第118部



晃一は、どうやらきちんと対応できたと思った。これで麗華の依頼に対して義理が果たせたと思った。帰りの道すがら、結佳は真面目で可愛いというか綺麗な子だったが、あれで何とか立ち直ってくれると良いのだがと考えていた。
一方結佳は、自分の部屋に戻ってきてからずっと考え込んでいた。晃一にはあんなことを言ったが、麗華のことは忘れようと思って忘れられるものでは無い。結佳が知っている麗華は一つ下の彼氏のことをとても好きなはずなのに、どうして麗華は晃一に抱かれたのだろう?雰囲気からするとどうやら麗華の方から誘ったとしか思えない。晃一が麗華を誘ったとして、その気が無いのなら麗華が同意するとは思えないのだ。それに、今日の話でも、晃一は別に結佳を誘うようなそぶりは全く無かった。それとも、彼氏がいるのにそれを放り出してもだいて欲しいと思えるくらい晃一は魅力的なのだろうか?そんなことを考えてはみたものの、どうもすっきりとしなかった。
もちろん、今日の話で晃一が身体を目当てにしているわけでは無いと言うことくらいはわかってきたので、それで安心した部分は大きいのだが、おじさんほどの年になれば高校生など眼中に無いのかも知れないからそれはそう言うものなのだろう。晃一が全く手を出す気が無いのなら、自分が相談で持ちかけていることについては結局全部自分で何とかしなくてはいけないと言うことになる。
晃一にも言ったが、今さら結佳の方から彼を誘える状況では無いし、例え誘っても乗ってくるとは思えなかった。だから、相談を持ちかけた本当の理由を言えば、彼とよりを戻すのが目的では無く、今後好きな人と愛し合う機会ができた時に悲しい結果になるのを何とかしたいと言うのが本音だった。もちろん、簡単なことでは無いと思う。既に一通り試してみたのだから。だから、どちらかというと恋愛問題と言うよりは自分の身体の問題と言うか自分の身体をどう扱うべきなのかと考えた方が良いのかも知れないと思い始めていた。
結佳は男の子は単純で良いと思う。身体の中で変化を起こすところは一カ所しかないし、後は女の子を見て触ってあの部分を入れればそれで気持ち良くなれるが、女の子は身体中を触られるので、胸もあそこも全部準備ができていなければならない。大学生や大人の女性なら適応する方法も良くわかっているのかも知れないが、経験が少ないうちは上手に自分の身体を扱わないと直ぐに痛かったり気持ち良くなかったりしてしまう。それを男の子が納得してくれれば問題ないが、男の子に自分が気持ち良くなりたいという思いが強いと女の子の責任になってしまうことも多い。それが結佳には辛い。
ただ、麗華と話した時は漠然とした感じだったが、今日晃一と話をして頭の中がはっきりしてきた。今までは彼への未練と身体のことがごっちゃになっていたのだが、今は彼のことを切り離して考えられるようになっている。
それなら、今の結佳にできることは一つだ。結佳はメールを打ち始めた。
そしてそれを晃一が読んだのは寝る直前のかなり遅い時間だった。
『結佳です。私、身体のこと、やっぱりおじさんに相談に乗って貰おうと思います。土曜日、学校が終わったら時間を下さい。場所はどこでも良いです。彼に頼むよりおじさんに頼みたいから。もし上手く行かなくても、それはそれでいいから』比較的簡単なメールだったが、呼んだ晃一はびっくりした。さっき、あれほど話をして、結佳も納得したはずなので、まさか自分に頼んでくるとは思えなかったからだ。しかし、何となく麗華と言い、結佳と言い、ちゃんと真面目に自分の人生を考えているので、次々に相手が変わる割には嫌な気がしない。ただ、精神的には切り替えが大変だが。
もう一人の菜摘の方は、麗華に問いただすかどうか迷っていた。問いただすことはたやすいが、今の自分には晃一が彼だと言えるわけも無いし、自分からアプローチすることもできないからだ。今の菜摘にできることはマスコットを眺めながら勉強することくらいだった。勉強はのろのろとしか進まなかったが、それでもマスコットがあると無いとでは全然違う。とにかく、晃一を振ってからしばらくの間に落ちた成績を何とかしないと晃一に恥ずかしくて顔向けできない。菜摘はくじけそうになる気持ちを何度も立て直してゆっくりと勉強を進めていった。
土曜日までの日は結佳にとっても長くて辛い日だった。自分からああ言うメールを出しはしたが、好きでも無い人に身体を見せるなど、どう考えても普通では無い。だから、きっと晃一と会っても、直ぐに我慢できなくなって逃げ出してきてしまうのでは無いかと思っていた。しかし、逃げ出してしまうのが分かっているならキャンセルした方がよっぽどマシだし、それなら元からこんな話などしなければ良いのだ。だから結佳にとっては、直ぐに全部無しにしてしまいたくなる気持ちを何とか押し留めて土曜日まで気持ちを持たせるだけでも大変だった。前日の金曜日には麗華にどうなっているのか聞かれたが、土曜日に相談に乗って貰う予定だというと、それ以上何も聞かずに直ぐに帰って行った。それは麗華にしてはあっさりしすぎているような気がしたが、結佳にとっては細かいことを聞いて欲しくなかったのでラッキーではあった。
ただ、結佳にとって都合が良かったのは、木曜日辺りから自分の気持ちの中に少しだけ変化が現れてきて、相談に乗って貰えば良い結果が得られるかも知れないと思うようになってきたことだった。それは、晃一との話を冷静に振り返ることができるようになったからだが、同時に少なくとも話をすること自体は結佳にとって楽しみになってきたと言うことでもあった。
ただ、それと身体のこととは全く別で、話をするのが楽しみになってきたからと言って晃一の前で服を脱げるはずも無い。特に結佳は自分の胸が小さいことに大きなコンプレックスを持っていたので、そう簡単に相談が進むとも思えなかった。しかし、スムースに進まなくても仕方が無い、晃一に迷惑を掛けるかも知れないが、それでも良いと思えるくらい晃一を信用できたのは大きな進歩だった。
一方、菜摘はじっと時間が過ぎるのを待つしか無くイライラする一方だった。友紀からはその後まだ報告は無い。友紀は新しい彼と毎日メールをしているし、土曜日にはデートだという連絡は来ているが、まだ友紀が付き合うことに決めたという連絡は来ていなかった。
菜摘としては、とりあえず今は晃一に買ってもらったマスコットがあるので勉強だけは何とか続けていられたが、時間がかかる割に効果は今一歩だった。つくづく晃一が一緒にいてくれないとだめだと思った。しかし、晃一に会うためには自分の中にけじめを付けなくてはいけない。学校の成績を元に戻してからで無ければ恥ずかしくて晃一に謝ることさえできないと考えていた。もちろん、そんなことをしなくても会うことならできるはずだが、それをすると自分がもっとだめになってしまいそうで怖かった。
ただ、成績を元に戻すと言っても、短い間だったが晃一に褒めてもらいたくて全力で集中して成績を上げた後だったので、そこまで戻すのは楽なことでは無い。今回勉強に気合いを入れ直してみて、あの時は本当に全力で勉強したのだと痛感した。そして、好きな人が協力してくれないと成績が上がらないのだとしたら、この先の学生生活はどうなるのだろうとも思った。しかし、そんなことを嘆いていても仕方が無い。菜摘は頭を切り換えると再び机に向かった。
その友紀は、菜摘に返事をしなくてはいけないことはわかっていても、相手が大人と高校生ではあまりに違うので気持ちの切り替えが上手くいかずに困惑していた。どうしても彼と言うよりまず同級生として見てしまうのだ。しかし、告ってくれた彼はどうやら友達にも軽く自慢できそうな彼だし、自分のことをかなり真剣に見てくれているのはわかるのだが、晃一の持っている圧倒的な包容力と安心感は友紀の心の中にまだ残っていた。
元々、晃一の中に菜摘を見てしまった以上、自分の晃一が好きな気持ちを保ち続けることに無理があることは良く理解していたし、少しくらい辛くても会って抱かれる度に菜摘を感じることに耐えるよりは思い切って別れる方が良いことも分かり切っていた。だからこそ友紀は自分の気持ちを無理矢理ねじ曲げて晃一と別れる決心をしたのだ。
しかし、晃一の持っている自分の我が儘も簡単に飲み込んでくれる安心感は、いくら相手が自分に真剣になってくれるとは言え、高校生には求め得ない。心の中では十分にわかっているし、友紀自身の本音は早くOKを出したいのだが、つきあい始めてから自分の我が儘を飲み込んで貰えずに相手をがっかりさせるのでは無いかという心配がどうしても拭えなかった。だから、菜摘には少しだけ申し訳ないとは思ったが、もう少し待って貰うのは仕方ないと考えている。それくらいは菜摘に求めてもバチは当たらないはずだ。偶然が絡んでいるとは言え菜摘はあんな事をしたのだから・・・・。
そして金曜日、いつものグループメンバーに声がかかり、いつもの店にみんなで集まった。
「ちょっと友紀は遅れるそうだけど、先に始めようか」
麗華が口火を切った。
「まずアタシから報告だ。このところちょっとバタバタしてたんだけど、彼との仲は完全に戻った。友紀や菜摘に協力してもらったんだけど、おかげで上手くいったよ」
「何よそれ?友紀と菜摘?」
メンバーから声がかかった。
「うん、実はね、友紀の彼氏のおじさまに相談に乗ってもらったんだ。なんか後で聞くと、その時友紀とおじさまは別れ話が出ていて大変だったみたいだけど、さすがおじさまだね、あたしの相談にはきちんと乗ってくれたよ。おかげでこっちは万々歳ってワケ。あ、友紀、遅かったね。その友紀とおじさまの方については友紀から報告だね。友紀、話しなよ」
「・・・・・うん・・・・・・あのね・・・・・・・」
友紀は座って直ぐで、さすがに気が重そうだったが、仕方ないという感じで話し始めた。
「私・・・・おじさまと別れたの・・・・・」
口火は切ったものの、その先の言葉が出てこない。まさか『おじさまは菜摘のことを今でも思っているのがわかったから』とは言えるはずも無い。言えば自分が惨めになるだけだ。しかし、晃一のことを悪く言うこともできないのだ。
すると麗華が口を出した。
「何かあったのかい?先週、会ったんだろ?」
「土曜日にね・・・・・会ってたの・・・・」
友紀は全て白状しなくてはいけないのかと怯えた。しかし、麗華の次の質問はちょっと違っていた。
「喧嘩でもした?」
「喧嘩って言うわけじゃ無くて・・・・・」
その時友紀は思い付いた。上手に説明できる方法を。
「あのね、一緒にいたんだけど、おじさまに会えば会うほど違うって言う気持ちが強くなってきて・・・・・・・酷いわよね。私から近づいていったのに・・・・」
麗華は少し考えていたが、納得したようだった。
「まぁ、そう言うこともあるだろうさ。最初から完全に気持ちが一緒って訳にはいかないよね。すれ違いが大きくなるって事はあるよ」
「うん・・・・・・そうなの・・・・私、ちょっと酷い事した」
「おじさまはわかってくれた?」
「うん・・・・たぶん・・・・・」
「あっちは大人だ。高校生の言うことくらい理解してくれるよ」
その言葉は友紀の心に突き刺さったが、必死に平静を保った。
「うん・・・・・・・そうみたい・・・・・」
「直ぐに別れることに同意してくれた?」
「うん・・・・たぶん・・・・・」
「それなら良いじゃ無いの。いつの話?」
「土曜日・・・・・って言うか、決まったのは日曜日・・・・・」
「それじゃ、日曜日には二人の関係は整理できたんだね?」
「うん」
「良かったじゃ無いの、友紀。それから良いこと、あったんだろう?」
「良い事って言うか・・・・・・・田中に告られた」
グループの中にどよめきが走った。周りに会わせて菜摘まで驚いた顔をしているのが滑稽だった。
「何で友紀ばっかりなのよぉ」
とか、
「何も今友紀にコクら無くたって良いのに」
と言った声が飛び交う。それはそうだ。こんなに次々にタイミング良く恋人が現れるなんてよっぽどのことだ。麗華が静かになった頃を見計らって続けた。
「それでOKしたの?」
「まだ・・・・・・・・」
「どうしてなのさ。気持ちの整理は付いたんだろ?」
「気持ちとしてはおじさまから離れることにしたんだけど、田中に告られるなんて思ってなかったから・・・・・・」
「幸せな悩みだなぁ」
グループの中でわいわいと小言が始まった。
「それでどうするつもりなのさ。嫌ってワケじゃ無いんだろ?田中のことはあんただって知ってるんだから」
「それはそうだけど、まだ気持ちの整理が付かなくて・・・・・悪いとは思うけど・・・」
「向こうには何も言ってないのかい?」
「取り敢えず明日、サンシャイン水族館に行くことにした」
「そうか、そこで自分の気持ちを向き合ってみるんだ。良かったじゃ無いの、友紀」
「・・・うん・・・・・・・」
友紀は、どうやら話が上手く振れられたくない部分を回避できたことで安心した。
ただ、
「なんかおじさま、可愛そう」
と言う声は聞こえてきた。麗華が、
「こればっかりは仕方ないと思うんだ。年だって離れてるからなかなか気持ちは一緒にならないよ。それに、あたしたちだって女だからね。気持ちに正直になるとこうなることはあるさ。誰にだって似たような経験はあるだろ?」
とフォローしてくれた。すると、
「まぁ、そうだよね」
と同意する声が上がったので、どうやらこの場は上手く収まったようだった。
このミーティングの間、菜摘はほとんど話さなかった。話すことが無かったからだ。ただ、友紀の話にしても麗華の話にしても、自分がその後ろに居て深く関わっていたことは敢えて言わなかった。そして、今までミーティングでは正直に自分のことを話していた事を思い、正直に自分が裏に居る話をしないことが不思議であり、そして正直に話をしていた今までの自分は何だったんだろうと思った。
ただ、グループメンバーでは無い結佳のことが話に出ないのは当然だと言うか、仕方ないと思った。どうしても結佳の話をしなくてはいけない時は、きっと結佳をわざわざ呼び出すことになるからだ。本人の居ないところで欠席裁判はしない、それが麗華の主義だからだ。
ミーティングが終わってみんなが帰っていくと、麗華は周りに人が居なくなるのを見計らって結佳に電話した。
「結佳?」
「麗華?どうしたの?」
「ううん、今ミーティングが終わったところ。あんたの話は出なかったよ」
「そうなんだ。良かった、って言うべきなんだよね」
「そうだね、あんたを呼び出すようなことにはしたくないからね」
「私が呼び出される?どうして?」
「ううん、そんなことは無いよ。友紀はおじさまと別れたことをはっきりと言ったからね」
「そうなんだ。まだみんな知らなかったんだ」
「そうさね、あんただけだよ。アタシが真っ先に情報を流したのはさ。それでどうよ?」
「どうって?」
「アタシが紹介したんだ。それくらい教えてくれたって良いだろう?」
「明日、会うわよ」
「ほう、決めたんだ。おじさまの部屋かい?」
「ううん、決まってないの。どこかに行くことになるんじゃ無いかな?」
結佳は既に心は決まっていたが、麗華には濁した。それは、決まっていると言ってもいつ気持ちが変わるかも知れないからだ。麗華と話していると、この麗華が晃一に抱かれたんだと言う事実を嫌でも思い出してしまう。知らない方が良かったとさえ思った。
「ふうん、そうなんだ」
麗華は軽くいなしてから、
「でも、本気で相談することにしたんだろう?」
と念を押してきた。
「それは・・・・・・そう・・・・だけど・・・・・」
結佳の言葉に詰まった反応から麗華は結佳が真剣に相談する気になっていることと、今までの会話のどこかに嘘が入っていることを察した。しかし、それを今追求するのは得策では無い。下手をするとやぶ蛇になりかねないからだ。
「それじゃ、がんばってくるんだよ。本気で応援してるからね」
「うん、わかった。ありがと」
「これであんたには貸しができたね」
「貸しになると良いけどね」
「大丈夫。心配しなくても良い方向に向かうよ」
「そうかしら?」
「今から心配してどうするんだよ」
「だって、誰だって相談の前は心配になるものなんじゃ無いの?」
「そりゃ、事が事だけにわかるけどさ」
「いい人だって言うのはわかるんだけど、今一歩気持ちがね・・・・」
「おいおい、今更かい?」
「ううん、気持ちは決まってるんだけど、何か足りない気がして・・・」
「アタシだってそうだったよ。大丈夫。電話だから言えるけど、アタシ、おじさまの前でワンワン泣いたもの」
「そうなんだ・・・・・」
「自分の気持ちに正直になれば良いんだよ。そうすれば上手くいくから」
「わかった、そう思うことにする」
「それに、もし上手くいかなく立って、あんたとおじさまは二度と会うことは無くなるんだから後のことを考える必要も無いしね」
「それもそうね、わかった。がんばってくる。いずれ報告するから」
結佳はそう言って、報告のタイミングは自分で決めることを宣言した。
「うん、聞かせて欲しいね、どうなったのか。それじゃあね」
と麗華もそれを受け入れた。麗華にしてみれば結佳が晃一とそれなりの関係になってくれさえすれば良いのだ。