第102部


 「友紀、どうしたの?見せたいものって何?」
「うん、ちょっとこっち、もっと明るいところで」
「なによ。私も話があるんだ」
「分かったから、それは後。まず見て欲しいの。目をつぶって三つ数えて」
「なんなのよ。もったいぶって」
「今見せてあげるから。さぁ、目をつぶって」
友紀がそう言って鞄に手をかけたので菜摘は取り敢えず目をつぶって三つ数えた。
その途端、バチンッと強烈な平手打ちを食らった。無防備だったので友紀の平手打ちは完全にクリーンヒットした。
「え?」
菜摘は何のことか分からなかった。
「何するのよっ!」
そう言って怒りの目で友紀を見ると、目の前の友紀は菜摘よりも遙かに怒っていた。その鋭い視線に圧倒されるくらいだ。
「よく見なさいよ。あんたに覗かれた人の顔を。人のプライベートを覗くなんて最低だけど、部屋に忍び込んで覗くなんて信じられない。良く平気な顔して私の前に出られたものね。あんた、人間としてサイテー。恥ずかしいと思いなさいっ!!」
余りの剣幕に菜摘は気圧されてしまった。菜摘はまさか友紀にバレているとは思っていなかったので、完全に出鼻をくじかれた。
「あ・・・あの・・・・」
「何よ。まだ言いたいことがあるわけ?部屋を覗く理由があるなら言ってみなさいよ。何かあるの?ええっ?」
「それは・・・・・」
その途端、菜摘は二発目の平手打ちを食らった。今度は少し首をすくめたが、それでもバチッと音がした。
「言えないでしょ?言えるはず無いわよね?勝手に忍び込んでこっそりと覗いて。その後電話で私が気付いていないか確かめたわよね?それで私が気付いていないと思って安心した?そんなバカじゃ無いわよ。ドアのロックの音、ちゃんと二人とも聞いてたんだから」
「・・・・・・・・」
「謝りなさいよ。ほら、謝りなさいよ」
友紀の猛烈な剣幕に、菜摘はもう逃げ場は無いと思った。同時に、あんなことをしたことを心から後悔した。とにかく今は謝るしか無い。
「ごめんなさい・・・・」
「ごめんなさい?あんなことしてそれだけ?それだけで済ますつもり?」
「ほんとうにごめんなさい」
「へえ?謝ってるんだ。それで謝ってるんだ。それがあんたの謝り方なの?それしか知らないんだ」
菜摘はどうしようも無かったが、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「謝るような事したと思ってるんだ。悪い事したって自分で分かってるんだ。自分でそう思ってるんだ。どうせ後でほのめかして私が驚くのを楽しむつもりだったんでしょ?そうやっておじさまとの間を邪魔しようと思ってたんだ」
「違うの、そうじゃない。友紀、聞いて」
「気安く呼び捨てにしないで」
「友紀さん、ごめんなさい。違うの、聞いて、聞いて下さい」
「何よ、言い訳?そんなもん聞きたくも無いわ」
菜摘はこのままでは友紀を友達として失ってしまうと思った。そんなつもりなど無かったと言っても聞いてくれそうに無い。ぐずぐずしている時間は無い。このままでは後数秒で友達が消えてしまう。菜摘は思い切って最後の手段に出た。
静かに公園の地面に膝を突き、深々と頭が地面に触れるくらい下げた。
「友紀さん、ごめんなさい。申し訳ありません・・・・」
菜摘が土下座したことで、ちょっと友紀の心が動いた。
「あら、ちゃんと謝る気になったの?」
菜摘がいきなり土下座したので友紀はちょっと気持ちを切り替えたみたいだった。しかし、怒りはまだ収まらない。正直に言えば、ザマアミロだった。
「はい・・・・ごめんなさい。本当にごめんなさい・・・」
「何か言ったら?良いのよ、言い訳くらいしても。ほら、言い訳しないの?」
「しません。全部私が悪いです。ごめんなさい」
菜摘が完全に非を認めたことで、少し友紀の心は落ち着いてきた。
「分かったわ。それじゃ、どうしてそんなことしたの?私が気付かないとでも思ったの?」
「そうじゃなくて・・・・・・最初は少しでもパパの側に居たくて、友紀さんと一緒なのは分かってたけど、でも、とりあえずマンションの前に行っただけ・・・」
「それがどうして中に入るのよ」
「カードキーを持ってるの。まだ・・・返してないの・・・」
そう言うと菜摘は土下座したまま、財布からカードキーを取り出して友紀に見せた。
「これ、おじさまを振った時に返すべきじゃ無かったの?」
「返そうと思ったんだけど、チャンスが無くて・・・・、返してって言われなかったし・・・」
その言葉に友紀はドキッとした。今、晃一が菜摘をかばっていることが確定したのだ。たぶん、そうだろうと思っていたことが現実になった。一気に友紀の身体から力が抜け、心の中で何かが崩れていく。晃一は嘘をついても菜摘を守ろうとしている・・・・。晃一が友紀の前で菜摘をかばったことがショックだった。友紀は晃一が自分より菜摘を取ったのだと思った。『おじさま、私より菜摘を取ったのね・・・・やっぱり・・・・・』そう思った途端、何かばからしく思えてきた。自分一人で何を騒いでいるのだろうと思った。
「はぁ・・・・・・・・。もう良いわ。立って」
「え?」
「ほら、立ちなさいよ」
そう言って友紀は菜摘を立たせると、近くのベンチに座った。
「それで?どうして入ってきたの?」
「部屋の前でカードキーをじっと見てた時に、携帯が鳴ったからマナーにしようと思って携帯を取りだした時に間違ってカードキーを鍵に当てちゃって、それでロックが外れて・・・・」
「偶然開いたって事ね。それで入ってきたんだ」
「ううん、うん、ううん、最初はね、謝るつもりだったの。ロックが外れた音は中にも聞こえてるはずだから、きっと友紀さんもパパも気付いてるって思ったから、玄関で謝るつもりだった・・・。鍵を持ってるのは私しか居ないし・・・きっと誰か玄関に出てくると思ったから・・・」
友紀は菜摘の言い訳は言い訳になってないと思った。中に入れば二人のプライベートな姿を見ることになる。菜摘は謝るとしてそれで気が済むかも知れないが、そんな時に謝られて嬉しいはずが無い。
「二人だけの時に、謝るためだかなんだか知らないけど、入ってこられて嬉しいと思うの?」
「ごめんなさい・・・・そうだよね・・・・ごめんなさい・・・」
しかし、今はいちいち怒っていても仕方が無いので菜摘の話を最後まで聞いてみようと思った。
「それで?」
「それで・・・・・中に入ったら・・・・誰も出てこなくて・・・・・・・・そしたら・・・・もしかして気付いてないかもって思っちゃって・・・・・だったら中の二人がどうしてるか知りたくなって・・・もしかして二人が何もしてなければ安心できるって思って・・・・・・ごめんなさい。私がバカだった。本当にあの・・・・覗きたかったわけじゃ無くて・・・・・でも、覗いたら見えたの・・・・」
「そりゃそうよね、覗けば見えるよね。覗いたんだもの、見えるわよねぇ」
友紀の言葉のとげに敏感に反応した菜摘は、再びベンチの下で土下座した。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
菜摘はまた思い切り頭を下げた。それを見ていて友紀はなんだか怒るのがむなしくなってきた。菜摘がしたことは許せないが、これ以上菜摘に謝らせたところで自分の気が晴れるとも思えない。ただ、菜摘に悪気が無いことだけは分かった。それが却ってやっかいだった。
「で、どうだったのよ」
「・・・なにが???」
「覗いたんでしょ?どうだったって聞いてるのよ」
「それは・・・・・・」
「言いなさいよ」
「・・・・綺麗だった・・・・・」
「え?」
その言葉は友紀にとって意外だった。もしかしたら友紀にこびようと思ってそう言ったのかとも思ったが、今の菜摘はびくびくして怯えており、とてもそうは見えなかった。
「友紀・・さん、とっても綺麗だった」
「おじさまは?」
「パパは向こう側だったからよく見えなかった。足は見えたけど」
菜摘の言葉で友紀は晃一の上で腰を振っている時だとわかった。しかし、今はもうどうでも良かった。
「菜摘、もうそれは良いから。ちゃんと横に座って」
そう言って再び友紀は菜摘をベンチに座らせた。
「それじゃ、見たのね、私が・・・ったとこ」
菜摘はこくんと頷いた。
「友紀・・さんを見ていたら、もう直ぐだって分かったの。だから、不思議だけどがんばってって思っちゃった。そしたら友紀さんの身体がスーッとピンクになったの。パパの手が友紀さんの胸を触ってた・・・・。綺麗だって思った・・・」
だんだん菜摘の話す様子が変わってきた。
「ごめんね、本当はね、最初、友紀さんが上になってお尻を動かしてた時、私、自分も同じ事して貰った事あるから、それなら私だってもう知ってるって思っちゃったの。そしたら、パパが友紀さんの・・・膝を持ち上げて、座った格好のまま友紀さんがお尻を動かし始めて・・・・、それって教えて貰ったこと無かった・・・・私、知らなかった・・・・・友紀さんだけしか・・・。友紀さんの中にパパのが出たり入ったりするのが見えたの・・・・、そしたらパパは友紀さんのものだって思った・・・・・きっと友紀さんは私の知らないこと、もっと教えて貰ってるんだって気付いた・・・」
菜摘の声は半分泣き声になっている。
「どこまで見てたの?」
「その後、直ぐに出たの。もう訳が分かんなくて、悲しくて・・・・・いつの間にか泣いてたし・・・」
「出る時鍵はかけたの?」
「ううん、出る時はかけなかった。もう音を出したくなかったから・・・・」
「そう・・・・それじゃ、その少し後なのね、鍵が閉まった音がしたのは・・・・」
「私、鍵はかけなかった・・・・・・」
「あのね、あの鍵は開けたまま少しすると、勝手に鍵がかかるの。開けっ放しは危ないから」
「そうなんだ・・・・・それじゃ、結局聞こえちゃったのね、閉まる音」
「そうよ、私は鍵が開く音を聞いたし、おじさまは閉まる音を聞いたの」
「そうなんだ・・・・バカよね。そんなこと、途中は全然忘れてた。ごめんなさい、私ってサイテーよね・・・。サイテーな事して、気付かれてないと思って安心して・・・・ごめんなさい・・・本当に・・・ごめんなさい・・・」
かすれた声で謝る菜摘の声に、友紀は怒りが少しずつ消えていくのが分かった。菜摘の話は信用できる。覗いていた時の様子はいかにも菜摘らしいと思った。
「痛かった?」
「え?」
「平手打ち」
「うん、結構来た」
「そう・・・・・・」
菜摘は友紀が許してくれるのかと思って少し期待したが、そんな簡単なものでは無かった。
「私、こんな風にひとをぶったの、初めてよ」
「そうなんだ・・・・」
菜摘は友紀の怒りの強さを思い知った。
「本当はね、まだ怒ってるの。もう一回ひっぱたきたいくらい。でも、菜摘を許しても良いって気持ちもあって、どっちにしようか迷ってるの」
「友紀さん・・・」
「友紀で良いよ」
「ありがとう。友紀、もう一回して・・・」
そう言うと菜摘は目をつぶってグッと顔を突き出した。途端にバチンと来た。
「あんたね、そうやって顔を突き出せば許してもらえると思ってるの?そんなに甘くないわよ。あんたのそう言うところが嫌なの、わからない?」
そう言って更に友紀はもう一回バチンと平手打ちを食らわせた。
「ううん、いいの。ごめんなさい」
菜摘は何回ぶたれても良いと思った。もう既に頬はひりひりして熱い。後は何回ぶたれても同じだと思った。それよりも、こうやって友紀と友達としての話ができる方が大切だった。
「もう良いわ。何回やっても同じだから。こっちの手が痛くなってきた」
そう言うと友紀はふてくされたように、
「ふぅー」
と息を吐いた。
「もう、あんたにはかなわないわ。謝る時も一筋なんだもん。怒ってるこっちが疲れちゃう」
そう言うと、友紀は言わなくてはいけないことを言うことに決めた。やはり菜摘にはかなわない。
「あのね、おじさまは優しくしてくれたけど、最後まで菜摘をかばってたよ。菜摘が入ってきたことには絶対気が付いてたのに。私が菜摘は鍵を持ってるのって聞いてもかばってたよ。私、あんたには適わないみたいね。私には分かる。おじさまは今でも菜摘を待ってる。あんな振られ方したのに。本当にみっともない。私、そんなみっともないおじさまを思ってるなんて嫌。こっちまで惨めになるから。だから、振っちゃうことに決めた」
「え?」
「だから、おじさまはあんたに返すよ」
「・・・・・・・・」
「私、おじさまのこと、あんまり好きじゃ無かったのかな?こんな風に振るなんて」
「そんなこと・・・・だって友紀・・・・・」
「もう良いの。決めたの。諦めるって決めたの。あんたには適わないもん。おじさまはいつだって、私の中に入っていたって、いつも私の向こうに菜摘を見てた。私が何回聞いても、絶対にそう言わなかったけど、それはおじさまの優しさ。でもおじさまが好きなのは菜摘よ」
「そんなことわかんないと思うけど・・・」
「あんたに分かる?ふと気が付いたら本気で好きになってて、いつも優しくしてくれて、旅行にも連れてってくれて、大切に抱いてくれる人がいるのに、その人には本当は自分よりも好きな人が居て、じっとその人を待ってるって気付いた時の気持ち。あんたに分かる?こんなに好きになってるのに届かないんだよ」
「でもパパは・・・・」
「パパ?その言い方だって、どんなに嫌だったか分かる?あんなことして、だから思いっきり復讐してやろうと思ったのに。思いっきり辛くしてやろうと思ったのに・・・それなのに土下座までして・・・・・・。どうしてそんなに謝るのよ。もっと見苦しく言い訳しなさいよ。もっとシラを切り通しなさいよ。そしたらあんたを思いきり憎めたのに・・・・もう・・・いいわ・・・終わりにする。このまま引きずるなんて絶対嫌」
「でも友紀・・・・好きなのに・・・・」
「そうよ。好きよ。ものすごくね。でも、それがなんなのよ。相手がそうじゃないなら仕方ないでしょ?」
「そんな・・・・・・」
「あんた、嬉しくないの?おじさまを返すって言ってるのよ。もっと喜びなさいよ」
「ううん・・・・・・・嬉しくない・・・・・」
「何で?私がこんな思いまでして返すって言ってるのよ?迷惑だとでも言いたいの?」
「そうじゃない・・・・・。でも、友紀がそんな思いしてるなら私はもっと辛い思いしないといけないと思うし・・・・・・私、きっとパパの所に行っても笑えない・・・」
「それじゃ、どうすれば良いって言うのよ」
「私、パパにも友紀にも酷いことしたから・・・・・幸せになる資格なんて無いと思うから・・・・・。どっちにも嫌われてるし・・・」
「そう、そう思いたいならそうすれば良いわ。とにかく私はおじさまから離れる。菜摘がどうしようと知ったこっちゃ無いわ。悲しむなり辛い思いするなり、あんたの好きなようにすれば良い」
「・・・うん、そうだね・・・・・・」
「もう、あんたって本当にお人好しなんだから。これじゃ、もう怒れないじゃ無いの」
「ごめんなさい・・・・・・・・・。でも、ありがとう」
「ほう、やっとその気になったの?」
「あのね、さっきまで私、友紀に言えない秘密ができちゃったって悲しかったの。バレてないと思ってたから・・・・・バカよね・・・・・。でも、友紀にバレてたならもう秘密なんて持たなくて良い。友紀が秘密を無しにしてくれたから・・・・素直な気持ちで友紀の顔を見られるから・・・・私のこと、嫌いになったと思うけど、私は友紀が大切だから・・・」
「あーあ、いい加減にして欲しいわね。そんなことで感謝してるわけ?土下座までしたのに?」
「だって、私が悪いから・・・・・・」
「もう、これじゃあんたを嫌いになんてなれないじゃないの。どうしてくれるのよ、全く・・・」
「ごめんなさい・・・・・」
友紀はもういい加減何とかして欲しいと思った。いつの間にか自分の方が悪者になっている感じだ。
「それじゃ、菜摘がどうやっておじさまにされたの?全部私に話してみて」
「どうやってされたって?」
「最初から最後まで、覚えてる限り全部話して。話せるでしょ?私が大切なら。私だって菜摘がどんな風にされてたのか知りたいんだから」
「・・・・・・・」