第71部

「ねぇ、康司さん」

「なんだ?」

「今日みたいに写真撮ってもらって現像までやると、どれくらいお金がかかるものなの?」

「何でそんなこと聞くんだ?」

「なんか、ちょっと気になっちゃった」

「気にしなくたっていいのに」

「でも、やっぱり・・・・・・」

「知りたいか?」

「うん。・・・・・聞いても怒らない?」

「もちろん怒ったりしないさ。だいたいだけど、1コマだとフィルム代が10円、現像で10円から20円、写真が10円から20円てところだな」

「つまり、写真を1枚作るのには30円から50円てこと?」

「もちろん、安いのを使えば全部で1枚15円くらいでできたりもするけど、丁寧にやるところはもっと高いし、いろいろだな」

「さっき出したところは?」

「そうだな、たぶん、1本で800円位じゃないか?」

「1本て何枚撮れるの?」

「36枚」

「つまり、1枚にすると25円くらいか。それじゃ、安い方なのね」

「あぁ、フィルムの現像から焼き付けまで全自動の機械でやってるからな」

「???なんか・・・・不満なの?」

「まぁ、様子を見るだけなら良いけど、俺は全自動は好きじゃないな」

「どうして?人がやらないから?」

「あぁ、一言で言えばそうだな。全自動でやった写真て、分かっちゃうんだよ。機械でやったなって」

「写真のできが悪いの?」

「そんなことはないけど、綺麗に発色しないって言うか、なんか変なんだよ」

「やっぱり写真屋さんに出した方が良かったんだ」

「でも、便利なことには間違いないだろ?昌代だって直ぐに見たいんだし」

「そうなの。ごめんなさい」

「いいよ。ただ、ちょっとだけ残念だったのが、何枚かすごくいいできのやつがあったから、それを全自動でやっちゃったのがちょっと・・ね。まぁ、昌代が喜ぶんならそれで良いさ。今日は昌代に喜んで欲しくて撮ったんだから」

「まぁ、康司さん。結構女の子を口説くのが上手いわね」

「オマエこそ、何気取った言い方してんだよ。今更オマエを口説いてどうすんだよ」

「そんな言い方、無いでしょう?」

昌代は怒って見せたが、心の中では康司が自分を大切に思ってくれているのが良く分かって声を出して飛び上がりたいほど嬉しかった。

「ねぇ、そろそろ出来上がる頃かな?」

「ん?そうか、それじゃ、行くか?」

「待ってて。私、取ってくる」

「お前、お金あるのか?」

「バカにしないでよ。それくらい持ってるわよ。康司さんはここで待ってて。あ、あそこのいちごカスタードクレープとクリームソーダ、用意しといてね」

昌代はそう言い残すと風のように去っていった。康司は『クリームソーダなんてお祭りみたいだな』と思いながらも言われたものを買い、自分には天ぷらそばを買った。

昌代は数分もしないうちに笑顔で戻ってきた。その笑顔を見て康司が、

「どうしたんだ?」

と聞くと、

「お店の人に、『綺麗に撮れてますね』って言われちゃった」

とニッコリ笑った。そして、

「ありがとう。買っておいてくれたのね。いただきまぁす」

と言うとクレープを手に取ってパクリとかぶりついた。

「ねぇ、康司さん、簡単でいいから解説して」

「解説?」

「そう、この写真。ねぇ、して?」

昌代はそう言って康司にねだった。実はフィルムは3本あったことを忘れていたので、お金を払うときにびっくりする値段になっていたのだ。おかげでお小遣いがだいぶ無くなってしまった。だから、元を取る意味でも康司にしっかりと解説して欲しかった。なんと言っても今日は康司が昌代のために撮ってくれた撮影会で、デートの途中を撮影した前回とは本質的に違う。

康司も何となく分かっていたので、

「よし、それじゃ1本目からな」

と言って写真を取り出すと解説を始めた。

「これは昌代のスタイルを強調しようと思って・・」

「ちょっと待って、何それ?私のスタイル?え?」

「そうだよ」

「どういう事?」

「聞いてろよ。いいか。噴水の前に昌代がいて、後ろで水が上下に流れてるだろ?」

「うん」

「水はまっすぐに落ちる。だろ?そして昌代は少し斜めを向いてるだろ?」

「うん。上手く笑顔が作れなくて・・・」

「お生憎様。この写真には笑顔なんていらないんだ。いいか、この写真は昌代のスタイルを強調しようと思って撮った写真なんだ。聞いてるか?」

「何よその言い方」

昌代はそう怒っては見たが、スタイル云々が気になった。

「昌代がゆっくりと歩いてるから、肩から腰、足までのラインが自然と服の上に浮き上がってるだろ?その後ろに水が縦に流れてるから身体のラインが強調されてるんだ」

「へぇぇぇ・・・・・」

昌代は驚いてしまった。確かに気に入ったできあがりなのだが、康司がそう言うことを考えていたとは想像すらできなかった。自分が見れば単なる、良く撮れたお気に入り、でしかないのだが、康司は計算し尽くしている。

「それじゃ、この写真は良くできた写真なのね?」

「いや、違う」

「え?だって、私、この写真好きよ」

「そりゃ、自分の写真だものな。当たり前だよ」

「そんな言い方しなくたって・・・・もう・・・・で、何が悪いの?」

「水の流れをバックに入れようとしたから、帰って昌代の後ろがうるさい感じになっちゃって、昌代自身が上手く引き立たなかったんだ。バックがごちゃごちゃしてるだろ?」

「そうかなぁ?」

「そうなんだよ」

「次は?」

「これは花屋をバックにして昌代の表情を引き立たせようとしてみたんだ」

「私、変な顔してる」

「そうだな。それがまず第一の失敗」

「えー、第二もあるの?」

「昌代の肌の色は少し赤味があるから緑をバックにすると引き立つかと思ったんだけど、引き立ってないな、これは・・・」

「どうしてぇ?」

「たぶん、バックの緑が鮮やかすぎるんだ。昌代の肌は微妙な色合いだから、派手な緑に負けちゃうんだ」

「私、がんばったのに・・・・」

「は?何言ってんだ、お前」

「何でもない・・・・」

「たぶん、もっと穏やかな緑だったら・・・」

「穏やかな緑・・・・・」

「そう、たぶん、針葉樹みたいな・・・・」

「花屋さんにはないわね、普通・・・・」

「そうだろうよ。悪かったな、引き立たなくて」

「そんなこと無いわ。私、このショットって好き」

「ありがとうございました」

「可愛くないわね」

「どっちが・・・」

会話の言葉だけを取ると喧嘩しているような感じなのだが、実際には結構いい感じの会話になっていた。その証拠に二人とも笑顔を絶やさなかったし、昌代は写真を康司と一緒に見ようとどんどん康司の椅子のほうに躙り寄っていった。

「あ、これ好き」

「そうだな。これは今日のベストショットだろうな」

康司はそう言って並木を歩いてくる昌代の写真を取った。

「なんか、ピタって決まってない?」

「そうだな。結構綺麗に撮れてるな」

並木通りを歩いている昌代を横から撮ったもので、ちょうど並木の直ぐ横を歩いているので昌代の姿に木が良いアクセントになっている。

「でも、よく見てみろよ。それだけか?」

「え?まだ何かあるの?」

「お前の肌、気が付かないか?こっちと比べて」

康司はそう言って最初の写真と一緒に噴水の周りで取った写真を見せた。

「なあに????」

「生徒会の書記さんでもこればっかりは分からないかな・・・・」

「そんな言い方しなくたっていいでしょ・・・・、でも、何のこと?」

「だから・・・」

「分かったわよ。写真の写り方が何か違うんでしょ?」

「さすが生徒会の・・・」

「はい、書記をやってます。で、なに?」

「真剣に見れば分かるかも・・・・あ、ヒントだ」

「え・・・真剣にって・・・」

昌代は真剣に2枚の写真を見比べた。一枚は噴水の近くで振り向きざまに取った写真、もう一枚は並木通りを歩いている写真だ。どっちも昌代がはっきりと写っているが、違うと言えば場所も格好もバックも全てが違うし、同じと言えば同じと言えなくもない・・・・・ん?」

昌代は微かに違和感を覚えた。何なんだろうと思った。

「お?気が付いたか?」

「ねぇ、なんか雰囲気が変」

「どんな風に?」

「だって、こっちの写真は噴水の前で康司さんの方を向いているのになんかぼやっとした感じだし、こっちの写真は大夫くらいのにはっきり写ってる」

「・・・・・それで?」

「良く分かんないの。だって、はっきり写ってる並木の写真のほうの私の顔は平べったい感じだし、呆けてるはずの噴水の前の写真の方が私の目とかが綺麗に写ってる」

「・・・ふぅん・・・・・」

「違った?????????」

「ううん、・・・まぁ・・・・」

「怒ったの?ごめんなさい」

「そんなところか、まぁ、大正解だな」

 

 

 

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