第10部

 

二人は二人でいることにだんだん慣れてきた。そして、それが今はとても自然だと感じ始めていた。晃一としては菜摘の笑顔が見られれば、さらに言えばゆっくりと過ごせれば申し分ないのだが、菜摘はあちこちで引っかかって店を覗いたり写真を撮ったりするので慌ただしいことこの上ない。しかし、晃一の腕に戻ってくるときはさりげなく戻ってくるので、いつの間にか菜摘がくっついても離れてもあまり気にしなくなってきた。

そうやって二人で歩いていると、広いディズニーの中も意外に早く移動してしまうものだ。気が付くとオーバーザウェイブの会場のすぐそばまで来ていた。

「良い場所、空いてそう?」

晃一が聞くともなしに訪ねたが、菜摘はそんなことお構いなしにどんどん中に入っていき、場所を確保してから振り返って晃一を手招きで呼んだ。

「時間まであんまり無いから、ここしかだめみたい」

「仕方ないよ。こっちはおまけでディズニーに来てるんだから」

「そうね、でもちゃんと見られる場所だもん。OKOK」

菜摘はそう言うと携帯を取りだした。どうやら写真を撮るつもりらしい。

「菜摘ちゃん、写真撮影は禁止じゃないの?」

「いいからいいから」

「ねぇ、それより、入り口の方でアイスとか売ってたと思ったけど、買ってこようか?」

「うん、お願い。チョコが良いな」

「わかった」

晃一はそう返事をして入り口の方に引き返したが、来るときには目に付いたはずのアイス売り場がいざ行こうと思うと見つからないものだ。ウロウロしているとやっとそれらしきものが見つかったが、今度は菜摘の言ったチョコ味がない。仕方なくフルーツのものを買って戻った。

「遅かったじゃないの。もう始まっちゃうよ」

「ごめんね。チョコ味が無くてさ。パッションフルーツ味なんだけど、これで良い?」

「これってシェイブアイスじゃないの。アイスクリームじゃないよ。まぁ、初心者には仕方ないか。うん、ありがとう。それに、美味しそうだし。コレクタブルグラスに入ってるし」

「ごめんね、良くわからなくてさ」

「気にしない気にしない」

「菜摘ちゃん、このカップってどうするの?」

「え?持って帰るわよ」

「いいの?」

「・・・・・・まぁ、ね・・・・・、じゃ、何でこんなのに入れて買ってくるのよぉ」

「ごめんよ・・・・・・」

「仕方ない。とにかく捨てるのももったいないから、何とかしましょ」

そう言うと菜摘はシェイブアイスに口をつけ、美味しそうに食べ始めた。

「それじゃ、もう一つ探してくるよ」

「良いのに。これ食べるから」

「うん、アイスが見つかったら菜摘ちゃんはそれを食べればいいし、見つからなければそのままだから」

そう言うと晃一は再びアイスを探しに出かけた。『もう、私一人でずっと食べなきゃ行けないの?』と菜摘は心の中で毒づいたが、晃一はさっさと行ってしまった。ただ、うっとうしい位の心遣いが今の菜摘には心地良いのも事実だ。

晃一は改めて考えた。闇雲に歩き回っても広さがあるだけに時間の無駄だ。探し方を変えなくてはいけない。そこで、周りを歩いている人をよく観察してみることにした。アイスの店があるなら、歩いている人が絶対に持っているはずだ。気がつかなかったのは気をつけて見ていないか、見落としているかだ。そこで周りの人をよく観察してみた。すると、アイスクリームバーらしきものを持っている人を見つけた。そしてその人の来た方向へとゆっくりと歩いて行くと、意外に簡単にアイスクリームワゴンを見つけることができた。幸いなことにアイスチョコバナナを売っていたので二つ買って慌てて戻る。

「遅いわよ。もう始まっちゃうじゃないの」

すでにプレショーが始まっている席に戻ると菜摘が口を尖らせていた。

「でも、ほら、アイスだしチョコだよ」

「お、あったんだ。・・・・って、アイスクリームじゃないけど」

「ごめんね。探してこようか?」

「ううん、もう良いの。始まるわ。見ましょ」

そう言うと菜摘はショーの方を見て目を輝かせている。『まぁ、がんばるだけはがんばったんだ。仕方ないさ』晃一はそう思っていると、

「パパ、ありがとう」

とショーを見ながら菜摘が言った。

「え?あ、見つけられなくてごめんね」

「ううん、私、知ってるの。売ってないんだ」

「ええっ?」

「言ってから気がついたの。ディズニーシーには無いんだ、チョコ味のアイス」

「なんなんだよ、それ」

「ごめんなさい、パパ」

そう言うと菜摘はほとんど食べてしまったシェイブアイスと食べかけのアイスチョコバナナを晃一に差し出して言った。

「パパ、一緒に食べよう。ね?良いでしょ?」

「うん・・・・・・・」

「パパが探してきてくれたから。私、初めて。こんな事してもらったの。夢が叶ったかな」

そう言うと菜摘は晃一の肩に頭を寄せてきた。

「私、パパがいなかったから、ディズニーに来ても、他の子が甘えてるのを見ると悲しくなったんだ。でも、今日はパパと一緒でしょ?私のわがままを聞いてくれるパパがいるの」

「そうだね。菜摘ちゃんの笑顔が一番うれしいよ」

「これ、ディズニー魔法なのかな?」

そう言うと菜摘は黙ってしまった。

「菜摘ちゃん?」

「パパ、見ないで。今、泣いてるから・・・・・、恥ずかしいから・・・・・」

そう言うと菜摘は赤く腫れた目でじっとショーを見ていた。

ショーでは密航者の兄と妹がディズニーの仲間と楽しい冒険を繰り広げている。そしてみんなハッピーになるという話だが、晃一も途中から結構真剣に楽しんでしまった。なんと言っても楽しい雰囲気で楽しめるのが良い。晃一自身にとっても久しぶりに楽しい気持ちになれるショーだった。

ショーが終わって観客が席を立ち始めると晃一も立ち上がったが、菜摘はしばらくじっと座ったままだった。

「菜摘ちゃん?」

晃一が声をかけると、

「あ、うん、行こうか」

と、何かに気づいたように席を立った。

「どうしたの?」

「ううん、何でもない。ちょっと浸ってただけ」

そう言うと菜摘は笑顔で晃一の腕を取った。まだ目は少し赤かったが、笑顔はさっきのままだ。菜摘は腕を組むと言うよりはぶら下がるような感じで、さっきまでよりもずっと晃一に甘えモードだ。

「ねぇ、パパ、これからどこに行くの?」

「菜摘ちゃんはまだ行きたいところ、あるでしょ?」

「ううん、もう良いの。次はパパに連れて行ってもらうんだ」

「どこに?」

「パパの行くところに」

「もう、行きたいところ、無いの?」

「うん、このまま次のところに行きたいの」

「次って、夕食かな?」

「うん、連れてって」

「中華だけど、良い?」

「もちろん。大好きだもん」

「でも、友達にお土産を買うんだったよね」

「そうだった。今となってはどうでも良いようなものだけど、義理は果たさないとね」

そう言うと菜摘は晃一の腕を引っ張りながらお土産屋に入っていった。ただ、ちょっと探すのに苦労したようで、3件目でやっと見つけることができた。晃一はどんなすごいものを買おうとしているのかと思ったが、菜摘が買ったのは小さなストラップだった。

「菜摘ちゃん、これが欲しかったの?」

「そうよ。ここでしか売ってないんだから」

「言っちゃ何だけど、こんなものが?」

「パパ、お土産は大きさじゃないの。パパが見ればくだらないものかもしれないけど、これは丈夫だし汚れないし、おまけにレアものなんだから」

「ごめんよ。くだらないなんて思わないけど、たぶん俺には本当の価値は分からないんだろうなぁ」

「ま、大人から見ればそんなもんよ。気にしないで」

「うん、そうする」

「それじゃ、パパのすごい車でレッツゴー」

「ははは、レンタカーだけどね」

「でも良いの。パパの車だから」

「了解。ちょっと時間かかるから、何か車の中で飲むものくらい買っていくか」

「わぁっ素敵」

そう言うと菜摘はワゴンサービスのドリンクを買ってくると、再び晃一の腕にぶら下がった。

「パパ、重い?」

「全然。菜摘ちゃんくらいなら簡単に持ち上がるよ」

「ほんとう?」

「やってみようか?」

「え、ちょっとパパ、きゃぁっ」

晃一は菜摘の腰をつかむと、ぐいっと高く持ち上げた。

「きゃぁぁ、パパ、分かったからおろして、早くぅ」

「ははは、どうだった?」

「びっくりしたけど、楽しかった・・・・、もう・・・・・」

「なあに?」

「ううん、何でもない。さ、行こ」

そう言うと菜摘は上機嫌で出口に向かって歩き始めた。このとき菜摘は、晃一に初めて男を感じた。自分を軽々と持ち上げる力は菜摘の経験の外だったのだ。力強く軽々と自分を持ち上げる晃一に菜摘はかなりドキドキした。

一方晃一は、言葉の弾みとは言え、菜摘の身体に初めて触れて、菜摘が思ったよりも華奢なことに驚いた。そして、腰の細さに女性の繊細さを感じた。もちろん、晃一が服の上とは言え、腕を組むのとは違い菜摘の身体に触るのは初めてで、つい『こんな華奢な女の子がベッドでは全裸で声を上げてもだえるのだろうか?』と馬鹿な想像をしてしまった。

無邪気に晃一の腕にぶら下がるようにして歩いている菜摘をふと見下ろし、晃一は複雑な気持ちになった。今はまだ『単に可愛らしい女の子と遊んで食事をしている』だけだが、もしこれ以上関わりを深めると、きっと晃一の方が菜摘に嫌われるか、晃一が菜摘の別の面を知って幻滅するか、どちらかへと進みそうな気がする。

普通ならこれ以上は近づかないようにするのだが、今は菜摘のペースでどんどん事が進んでおり、晃一は引きずり込まれていくような気がした。『これ以上のめり込んだら抜け出せなくなるかもしれない』と思うと怖い気もするのだが、笑いながら腕にぶら下がっている菜摘を見るとどうしようもない気もする。それに、菜摘とこうしているととても楽しいのだ。晃一は『とりあえずもう少し楽しもう』と思うと気持ちを切り替えた。

「パパ、何を考えているの?」

「え?何でもないよ」

いきなり菜摘に問い詰められて晃一は驚いた。

「私と一緒だと、疲れる?」

「違うんだ。夕食の場所に行くにはどのルートが一番良いか考えてたんだ」

「ナビがあるのに?」

「ナビは今現在の渋滞を回避することはできても、一般道の細かい具合は分からないし、最初に設定したルートが時間が進むにつれて混んできてもルート変更が上手くできないこともあるからね。特にこれから夕方だから、未来を予測しながらルート設定しないと」

「そうか、すっごい、パパ、ナビよりも頭良いんだ」

「ナビは機械だよ。人間にはかなわないさ」

「すごーい、パパ、がんばってね」

「うん、任せて」

二人が駐車場についてエンジンをかけると、晃一は目的地の店の電話番号を設定し、ナビの示すルートを考えてみた。ナビは最短ルートで羽田空港を抜けるルートを提案している。

「やっぱり最短ルートを設定してる。でも、今はまだそれほど混んでないみたいだけどこのルートはもうすぐ混んできてぎっしりと詰まった渋滞になる。たぶん、ちょっと混むけど横羽線を通った方が最後には早いと思うんだ」

そう言うと晃一はルートを変更し、車をスタートさせた。

菜摘は高級車のシートが電動でいろいろ動くのが楽しいらしく、まだあちこちいじって遊んでいる。

「菜摘ちゃん、着くまで1時間くらいかかるから、疲れたなと思ったらシートを少し倒して目をつぶってると良いよ」

「やだぁ、こんなチャンス、滅多にないんだから」

「そんなこと無いよ。菜摘ちゃんさえその気になれば、また連れて行ってあげるから」

「良いの?どこに連れてってくれるの?」

「菜摘ちゃんの行きたいところならどこでも。富士山でも湘南でも箱根でも軽井沢でも」

「本当に良いの?」

「うん、日帰りできるところならどこでも良いよ」

「ええぇ?日帰りだけぇ?」

「だって、菜摘ちゃんは外泊できないだろ?」

「う〜ん、そう言われれば・・・・」

「でも、日帰りできるところだっていっぱいあるよ。仙台や名古屋くらいなら日帰りできるんだから」

「うん・・・・・・・・・・でもね、もし、もし泊まれるならもっと遠くに連れてってくれる?」

「もちろん。菜摘ちゃんの行きたいところへね」

「良いなぁ、パパと一緒に旅行ができるなんて・・・・・」

「おいおい、お母さんが心配するようなこと言っていいの?」

「ママには言わないの。言えば絶対だめって言うから」

「普通はそうだろうね」

「私にだってママの知らないプライベートがあっても良いと思うの。だって悪い事してるわけじゃなし」

「そんなことを聞いたらお母さんが悲しまない?」

「パパ、パパはどっちの見方なの?」

「どっちの見方でもないさ。ただ、菜摘ちゃんとお母さんが仲良く暮らしてる邪魔をしたくないだけだよ」

「それは分かる・・・・気がする・・・・・」

「分かってくれてうれしいよ」

「あーあ、パパと一緒に暮らしてればいつでも甘えられるのになぁ」

「そうだね。俺も菜摘ちゃんみたいに可愛い子と一緒なら本当に楽しいと思うよ」

「それって私の外見だけを見て言ってるの?」

「まさか、性格もすっごく可愛いじゃない」

「ありがと。パパといつも一緒にいられたらなぁ」

「そうだね」

「ねぇパパ、パパはどこに住んでるんだっけ?」

「今度遊びに来る?社宅だけど」

「うん、行く行く。絶対行く」

「待ってるよ。美味しいものを食べに行こうか」

「うん。・・・・でも、社宅って他の人もいるの?」

「社宅って言うのは会社の持ってるアパートなんだ。だから、周りに住んでる人は全部会社の人だけど、部屋の中まで入ってきたりはしないよ」

「それじゃ、決まりっ。次の日曜日に行くね」

「良いの?勉強大丈夫?」

「気合い入れてがんばる。絶対に時間作るから」

「うん、それなら大歓迎だ。いっぱい勉強するんだよ」

「今度の土曜日に模試があるの。だから、パパにちゃんと喜んでもらえるようにがんばる」

「うん。菜摘ちゃんが笑顔で遊びに来てくれるのを待ってるからね」

「楽しみぃ」