第117部



「もしかして、それってさ・・・・・・怒ったらごめんね、あの・・・・彼との・・・・・エッチとか?」
「・・・・・・・」
「ごめん。違ってたら謝るよ」
結佳はここでどうするか究極の選択を迫られた。しかし、相談すると決めた以上、ここで繕ったら今までのがんばりが無駄になる。思い切って言ってみた。
「・・・・・・・・そうですよ。他に何があるんですか」
結佳は少し怒ったみたいだった。
「私だってどうすれば良いのかわかんないのに、向こうは向こうでこうなるはずだ、みたいなのがあって、私だって怖いのに・・・・・」
「自分勝手なエッチをしたがるの?」
「そうでも無いんですけど・・・・・・痛いんです」
「痛いって、触られると?」
「はい、すごく痛い時があって・・・」
「まだ身体の準備ができてないのに触られたりするの?」
「そう言うのじゃなくて、私って敏感すぎるんだと・・・・」
さすがに結佳の口は重くなってきた。
「よく分かんないけど、そう言うことならゆっくりと時間を掛けていけば良いだけなんじゃ無いの?」
「それがそうできないから問題なんです。だって、二人ともわかんないから相手が悪いみたいな雰囲気になっちゃって、それで気まずくなって・・・・」
「それで、彼はどう言ってるの?」
「どうって?」
「今度はこうしてみようとか・・・・」
「そんなこと・・・・・」
「言ってこないの?」
「・・・・・・・はい・・」
「お互いに話し合った方が良いと思うけどな。それって結構大切だよ」
「でも、私だってどうすれば良いかわかんないし、彼は彼で私が痛いって言うと機嫌悪くなるし」
「それは何となくそうなるような気もするけど・・・・・」
「それで最近、彼の方は別の子を気にしてるみたいで・・・・」
「ええっ?」
「だって私とだと上手く行かないから」
「それは身勝手だなぁ・・・・」
「男の子ってそう言うものなんでしょ?」
「それはそうかも知れないけど、それにしても・・・・」
「何か、私だって傷つくんです。彼と居るとまるで私の身体が変みたいな感じになっちゃって・・・」
「それはそう感じても不思議は無いけどさ・・・・・、それにしても上手く行かないからって他の子って言うのはどうなのかなぁ・・・・・。喧嘩とかした?」
「したって言うか、してないって言うか・・・・・・・連絡無いって言うか・・・・・あることはあるって言うか・・・・」
「そうか・・・・。辛いね」
「そんなこと・・・・・言わないで下さい。悲しくなるじゃないですか・・・・・・」
結佳はそう言うと目を伏せた。目が赤くなっているようだった。晃一はどうしようか迷った。このまま慰めればそれはそれで良いのかも知れないが、それを結佳が望んでいるとは思えなかった。
「ねぇ、結佳ちゃん」
「・・・・・・・はい」
「俺、思うんだけど・・・・・・」
「はい・・・・・・」
「恋愛って二人居て初めて成立するものだから、どっちが欠けたってダメだと思うんだ。そして、どっちかが他の方向に向こうとしてるのなら、努力して自分に向かせるか、思い切って諦めるか、その二つしか無いと思うんだよ」
「・・・・・はい・・・・・でも・・・」
「ん?なんだい?」
「もう努力はしたとして、それでも上手く行かなかったら?」
「もっと努力するか、諦めるかだろうね」
「もっと努力しなくちゃ行けないんですか?」
「それだけの価値があるならね。何だって努力は辛いものだからね」
「私・・・・・分からなくなってきてます。どうして私、こんな思いをしなくちゃ行けないのか」
晃一は、どうやらこの相談の件は簡単に済みそうだと思った。結佳は辛い思いをしているが、ちゃんと自分で状況を把握しているし、自分の考えもしっかりしている。意外に簡単に結論を出すのでは無いかと思った。
一方結佳は、思いがけなく相談することになり、怖々話をしてみたが、晃一が厳しく当たるわけでも無く、単に慰めるだけで無く、気持ちとしてはとても辛いのだが晃一の中に何か暖かさのようなものがあると感じていた。麗華が相談を勧めてくれたわけが分かったような気がした。
「結佳ちゃん、誰だって未来は見えないんだから、分からなくなったって何の不思議も無いよ。俺だっていつも分からなくなるから」
「でも、それは自分の回りのことがどうなるかでしょ?私・・・今は自分の気持ちだって分からなくなってきてる・・・・・」
「自分の気持ちが分からない時って、俺の経験から言うと分かってるのに自分でそれを認めたくない時なんかだけどね・・・・」
「私、本当に自分の気持ちが分からないんです」
「もちろん、そう言う時だってあるさ。良いじゃ無い、気持ちがはっきりするまで待てば」
「それまでの間、私、どうやって付き合っていけば良いんですか?好きだと思い込んで付き合い続けるの?それとも好きじゃ無いのに付き合うの?」
「それは・・・・・・・」
さすがに晃一も言葉に詰まった。結佳は頭が良いだけに正確に問題を突いてくる。
「分かってます。おじさんにこんなこと私が言ったって意味無いって事。私の問題なんだから、私が自分で決めないと行けないんですよね」
「そうだね。結佳ちゃんは正確に状況を理解しているし、自分が何をしなくてはいけないのか分かってる」
「私、分かってるんですか?」
「そうだよ。今言ったろ?自分で決めないと行けないって。それがしなくちゃ行けないことでしょ?」
「いつまでに?」
「それを決めるのも結佳ちゃん自身だよ。ついでに言わせて貰うと、決めることをしないって決める。つまり、何もしないって言うのも一つの選択肢だよ。流されるって言えば聞こえは悪いけど、それも時には大切だからね」
「それって、自分で責任を放り出すことじゃないんですか?」
「違うよ、全然。だって、自分で決めないって決めたんなら、その後に起こることは自分で納得して出した結論の結果なんだから、自分には受け止める責任があるでしょ?単に何も考えずに流されていくのとは全然違うよ。少なくとも自分の中では。回りからはどう見えるか知らないけど」
「そうですね・・・・・・・・・」
結佳はそれを聞いて少し気が楽になったような気がした。何故だか分からないが、何となく自分がするべきことが見えてきたような気がしたのだ。だから話を変えてこの話題から一旦離れることにした。
「おじさんて、いつもこんな相談に乗ってるんですか?」
「まさか、そんなわけないよ」
「でも、相談に乗るのがとっても上手だから・・・・」
「それってもしかして、褒めてくれてるの?」
「思ったままを言っただけです」
「それじゃ、勝手に褒めて貰ってるんだと思い込んで喜ぶことにするよ」
「はい」
そう言うと結佳はちょっと微笑んだ。キリッとした顔立ちの結佳が微笑むとドキッとするくらい可愛い。食事はあらかた終わり、後はデザートだけだった。
結佳はどうしようか考え込んでいた。恋愛相談はこれで終わりにしても良さそうだ。しかし、それだと一つ解決しない問題が残ったままになる。それをどうするか、なのだ。結佳はどうしようか考え込んだが、自分でもどうして良いか分からないので、それをそのまま晃一に聞いてみることにした。
「あの・・・・・・一つ・・・・・教えて欲しいんですけど・・・・」
今まで朗らかに微笑んでいた結佳が急にまた真剣な顔になり、伏し目がちに晃一を見つめた。
「なんだい?」
晃一は今までの雰囲気のまま、気楽に返事をした。
「あの・・・・・教えて下さい・・・・・」
「何の話?」
「どうして私って、いつも痛くなるんですか?気持ちが足りないから?」
「え?」
「・・・・・・・あの時・・・・・・・・・」
「それは、結佳ちゃんの身体がまだ準備を終わってないのに結佳ちゃんが受け入れようとするからだと思うよ」
「つまり、それって私が悪いって事?」
結佳は意外だというような感じで答えた。
「そうさ、だって結佳ちゃんの身体は結佳ちゃん一人のものでしょ?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「だったら、他の誰でも無い、結佳ちゃん自身がきっちり面倒を見てあげないとね。他の人には絶対できないことなんだから」
結佳は何か言おうとしたが、ちょうど仲居が入ってきたので黙り込んだ。仲居は二人をちょっと不思議そうに眺めたが、何も言わずにデザートを置いて出て行った。
「結佳ちゃん、何か言いたいこと、あるんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「言ってごらん。たぶん、その方が良いと思うよ」
「あの・・・・・おじさんだったらどうすれば良いか知ってますか?」
「え?俺が?わかんないよ、そんなこと」
「私がどうすれば良いか分からない時、どうすれば良いんですか?ずっとこのままですか?」
「そんなこと言われても・・・・・」
「おじさんだったら私に教えてくれないかって思ったんですけど・・・・・」
晃一は考え込んだ。しかし、仮に結佳が晃一に教えて欲しいと言っても上手く行くとは思えない。
「結佳ちゃん、俺のこと、好き?」
「え?そんな・・・・・・・・好き、では無いです」
「そうでしょ?」
「ごめんなさい」
結佳は頭を下げた。
「好きでも無い人に教えて貰おうったって、結佳ちゃんの身体が反応するとは思えないよ。きっと、彼氏以上に痛くなっちゃうんじゃ無い?それに、きっとものすごい勇気がいると思うんだ。それだけ勇気を振り絞っても上手く行かなかったりすると、結佳ちゃんがもっと傷つくんじゃ無い?」
「はい・・・・そうですね・・・・・・」
「だから、彼に相談して結佳ちゃんの身体の様子を見ながら、一番良い方法を探していくべきだと思うんだ」
「それはもう無理です」
「無理なの?」
「はい、もう私が頼んでも無理だと思うんです・・・・もう・・・・」
「そんな・・・・・・・・」
「私、彼がそう思っても仕方ないと思ってるから・・・・。それだけのことがあったから・・・・。私に興味を持ってくれる人なんて他には・・・・」
「そうかなぁ?他にもいっぱいそうだけどなぁ。こんなに綺麗なのに・・・」
「そんなこと言っても、現実に誰も来ないし、そう言ってるおじさんだって結局・・・」
「いっておくけど、結佳ちゃんはとっても可愛いし、正直に言えば俺だって男だから結佳ちゃんに興味が無いわけじゃ無い。って言うか、あるよ。でも、結佳ちゃんが幸せになれないんなら、それはするべきじゃ無いと思うんだ」
「上手な言い方ですね・・・・・」
どうやら結佳は晃一が逃げを打っていると感じたらしい。
「そんな言い方されると、俺だって悲しいけど・・・・・・。本当のこと言えば結佳ちゃんにもっと近づければ良いなって思うよ。でもさ・・・」
「たぶん、幻滅すると思います・・・・・・」
「そんなことないよ」
「おじさん、麗華のこと、どう思いましたか?」
「麗華ちゃん、綺麗な子だね。はっきりしてるし」
「麗華と何かありました?」
「それは・・・・・」
晃一はいつものように『言えるはずが無い』と言おうとした。しかし、結佳の眼差しを見て考え込んでしまった。結佳は真剣だ。お為ごかしは通用しない。
「分かったよ。言っておくけど、今まで一度も誰にもあの子とどうなったとかこうなったとか言ったことはないんだけど、結佳ちゃんには本当のことを言ったほうが良いみたいだね。うん、あったよ。一回だけだけど・・・・・」
「私だけに言うんですか?」
「そうだよ。神に誓って言うけど、本当に他の子には絶対に一度たりとも言ったことはないんだ」
「どうして私にだけ?」
「わかんない。でも、何か結佳ちゃんにだけは言った方が良いような気がするんだ」
「どうして1回だけなの?」
「麗華ちゃんとの約束だから」
「麗華がそう言ったの?」
「うん、そうだよ」
「どうして?って聞いても良いですか?」
「麗華ちゃんが言ってたけど、元気が欲しいし、甘えてみたいからなんだって」
「麗華が甘える?」
「そうだよ。ちょっと意外だろ?だから、結佳ちゃん、絶対に言わないでね。結佳ちゃんを信用して言うんだから」
「麗華が・・・・・甘える・・・・・・麗華が・・・・・・」
結佳は麗華の心の中を覗いてしまったような気がした。ただ、昨日の麗華の様子からは今の彼氏と上手く言ってるような感じのことを言っていた。だから、一回だけというのは今の彼氏を大切にしたいからなのだろう。身勝手だとは思ったが、なんとなく分かるような気もした。麗華も真剣だったからこそ、そう言うお願いを晃一にしたのだろうと思った。
「結佳ちゃん・・・・」
「麗華、綺麗だった?」
「え?」
「綺麗だった?」
「そうだね・・・・。でも、そんなことは聞かないで欲しいな」
「はい、ごめんなさい。でも、私、そうじゃないから・・・・・麗華みたいになりたいのに・・」
「え?そんなことは無いよ」
「どうしてそう言えるんですか?おじさん、私のこと、見たこと無いでしょ?女の子同士はお互いを知ってるけど」
「身体のラインのことを言ってるの?」
「ライン・・・・・・」
「女の子が綺麗だって感じるのは、身体のラインとは別だと思うけどな?麗華ちゃんが綺麗だったのは、心が素直だし、自分に真面目で真剣だったからだと思うけどなぁ・・・」
「そうなんだ・・・・・・・」
結佳は晃一の言葉が意外だった。今までそんな風に考えたことは無かったからだ。
「うん、もう一回言うけど、絶対内緒だよ」
「はい、忘れます」
「ありがと。今日は真剣に相談してくれてありがとう。嬉しかったよ」
「はい・・・・・・・・」
「それじゃ、出ようか」
「はい・・・・」
結佳は他にも何か言いたそうだったが、晃一に促されて店を出ると後は黙り込んでしまった。そして二人は駅で別れた。