第116部



「私、あんまり話しなかったけど、良くわかったもん。ちょっとだけ話したけど、おじさま、麗華のことは言ったけど、最後まで一言も友紀のこと言わなかったよ。今でも絶対大切に思ってるんじゃ無いの?」
「パパで良いわよ。そうよね・・・考えてみれば、私のしたことは菜摘と同じよね。突然別れ話をメールで送りつけてこっちから勝手に終わりにしたんだから・・・・・。私は私でいっぱいっぱいだったんだけどな。でも、そんなこと、おじさまには分かるわけ無いか。菜摘は分かってくれてるよね」
「わかってるわよ、そんなこと。そんなパパに私がのこのこと行けると思う?」
「無理よね・・・・・って、そんなこと言ってると、もしかして結佳が・・」
「あーん、どうしよう?拙いよぉ。結佳はだめぇ。ねぇ、どうしよう?」
「そんなこと言われても・・・・とにかく、もう少しだけ待って。そうしたら一緒に考えよう?ね?それまで待って、お願い」
「うん、待つ。待つからさぁ、ちゃんと相談に乗ってよね。なるべく早くね」
「もちろん、安心してて良いよ」
「わかった。絶対よ」
「そんなに心配なら自分からさっさと行けば良いじゃ無いの。おじさまだってきっと待ってると思うよ。あれだけ私が頑張ってもどうにもならなかったんだからさぁ」
「そんなこと言われても。今行ったら絶対私って自分勝手になっちゃうもん」
「自分勝手にふっといてよく言うわよ」
「それは友紀だって同じじゃないの」
菜摘は勢いで言ってしまって、しまったと思った。しかし、友紀は絶対気が付いているが余り気にしていないようだ。
「それはそうなんだけどね。私と菜摘って、言ってることは違うけど、やってることは同じなのかもね」
「それで妙に気が合うのか」
「そうかもね」
「じゃあ、気の合う同士で早く田中への返事、結論出してよね」
「そう言うところはきちっとしてるよね、あんたってさ」
「もちろん。だからお願いね」
「うん、それじゃあね」
「うん」
「お休み、菜摘」
「お休み、友紀」
菜摘は電話を切ると、不安と安堵が入り交じった複雑な気持ちになった。とにかく友紀の方はこれでなんとかなった。しかし、今度は結佳だ。菜摘は結佳のキャラが自分と半分くらい似ていることに気がついていた。友紀は自分と全然性格が違うので、晃一が友紀を好きなら自分のことは好きにならないと思っていたし、逆も同じ事だ。しかし、自分と結佳は似たところがあるし、真面目なおとなしそうな子、と言う意味では結佳の方が上だ。おまけに成績は比べものにならないくらい結佳の方が良いので知的な晃一には話が合いそうだ。もしかしたら結佳が深い仲になると、晃一も結佳もお互いにのめり込んでしまいそうな予感があった。
『どうしてこんな事になるのよぉ』と菜摘は思った。しかし、よくよく考えてみると、元は自分が麗華を紹介したことにありそうだ。麗華を晃一に紹介しなければ麗華が結佳を引っ張り出すことも無かったからだ。ただ、あの時はそうするしか無いと思ったのだ。友紀が本気で晃一にのめり込んでいくのを横で見ていて、晃一の心の中の友紀の存在を少しでも小さくするには麗華をぶつけて晃一の中の友紀を薄めるしか無いと思ったのだ。自分から正面切って会いに行けない以上、それしか方法は無かった。
『自業自得ってやつよね』菜摘は自分の浅はかさを呪った。結佳は頭も良いからきっと晃一と話が合うと思うし、キャピキャピした感じの無い、とても真面目な子だ。だからこそ、そんな子が真剣に晃一に相談を持ち込んだら、と思うと居ても立ってもいられない。晃一の方からのめり込みそうな気がしてしょうが無いのだ。
ただ、今の結佳には彼がいる。結佳が彼を好きでいる限り、結佳がのめり込むことは無いような気がした。しかし、もともとベタベタする方では無いので結佳は彼ができても淡々としていたし、二人で一緒にいるところを見た子は殆どいなかった。だからそれが気になった。
『でも、私にはこれがある』そう言って今日買ってもらったばかりのマスコットをそっと撫でた。『これはパパの気持ちがこもってるし、友紀も結佳も、麗華だってパパからのプレゼントなんか持ってない。私だけ・・・。私がお願いしたら直ぐに買ってくれた・・・』そう思うと少し力が湧いてきた。
菜摘は少し心が落ち着いたので、勉強を再開した。何としても、晃一にもう一度会う前に成績を上げておかなくてはいけない。それが菜摘のけじめだった。まずは下がってしまった成績を元に戻して、できれば20番くらい上げてから会いに行きたい。そうすれば菜摘が真剣なことを証明できる。菜摘は気力で机に向かうと、マスコットを何度も見ながら参考書を何度も読み返していった。
取り敢えず菜摘は晃一にメールを送ることにした。夕方伝えてあったのでメールを送っても不思議は無いはずだ。菜摘は気持ちを抑えながら、それでもさりげなく気持ちをたくさん込めてメールを綴った。
『パパ、今日は急に呼び出したのに時間を作ってくれてありがとうございました。買って貰ったマスコットは今大切に机の上に飾っています。実はこれ、勉強が止まりそうになった時に励まして貰うためのものなんです。』
とここまで書いて、この先にどう書くべきか迷った。『だって今でもパパが好きだから』と書けば晃一に急に連絡を取って買って貰ったことは説明できそうだがダイレクト過ぎて今の状況ではとても書けないし、単に『だって勉強をもっと頑張りたかったから』と書けば晃一を呼び出してまで買って貰った理由を説明できないような気がする。あれこれ考えた挙げ句、菜摘は『だってパパはいつも私を励ましてくれたから。そして今でもパパに『頑張れ』って言って欲しいから無理をお願いしちゃいました』と書いた。たぶん、これで気持ちは伝わった、と思うのだが、あまり露骨に気持ちを伝えられないことに問題がある。仮に晃一に気持ちが伝わったとして、晃一の方から誘ってきたら菜摘には断る理由が無い。と言うか断れる自信が無かった。しかしそれでは友紀が幸せになるまでは絶対晃一のところに行かない、と心に決めた自分に嘘をつくことになる。だからこそ気持ちを伝えるのは少しだけにしなくてはいけないのだ。菜摘は、そんなことは起きないと思いながらも晃一から誘われたらどうしよう、と悩んだが、それを楽しんでいることは本人さえ気が付かなかった。
そして最後に、『これを書いている今も机の上に飾っている素敵なマスコットをずっと眺めています。買って貰ってありがとうございました。 菜摘』
と書いて晃一に送った。これで気持ちは伝わっただろうか?と考えたが、正しく伝わっては困ることに気が付いて苦笑した。
そして、さっき友紀と話したように、真面目な結佳が晃一に優しくされたらあっと言う間に本気になってしまうのでは無いか?と再び心配し始めた。
菜摘や友紀が心配していることなど全く知らない晃一は、その日、夜遅くに会社から帰ってくると、部屋で焼酎のロックを飲みながら結佳の件をどうしたものか考え込んでいた。恋愛相談は正直言って得意では無い。会社の仕事の方がよっぽど楽だ。しかし、相談されているものを放り出すわけにも行かない。でもそうかと言って、また菜摘、友紀、麗華のように深い仲になってしまうと言うのも精神的にきついものがある。麗華については最初から一回だけという約束だったので、まだ精神的には楽だが、菜摘や友紀のようにこちらが心を開いている時に突然別れを切り出されると精神的なショックが大きい。もしかしたら少女達は大人だから大丈夫だと思っているのかも知れないが、それは年を食っているからとかというのとは関係が無いと思った。
ただ、菜摘は今でも好感を持ってくれいるらしいので、晃一の気持ちとしても菜摘に戻れれば一番良いと思っているのだが、今日の菜摘はよそよそしい感じで話を切り出す隙を与えようとしなかった。考えてみれば菜摘には彼氏が居るのだから、今さら晃一に戻ってくることなどあり得ないと思う。菜摘が何となく好感を示してくれるのは、単に晃一との終わり方に引け目を感じていて、何か別のことで償えるなら、と思っているからなのだろうと思った。そして、麗華を紹介したのもその一環なのだろうと思っていた。
『まぁ、今日会った結佳ちゃんは真面目な感じの子だから、どうこうなるってことは無いか・・・』そう思うとちょっと気が楽になった。友紀にふられてしまったので、別に結佳とどうなっても問題は無いはずなのだが、ほんの3日前に晃一の上に跨がって腰を振って肉棒を楽しんでいた子に突然ふられたので心がなかなか切り替わらない。友紀にメールを出してみようかと持ったが、ぐじぐじとみっともないことばかり書きそうだったので思い留まった。
その翌日、結佳は学校が終わってから麗華に教えて貰った晃一の連絡先にメールを送った。昨日一晩考えた挙げ句、やはり晃一に正直に相談してみようと思った。本当は、昨日別れた時点ではまだ完全に心は決まっていなかった。しかし、家で考えてみると友達などで解決できる類いの問題では無いのだから、全然違うアプローチが必要だと思った。ただ、麗華は気に入ってるようだったが、結佳から見る晃一は冴えないただのおじさんでしかなく、心の中のことを相談するのには不十分なような気がしたが、麗華が勧めるのだから、と、とりあえず麗華を信用することにした。
友紀は晃一と駅前で合流すると、昨日の話の通り食事にでかけた。結佳は学校の帰りに食事したことはあまりない。友達と食事できれば楽しいだろうとは思うのだが、お金がもったいない気がしてあまりしたことがないのだ。麗華のグループに居た時は何回か友達の相談が長引いて食事らしくなったこともあるが、それだってせいぜいハンバーガーだ。だから、家族や親戚以外ときっちりとした食事に出るのはほとんど初めてだと思った。晃一は結佳を誘うと駅前からタクシーに乗った。
「結佳ちゃん、一応嫌いなものとか会ったら教えてよ」
「大丈夫。おじさんの好きなもので良いです。気にしませんから」
「そう?それならいいけど・・・・・」
「おじさんのことだから、きっともうどこかを予約してるんじゃないんですか?」
「まぁ、ね・・・・」
「それならそこで良いですよ。あ、無理に我慢してるんじゃ無くて、本当に気にしないって言ってるだけですから」
「わかったよ」
「でも、おじさんはお酒とか飲むの?」
「今日?お酒?そうだな・・・ビールくらいなら飲むかな・・・」
「私が真面目に相談するのに、おじさんはお酒を飲むんですか?」
結佳の目が眼鏡の奥で光った気がした。
「そう言われると、やっぱり失礼かなぁ・・・・」
「違います?」
結佳はちょっとむっとしたようだった。晃一は拙いと思った。これでは相談に乗ることすら上手く行かなくなってしまう。
「それじゃ、お酒は止めるよ」
「それじゃぁって、私に言われたから?」
「そうだけど・・・・・」
「何か心配・・・・」
そんなことを話している内に晃一の予約している店に着いた。そこは看板に季節料理と書いてはあるが、旅館のような感じだった。部屋に案内されると、小さな6畳ほどの部屋だ。
「おじさん、ここって、もしかして料亭って言うんですか?」
「まぁ、そんなもんだね。でも、値段とかはそんなに高くないんだよ」
「教えてもらっていいですか?どれくらいお金がかかるのか。これは単なる興味から聞いてるだけで、相談とは関係ないんですけど
「今日のは一人六千五百円でお願いしてるんだ」
「6千円もかかるの?すごい」
「まぁ、居酒屋とかよりはどうしても高くなっちゃうけど、ゆっくり話ができるからね」
「仕事でこういうところに来たりするんですか?」
「まぁ、偶にだけどね」
「私、仕事で食事って言うのが信じられません。仕事なら会社ですれば良いのに、会社のお金を使って食事するなんて」
「それもそうだね。接待って何なんだろうって思う時はあるよ」
「私ってまだ仕事ってしたこと無いから、高校生の目でしか見られないからこんなこと言うのかも知れませんけど。でも、おじさんは頭から否定したりしないからちょっと安心しました」
「良かった。今の話がテストだったんだね」
「そんなことありません。でも、ちょっと安心したのは事実です」
そんなことを話していると、最初の料理が運ばれてきた。仲居が出て行くと、
「それで、結佳ちゃんの相談て、もう少し聞かせて貰えるかな?」
と聞いたが、途端に友紀は下を向いて黙ってしまった。
「話し難ければゆっくりでいいよ。誰だって自分の心の中を人に見せるのはとても大変なんだから」
そう言うと晃一は黙り込んだ。
結佳はいよいよ話す時が来たと思うと、ものすごく緊張した。正直、何から話せば良いのか分からない。そこで、
「おじさんから聞いて下さい。私が答えますから」
と言った。
「そうか、それならね・・・・・・」
と晃一はちょっと考えた。
「それじゃ、彼って年上なの?」
「いいえ、同級生です」
「いつから付き合ってるの?」
「4ヶ月くらいになるかな・・・・」
「告ったのはどっち?」
「彼の方」
「告られて結佳ちゃんはどう思ったの?」
「それは・・・・最初はちょっとびっくりしたけど・・・・良いかなぁって・・・」
「それじゃ、嬉しかったんだ」
「それは・・・・・・・・・・・そうです」
「付き合い始めてからは順調に進んだの?」
「一緒に街に出たり、一回秋葉原に行きました。それとサンシャイン水族館」
「どんな感じだったの?結佳ちゃんが甘える感じ?」
「ううん、同級生だから甘えるってのは無いと思いますけど・・・・。どっちかって言うと友達みたいな・・・・」
「友達?でも好きなんだよね?」
「好きって言えばもちろん好きですけど、私、それほどべったりくっついたりしないんです」
「それじゃ、メールは?」
「もちろんメールくらいしますけど」
「毎日?」
「はい・・・、今は一日おきくらいかな・・・・」
結佳は嘘をついたことにちょっと心が痛んだ。本当は週に2回くらいメールを出すが、1回くらいしか返ってこない。それも、簡単なものだった。
「友達同士の普通の会話?」
「付き合ってる同士です」
「おっとごめん。付き合ってる同士って事は、好きだとか?」
「そんな事はメールに書きません」
「そうなんだ・・・・」
「でも、そう思いますよね?私はそれが普通だと思ってるけど、他の人が聞いたら付き合ってるって感じしないと思います」
「本人達が満足してれば何でも良いんだけどね?」
「それが・・・・・・」
今まではきはきと答えていた結佳の口調が急に重くなった。さすがにこれ以上繕える雰囲気では無い。
「彼は満足してないの?」
「そう・・・・・みたい・・・・・」
「それで悩んでるんだ」
「はい・・・・・」
「彼って、もっと結佳ちゃんと一緒に居たいって思ってるのに居られないから不満なの?」
「それもそうかも知れないけど・・・・・」
「それじゃ、結佳ちゃんが甘えてくれないから、とか?」
「それは違うと思います」
「結佳ちゃんとのコミニュケーションが足りなくてもっとって思ってるのかな?」
「それもあるけど・・・・・・」
「彼にしてみれば自分の気持ちを受け入れてくれないとか?」
「それもある」
「そうなんだ・・・・・」
結佳はだんだんもどかしくなってきた。こんな質疑応答を繰り返していても本当に相談したいことにはたどり着けない。
「あの・・・・・不満なんだと思います・・・・」
「不満?彼の気持ちを結佳ちゃんが受け止めないから?」
「そんなことは無いんだけど、向こうはそう思ってる見たい」
「でも、向こうがそう思ってるって事は、結佳ちゃんと意見が違うって事だろ?それって心が通じ合ってるって感じじゃ無いよね」
結佳はカチンと来た。そんな言い方されるとこっちが悪いみたいに感じてしまう。
「違うんです。結局、いくら好きだって・・・上手く行かないから・・・・」
「気持ちがすれ違っちゃうのかな?」
「気持ちがあったって上手く行かないことだってあると思うんです。だって、みんな違うでしょ?だから、みんなが同じになんてならないと思うんです」
「それはそうだけど、うーん、えーと、彼は同じじゃ無いと嫌なのかな?」
「そうみたい・・・・・」
「それなら彼にちゃんとそう言えば良いのに・・・・」
「言いましたよ。もちろん。だけど、それじゃあどうすれば良いんだって言われて・・・」
晃一は何か話の方向が結佳と合っていないような気がした。恋愛論のようだが、いやに彼の反応が具体的だ。