第58部

 「どう?写真を撮られるって言うのは?」

「なんか、とっても新鮮な気分なの。気持ち良い、っていうのとは違うんだけど、何か、新しいことに出会った感じ」

「うん、表情が良いよ。身体も自然だし」

「身体が?自然?」

「うん、緊張してると、身体のどこかに力が入ったりして、手や足や肩とか、それぞれは普通なのに写真にしてみると不自然なことがあるんだ。でも、今の昌代はとっても自然だよ」

「そうなんだ。褒められてるの?」

「え?褒めたつもりはないんだけど・・・・」

「なぁんだ。素直に喜んどけばよかったぁ」

「どう、もっと写真、とって欲しい?それとも、このまま散歩する?」

「う〜ん、写真はまだたくさん撮れるの?」

「もちろん。今日はメモリーカードの予備も持ってるから」

「良く分かんないけど、まだたくさん撮れるって事ね?」

「うん、今まででまだ半分も使ってないから」

「それじゃ、撮って貰える?」

「良いよ。少し歩くけど、良い?」

「何それ?散歩を選んでも歩くんでしょ?どっちも一緒じゃないの」

「散歩ならこの辺りの公園を歩こうと思って」

「写真を撮るのならこの辺りじゃダメなの?」

「ちょっと離れたところに行こうかなって思ってさ?」

「どこ?」

「浜離宮」

「浜離宮?聞いたことあるけど・・・、行ったこと無い。でも、京都じゃないの?」

「それは桂離宮。確か御所にあるんだろ?」

「それじゃ、どこにあるの?」

「浜松町だよ」

「そんなところにあるの?知らなかった」

「海沿いにあるから浜離宮って言うのに・・・」

「それじゃ、行こうか」

「でも、まず足を乾かさないと」

「そうだね。まだ時間、あるから大丈夫だよ」

二人はそのまま人工海浜から上がり、しばらく足を乾かしながら話をしていた。

「康司さんて、やっぱりカメラ小僧なのね。カメラ持ってると凄く生き生きしてるもの」

「やっぱりそう見える?」

「見えるんじゃなくて、そうなの。生き生きしてるの」

「やっぱり、良い写真が撮れるとなると、どうしても我慢できないんだ」

その言葉は昌代を褒めたつもりではなかったが、昌代は素直に喜んだ。

「そう?良い写真が撮れるかな?」

「うん。きっと良い写真になるよ。分かるんだ。良い写真が撮れるときは」

「それならさっさと行きましょう」

昌代の言い方が少し気にはなったが、二人の足が乾くと元来た道を引き返してモノレールに乗った。

「ねぇ、私、どうすればいいの?」

「なにが?」

「どんな風にしたらいい写真を撮ってくれるの?」

昌代の言い方は、まるで昌代が康司に写真を撮って貰っているみたいな言い方だった。そこには昌代なりの好きな人に対する甘え方があったのだが、康司のプライドはその言い方を許さなかった。

「ねぇ昌代。・・・まだ名前で呼ぶのに慣れてないな・・・・あのね」

康司は窓際の昌代に一歩近づくと、指を差しながらはっきりと言った。

「これは、俺が撮りたいから撮るの。昌代に頼まれてる訳じゃない。良い写真が撮れそうだから撮るんだ。分かる?」

その迫力に昌代は思わず黙り込んだ。

「それにね、さっき良い写真が撮れたのは昌代が自然だったからで、ポーズを作ったからじゃない。作ったポーズで良い写真が撮れるほど昌代は写真慣れしてないだろ?」

「それは・・・・そうだけど・・・・でも」

「でもじゃないの。昌代は何も考えずに景色を見て、何かを見つめたり、触っていればそれで良いの」

「でも・・・それじゃ・・・・」

「でもじゃないって言ったろ。無理に何かをやるとせっかくの自然さ、さりげなさが崩れちゃうんだ。写真にすれば直ぐに分かるんだ」

「・・・はい・・・・・」

昌代は一気に元気をなくした。言い方って言うものがあると思った。そんなにポンポン言わなくたって、せっかく気持ち良く写真を撮って貰おうと思ったのに、と昌代はいじけてしまった。

昌代がシュンとなるのを見た康司は、慌てて最後にフォローを入れた。

「言い方がキツかったらごめんね。さっきはとっても自然で良かったよ。光の具合も良かったし、ああいうシチュエーションに服装がピッタリ合ってた。絶対良い写真になるよ。久しぶりに応募してみようかなって言う気になったくらいだから」

康司のその真剣な言い方が昌代の心を揺さぶった。

「え?応募?」

「うん、写真雑誌のね」

「私が出るの?」

「出る?載るって事?残念でした。応募するだけ。何百枚もの応募の中から雑誌に出るのは一枚か二枚だから、さすがにそれは無理だね」

「でも、良い写真なんでしょ?」

「それは間違いない。保証するよ」

「もしかしたら載るかも・・・・??何て・・・ダメ?」

「雑誌に出たいの?」

「そう言う訳じゃ・・・・・」

「でも、もし仮に載ったとしても、写真専門誌じゃ昌代の知り合いなんて誰も見ないよ。昌代だってみたこと無いだろ?」

「それはそうだけど・・・・・」

「自分で自分に自慢できる写真が撮れたから応募するだけ。結果なんてどうでも良いんだ。でも、応募するまでの間に思いっきり自分でベストを出して写真に仕上げられるだろ?それが良いんだ」

康司がそんなことを話していると、モノレールは終点の浜松町に近づいた。

「ねぇ、もしかして、あれ?」

昌代はモノレール沿いの庭園を指さした。

「うん、あれも浜離宮の一部だけど、俺たちが行くのはあっち」

康司が指さしたのはそことは別のもう少し離れた方だった。

「え?あんなに大きいの?それに・・・遠い・・・」

「何言ってるんだよ。歩きたいって言ったろ?」

「そうだけど・・・・」

「そんなに遠くないよ。行けばきっと気に入るから」

康司はそう言うと、停車したモノレールから昌代を連れて歩き始めた。そのまま改札を出るのかと思ったら、JRで一駅東京方向に行き、品川で駅を出るとゆりかもめの駅の下をどんどん歩いていく。

最初は人混みの中を歩くのに苦労したが、直ぐに、あっという間に殆ど人が通らないところまで来てしまった。昌代がちょっと振り返るとまだ駅は直ぐ後ろだ。人通りのまばらな辺りを二人はとぼとぼ歩き続けた。そして、どう見ても大きな公園などありそうにないと思いながら康司に連れられて歩いていくと、突然という感じ出入り口に付いた。

「さぁ、着いた。中はとっても気分良いよ」

康司はそう言って二人分の入場料を払うと、昌代を中に誘った。浜離宮の中は広大な敷地の中にいろいろな景色を作ってある。

「うわぁ、おっきい木ねぇ」

「そうだね。もう少し近づいてみようか」

昌代が素直に300年松に驚いてくれたので、康司は昌代をもう少し近くに連れて行き、昌代が見上げている写真を撮り始めた。木を見上げている写真というのは見上げている人物の後ろからとるかずっと離れて横から撮らないときと人物が入らないので難しい撮影なのだが、康司は思い切って見上げている昌代だけを撮った。軽い風が吹き抜けていき、昌代の髪が風になびいてとても綺麗だった。

康司は撮影を続けながら、昌代を少しずつ奥へと連れて行った。奥へと入っていくと、景色は逆に明るく開放的になってくる。

「綺麗なところね」

「そうだろ?昌代のイメージに合うと思ってね」

「私のイメージ?この公園が?」

「そう。どうしてだか分かんないけど、昌代は自然の風景が似合うんだ。街並みの方が似合うかと思ったけど、こういう風景の方が似合うみたいだね」

「そうなんだ。気が付かなかった」

「今度写真ができたら見てみると良いよ。たぶん、気に入るから」

「うん。楽しみにしてる」

「それじゃ、そのお堀の近くに立ってみて」

この公園は奥、つまり海の方向に行くと堀や池など水の風景が多くなり、見通しがきくようになってくる。ポートレートの写真を撮るには余り向いている場所ではないのだが、康司はこの公園の水と緑の織りなす景色が好きだった。それに、ここは芝生も多くて明るいので写真を撮るときにも光が柔らかく全体から降り注ぐ。

見通しが効くと言うことは、どうしても昌代の写真を撮るときに昌代の後ろに小さく他の人が入ってしまうと言うことなのだが、康司は上手くバックをぼかして他の人が目立たないようにした。

「お?いいかも」

康司は昌代の顔をアップで撮影した。『いけるかな?無理かな?』昌代の髪の一本一本まで正確に撮影できれば、髪が生き生きと写って良い写真になりそうだ。風を写し撮ることができる。少し遠くをじっと見ている視線が素晴らしい。

康司が撮影を終わってカメラを降ろすと、昌代は自然に他の場所へと歩き始めた。康司は撮影に夢中で余り気にしていないようだが、昌代は公園に入ってから口数が少なくなってきていた。考え込んでいる、と言うのとは少し違うが、何かを探しているような雰囲気だった。

「少し日陰に行こうか?」

康司がそう言うと、昌代は康司に連れられるまま、海とは反対側の鴨場の方へと歩き始めた。鴨場の辺りは木が茂っており、品川にあるとは思えない静けさで、人通りも少ない。光の量も少なくなるので、康司は余り写真を撮らなかったが、昌代は鴨場が気に入ったらしく、木に寄りかかってみたり引き堀と言われる細い堀の近くを歩いてみたりしていた。

「康司さん」

「なに?」

「写真、撮らなくて良いの?」

「うん、大丈夫。確かに今の撮影枚数は少ないけど、ちゃんと良い写真が撮れてるよ」

「それじゃ、この中に入ってみない?」

昌代は鴨を見張る小屋の中に康司を誘った。

「ここから覗いて鴨が来たら網で撮ってたらしいよ」

「うん」

「覗いてみたら?」

「ううん、いいの」

ふと気が付くと、昌代は康司をじっと見つめている。

「どうしたの?」

「あのね・・・・・・」

昌代は一歩康司に近づくと、康司の肩に手を置いて康司を見上げて目をつぶった。そのまま二人の唇が自然に重なり、昌代は自分の身体が力強い手に抱きしめられる心地よさを感じた。

 

 

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