「記憶の雫」

激しく降り続く雨の中、優子は寒さに耐えながら自転車を押していた。下着まで濡れた挙げ句、車の跳ね上げる水で泥だらけの服は着ていて気持ち悪かったし、おまけに寒さで手がかじかんで上手くハンドルが握れない。もうとっくの昔に上から下までびっしょりだった。もうこんなのイヤだった。

いつもはそんなにも見かけないのに、今日はやたらと良く走る大型トラックが、何回目かの泥水を跳ね上げて優子を頭からドロドロにする。髪の毛から伝わって顔に垂れる雫まで泥臭い。もう優子は何もしなかった、汚れるに任せればいい、そんな投げやりな想いが優子に特別なことはさせなかった。しかしその時、道路の小さな段差と、その直ぐ横の石が自転車のバランスを崩した。『あっ』っと思った時には自転車の上に被さるように道路側に倒れていた。『危ないっ!』倒れ込んでしまった身体を起こそうとした時、その直ぐ後ろを走っていた車が目の前に来て慌てて急ブレーキを掛け、水しぶきを上げながら止まった。

 

優子が今日の朝、家を出た時は良い天気だった。気持ち良く朝の空気を胸一杯に吸い込んで学校に着いた時はまだ日が強く降り注いでおり、本人のやる気を示すかのように自転車は軽快な音を立てて自転車置き場に滑り込んだ。今回はちょっとは良い結果が出るはずだった。だってこの2週間、あれほどがんばったのだ。友達とのつきあいは減らしたくても極端に減らせないので、家にいる時間を最大限に使って勉強した。今までは1時前に寝ていたのを2時過ぎまで勉強したし、眠い目を擦って1時間早起きして予習もした。本当に自分でもよく頑張ったと思う。実際、親が心配するほど優子はがんばった。

だから、優子は早くテストが終わって思いっきり背伸びをしてみたかった。やることをやってしまったら、どこかに久しぶりに出かけてみたかった。なんと言っても今日の朝からは両親が親戚の法事に出かけてしまい、優子一人で自由に過ごせる貴重な日なのだ。その為に、ちゃんとお小遣いを親からせしめてきていた。だからテストが終われば遊びに行っても帰りの時間を気にする必要はない。それをうすうす気づいていた親も最近の優子が勉強熱心なのを知っていたので、がんばったご褒美に『テスト次第だからね』とか言いながらも財布を開いてくれた。

優子が自転車小屋で自転車を並べていると、直ぐ近くで親友の麻里が重い学生カバンを降ろしている。

「お早う、麻里」

「おうっす、ちゃんとやってきた?」

「なわけないっしょ。いつもと一緒。さっさと終わりにしたい気分よ。今日は良い天気じゃない?」

優子は2時まで参考書にかじりついていたことなどおくびにも出さずに笑顔で麻里に応えた。どういうわけか二人の成績はいつも一緒だった。でも、少しだけ麻里の方が良いことが多く、優子は何とか少しでも上に行ってみたいとがんばっていたのだ。

「ねぇ、スマスマ見た?」

「モチよ。結構美味しそうなデザートだったね」

「そお?私、甘いのはねぇ・・・」

『そうか、麻里も見てなかったんだ。チェック甘いなぁ』優子は時短ビデオを更に早回しにして1時間の番組を15分で見たが、それでもちゃんと内容は把握していた。麻里はきっと学校での話に遅れない程度にちょこっと見ただけだったのだろう。あのデザートは甘そうだけどグッと軽く仕上がっているのが特徴だったのに。『きっと麻里は、私にテストで抜かれるのが怖いのかもね?』そう思うと、ちょっとだけ元気が出た。

「なんで花の高校2年が日曜日にそろいも揃って学校に出てこなくちゃいけないのよう」

「ははは、それはね、あんたが申し込んだからだよ」

「好きで申し込んだわけじゃないのになぁ・・・」

「ねぇ、ところでさ、今日、終わったらどこ行く?」

「え?出かけるの?お金は?私だったら無いよ」

「心配するなって、少しぐらいは用意してきたから。なんと言っても今日はテスト打ち上げのめでたい日じゃない?ちょっとぐらい遊んだって誰も文句言わないよ。この前の店、行ってみない?」

「そうだねぇ、良いけど、やっぱ終わってからの気分次第かな?」

「何だ、直ぐにOKすると思ってたのに」

「ちょっと事情があってね」

「終わったらきっとだよ」

「そんなに焦らなくたって。たぶん大丈夫だから」

「な〜んか気になるんだよなぁ、その言い方」

二人はそんな話をしながら教室に入っていった。優子は麻里がテストの出来を気にしているんだと思っていた。優子の余裕の態度にちょっと成績が心配になったんじゃないか?その時はそんな風に思っていた。もし、麻里がダメなら他の方法を探さなくちゃいけない。せっかくの貴重な日なので、大切に使いたかった。その為にはまずテストをバッチリ仕上げることだ。優子は気合いを入れてテスト用紙に名前を書き込んだ。

 

模試は午後2時に終わった。しかし朝、あれほど元気に学校に出てきて、終わってからのプランを練っていた優子は呆然として何もする気が起きなかった。優子にとっては信じられないくらい悪い出来だったのだ。どうしてあんな簡単な問題をミスったのか分からない。でも、答案を提出する瞬間までは確かに正解だと思っていたのだ。

最初の時間が終わった時、優子はちょっと得意だった。問題集でやった問題とほとんど同じものが出たのだ。だから、回答は記憶の通りに書くだけだと思い、簡単に仕上げてしまった。それが麻里の『ねぇ、あの問題分かった?3問目の2元2次の連立方程式を解くやつ』と言う一言で『あっ』と思った。『そうだ!2元連立方程式にしなくちゃいけなかったんだ!』

麻里の一言で全てが分かった。よく似た問題と勘違いしていたのだ。慌てて考え直すと、すぐに頭の中に解答まで出てきたくらいなのだから、気が付いていれば絶対解けたはずだった。

そして次の時間が終わると麻里は、『優子ぃ、あの鉱物資源のグラフ、最後が分からなかったよう・・・』と言われた瞬間、『そうだ、あれは主要な鉱物を産出国順に並べたものだったんだ。森林資源じゃなかった・・・・ロシアと中国が上位にいたからてっきり・・・』と目の前が真っ暗になってしまった。

午後の英語のテストはもう、最初から優子のペースではなかった。午前中のミスにばかり気持ちが行ってしまい、全然集中できなくてボロボロだった。おまけに苦手な仮定法の問題ばかり出ていた。この2週間、本当に眠い目を擦ってがんばったのに、何にもならなかった。これでは志望校の選択に重要な意味のあるこのテストの成績をもらっても、却って気が重くなるばかりだ。なんか、いくらがんばっても無駄でしかない、と言うことを見せつけられた気がして、自分の頭の悪さがイヤになってきた。今日は家に帰っても、とても勉強などできそうになかった。

それでも受験生が勉強しなければ先はどうなるか分かったものじゃない。いやでもやるしかないんだ、そう言い聞かせて何とか気持ちを切り替えようとする。

とりあえず気を取り直して麻里とゲーセンにでも行ってみるか、麻里を誘って、と思って下駄箱に向かうと、いつもいるはずの麻里が今日は見えなかった。『どうしたのかな?先に帰っちゃったのかな?』いつも先に帰る時は必ず声を掛けてくれる麻里だけに、優子は不思議に思って靴に履き替えて外に出てみた。すると、自転車置き場から自転車を押しながら出てくる麻里が見えた。その麻里を見て歩き出そうとした優子は一瞬にして凍り付いた。男子生徒と一緒だったのだ。麻里が最高の笑顔で話しかけている所を見ると、どういう関係なのかは明らかだった。

『そんな大事なこと、どうして言ってくれなかったの?親友なのに・・・』そう思いながら遠くからじっと見つめている優子の視線を感じたのか、麻里はチラッと優子の方を見た。傍目にはにっこり笑ったように見えたろうが、挑戦的な麻里の視線の先にいた優子には別の意志が感じられた。そう、一瞬の麻里の視線には確かに優越感が混じっていた。『そんな、私・・・喜んであげたかったのに・・・麻里・・・・』その場に立ち尽くす優子の心は一人だけ取り残されて、何もすることがない寂しさにうちひしがれていた。

それでも『もういいや、とにかく帰ろう。家に帰ってごろ寝して、チャットでもするか』と思って自分も自転車置き場に行こうとした時、玄関から出てきた生活指導の教師に呼び止められた。

「水牧、ちょっと相談室に寄って行きなさい」

それを聞いた途端、優子の心は一気に暗くなった。それはマンツーマンでのお説教が始まるという宣言だった。

生活指導の教師は部屋に入るなり、今日の優子のテストの成績が大幅に悪いという他の教師からの連絡を受け、わざと成績を落としたのではないかと疑ってかかってきた。

「水牧、外部テストの場合、全ての解答用紙を集めた後に名前の書き漏らしがないかどうか先生がチェックするのは知っているな?」

「はい、・・・・それがなにか・・・」

「その時に水牧の解答用紙をチェックした先生が、今日の全ての解答用紙はわざと水牧が間違えている可能性がある、と言っているぞ」

「そんなことありません、ちゃんとまじめにテストを受けました」

「担当の話だと、ほとんどの回答からは正解を出せて何の不思議もないと言っていた。解答を知っているのに最後にわざと間違えているみたいだと」

「違います。本当に真剣にやったんです」

「正解を出せたのにわざと間違えて『真剣に』か?」

「違いますって。どこにそんな証拠があるんですか」

「証拠はないが、先生だってプロだ。どんな風に作られた回答かぐらいは見れば分かるもんなんだぞ」

それから30分近く、ネチネチと優子は絞られた。同じ事を何度も繰り返して説明したが、なかなか分かってくれなかった。第一、頭から優子がわざと間違えている、と決めつけているのを相手にしているのだから話がかみ合う訳がない。相談室を出た優子はもうなんにも考えたくなかった。実は、その教師はテストが終わったので帰宅しようと準備をしていた時に優子のテストの担任に呼び止められ、『こういう事に気が付いたんですが』と相談されたのだ。相談されてしまえば知らん顔をする訳にはいかない。それでもその教師は、週が明けてから対策を取ろうと考えたのだが、ちょうど横で聞いていた教頭に直ぐに対応するように指示された為、そのまま始末をして帰っていれば守れたはずの飲み会の約束をその教師はフイにすることになった。だからちょっと気分的に荒れていたのだ。それでも何度も真剣に訴える優子に最後は根負けした形で、2週間後の次の模試の結果を見てどうするか決める事に落ち着いた。決着が付いてもその教師はまだネチネチと優子を詰問し続けたが、それは既に八つ当たりでしかなかった。

それからしばらくして、やっと解放された優子はぐったりとした重い足取りで下駄箱に向かい、何も考えずに自転車置き場に向かった。もう誰も下校するのをじゃまして欲しくなかった。ただもう帰りたかった、学校から離れたかった。

自転車を重そうに押し出している優子を見て、

「優子、やめときなよ。雨振るよ」

と言った子がいたが、そんな友達の声も聞こえていなかったのか、優子はノロノロと力無く自転車を出すと、ゆっくりとこぎ始めた。その子の声も優子の下校をじゃまするものにしか聞こえていなかったし、雨にだって下校をじゃまされたくなかった。

その優子に大粒の雨が降り始めたのは校門を出てちょっとしてからだった。最初は暖かさを残してパラパラと軽く振っていた雨も、直ぐに勢いを増し、この季節としては驚くほどの冷たさになった。ちょうど商店街を離れて住宅街に入ったばかりで、雨宿りできる場所はどこにもなかった。みるみる雨に濡れていく自分の服を見ながら、『ええい!これで麻里のデートも流れちゃったかな?』と一瞬思ったが、二人はもう三十分以上も前に学校を出ているし、麻里はほんの1キロちょっとの距離を走って駅の自転車置き場に置けばそれで良いのだ。駅とは反対方向に走らなくてはいけない自分の方がよっぽど可愛そうだった。容赦なく降り付ける雨は優子の体温をどんどん奪っていった。優子を追い抜いていく車は遠慮無く水しぶきを浴びせていく。情けなかった。なんでこんなことになるのか、どうしてそれが今日なのか、大声で誰かに聞いてみたかった。『私の何が気に入らないの?どこが悪かったの?一生懸命勉強しちゃいけないの?』優子は知らないうちに泣いていたことに気が付いたが、びしょぬれになっているので誰に分かるはずもなかった。

 

優子は温かさに包まれていた。どうしてだか分からなかったが、暖かさが身体の芯までゆっくりと染み通ってくる。何か音を聞いたような気がしたのでゆっくりと目を覚ました。でも、自分がどうしてここにいるのかよく分からなかった。最初に気が付いたのは、暖かい暖炉の光に包まれながら毛足の長い毛布に包まれていると言うことだった。部屋の反対側の暖炉で薪が炎を揺らしながら燃えている。静かな部屋だった。スロージャズともムードミュージックとも言えるような上品な音楽が小さく流れているが、激しく振っているはずの雨の音は全く聞こえない。『ここ、どこ?』薪が小さな音を立てて燃えているのが不思議な感じだった。『温かい』優子は冷え切った身体が芯から温まるのを感じていた。『暖炉の火がこんなに温かいなんて知らなかった』

ゆっくりと思い出した。そうだ、私はあの時・・・・。

 

車が止まると中から誰かが出てきたが、倒れた自転車を起こそうとしていた優子には誰だか分からなかった。

「済みません、今どかしますから」

ビショビショになっている優子が振り返り、髪から雨をしたたらせながら叫ぶように言った。その出てきた男性はこちらに歩いてくる。『怒られちゃう!早く自転車をどけなきゃ!』そう思った優子の上に、不意に傘が掲げられ、

「大丈夫?けがはない?」

と力強い男性の声が聞こえ、優子の身体と一緒に自転車も起こしてくれた。

「びしょぬれだね。風邪を引かなきゃ良いけど」

「だ、大丈夫です。ごめんなさい。今どきますから」

「震えてるの?凍えない?第一、その自転車、パンクしてるんじゃないの?」

その声に車輪を見ると、前輪がはっきりと萎んでいた。

「どうして・・・・」

優子は本当に目の前が真っ暗になり、その場に立ち尽くしてしまった。もう帰ることもできない。『どうすればいいの・・・』

「とにかく、こんな雨じゃ風邪を引くから、とりあえず車に入って」

「いや、いやです」

「何言ってるの。本当に風邪を引くよ。安心しなさい、大丈夫だから」

そう言って男性は車の後部座席に優子を押し込むと、車をどこかの会社の駐車場に寄せた。そして、

「ちょっと中で待っててね。自転車の修理を頼んでくるから。ちゃんとドアに鍵を掛けておくんだよ」

と言って傘を差し、優子の自転車を押しながら雨の中をゆっくりと歩いていった。

『この辺りに自転車屋さん、あったっけ?』

優子の家の車よりはずっと大きい後部座席でぼんやりとそう思ったが、小さくクラシックの流れる車の中の心地よい暖かさと静けさが優子の身体に疲れを思い出させ、数分もしないうちに優子は気を失うように深い眠りへと入っていった。

暖炉の火を眺めながら記憶を探っていた優子は、『そう、あの時誰かの車の中で寝ちゃったんだ。早く自転車を取りに行かなきゃ。それとも私、誘拐されたの?』優子は身体を起こそうとしたが、その瞬間、自分が見たこともないTシャツを来ていることに気が付いた。『これって、もしかして・・・私・・・・脱がされた・・???・・何かされた???・・え?何を?・・・・』思わず自分でも顔が真っ赤になったことに気が付いたが、凍えきった身体をこの部屋と服が温めてくれたことや、濡れた服を着ていないからこんなに気持ち良いのだと言うことに気が付くと、何故かあまり嫌な気はしなかった。ただ、誰がこんなことをしたのか、恥ずかしくてそればかり気になった。

この部屋はどこかのマンションの一室らしかったが、暖炉のあるマンションなんて聞いたことがなかった。そんな高級マンションが通学路の近くにあったのだろうか?ふと考えてみたが分からなかった。しかし、目の前で静かに燃えている薪は確かに現実のものだった。その証拠に微かにパチパチと薪が弾ける音もする。

やがて部屋のドアが開くと、一人の男性が入ってきた。

「あ、気が付いたんだね。もうすぐ服は乾くからね」

そう言うと、大型のソファに寝かされている優子の直ぐ横に来て、

「ごめんなさい」

と膝を突いて謝った。

「え?どうして?????」

部屋に入ってきた男性に、いきなり土下座して謝られて優子は驚いた。

「ちゃんと説明します。自転車屋さんに修理を頼んで車に戻ってきたら、後ろの席で寝ているのが見えたんです。でも、寒さで凍えていて唇が紫になってた。何とかしなきゃと思ったけど、病気じゃないから病院には連れて行けないし、軽く何回か揺すったけど起きなかったから、車の暖房を全開にしてここまで連れてきたんです。車を降りる時にも声を掛けたり軽く揺さぶってみたけど、よく寝ていて起きなかったものだから、風邪を引く前にと思って部屋に連れてきました」

「あ・・・りがとう・・・ござ・・・いま・・す・・・???」

「でも、怒っているでしょう?分かってる。それでも、怒られても、後で訴えられても、風邪を引かれるよりはマシだと思って、部屋に入ってから服を脱がせてタオルで拭いて、自分の服を着せました。本当にごめんなさい。今、服は急ぎのクリーニングに出ているから、後1時間半くらいで出来上がります。下着は洗濯して乾燥中です。それまでここにいてくれると助かります」

一生懸命話す男性を優子は見たことがあった。

「あの・・・・」

「何ですか?」

「あなた・・もしかして・・・・」

「見たことあります?」

「そう・・・そう、テレビで見た。あ!もしかして、来原大祐・・さん?」

「そうです」

優子はイメージとあまりに違うので驚いてしまった。最近売り出し中のアメリカの大学で教授をしているという若手のコメンテーターだ。テレビで見る来原大祐はもっと派手な印象で、いつも女性と一緒にいるような、そんな軽い感じの人間だったが、今の話を聞いた限りでは、今目の前にいるのは自分を大切に思って温めてくれた誠実な男性だった。有名人ならスクープ沙汰になるリスクを冒しても優子を大切にしてくれたことになる。

本当は起きあがってちゃんと話をしたかったのだが、裸の上にTシャツ一枚とジャージ姿では、起きあがる勇気などあるわけはなかった。仕方なく毛布を首までかぶったまま話しかけた。

「ここは来原さんの家ですか?」

「そうですよ。ちょっと都心へは不便だけど、静かで落ち着けるし、空気も綺麗だから」

「私、暖炉って言うのを初めて見ました」

優子は決して怒っていない、と言うことを伝えたかったが、上手く言葉が出てこなかった。

「そうか、見つけてくれたんだね。この暖炉があったからここのマンションにしたんだ。いろいろ法律があって、普通のマンションだと難しいらしくて。でも、暖まるでしょ?」

本当に暖炉の火は暖かかった。ガスストーブなどとは次元の違う、身体の芯まで温まる柔らかい温もりだった。今までは映画の中で暖炉に火がついているのを見ても、単なる雰囲気を盛り上げる飾りだと思っていたのだが、実際の暖炉はかなり火から離れていても身体を温めてくれる。

ふと見ると、大祐が雨で濡れていることに気が付いた。

「あの・・・寒くないですか?」

「ああ、自転車を運ぶのにちょっと濡れたけど、この部屋は暖かいから大丈夫。自転車はもう地下のガレージに入っているから、服が届けば直ぐに帰れますよ」

「そうじゃなくて、雨で濡れちゃって・・済みません、この毛布使っ・・・」

優子は言葉が止まってしまった。これを渡すと自分の・・・・。

「良いよ、そのままでいて。直ぐに暖まると思うから」

「でも・・・・」

「それじゃ、近くにいても良いかな?ちょっと暖炉で暖まれば直ぐ元気になるから。ここが一番暖まる場所だから」

「はい」

大祐はソファベットに横になっている優子のところで床に座り込み、頭をソファベッドの優子の直ぐ横に載せて目を閉じた」

「ごめんね、暖炉の暖かさを取っちゃって・・・」

「いえ、そんなことは・・」

「直ぐに元気になるから、服が届いたらちゃんと送っていくから・・・」

「はい、ありがとうございます。本当に。ちゃんとお礼を言わないといけないのに」

「こうしていてくれるだけで十分だよ。今日は一人じゃない。可愛らしいお客さんが来てくれた・・・・・」

よほど疲れていたと見え、大祐は優子の直ぐ横に頭を載せたまますうっと引き込まれるように寝てしまった。よく見ると身体が少し寒さで震えているのが分かる。

優子は次第に元気になる自分の身体を申し訳なく思った。そして、そっと毛布を持ち上げると、大祐を自分の温もりの中に包み込んだ。

頭の方だけ暖かく包まれた大祐は、無意識に身体をより暖かい方へと動かした。背中が寒かったのかも知れない。優子は大祐の頭がぐっと近づいてきて、ほとんど自分の胸に触れるくらいまで来たので、ちょっと驚いたのだが、自分でも驚くくらい自然に手を回して大祐の頭をそっと抱き寄せていた。

冷たかった。本当にあの冷たい雨の中から帰ってきたばかりだったのだ。優子は自分の身体を使って温めることに母性的な幸せを感じこそすれ、嫌だとは思わなかった。第一寝ているのだから、変なことをされる心配など無い。そして、何度も身体の向きを少しだけ変えて横向きに体勢を変えて大祐を温めるスペースを作り、自分の暖かい部分で大祐の身体を温めてみた。

大祐を温めながら、さっき自分が毛布を渡すのをためらった時、既に大祐は自分の身体を見てしまっていたのだと言うことに気が付いた。今の自分はTシャツとジャージ以外、何も着ていないのだから、大祐は全てを見たはずだ。泥水の上に倒れたのに、嫌な臭い一つしないと言うことは、バスルームに運んで洗ってくれたのだろう。考えれば恥ずかしくて仕方のないことだったが、あの時の猛烈な寒さが嘘のように身体を優しく温めてくれた大祐に親近感が沸きこそすれ、嫌悪感を抱くことなど全くなかった。

時折パチパチと薪の弾ける小さな音がする。遠くでゆらゆらと揺れる炎を見ながら、静かな部屋の中で優子は男の身体を温めていた。なんか、このまま時間が止まって欲しいような、そんな気がした。

しばらくして大祐の身体が暖炉の火を受けて次第に温まってくると、無意識に大祐の身体のあちこちが小さく動き始めた。脳が筋肉を動かして自分で身体を温めようとしているのだ。これは保健で習ったとおりだった。優子は愛しい人を包み込むように、そっと大祐の頭を両手で自分に押しつけて小さな幸せを感じていた。

 

そのころ大祐は半分眠りから覚めつつあった。最初、どうしてこんな変な体勢で寝ているのか理解できなかった。目を開けたつもりなのに、何か白っぽいものが目の前にあるみたいで何も見えない。それに、何かぷにゅぷにゅした暖かいものが顔に押しつけられているようだ。軽く頭を起こそうとしてみたが、何かに押さえつけられているらしく、上手く起きあがれなかった。

それでも身体が温まってきたことに安心したので、とりあえずこのままの体勢でいることにする。その時、自分は少女の直ぐ横で寝てしまったのだと言うことを思い出した。すると、今自分に押しつけられているのは・・・・。

本来なら優子の手を振り解いて起きあがり、身支度を調えるのが紳士としての振る舞いだったろう。しかし、大祐は無垢な少女にもっと包まれていたかった。仕事柄女性ファンがいないわけではないし、そう言う女性と一夜だけの情熱を交わしたことも珍しくなかったが、今大祐を包んでいる少女とは根本的な何かが違っていた。雨の中びしょぬれの彼女が道路へフラフラと出てきて泥水の上にバタンと倒れた時は、やっかいなことにならなければいい、位にしか思わなかったが、抱き起こした時に大祐を振り返りながら見つめた表情は、今まで大祐が知っているどんな少女よりも魅力的だった。

そして今、その少女が自分を温めてくれている。大祐はもう少しだけ、彼女の好意に甘えることにした。

 

優子は大祐の身体がピクッと震えるたびに、そっと頭を抱き直して自分に押しつけていた。すると、ちょうど大祐の顔に自分の乳首を押し当ててしまったようで、小さく動くだけで甘い感覚が伝わってきた。優子は最初は恥ずかしくなり、そしてちょっと戸惑ったが、別に悪いことをしているわけではないし、相手は眠っているのだから、と安心してこっそりとその甘い感覚を楽しんでいた。すると、自分の乳首は次第に敏感になってきたようで、Tシャツを通して伝わってくる大祐の息づかいも気持ちよく乳首を刺激する。今はブラジャーを着けていないから、いつもより敏感に刺激を感じるのだろう。すると、ちょっと大祐の口が動いたようで、Tシャツから突き出しているであろう乳首を唇がちょっとだけ擦った。

「あ・・・ん・・・・」

思わず優子は小さな小さな吐息を漏らした。それからも時折、大祐の頭が少しだけ動くと、優子の身体に甘い感覚が流れていった。自分でも不謹慎だとは思ったが、母性本能がそうさせたのかも知れない、と思って身体を任せていた。

すると、しばらくして大祐の身体の動きが止まった。今までは時折ピクッと動いていたのに、全く動かなくなってしまった。優子は少し不安になったが、抱きしめている大祐の身体は確実に温かくなっている。たぶん、身体が温まったので動かなくなったのだろう、と保健の時間に習った事を思い出して安心した。

しかし、優子の身体はそれでは納得しなかった。なんと言っても熱い大祐の息は優子の乳首に掛かり続けているのだ。後ほんの少し動かすだけで、またあのとろけるような感覚が得られる、そう思うと、優子はそっとイタズラでもするかのような気持ちで自分の胸を少しだけ動かしてみた。

『んっ、あん』

やっぱり思った通りだった。この甘い快感がゆっくりと身体を走り抜けていく時の感じが堪らない。しかし、大祐に気づかれたりしないだろうか?いや、まだ彼は眠っているのだ。優子の身体だってほとんど動かしていない。ほんの少しだけだ。大祐が目を覚ましたらにっこり笑って『暖かくなりましたか?』って言えば良いだけだ。

それからも優子は、時折自分から乳首の位置を微妙に変えて甘い感覚をこっそりと楽しんでいた。優子自身は去年、初体験を済ませたが、何度か抱かれている内にそれだけが目当てで誘われているような気がして次第にイヤになり、優子自身嫌な思い出があったりしたので数回抱かれただけで彼とは別れてしまった。だから、久しぶりに身体に満ちてゆく、あの甘く気怠い感覚に、優子はうっとりとしていた。何度目かに優子が自分の乳首をこっそりと大祐の唇に擦り当てていた時、甘い感覚が優子が期待するよりもちょっと強くなった。

『ああんっ、あん、・・・何だったの?今のは・・・』

優子自身最初は分からなかったが、しばらくしてまた欲しくなった時に慎重に胸の位置をゆっくり変えて乳首をそっと擦り当てると、

『ああっ・・・うっ・・・・は、挟んでる・・・』

優子は大祐の唇が確かに少しだけ動いて、自分の乳首をそっと挟んだことに気が付いた。

『起きている・・・かも?????どうしよう・・・ばれちゃった・・・』

優子は狼狽したが、今さらどうなるものでもない。そうかと言って、これ以上続けるのは変だった。

『ああんっ』

今度は大祐の唇の方から確かに動いて、直ぐ横にあった優子の乳首を挟んできた。もう間違いない、確実に起きている。今、優子の乳首の周りをそっと探るように大祐の唇が動き始めていた。

 

最初、大祐は何が自分の口に当たったのか分からなかった。ほんの少し優子の身体が動いて、小さな膨らみのようなものが唇を擦ったような気がしたが、まだぼうっとしていたこともあり、何が起こったのか分からなかった。

しかし、次第にはっきりと目を覚ましてからもじっとしていると、優子が自分から小さなぽちっとしたものを時折押しつけてくることに気が付いた。『乳首を押しつけてきてるんだ!』そう気が付いた時、大祐は信じられない想いに驚いた。優子を脅かさないようにじっとしたまま、優子の身体を洗った時のことを思い出していた。

最初、車の中で気を失うように眠っていた優子を揺すっても起きなかったので、仕方なく部屋まで連れて行こうと抱き上げた時、身体の芯まで冷たくなっていることに驚いた。さすがに高校生の女の子を抱き上げたまま、地下の駐車場から自分の部屋まで連れてくるのは重くて大変だったが、部屋に入ってからはもっと大変だった。部屋には空調がかかっていて暖かかったが、湿度が低くなっていたので彼女の身体から熱が奪われてますます冷たくなっていった。あちこち泥が付いて濡れている服が熱を奪っているのだ。紫色の唇が震え、身体が寒がっているのがよく分かった。

しばらく考えた挙げ句、彼女がこのまま気を失ったように寝てくれているのなら、シャワーを浴びさせても分からないだろう、と思ってバスルームに抱いたまま連れて行き、服を着せたまま温かいシャワーを浴びせた。しばらくそうやっていると震えは収まったが、よほど疲れていたのか安心したのか、揺すっても起きようとしなかった。

そこでリビングの暖炉に火を熾し、毛布を何枚も敷いて濡れた服のままの少女を寝かせ、上から毛布を被せて手探りで服を脱がせた。制服から手を抜くのが少し大変だったが、彼女の身体が柔らかかったのでそれ以外は思ったよりも楽にできた。

そして少女の身体を毛布の中で裸にすると、最後に泥の臭いが残っていると可愛そうだと思い、コンビニで買った清涼剤入りの紙製のボディタオルを毛布の中に差し込んで丁寧に身体を拭いてからジャージとTシャツを着せ、それから毛布を乾いたものと交換したのだ。

確かにTシャツを着せる時に、可愛らしい乳房をちょっと見たが、いつ目を覚ますかも知れないという状況の中ではじっくり眺められるはずもなく、どちらかというと時間に追われていて慌ただしい中での出来事だった。

だから、今、大祐の口にそっと当たっている可憐な突起の方が大祐にとっては時間を余り気にせずにこっそり楽しめる小さな幸せな時間だった。最初ははっきりしなかったTシャツの下から突き上げている小さな突起も、何度か彼女が身体を動かしている内にはっきりとしてきた。今は2,3分ごとに少しだけ身体が動いて大祐の唇にそっと擦られている。

しかし、大祐も彼女がわざと乳首を擦り付けているのかどうかはっきりとした自信があるわけではなかった。小さな胸に抱きかかえられている体勢なので、彼女の表情を見ることはできない。もしかしたら寝ている間に無意識にやっていることなのかも知れない。

大祐は一度意識をはっきりさせようと深呼吸を深めに、ゆっくりと何度かおこなった。それで身体に時々起こっていた小さな痙攣は収まったようだ。そのまましばらくじっとして、これからどうしようか、と考えていた。たぶん、大きな息をしたことは気づかれたかも知れないが、どのみち彼女の胸の中で息をしているのだ、大した違いはないはずだった。

すると、しばらくして再び彼女の身体が動いた。そして、今度はゆっくりと丁寧に乳房を押さえつけてからそっと擦り上げた。今までのように単に唇の上を通り過ぎていくだけではなかったので、大祐は思わずちょっとだけ唇を動かしてTシャツの中の突起を挟んでみた。

ちょっとだけ、彼女の身体の動きが止まったような気がした。一瞬『起きているのがばれてしまったか』と思ったが、そうではないようだ。ばれたのなら直ぐに彼女は起きあがるか、少なくとも大祐を抱いている手を離すはずだからだ。そのままじっと息を殺していると、再び彼女はTシャツの下の突起を押しつけてきた。