第75部
二人は夕方近くになって再び秋葉原の近くの岩本町の駅で合流すると、近くの喫茶店に入った。そして、亮子の持ってきた物を確認したが、康司は頭を抱え込んでしまった。そのEメールは亮子が写真を売り込んでいる物で、撮影したフィルムを持っているので見てもらえないか、と書いてあった。そしてその返事には、見てみたいのでそれを持って来るように、と書いてあった。
「ねぇ、これってダメなの?」
「だめじゃないけど、このメールだと出版社がネガを持っていても不思議はないよ。アキちゃんが自分で持って行ったのは明らかだし、それを出版社が預かっても不思議はないからね」
「でも、勝手に雑誌に使ったのよ」
「その点は向こうが悪いけど、雑誌社の社内に置いてあったネガを使ったんだから、会社の人が間違って使っちゃった、って言われたら雑誌の回収を依頼するほどの事ができるかどうか・・・・。雑誌社にはアキちゃんみたいに自分から写真を持ち込む人がいっぱいいるんだ。勝手に使われても文句を言わない人が多いんだよ。だから、向こうも簡単に使っちゃったんだと思う」
「そんな、ちゃんと次に会った時にどうするか決めるって言ったのに・・・」
「どんな感じの人だった?」
「えーと、35歳くらいかな?感じのいい人だった。親切だったし」
「もう一回会えば分かる?」
「たぶん・・・・」
「何か貰った?パンフレットとか名詞とか?」
「何も?無いわよ」
「そうか・・・・・・」
康司は少し考えてから写真屋で教えて貰った電話番号に掛けてみた。もうそれしか手はないと思った。幸い、相手は直ぐに出た。
「あの、安田康司ですけど」
『安田康司?誰?聞いたことあるような声だけど』
「あの、シンコーカメラで何度か会ったことがあります」
『あ、あの高校生か。この番号は教えて貰ったの?』
「はい、シンコーカメラの人に」
『しょうがないなぁ、それで何?』
「ちょっと相談したいことがあるんですけど」
『だからなんだよ』
「ちょっと会って話ができませんか?」
『まず用件を言って貰わないとダメだね。こっちだって忙しいんだから』
康司は雲行きが妖しくなってきたと思ったが、仕方がない。正直に全てを話した。ただ、相手は最後までしっかりと聞いてくれた。
『だいたい分かった。一つ聞くけど、その子は安田君の目から見て可愛いの?だから写真を撮る気になったの?』
「あ・・・・、はい、そうです」
『ガールフレンド?』
「まぁ、何て言うか・・・、そうかも知れないけど・・・・」
『それで、三谷君は当然、ベタ焼きくらいは持ってるよね?』
「はい、もちろんあります」
『それで、俺にどうして欲しいの?』
「店頭に並んでいる今週号を回収して欲しいのと、次回の号にアキちゃんの写真が載らないようにして欲しいんです。それとネガを返して欲しいです」
『そんなこと、俺にできると思うの?』
「えっ、でも・・・・・・」
『俺はフリーのカメラマンだぜ。その会社には何の関係もないことくらい知ってるだろう?』
「はい、知ってます」
『それに写真を載せて欲しいから持って行ったんだろう?』
「でも、そんな雑誌だとは知らなかったんです」
『それくらいは自分で調べるべきだろう?そして、雑誌名を指定して話を始めるのが常識だ位分かるだろう?』
「俺だったらそうしますけど、アキちゃんの場合は素人だから・・・」
『素人が勝手に入り込んでくるからこういう事になるんだろう?』
「はい、それはそうです。アキちゃんにも悪い所があります。でも、高校生の女の子なんです。このままじゃ学校にも行けなくなりそうで、とっても怖がっているんです」
『気持ちとして分からない訳じゃないけど、あまりにも身勝手なリクエストだなぁ』
「それは分かってます。でも、もうこれくらいしか思いつかなくて・・・」
『今、そこにその子はいるの?』
「はい、居ます」
『それじゃ、ちょっと代わってよ』
康司は亮子に電話を替わり、亮子はいくつか相手の質問に答えた。そしてしばらくすると康司に代わるように言われた。
『分かった。三谷君の目を信じるよ。出版社の名前と雑誌名を教えて』
「はい、良いですか?メモしてください」
『いいよ』
康司が告げると、相手は復唱して確認してから電話を切った。その間、亮子は心配そうに康司の電話を横で聞いていた。康司が電話を切ると、
「どうだったの?」
と早速聞いてきた。
「アキちゃんが聞いたことがそのままだよ。何かしてくれるみたいだけど、どうなるか分かんない」
「どんな人なの?」
「プロのカメラマンだよ。広告とかの写真を撮ってるって言ってた」
「大丈夫?そんな人に電話して」
「たぶんいい人だよ。何度かカメラ屋主催のイベントで顔を合わせて話をしたことがあるんだ。俺みたいな高校生にでもちゃんと話をしてくれたよ」
「もし、その人が何にもできないって言ったら・・・・」
「何か他に考えるよ・・・・」
康司はそう言ったが、その様子から他には手立てがないことくらい、亮子にも簡単に想像が付いた。
それから二人は2時間近く、その喫茶店で時間を潰した。しかし、こうしていても不安が募るばかりだ。とうとう我慢できなくなった亮子は席を立った。
「もう、こうしてじっと待ってるだけなんて嫌」
「アキちゃん、やけにならないで。もう少し待ってみようよ」
「だって、こうしていたって何にもならないじゃないの」
「そうかも知れないけど、きっと連絡があるよ」
「いつ連絡があるの?康司さんに連絡するって言った?」
「そうは言ってないけど」
「それじゃ、永遠に連絡が来ないかも知れないじゃないの」
「その可能性はあるけど・・・・」
「それじゃ、私たちバカみたいにずっとここにいるわけ?」
「アキちゃん、とにかく落ち着こうよ」
「落ち着いてるわよ」
「まず、座って。ここに座って」
「良いわよ。座るわ。はい、これで良い?それで?どうなるの?」
「分かった。アキちゃんが不安なのは良く分かってるよ」
「だから、それでどうするつもりなの?」
亮子が冷静さを失っているのは良く分かったが、今亮子を責めてみても何にもならないので康司はグッと我慢した。
「それじゃ、俺たちだけで何ができるか考えてみよう」
康司のその言い方が意外だったのか、亮子も少し冷静になった。
「あ、ごめんなさい。私、康司さんは何も悪くないのに・・・・」
「ううん、良いんだ。だって、写真を撮ったのは俺なんだから」
「そうよね。私、康司さんの写真を勝手に取っちゃって勝手に雑誌社に持ち込んだのよね・・・・」
「アキちゃん、今、そんなこと言っても始まらないよ。それはそれ。俺たちだけで何ができるか考えてみよう」
「うん」
亮子は康司の優しさが心に染みた。そして、康司を好きになって本当に良かったと思った。亮子にしてみれば、康司が怒って席を立って出て行っても文句など言えるはずがないのだ。
「俺たちで出版社に行ってみようか?」
「でも、私だっていったし・・・。それで何にもならなかったし・・・」
「訴えるって言ったらどうだろう?」
「言ったわ。でも、『どうぞ』って言われた」
「え?どうして?」
「『私たちは依頼を受けて雑誌に載せただけだ』って言ってた」
「だって、アキちゃんはミニグラビアとかを出して欲しかったんだろう?」
「『そんな証拠がどこにある?』って・・・」
「ここにあるじゃないか」
そう言って康司はEメールを指差した。
「そうか、そうよね」
「だから、これがあれば大丈夫だよ」
「うん・・・・・」
「何か不安がある?」
「分かんないけど、こんな物で返してくれるのかなぁ・・・」
「大丈夫だよ。大事な証拠だよ」
「うん・・・・・」
亮子は何か納得しないようだったが、康司はメールの記録があれば大丈夫だと思った。
「それじゃ、電話しよう」
「うん」
「アキちゃんが掛ける?」
「ううん、康司さんが電話して」
「よし・・・・」
康司は気合いを入れると雑誌社の番号を押した。相手は直ぐに出た。そして雑誌の名前を告げて編集者を出して貰うように言った。
『はい、ご用件は?』
「今週号の冒険記の女の子の写真なんですけど」
『ダメダメ、大切な物なんだから貸し出したりできないよ』
「いいえ、返してください」
『なに?』
「あれは俺が撮った物なんです。俺のネガなんです」
『それが何でここにあるんだよ。ハハーン、まだ他の線から来るつもりか』
「とにかく返してください」
『話をややこしくするなよ。打ち合わせ済みか?』
「なにを?」
『とにかく、ちゃんと話をしてから掛けろよ。あちこちから来られるとこっちだってどうして良いか分かんないだろ?良いな』
そう言って相手は電話を切った。
「どうしたの?」
「良く分かんないんだ。打ち合わせがどうとか他の線から来たとか・・・」
康司は何がどうなっているのか全然分からなかった。しかし、直ぐに康司の携帯が鳴った。あのカメラマンからだった。