第69部

「ねぇ、この写真て、まさか・・・・康司さん」

そこまで言いかけた昌代は、康司の表情を見て全てを悟った。『そんな、アキと康司さんが?でも、それじゃどうして私にわざわざ見せたの?黙っててもいずれ分かるから?ううん、違う。分からないかも知れないもの。それに、康司さんがこんなに悲しい顔をしているわけ無い。どうして・・・・???・・・・』頭の中は混乱していた。

昌代は気が付くと、雑誌をギュッと握りしめてしまっており、雑誌に強い皺が入ってしまっていた。これでは売り物にならない。昌代はさっさと自分でレジに行くと店員にお金だけ置いてレジ打ちが終了する前に店を出てしまった。

100mほども歩いてからふと後ろを振り返ると、康司がかなり後ろからとぼとぼと付いてくる。昌代は頭に血が上っていたので、康司をマックか何かに引き込んで締め上げてやろうと思った。

「康司さん、ちょっとあそこに行きましょう」

そう言って昌代はドトールに入ると、康司も後からのそのそと入ってきた。その時昌代は気が付いた。昌代とこういう風になる前に起きたことなら昌代に責める資格はない。恋人同士だったとしたら、単なる旅行の想い出写真なのだから。しかし、それがどうしてあんな雑誌に載ったのだろう?康司の様子から見て、康司が知っていたかどうかは別にして、康司が望んでいなかったことだけは確かだ。

ミラノサンドとアイスロイヤルミルクティーを二つずつ頼んで待っていると、康司が席を取ってくれた。『いつの間にか、私たちこんな風にするのが自然になってるんだ』そんな想いが昌代の頭を冷やしてくれた。

「ねぇ、聞きたいことがあるの」

そう言って昌代が席に着き、ミラノサンドを康司に渡すと、

「なに?」

とぽつりと言った。

「あの写真、康司さんが撮ったものでしょう?」

「・・・・そうだよ・・・」

「どうしてあんな雑誌に載ってるの?」

「知らない・・・」

「それ、おかしくない?だって、康司さんの写真でしょう?」

「俺だって聞きたいよ」

「誰に?」

「わかってるだろう?」

「誰よ?」

「・・・・アキちゃん」

康司はぶすっとした感じで吐き捨てるように言った。

「アキが勝手に載せたって言うの?自分で?あんな雑誌に?」

「・・・・たぶんな・・・・」

「信じられないわ。アキみたいな普通の女の子だったら絶対にあんな雑誌になんか投稿しないわよ」

「それじゃぁ、きっとアキちゃんは普通の女の子じゃなかったんだろうな」

「それ、どういう事よ」

「待てよ、ちょっと待って。黙ってて、少しだけ」

康司はしばらく考え込んだ。良く分からないが、どうやら亮子が自分でやったことなのは間違いないようだ。しかし何故?と思って考え込んだ。

「たぶん・・・・・・・」

康司は自分の推測を話し始めた。

「良く分かんないけど、たぶん、アキちゃんが自分で投稿したんだと思う」

「だからどうしてそんなことする必要があるのよ」

「写真を現像して引き延ばしとかやろうって言って、プライベートフォトスタジオに行ったらネガを持っていなくなっちゃったんだ。それから連絡が取れない。振られたんだな。だからアキちゃんが全部ネガを持っているんだ。それだけは間違いない」

「理由は?」

「分かんない。でも、たぶん知り合いの人に見せたか何かの写真が流れて雑誌に載ったんじゃないのかな?」

「そんなことってあるの?」

「・・・・たぶん・・・・無い・・・。写真は所有権がしっかりしてるから」

「それじゃ・・・・・」

「もしかしたら自分で持って行ったのかも・・・・」

「同じ事ばっかり言ってても仕方ないわね。要するに康司さんには分かんないんだ」

「そう。よくわかんない。でももしかしたら・・・」

「まだ言うの?」

「自分から売り込んだのかも?」

「そんなの信じられない。普通の高校生が自分のあんな写真を出す?何のために?AVでも始めるって言うのなら分かるけど」

「そんな意味じゃないけど」

康司はそこで黙り込んでしまった。確かにあの写真は康司が自分で撮ったものだ。絶対に間違いない。だから、それを持っている亮子か、亮子からネガを手に入れた誰かがやったことになるのだが、康司はもしかしたら亮子が自分で望んであの雑誌に投稿したのかも知れない、と思い始めていた。

「それで、どうして私に見せたの?」

「それは・・・・びっくりして、驚いて・・・・教えなきゃって・・・・」

「どうして私に?」

「それは・・・・・アキちゃんと友達だし・・・・・それに・・・・」

「私が見て分かるかどうか確かめたかったの?」

「それもあるけど・・・・」

「なんなのよ」

「良く分かんない・・・・。ごめん」

今日の目の前の康司はいつもの自信に溢れた康司とは全くの別人だった。昌代は、慌てて訳も分からず自分の彼女を呼びつけてしまうほど取り乱している康司を見てちょっと可愛そうになった。たぶん、あの写真は二人の大切な記念だったに違いない。それをいきなり雑誌に公開されたのだから、康司だって普通ではいられないだろうと思った。そして、自分に正直に見せてくれたことは少し嬉しかったが、それよりも亮子との関係を無理矢理突きつけられたことがショックだった。

「アキに言うの?」

「いや。自分で投稿したんだったら発売日だって知ってるだろ」

「それもそうね。他の誰かが気づくと思う?」

「たぶんね。きっと少しずつ広まっていくと思うな。連載になってるみたいだから」

「あの写真は半分なの?」

「いや、もっとある」

「どれくらい?」

「あそこまでだとまだ全体の1割くらいだから」

昌代はもっと聞いてみたい興味と、これ以上康司の過去を知りたくない気持ちが共存していた。だが、最後は自分の意志で気持ちに整理をつけた。

「分かった。もう聞かない。正直に言ってくれてありがと」

「言わなかった方が良かったか?」

「言ってから公開してもダメ。もう言っちゃったんだから」

「それもそうだな」

「でも、私だってショックだったの・・・」

「ごめん」

「康司さんの過去を見せつけられたんだもの。いい気はしないの、分かるでしょ?」

「・・・うん・・・・でも、何て言うか、側にいて欲しかったから」

「分かってる。きっともし黙ってて、後で知るよりは先に教えてくれた方がずっと良いから」

「ごめん」

「それじゃ、私の言うこと、聞いて」

「なんだ?」

「私に嫌な気にさせたぶん、どこかに連れてって」

「良いよ。どこに行く?」

「ねぇ、いつか街で写真を撮ってくれるって言ってたでしょ?ロケハンとか何とか」

「うん」

「それをやって」

「そうだなぁ、その格好で撮るか?」

「そうか、制服か・・・・ダメかな?」

「ダメじゃないけど、制服って色彩が単調で、デザインだって基本的にどこもよく似てるから、少し地味な感じに仕上がるけど、それでも良いか?」

「うん、これから家に帰って支度始めたら夜になっちゃうもの」

「分かった。それじゃ、家によってカメラ取って出かけよう」

「家に寄るのね。それじゃ、どこで待ち合わせる?」

「一緒に来ないのか?」

「うん、一人で先に街を見ていたいの」

「わかった。それじゃぁ・・・・・・」

康司は少し考え込んでから待ち合わせ場所を決めた。

「よし、少し遠いけど良いか?」

「いい・・・けど、どこ?」

「六本木ヒルズ」

「どうしてそこがいいの?」

「公園ぽいのと街路樹と商店街が一緒にあるから」

「分かった。それじゃ、六本木ヒルズに行ってる」

「大急ぎで行くよ」

「うん、着いたら電話頂戴」

そう言って二人は駅で別れた。

康司は大急ぎで家に寄ると、カメラを手に飛び出した。昌代より40分くらい遅れて着きそうだ。カメラは自分の一眼レフにしたが、サイドバッグに念のためコンパクトカメラも入れておいた。最近はコンパクトカメラの進化が早い。康司の一眼レフはデジタルとは言え、表現力や階調表現と言ったカメラの基本性能はプリントを見る限りあまりフィルムとは違っていないが、コンパクトカメラの基本性能の進化は物凄いスピードで進んでおり、3ヶ月毎に新型が出るので、最近新しいのを買ったばかりだった。単に画素数で言えばデジタルもコンパクトカメラも最早余り違いのない時代になっている。

康司は最初、吉祥寺にしようかとも思った。吉祥寺なら公園も街路樹もアーケードも全部ある。しかし、今からだと行くまでにちょっと時間がかかりすぎるのだ。今日の天気は薄曇りなので7時過ぎまでノーフラッシュで撮影できそうだし、日差しが弱い分、影ができないので女の子を取るには向いていそうな天気だった。

その頃昌代は一人で電車に乗りながら、複雑な気持ちで窓の外を眺めていた。もし、あのまま康司にくっついていったら、康司の家に入った途端、康司に抱きついていたと思った。そしてこの前のように全身がクタクタになるまで康司を求め続けそうだった。そんな自分の中の女を見られるのがいやだったので別行動にしたのだ。別に自分でロケハンをやりたかったわけではない。

だから六本木ヒルズに来ると、近くの喫茶店を見つけてさっさと入り、涼しい場所で時間を潰すことにした。しかし、頭の中ではまだ亮子が乳房を揉まれて顎を突き出し仰け反っている写真がぐるぐる回っていた。昌代は忘れていたが、まだ昌代のバッグの中に亮子の写真が写った雑誌が入ったままだった。

 

 

 

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