第77部

「うーん、良い臭い。マイクロネシアモールを思い出すわね」

「ああ、そうだね」

「今から思うと、日本食じゃなくて、もっと向こうの料理を食べておけば良かったね」

「でも、やっぱり食べ慣れた物があると、どうしても選んじゃうよ。ピザとか甘そうな中華ばっかりだったし」

「そうねぇ、確かにあんまり美味しそうなものはなかったわねぇ、ホテルの料理以外は・・・・」

二人は料理をつつきながらグァムの思い出話に花を咲かせた。

「美味しい。ちょっと脂っこいのも日本食とは違うわね」

「うん。なんかパワーが付きそうだね」

「この内容なら1500円でも良いかも?どう思う?」

「秋葉原って、どっちかって言うと食事の値段は安い所なんだけど、それにしてはちょっと高いかなって思うよ。でも、メイド喫茶とかもちょっと離れた所にはあるから、意外と安いって思う人もいるんだろうなぁ」

「康司さん、メイド喫茶に行ったことあるの?」

「あるわけ無いだろ。もったいないよ。でも、近くは良く通るよ。だから看板もよく見るんだ」

「はは〜ん、看板をちゃんと見るって事は、行きたいって気もあるんだ」

「良いじゃないか、それくらい考えたって」

「そうね。それくらいはいいか・・・」

二人がそうやって楽しそうに食事をしていると、康司の携帯が鳴った。あのカメラマンからだった。慌てて康司が出た。

『おい、今どこにいるんだ?』

「はい、今、秋葉原にいます」

『出てこれるか?』

「はい、どうなったんですか?」

『まとまりそうなんだ。今日中にできることは片付けた方が良いだろ?』

「はい、その方が良いです」

『それじゃ、直ぐにこっちに来いよ』

「どこにいけばいいですか?」

『そうだな。俺もこれから移動するから、曙橋の2番出口で20分後でどうだ?』

「えっ曙橋?」

『そうだよ。知らないのか?』

「いえ、知ってますけど、場所が違うから」

『お前のために骨を折ってやったんだ。飯くらい奢れよな。高いこと言わないから』

「でも、僕たち今食べた所で・・・」

『高校生なんだからいくらでも入るだろう?』

「それに、秋葉原から20分じゃ無理ですよ」

『タクシー使って来いよ。良いな、20分後だぞ』

「・・・・はい・・・・・」

康司が通話を切ると、亮子が聞いてきた。

「移動するの?」

「うん、曙橋までタクシー使って来いって。食事を奢れって言ってる。話がまとまりそうだからって」

「でも、出版社からはちょっと離れてると思うけど」

「うん、だから俺も変だと思ったんだ」

「大丈夫なのかなぁ」

「そうだね。ちょっと不安になってきた。でも、今は任せたのを信じるしかないと思うよ。とにかく話を聞いてみよう」

「そうね、話を聞いて、ダメなら二人きりでやるしかないわね」

「そうだね・・・・・」

「それじゃ、行こうか?」

「うん」

「あ、アキちゃん、お金、どれくらい持ってる?俺は8千円くらいしかないけど、タクシー使ったらお金かかるから」

「私はさっき戻った時に下ろしてきたから2万円くらいあるわよ」

「凄いな。それじゃごめん、タクシー代、お願い」

「良いわ。私の蒔いた種なんだから」

二人はそう言うと、手早く食事を終え、マスターにお礼を言ってから店を出た。そして道路の反対側でタクシーを拾い、曙橋に向かう。タクシーの中で二人は自然に無言になった。康司にしても亮子にしても、これから自分たちがどうなるのか不安で仕方ないのだ。特に亮子は希望通りになるのか、まだ写真が載り続けるのか、不安で仕方なかった。最悪の場合はこれから何週間にもわたって写真が載り続けることだって考えられる。そうなれば、いずれ高校を中退しなくてはいけなくなるだろう。そうなったら家族がどれだけ悲しむことか、考えただけでも寒気がした。自分だって大学に進学するつもりだが、それさえどうなるか分からない。高校を卒業しなければ受験資格がないのだから。

やがてタクシーが曙橋に着くと、意外にもまだ10分ほど待ち合わせには時間があった。

「タクシーって早いのね」

「たぶん、地下鉄の路線の走り方が秋葉原から曙橋の移動には向いてないんだ。だから、地下をあっちこっち迂回しないといけないんだ。道路なら最適なルートが取れるから、こんなに早く着いたんだと思うよ。道路が空いていたしね」

「そうなんだ」

二人が出口でしばらく出口で待っていると、康司の知り合いのカメラマンが少し待ち合わせに遅れてやってきた。

「よお、ひさしぶり。まず、どこか店に入ろうか」

そう言うと挨拶もそこそこにカメラマンは二人を率いて近くのトンカツ屋に入った。そこは如何にも高級な感じがする店で、3人は個室に案内された。

「話の内容が内容だけに個室じゃないと無理だなと思ったからここにしたんだ」

「はい、それは分かります」

「個室のある店の中じゃ一番安いんだぞ」

「はい、ありがとうございます」

店の人にトンカツ3人前を頼むと、カメラマンは二人を改めて見直して言った。

「それじゃ、話を始めようか」

「はい。紹介します。今野亮子さんです」

亮子が頭を下げるとカメラマンも名乗った。

「奥野翔太です。よろしく」

「あの、話はどうなったんですか?」

亮子がいたたまれなくなっていきなり話し始めると、奥野が遮った。

「ちょっと。今野さん、気になるのは分かるけど、まずはお礼を言うのが筋じゃないの?俺は貴方のために何時間も潰したんだよ。分かってる?」

「あ、済みません。今回は、私のために時間を使っていただき、ありがとうございました」

亮子は丁寧に頭を下げた。

「まぁ、良しとするか。高校生相手に怒っても仕方ないや」

「はい、済みません」

「それじゃ、話の内容を伝えようか」

奥野がそう言うと、二人はグッと緊張した。

「良いかい。俺が向こうに行った段階で、既に次号のレイアウトはできあがってて、変更はできないって言われたんだ」

「えっ、もう、ですか?」

「そうらしい。ちょっとだけ見せて貰ったけど、何枚かはお前達が心配するような写真だったよ。モザイク入りの写真が何枚もあったしな」

「それでどうしたんですか?」

「もちろん、はっきりと主張したよ。このネガはもう使って欲しくないってな。向こうは最初ぐちゃぐちゃ言ってたが、俺のことを知ってる奴が居てな。それからは話が早かった」

「それじゃ、俺たちがやってたら」

「業界用語やらしきたりやら手続きを持ち出されてどうにもならなかっただろうな」

「やっぱり・・・・」

「それで、途中の話を飛ばして結論から言うと、次号に写真は載るよ」

「えっ、それじゃ・・・」

「まぁ聞けよ。写真は載るが、普通の水着の写真までだ。もちろん、顔は分からないようにして貰う」

「今週号の回収は・・・・」

「できるわけ無いだろ?そんなこと。いつもより2割近く売れ行きが良いって言ってた」

「そんなこと」

「それでな。向こうは増刷するって言ってたから、それだけはある程度止められた。これが大変だったんだぞ。直接会社の利益に結びつく話だからな」

「ある程度って・・・」

「3割余計に刷るって言ってたから、それを1割にまで下げた」

「・・・・・・・・・」

「良いか、あのネガを持ち込んだのは今野さんだ。それは否定しようがない。そして、何の書類での取り決めも無しにネガを預けていった。それも正しい。そうだろ?」

「だって」

「聞けよ。だから、ああいったこう言ったってどれだけわめいたって、何の証拠もないんだ」

亮子はその言葉を聞いて目の前が真っ暗になり、自然に涙が出てきた。そして、ただ後悔だけが心を満たした。

「泣いたってダメだよ。これは今野さんが自分でやったことなんだ。悪いけど」

「・・・・はい・・・・・」

「でもな、次号には普通の写真しか載らないし、顔も特定できない」

「どうしてそんなこと、分かるんですか?」

「両目と鼻が出ないようにって決めたんだ。そうすれば、本人が特定されることはまず無い」

「康司さん。そうなの?」

「そうだね。たぶん、大丈夫だと思うよ」

「でも、裸の写真は出るの?」

「モザイクが必要な物は出ないし、ヘアも無しだ。水着を着てて露出してるのもあるけど、乳首も出ない」

奥野のあまりに露骨な言い方に亮子は泣きながらも顔を真っ赤にした。顔を真っ赤にして泣いている亮子を目の前にして、奥野も可愛そうになったらしく、更に付け加えた。

「安心しなよ。次号のレイアウトは俺がやったんだ。向こうの人と一緒にな。ちょっとだけおっぱいの端っこは出てるけど、大丈夫だって。安心して良いよ」

そう言われても、亮子も康司も心配だった。

「ほら、これがそのコピーだ」

奥野はそう言うと、何枚かコピー用紙を取りだした。康司がそれを見ようとすると、亮子がひったくるようにして取り上げ、後ろを向いて康司に見せまいとする。

「アキちゃん」

「ダメ、見せたくない」

「今野さん、気持ちは何となく分かるけど、見せなさい」

と奥野が言っても、

「嫌です」

と見せようとしなかった。もともと康司が撮ったのだから隠しても意味はないのだが。

「その自分の我が儘がこういう結果を招いたのがまだ分からないの?見せなさい」

奥野にそう言われて、亮子は渋々コピーを康司に差し出した。

「康司さん、見ないで・・・、お願い・・・」

「だめだ。ちゃんと見せるべきだし、見るべきだ」

康司が恐る恐るコピーを見ると、確かに乳房の一部は写っているが、今週号に比べるとだいぶ大人しい感じに仕上がっており、普通の高校生のギリギリショットといった感じになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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