第90部
「入れ替えるって?」
「アキちゃんは顔がわかるのが嫌なんだろ?ほら、例えばこの写真だけど、目を黒い線で隠してあるけど、アキちゃんの口元なんかはばっちり写ってるよね?だから、えーと、確か・・・・・・、ちょっと待って・・・・・、ほら、この写真は同じ日じゃないけど、こっちなら同じようなポーズだけど顔は木陰に隠れてるよ」
「替えられるの?」
「その写真はだめだよ」
突然奥野は言った。
「そうだろ?」
担当者に確認を取る。
「うん、顔も見えない、おっぱいもヘアも見えない、じゃ読者が怒るよ。どっちかは少しでも見せないと」
「アキちゃん、どうする?顔をもっと隠すんなら胸がもう少し見えないとダメだって・・・・・・」
亮子はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げると言った。
「それでも・・・・・・もっと顔を隠して」
「いいんだな。それで」
奥野が念を押す。
「はい、お願いします」
亮子はそう言うと頭を下げた。
「乳首が見えても良いのか?」
さらに奥野が念を押す。
「あの・・・・・・ちょっとだけなら・・・・・」
「よし、乳首全体が見えない程度なら良いんだな」
「・・・・・・・・」
「いいんだな?」
亮子は仕方なくといった感じで言った。
「はい」
「それでいいか?」
「それは出来上がり次第だよ。今の案はバランス取れてると思うから、これ以上顔を隠すとなると、この子は我慢できないんじゃないかなぁ。たぶん結構見せないと・・・・」
担当者はそう言って亮子を見た。どちらかと言うと気の毒がっているようだ。
「それじゃ、とりあえずこれはこれで置いといて、一回修正案を作ってみよう。おい、三谷、お前がリードしろ。時間ないぞ」
「はい、わかりました」
康司はきりっと顔を上げると、亮子に向かって言った。
「それじゃ、ちょっと修正してみるね。嫌なら嫌って言ってね。元の方が良ければそっちになるんだから」
そう言って康司はビューワーにネガを表示してペンで位置を示しながら話し始めた。
「いいかい、アキちゃん、しっかりと見ておくんだよ。これから雑誌に載る写真が決まるんだからね」
「うん」
康司は亮子のために最大限の努力をしてみようと思った。何と言っても、亮子の写真を取ったのは康司自身なのだ。
「それじゃ、顔を隠し気味にして胸の露出を増やすんですね。えーと、この部分ですけど、この写真はどうですか?斜め後ろからだから、胸のきれいなラインは出てるし、顔もあまり写ってないから、目を線で隠せば・・・・」
そう言って康司は写真の亮子の目をペンで隠した。
「そうだな、確かに・・・・・・。どうだ?」
「うん、それなら替えても良いよ」
「アキちゃん、どっちがいい?」
「こっち、康司さんの」
「よし決まりだ。次は、この写真だ」
そう言うと康司は現行の真ん中の写真をペンで指した。それは亮子がホテルの部屋で日焼けを確認した時に撮影されたもので、笑いながら胸を両手で隠している仕草がとても可愛い。
「おいおい、一番の目玉じゃないか。それを替えるのかよ」
「だって、顔が真正面からもろじゃかわいそうですよ」
「どうするんだよ」
「こっちは?」
そう言って康司が指さしたネガは、亮子がベッドの上で自分の乳房を両手で揉んで仰け反っている写真だった。
「いやっ」
「アキちゃん、でもこれだとアキちゃんの頬から顎しか写ってないから顔なんてほとんどわからないよ。冷静に考えてごらん。どっちがいい?」
「それは・・・・・・・」
亮子は康司の示した写真に自分の顔が写っているとかではなく、今自分のベッドシーンが周りの男3人の視線に晒されていることが恥ずかしかった。しかし、顔を真正面から撮った写真が印刷されれば、遥かにたくさんの人が見ることになる。
「その写真ならおれは賛成だね。奥野さんもだろ?」
「ああ、問題ない」
「問題ないっていうか、それを使わせてくれるのならもっとレイアウトだって変えるよ。手間はかかるけど絶対読者が喜ぶ。どうせ顔なんて見えなくたっていいんだから」
「アキちゃん、どうする?」
康司は亮子に優しく聞いたが、亮子にとっては拷問にも等しい辛い選択だった。写真を撮られた時の自分を鮮明に覚えているからこそ、まるで自分が喘いでいた声を聞かれているみたいで、自分が突然裸になったみたいに恥ずかしくてどうしようもない。しかし、嫌がってばかりでは何も変わらないことくらい亮子にも分かっていた。亮子は直ぐにでもこの部屋から逃げ出したい気持ちをぐっと堪えながら康司の方を見て、小さなかすれた声で言った。
「康司さんがそれでいいと思うなら・・・・・」
「アキちゃん、ごめんね。でも、この写真を外すだけで、きっと写真の女の子がアキちゃんだってわかる人はほとんどいなくなると思うよ。だから、我慢して」
「うん」
「よおし、それじゃこの写真使わせてもらうよ。ほかにも入れ替えたいところ、あるんなら言ってよ」
「それじゃ、後はこれとこれ」
「どうするの?」
「このブラを脱いでいるところのはこっちに、それと、これはこっちの胸から腰にかけてのアップに入れ替えたらどうですか?」
そう言って康司は亮子がヤシの木に掴まって後ろから貫かれている時に斜め後ろから撮った写真と、最初にベッドでロストした直後にぐったりとしているシーンをベッド横のカメラで連続撮影した中の一枚を指した。
「これは片手で慌てて撮影したから構図はずれてるけどトリミングすれば問題ないし、こっちはちょうどアキちゃんの手で乳首が隠れてるし口元から下だけにすれば上半身がきれいに映ってるから」
「ほう、さすがに撮影者自身が選ぶと違うなぁ。それで良いならOKだよ。レイアウトをやり直すのは面倒だけど、後はコメントを適当に変えればいいだけだ」
「アキちゃん、この写真はアキちゃんの顔は全然映ってないけど、腰から肩まで映ってて、少しだけ乳首も写ってる。そしてこっちは全身が映ってるけど、この部分だけを抜き出せば上半身だけになるし顔も口だけになるよ」
「口は消せないの?」
「首から下だけだと不自然だよ。せめて口の下半分は入れなきゃ。どうしても口を出すのが嫌なら、思い切ってもっとアップにして胸だけにするとか・・・・。でも、それだと、どうかなぁ???」
「俺は三谷の案の方がいいと思う。確かに胸だけのアップでも綺麗だけど、それだと乳首を隠してる手が邪魔になるよ。不自然だね」
奥野が横からそう言った。
「どうする?」
「わかった。それでいい・・・・・」
「よし決まりだ。直ぐにレイアウトし直すからね。レイアウトだけ終わったら直ぐに見せるから、このまま待っててよ。よおし、やるぞぉ。ネガ貸してよ」
担当者は嬉々として席を立つと、康司の貸したネガを持って部屋を出ていった。
「やるじゃないか」
奥野は康司に一言言った。
「そうですか?」
「あれなら、まず本人と見破られる心配はないな」
「そうですよ。奥野さんのは顔を出しすぎです」
「だって、顔かおっぱいかどっちかを出さなきゃ纏まらないだろうが」
「そりゃそうですけど」
「でも、あんた、良く思い切ったな。感心したよ」
奥野はそう亮子に言った。
「だって、康司さんが選んでくれたから・・・・・・。どうしようもないんでしょ・・・」
「そりゃ仕方ないよ。あんたが自分でした事なんだ」
「わかってます」
その亮子の言い方があまりに冷たかったので、一気に3人とも黙ってしまった。でも亮子にとってはその方がありがたかった。これ以上、セックスの写真を批評されるのには耐えられなかったのだ。
もちろん亮子は自分のセックスの写真を売り込むつもりではなかった。ビーチやホテルのコテージの周りでたくさん撮影した写真をメインに売り込むつもりだった。ただ、写真集を出してくれるのなら『少しくらいは肌が出てるのも許せるかな?』と思っていた程度だった。しかし、ネガを渡してしまった後に雑誌に載ったのは裸の写真ばかりで、その時になって自分のしたことに気が付いたのだ。
「どうだ。このまま待ってても良いが1時間以上はかかるぞ。俺は場所を借りて少し仕事をするから、二人は外にでも行ってくればいい。もし戻ってくる前に出来上がったら電話してやるよ。昼飯でも食べてこいよ。どうせ昼だ」
と奥野が言うので、
「アキちゃん、それじゃ少し外に出ようか」
と康司は亮子を連れて外に出た。
「アキちゃんは何が食べたいの?」
「今は・・・・、ごめんなさい。飲み物だけでいい」
「そう?おなか、減ってないの?」
「うん、昨日食べすぎたかな?」
そう言うと亮子は力なく笑った。亮子は、今自分の裸の写真がレイアウトされてまもなく印刷所に回ると思うと、とても何かを食べる雰囲気ではないのだ。今になってこんなことをしてしまったと猛烈に後悔している。
「どこか、座るとこ、ない?」
亮子は小さな声で言った。しかし、この辺りには公園などどこにもない。
「ごめんね。近くに公園は無いから、どこかのお店に入るしかないと思うけど」
「お店はいいわ」
「それじゃ、さっきのところに行こうか?」
康司がそう言うと、亮子は力なく頷いて歩き始めた。少し歩くとさっきの場所に来たが、二人の気分はまるで先ほどと正反対だった。とりあえず座って、亮子は康司に軽くもたれかかり、目を閉じた。