第115部



「麗華?今、出てきたよ」
『どうだった?』
「うん、明日相談に乗って貰うことにした」
『良かったじゃ無いの。結佳、頑張ったね』
「うん、それでね、さっきまで菜摘に会ってたんだって」
『え?オジサマが?菜摘に?』
「そう。ま、単に会ってただけみたいだけど。買い物に付き合ってただけみたいだし、その前に会ったのは麗華を紹介した時だって言ってたから」
『そう思う?もしかしたら単に合ってただけじゃ無いかも知れないよ?』
「どう言うこと?」
『結佳、気が付かなかった?オジサマのシャツ・・・』
「うん、気が付いた。リップの痕でしょ?」
『そう、あれは菜摘だったんだね』
「そうみたい」
『どう言うことだと思う?』
「それは、おじさんの胸に菜摘が口を押し付けたから、でしょ?」
『って事は・・・・』
「抱きしめられた・・・・」
『か、そうで無ければ偶然か、だけどね』
「偶然、ねぇ・・・・」
結佳はシャツに付いていたリップの痕を思い出しながら、偶然であんなにはっきりと跡が付くだろうか?と思った。普通、偶然であれば少しとは言え角度をずらすので中途半端な跡が付くのが普通だ。あれは意図的に押し付けた痕だ、と思った。
晃一は会社に戻る道すがら、明日の話がどうなるのか考えていた。いや、それを考えないと友紀に振られたショックがぶり返してきそうだった。菜摘に会えば何かが変わるかも知れないと思ったが、菜摘はどちらかというとよそよそしい感じで気持ちは全く見えなかった。それはそれでショックだった。
一方その夜、菜摘はまず友紀にメールを送ってみた。すると、直ぐに友紀から連絡が入った。慌てて友紀は携帯を持って自分の部屋から台所に移動した。
「ねぇ、もしかして菜摘、おじさまに会ったの?」
「うん、会ったよ」
「それじゃ、おじさまに行くことに決めたんだ」
「違うよ。友紀がどうなるか分かんないから、それまでの間勉強をサボらないようにって思ってマスコット買ってもらったの」
「それだけ?」
「そう。だから全部で40分くらいだったかな」
「菜摘から言えば良かったのに」
「そんなことできないよ。言ったでしょ?友紀が幸せに・・・」
「私、告られたよ」
「えっ?」
「そう、グッドタイミングって思ったでしょ?」
「そうじゃなくて・・・」
今日の菜摘は自分のことで精一杯で友紀のことまで気が回っていなかった。
「ね、誰だかわかる?」
友紀は嬉しそうだった。
「・・・・・・うん、6組の田中??・・・」
「えっ、何で知ってるの」
友紀は驚いたようだった。
「やっぱり・・・」
「やっぱりじゃないよ。どうして知ってるのよぉ。まだ誰にも言ってないのに」
「ごめん、黙ってて。高木と別れる前に聞いたんだ。田中が友紀に告るって」
「それを知っててどうして今まで」
「だって言えるわけ無いでしょ?本当に告るかどうかも分かんないのに」
「それもそうだね・・・・」
「それで、なんて返事したのよ」
「それは知らないんだ」
「当たり前でしょ?」
「へへへ、何だと思う?」
「OK????」
「ははぁぁん、やっぱりそうなんだ」
「なによ」
「私にOKして欲しいわよね、菜摘としてはさ」
「それは・・・・・」
菜摘はいじられてもじっと我慢した。OKならそれで良いのだ。
「でも残念でした。返事はしなかった」
「ええっ?どうして。何で言わなかったのよ・・・・」
「そんなに焦らないでよ。だって、私、だってまだ気持ちの整理着いてないもん」
「・・・・そうよね・・・・・・ごめん・・・・」
「そこで謝んないでよ。辛くなってくるじゃない。・・・・・でも、ごめん。もう少し待って・・・」
そう言われては菜摘としては何も言えない。元々何を言える立場でも無いのだ。
「そうよね・・・・・・わかった」
「ごめんね」
「何言ってんのよ。でも、良かったね、友紀」
「ありがとう」
「早く幸せになると良いね」
「フフ、そうなれば菜摘にも春が戻ってくるからね」
「そんな意味で言ったんじゃ無いわよ」
「わかってるわよ」
「でも、今日パパに、あ・・・」
「良いわよ、パパで。もうそれくらいなら大丈夫だから」
「ありがと。今日パパにマスコット買ってもらったから。これがあれば大丈夫」
「それで、買ってもらってから何かあった?」
「ううん、何も。直ぐに帰ったもん」
「ねぇ、さっき40分とか言ってたけど、どうしてせめてお茶くらいしてこなかったのよぉ」
「だって、そうしたら気持ちがめげちゃいそうで・・・・。それに、これから麗華とその友達に会うって言ってたし」
「麗華と?」
「そう」
「麗華と結佳に?」
「えっ、結佳なの?どうして知ってんの?」
菜摘は突然結佳の名前が出てきたので驚いた。
「だって、夕方途中まで一緒だったもの。二人はほかの方に行ったけど・・・」
「結佳なの?」
「分かんないけど、今日の話なんでしょ?たぶんそれって結佳・・・」
「結佳か・・・・」
菜摘は『拙い』と思った。麗華なら晃一に近づけても、仮に何かあったとしても深入りすることはないし、長続きする心配も無いから安心できるが、結佳は拙い。
「そう来たか・・・・そう言うことか・・・」
「そう言うこと?え?もしかして昨日の話?」
「そう」
「麗華が急いだ理由がこれってこと?」
「ねぇ友紀、どう思う?」
「どうって?」
「麗華が結佳を紹介した理由よ。ねぇ、そう言うことはそっちの方が得意なんだから教えてよぉ」
「慌てないで待ってよ。それは・・・・・結佳が自分からおじさまに相談に乗って欲しいって・・・・・言うわけ無いか・・・」
「絶対無い」
「ってことは麗華が誘ったわけだ・・・」
「そうよね」
「って事は、麗華は結佳をおじさまとくっつけようとしてるって事か」
「そうなの?」
「それ以外に何があるのよ」
「でも、そんなことして麗華に何の得があるのよ」
「それは・・・結佳に貸しを作りたい、とか・・・」
「貸し・・・・ねぇ・・・・」
「ねぇ知ってる?ちょっと気になること聞いたんだけど」
「なに?」
「結佳ってマグロだって」
「そうなの?って、私も聞いたけど・・・」
「もし、それが結佳の相談なんだとしたらさ・・・・」
「それって・・・・えっ?」
「拙いことになるね・・・・絶対」
「そんな・・・」
「そうでしょ?」
「・・・・そう・・・」
「私の時だってさ、最初は私が相談に乗ってたって形だけど、途中からは私の方が甘えてみたくて、それにおじさまが付き合ってくれてたって感じだったもの。それがどんどん先に進んじゃってね。気がついたら私の方が夢中になってて、それで・・・・・」
そう良いながら友紀は、自分が冷静に自分を見ていられるることに気がついた。
「・・・・・うん、わかってる・・」
「だからさ、結佳がそれをもし相談すれば、きっとおじさまだってさ・・。もしかしてあんな真面目っぽい子がさ、おじさまの目の前で服を・・・」
「言わないで!聞きたくない!わかってるから言わないで!」
「ごめん」
「ううん、こっちこそごめん・・・・・」
「・・・・・・菜摘、元気出しなよ」
「うん・・・」
友紀は何とか菜摘に立ち直って欲しかった。自分はもう少しで幸せになれるかも知れないのだから。それには何をすれば良いか、はっきりしている。
「私、がんばって答え出すから。そうすれば菜摘だって早くおじさまに行けるでしょ?」
「友紀・・・・・」
「ガンバ、菜摘。もう少しだけ待って」
「うん、待ってる・・・・待ってる・・・・」
「もう、何で私が菜摘を励まさなきゃいけないのよぉ」
「そうだね」
「3日前にあんたを思いきりぶったばっかりなのに・・」
「そうよね・・・そうよね・・・・私、酷い事した・・・・・」
「そうじゃなくてさぁ、しっかりしてよ菜摘ぃ」
「ごめん。ありがと。しっかりする・・・。ごめん、心配してもらって」
「もう、わかった。私、早く答え出す。だから菜摘もがんばるんだよ」
「うん」
「だからそれまでの辛抱だよ」
「うん」
「もう少しだからね」
「うん」
「でも、こうやって話してたらちょっとすっきりしてきた。ありがと」
「そうなの?」
「そう。気持ちがはっきりしてきた」
「良かった・・・・」
「あんたって、本当にお人好しだね。何も私を待って無くたってさ、さっさとおじさまのところに行って服を脱げば絶対丸く収まるのに」
「そんな言い方しないでよ。まるで私が身体で誘惑してるみたいじゃ無いの」
「そうね、ごめん」
「こっちは必死に勉強もしようって思って、無理して我慢しておじさまにマスコット買ってもらったんだから」
「でもさ、それってちょっとおかしくない?」
「どうしてよ」
「おじさまに会いに行ったんでしょ?それってもともとは会いたいって気持ちに素直になったわけでしょ?だからおじさまの代わりのマスコットになら毎日会えるって思ったんでしょ?そこまでしておいて何で気持ちを押し殺すのよ。我慢するのよ。マスコット買ってもらった時にもっと会いたいって言えば良いじゃ無いの」
「だってさ・・・・・おじさま、友紀に振られてショックなんだよ、今は・・・・」
「そうか・・・・・」
友紀の心がズキッと痛んだ。友紀にしてみれば今一番触られたくない部分だ。