第74部

「俺って、そんなに魅力無いか?」

ちょっと恥ずかしかったが、康司は思いきって聞いてみた。

「カメラマンとして?それとも彼として?」

「彼として、だけど」

「ううん」

亮子はゆっくりと首を振った。

「魅力無いか・・・・・・」

「違うの。そうじゃなかった」

「魅力無い訳じゃない・・・??」

「好きになったわ。分かってたでしょ?」

「だって、それじゃどうして俺の前からいなくなったの?少しでも好きになってくれたんだろ?」

「少しじゃないわ。凄く好きよ」

「ほんとう?」

「私とあれだけのことして、まだ疑うの?」

「だって・・・・・・・」

「康司さんには分からないか。そうよね。分かるはず無いか・・・・・・。あのね、それは、前から決めてあったから、それだけよ」

「決めてあったって?」

「康司さんは写真ができたらお終いにするって決めてあったの」

「どうして?」

「だって、康司さんに集中したら、私の計画がバラバラになるかも知れないし、どうでも良くなるかも知れないでしょ?」

「だって、好きだって・・・」

「そう、たぶん、今までで一番好きになった人だと思うの。でも・・」

「計画の方が大事ってか」

亮子はコクンと頷いた。

「言い訳になるけど、私って最後までやり通すのが殆ど無い人だから」

「それで、自分の気持ちさえも無視したのか・・・・」

康司は亮子の本心を知り、凄まじいまでの執念に驚いた。この可愛らしい亮子のどこにそんな強い意志が潜んでいたのだろうと思うほど、徹底的に計画に対してのみ忠実で、その為には自分の身体や心さえも厭わないというのだ。

「康司さん、聞いても良い?」

「ん?なあに?」

「まだ私のこと、今でも好きでいてくれる?」

その言い方はとても優しく響いた。康司は正直に答えるしかなかった。亮子の前では嘘など紙同然だ。

「好きだよ。でも、もうアキちゃんだけじゃないけど・・・・」

亮子はしばらく固まっていたが、やがてニッコリと微笑んでくれた。

「そう、でも、サヨならいいわ・・・・」

「え?どうして・・・・・」

「だって、ネガを使ってサヨに言うことを聞かせようとしてたでしょ?」

「・・・そうか、知ってたのか」

「でも、その時は何とも思わなかった。計画の方が大事だから。お互い様よね」

康司は亮子のそのクールな言い方にぞっとした。そして、亮子の中で『計画』がいかに大きな比重を占めているのか思い知らされた気がした。

「アキちゃん、どうして昌代さんと自分を比べたがるの?」

「分かんない。でも、サヨと何年も一緒に居るためには、何かが最低でも同じでないと、友達を続けるのも難しいの。サヨとずっと一緒に居たかったからなのかも知れない。でも、私だって最初からこんな計画を持っていた訳じゃないの。最初は本当に自分で気に入る素敵な写真が撮れればいいって思っていただけ。それが、いつの間にかこうなっちゃった・・・」

「そうか・・・・・・・・」

「康司さん、呆れた?」

「呆れたって言うか・・・、う〜ん、ちょっと違うな」

「恐ろしくなった?」

「それとも違うな。なんか、まだしっくり来ないんだ」

「正直に話してるわよ。全部。」

「それは分かってる。でも、それでも自分のヌードを撮って売り込みに走るほどじゃないような気がするんだ」

「そうよね。私だってそう思うもの。でも、それが今の私の答なの。私の全部をさらけ出さないと、他の人がやらないことをしないと注目されないと思ったから」

「それは、そうだね・・・・・・」

「康司さん、ごめんなさいね。嫌な気になったでしょう?」

そう言って頭を軽く下げた亮子は、康司から見ても驚くほど大人びて見えた。

「ううん、それじゃ、またこの話は聞かせてくれる?」

「そうね・・・・・あんまり何度もしたくはないけど、康司さんが力を貸してくれるのなら」

「よし、それじゃ、ネガとベタ焼きを持ってどこに行ったか、そこから聞かせて欲しいな」

「その前に私から聞かせて。あのネガは私の物じゃないの?私が写ってるのに?」

「うん、違うよ。あのネガは写真を撮った僕の物だ」

「それじゃ、私は?」

「あれは間違いなく僕の物だけど、僕が自由に使えるかって言うとそうじゃなくて、例えば、それを使ってお金を儲ける場合や印刷されてたくさんの人に配られる場合なんかはアキちゃんの了承がないとだめなんだ」

「私は何もできないの?」

「アキちゃんは肖像権て言う権利を持っているけど、それは権利だけ。つまり、何かを主張できるだけなんだ。写真なんかは著作物って言うんだけど、著作物を作った人、つまり著作権者はそれを作成した人、つまり俺が著作権を持つんだよ。だから写真をどこかに売ったり貸したりした場合、お金は著作者に払われて、アキちゃんはそこから肖像権にふさわしいだけのお金を貰うことができるんだ」

「そうなんだ・・・・」

「それじゃ、話をしてくれる?」

「グァムから帰って直ぐ、前からインターネットで調べておいた出版社の人にメールを出したの。ミニ写真集を出したいって」

「そうしたら?」

「そうしたら、写真を見たいから持ってきてくれって言われたの。それで、ネガしかないって言ったら、ネガじゃダメだって言われた」

「そりゃそうだよな。もしその出版社が現像して、ネガの現像をアキちゃんが気に入らないって怒り出したら面倒なことになる」

「私、そんなことも知らなかったから」

「それで、もう一度俺に抱かれて現像させた・・・・」

康司はわざとキツい言い方をした。しかし、亮子はあまり動揺しなかった。

「はぁ・・・、康司さん、信じてくれないかも知れないけど、あれは好きだったからなのよ。私の身体は餌じゃないわ」

その言い方は、かなり困った様子で追い詰められた、と言う感じだった。

「ごめん」

「今、こんなこと言うと康司さんを怒らせるかも知れないけど、もし、私が撮影だけで一切触らせなかったら、康司さんはあれだけ真剣に写真を撮ってくれた?」

「もちろん写真は撮ったさ。かなり真剣にね。俺の作品なんだから。でも・・・あそこまで夢中になったかは、疑問だけど」

「私も同じなの。康司さんを好きだから何を撮影されても許せたわ。康司さんが好きだったから。分かってくれる?」

亮子は理性の全てを使って康司に誠実に対応していた。自分の性器のアップまで撮影させたのだ。普通なら有り得ないことを許したのも相手が康司だったからだ。

「そうだね。分かったよ。もう疑ったりしないよ。言い方が酷かったね。ごめん」

康司は素直に頭を下げた。

「ううん、康司さんは怒って当然よ。私は酷いことをした。それは間違いないの」

「それで、次は?」

「ネガとベタ焼き?を持って出版社に行ったわ」

「それで?」

「どうやって撮影したのか、しつこく何度も何度も聞かれたの」

「それで?」

「どんなミニ写真集を出して欲しいのか聞かれたわ。サンプルをいろいろ見せられた」

「それで?」

「一応、ネガを全部預かるから、連絡を待って欲しいって言われたの」

「それでアキちゃんはネガを預けて連絡を待っていたらああなったって事か」

「そう・・・・・・」

「ふぅ、困ったもんだ・・・・・・・」

「ねぇ、私、これからどうなるの?学校にバレたら退学?」

「それはないよ。顔がはっきり写ってないからね。個人を特定できないさ。ただ、噂は広がるかも知れないけど」

「ネガを返してくれないの。何回連絡しても。担当者が居ないとか忙しいとか言って」

「そうか、それで、アキちゃんはどうしたいの?」

「ネガを帰して欲しい」

「写真は雑誌に出なくて良いの?」

「うん、あんな雑誌なら要らない。ねぇ、回収してもらえないの?」

「理屈上は可能だけど、現実的には無理だね。2週間ごとに新しいのが出るんだから、手続きしている間に次の号に変わっちゃうよ」

「それはいや。もう次が出たら私・・・・。お願い、康司さん、私を助けて」

「アキちゃん、素人なのにあんなことするからだよ」

「お説教は良いから、お願い。康司さんならできるでしょ?」

康司は亮子の真剣な表情に押された。もちろん、やり方は分かっているし、少しなら人脈もある。それを使えば何とかなりそうな気もする。

「あぁ、分かったよ。俺に任せてくれる?」

「任せるから、お願い。康司さんに任せればいいの?お願いして良いの?」

「だけど、アキちゃんだってやることはあるよ」

「私、何をすればいいの?一緒に行ってお願いすればいいの?」

「まず、真っ直ぐに家に帰って、相手との通信記録を全部印刷して。メモがあればそれをコピーにとって。時間がないんだ」

「これから?」

「そう、今直ぐに」

「分かった。また連絡する」

亮子は立ち上がると食事には手も付けずに飛び出していった。康司は急いでどんぶりを掻き込むと、カラオケボックスを出て自宅に向かう。その途中、今日会うはずだった店員に電話をして、レンズ修理の打ち合わせをキャンセルすると同時に知り合いの連絡先を教えて貰った。

亮子は真っ直ぐ家に帰って、パソコンでメールを印刷しようとしたらインク切れになっていて印刷できなかった。急いで自転車でインクを買いに出ようとして康司に電話した。

「ごめんなさい。インクが切れてて印刷できないの。直ぐに買ってくるから」

「アキちゃん、それ、カラープリンターなの?」

「そう」

「それなら直ぐにパソコンの前に戻って。俺が指示するから」

慌てて家の中に戻って再度電話すると、印刷画面で色を青に指定しろと言う。やり方が分からなかったので、いちいち康司に教えて貰いながら、青色で印刷すると綺麗に印刷できた。

「ちゃんと全部揃ってる?最初から?」

「全部揃ってる。大丈夫」

「漏れ落ちはない?」

「あの、他の会社に出したのも印刷する?」

「それも印刷して」

「でも、紙が足りないかも」

「それなら、最初のメールを印刷した紙の裏を使って」

どたばたとしながらも、亮子は全てのやりとりとメモを持って家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

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