が知っている自分の肌の色だった。ビューワーに映し出される画像を見て、亮子は安心した。『これなら大丈夫。後は綺麗に焼くだけ。康司さんならきっと簡単。今度こそは・・・』

康司はマックを頬張りながら頑張った。しかし、フィルムの本数は膨大だ。ほとんど休憩らしい休憩も取らずに現像し続けたのに、全部現像が終わったのは外が暗くなってからだった。

「よし、これで乾いたらお終いだ」

康司は最後のネガを乾燥にかけると疲れきった表情で言った。

「お疲れ様。それと、ありがとう」

「うん、ちょっと手間がかかったけど、ほぼ思い通りにできたと思うよ」

「良かった。やっぱり康司さんだ」

「え?褒められてるの?」

「もちろん。自信を持ってください。カメラマンさん?」

亮子はにっこりと笑うと、康司に近づき、首に手を回した。

「本当に、ありがとう。私の夢がこれでやっと形に残りました。ありがとう。康司さんに撮ってもらって本当に良かった」

「それじゃ、ご褒美が欲しいな」

康司が亮子の腰に手を回し、軽く引き寄せると亮子の細い腰が康司に寄り添い、二人の影が重なった。康司の舌が亮子の口の中に入り、亮子の小さな舌と戯れる。二人はしばらくそのまま、それぞれの思いを込めてキスを楽しんだ。二人にとって、こうして立ったまま抱き合ってキスをするのは殆ど経験がなかった。グァムではほんのちょっとのキスだったので、こうしてお互いがしっかりと抱き合っている時間はなかった。だから二人にとって、お互いの身体を抱きしめながらキスをするとこんなにも気持ちの良いものだと言う事は初めての発見だった。

「アキちゃん、好きだよ。大好きだ」

「康司さん・・・・・私もよ・・・・・好き」

フィルムが乾くまでもうしばらくかかる。康司は亮子の身体を探りながら服を脱がそうとした。

「ああん、康司さん、ダメ、ここはいや、お願い、我慢して」

亮子が首筋に康司の唇を受けながら喘ぎ声で囁く。

「だって、もう少し待たなきゃ乾かないよ。その間じっとしてるなんて我慢できないよ」

「ダメ、止まらなくなるの。お願いよ」

亮子が胸へと回ってきた康司の手を抑えながら必死に宥める。

「でも、アキちゃん、もう、もう我慢できないんだ」

「ダメ、そうだ。片付けをはじめましょう。それならいいでしょ?」

「そんなのすぐに終わっちゃうよ。アキちゃん。少しだけ、お願い、少しだけ、いいでしょ?」

「あん、そんな、ああぁん、声が、声が・・・」

亮子は康司に項を舐められながら胸を揉まれて反応してしまった。

 

 

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