第12部

 

「それじゃ、言っちゃうよ。高かったら言ってね。別のにするから」

「大丈夫だよ」

「それじゃ、前菜3種盛り合わせ、北京ダック、カニの炒め、かな?」

「もっともっと」

店の主人が言った。

「え?」

「もっともっと頼んでも大丈夫よ」

「そうなんだ。それじゃ、衣笠ダケと青梗菜の炒め、も」

「もっともっと」

「ええ?まだ?」

「菜摘ちゃん、白菜のスープ飲むか?金華ハムでスープを取ったやつ、美味しいよ」

「うん」

「よし、前菜3種と北京ダック、カニと衣笠ダケと青梗菜と白菜スープ、直ぐに持ってくるよ」

そう言って主人が立ち去ろうとすると、ふと立ち止まって、

「今日は車か?」

と聞いて、晃一がそうだと答えると、頷いて去っていった。

「パパ、車かって聞いたのはどうして?」

「ビールを持って来ますかって意味だよ」

「そう言うことか、大人の会話ぁ」

「お母さんと食事とかでかけないの?」

「滅多にないの。それに出かけてもファミレスだし。ママは外ではお酒飲まないし」

「そうなんだ、偉いね」

「どうして偉いの?」

「じゃ、菜摘ちゃんはどうしてだと思うの?」

「それは高いから・・・・・・」

「それだけ?」

「弟とかいるから酔っぱらったら大変だし・・・・・・」

「それと?」

「子供相手に飲んでもつまらないらかテレビ見ながらの方が気が楽だし」

「なんだ、よく分かってるじゃないの」

「だって、何回も聞かされたもん」

「だったら、がんばって家庭サービスをしてくれるお母さんに感謝しなきゃね」

「してるわよ。・・・・・言ってないけど」

「うん、でも時々くらいは言ってあげると喜ぶと思うよ」

「・・・・・そうかもね・・・・」

そんな話をしていると、二人の前には晃一の好きなジャスミン茶が運ばれてきた。

「ここのジャスミン茶は美味しいよ」

「うん、良い香り。前に一度だけ飲んだことがあるの」

「ここのは料理を殺さない自然な香りだから好きなんだ」

「ジャスミン茶にもいろいろあるんだ」

「そりゃ紅茶にだっていろんな種類があるんだから、ジャスミン茶にだっていろいろあるさ」

「それもそうね。ふふ、美味しい」

「良かった。中国茶ではジャスミン茶が一番好きなんだ。菜摘ちゃんに気に入ってもらえて安心したよ」

「ねぇパパ、私たち、本当に親子に見えるのかなあ?」

「親子?さっきは恋人モードだったのに?」

「だって、店の人は完全に親子って思ってたでしょ?」

「わかんないよぉ?年の離れた恋人と思ってるのかもしれないから」

「そうかしら?」

「聞いてみようか?」

「そんな事しなくて良いよ」

「でも、どうして?」

「ううん、私が恋人モードに入っても、周りがそうは思わないのかなって」

「気になる?」

「うん、ちょっとね・・・・パパは?」

「俺は全然気にならないよ」

「そう言えば、朝は二人逆のこと言ってたわ。私の方が気にしないって」

「そうだね。俺の方が心配してたもんね」

「パパが気にしなくなったのはどうして?」

「菜摘ちゃんがどっちも良いって言ってくれたからかな?それに、恋人モードの方が多いって言ってもOKしてくれたしね。菜摘ちゃんのことが少し分かってきて安心したんだと思うよ」

「そうか、私の方はだんだん周りの目を気にし始めたからなのに、パパは私のことを理解してくれたからなのね」

「そう単純じゃないかもしれないけど、俺の気持ちはそう言うことだね」

「あーあ、二人だけでいられたら周りのことなんて気にしなくて良いのになぁ」

「気にしなきゃ良いのに」

「そうも行かないわよ。女の子だもん」

「ふうん・・・・」

「そうだ、パパと一緒に住めば良いんだ。ね、パパ、一緒に住もうか?そうしたら周りの目なんて気にしなくて良いもん」

「二人で住むって、どうやって?」

「それは・・・・・・・・・・・・・・・・わかんない」

「二人で住むって言えば、アパートを借りて生活道具を調えてってことだろう?それよりも、今住んでる家族はどうなるのさ」

「自分で言ってから気がついた。馬鹿って」

「そうだろう?」

「週に一回くらいなら、どう?」

「週に一回だけ二人で暮らすの?あとは?」

「そのまま・・・・・・」

「じゃぁ、週に一回だけのために暮らす場所を借りるんだ」

「もったいないね」

「それに、週に一回だけって、菜摘ちゃんは毎週出てこれるの?」

「わかんない・・・・・毎週は無理かも・・・・・」

「そうだろ?」

「ああん、そんなに現実に引き戻さないでよぉ。本人は夢を追いかけてるつもりなんだからぁ」

「ごめんね」

「それなら、泊まらなければどう?それなら毎日だっていられるし」

「それって、たとえば夕方の2時間くらいのためにって事?」

「毎日ならトータルでは週一より多くなるよ」

「菜摘ちゃんはそうしたいの?」

「うん、できれば、の話だけどね」

「それじゃぁ、どこの駅が良いの?」

「場所?」

「そう、どの駅沿いが良いの?」

「うーんと、友達には見られたくないから学校とか家の近くは嫌だけど、遠いと行くのが大変だから沿線沿いのどこか、かなぁ?」

二人が話していると、前菜の盛り合わせが運ばれてきた。それはとても綺麗に盛り付けられており、二人分と少ない量にしては秀逸のできばえだった。晃一はその皿を見て、店の主人は二人のことを恋人同士と思っているのではないかと感じた。まるで応援されているような気がしたのだ。

そして、次々に運ばれてくる料理はどれも素晴らしいものばかりだった。菜摘はきゃあきゃあ言いながら次々と平らげていく。主人お勧めの白菜のスープは金華ハムの出汁の味の他に乾物の臭いがちょっと気になった。しかし、衣笠ダケは絶品だった。

「どう?美味しい?」

主人が出てきて菜摘に声をかけた。

「うん、とーっても美味しい」

「良かった。チャーハンも食べるか?」

「でもぉ、これ以上食べたらぁ」

「それじゃ、半分にするか、それなら食べるか?」

「うん、食べる」

「三谷さん、それじゃ、いつものチャーハン一人前ね」

「え?半分じゃ・・・・」

「二人いるから一人前でしょ?」

「そうか・・・・・」

主人が去って行ってから菜摘は晃一にそっと聞いた。

「パパ、ごめんなさい」

「良いよ。チャーハンくらい」

「いつものチャーハンて何?」

「あぁ、あれは揚州(ヤンチャオ)チャーハンだよ」

「やんちゃお?」

「中国の地域の名前さ。中国では他の地域のチャーハンだとオイスターソースで茶色い色が付いてるんだけど、揚州のは日本と同じで塩味ベースなんだ。だから食べやすいよ」

「食べ易いの好き」

「そうだね、普通はね」

「パパ、結構意地悪になってきた」

「そんなこと無いよ。ごめんごめん」

そして二人がチャーハンを食べ終わる頃、菜摘が聞いてきた。

「ねぇパパ、ここには良く来るの?」

「そんなに来ないよ。年に数回ってところかな。ただ、会社の接待で使うことがあるから覚えてくれてるみいだけどね」

「そうなんだ。すっごくきれいで美味しかった。これで安いなら最高よね」

「正直に言えば、あんまり安くはないよ。でも、美味しくて、それに見合った値段だし、もっと高いところはいくらでもあるからね」

「ここ、パパはどうやって見つけたの?」

「ここは偶然見つけたんだ。以前、他の会社の人と食事した時、高くて量が少なかったから、もう少し何か食べようって事になって、偶然入った店がここだったんだよ」

「凄くラッキーだったんだね」

「うん、確かにね」

「このお店ってネットでは紹介されてないの?」

「紹介はされてるけど、口コミなんかは出てないし、店の紹介も写真が無いから簡単なものだけだよ。写真てお金を払わないと載せてくれないから、たぶんこの店はネットの広告にお金をかけないんだね。聞いてみようか?」

そう言うと晃一はちょうど通りかかった主人に聞いてみた。

「このお店はネットであんまり紹介されてないけど、あんまり宣伝にお金をかけないの?」

「インターネットで紹介してもらうの、凄く高いし、いろんなところに出してたら何十万円もかかっちゃう。もったいないよ。そこにお金を使うくらいなら美味しいものに使った方が良いでしょ?」

「それはそうだね」

「そういうこと」

そう言うと主人は奥へと入っていった。

「ね?ネットに載せるのは高いんだよ」

「そうなんだ・・・・知らなかった」

「もしかしたら、人気の店なんかは無料で載せてるところもあるのかもしれないけど、それはごく一部だよ。グルメサイトは商売でやってるんだから。知り合いのお寿司屋さんなんかは毎月2万3千円払ってしばらく口コミを載せられるようにしてもらってたけど、マナーの悪いお客さんが増えたって言って止めちゃったもの」

「そう言うこともあるんだ」

「ま、ネットで探す時も、かなり割り引いて考えないといけないって話だね」

「分かった。これからそうする」

「うん、どう?お腹、いっぱいになった?」

「すっごくいっぱい。もう食べられない。ごちそうさまする」

菜摘がそう言うので時計を見ると7時半を回っている。そろそろ菜摘を送って行かなくてはいけない。

「それじゃ、出ようか」

そう言って晃一は立ち上がり、カードで払うと店を出た。

「あー美味しかった。中華料理って、本格的なものは普段食べてるのと全然違うのね」

「北京ダックは美味しかったろ?」

「うん、初めて食べた。ねぇ、あれは皮だけだったけど、肉はどうするの?」

「北京ダックに使うアヒルは皮が美味しいけど肉は美味しくないらしいんだ。だから他の料理にちょっと混ぜたりスープを取るのに使ったりするらしいよ」

「でも、あのサクサクした感覚、美味しかったなぁ」

「良かった。菜摘ちゃんと味覚が似てるんだな。俺もそう思うよ」

そんな話をしながら、二人は車に乗り込んで走り出した。

「菜摘ちゃん、ちょっとだけ遠回りしていこうか」

「うん、どこに行くの?」

「それはお楽しみだね」

「でも、あんまり時間ないけど・・・・・・」

「だいじょうぶ。時間までには必ず届けるから。それに、直ぐだよ」

そう言うと晃一は車を高速に入れ、横浜の街から離れる方向に進んだ。

「これって、さっきと違う道?」

「よく分かったね。そう、もうすぐ見えてくるよ」

「何が見えるの?ランドマークタワー?」

「いいや、夜に見て楽しいものと言えば、やっぱりあれかな?」

「うわぁぁぁ、綺麗・・・・・・」

「夜のベイブリッジっていつ見ても綺麗だと思うよ。レインボーブリッジも綺麗だけど、夜景ならこっちの方だね」

「一日で両方見るなんて想像もしてなかった」

菜摘は今朝、家を出るまでのことを思い出しながら感慨深げにレインボーブリッジを見ていた。まさか横浜に来るとは想像すらしていなかったのだ。菜摘はお台場からディズニーに行って、横浜で食事をするという大胆な晃一のプランに、大人と行動半径の違いを感じざるをえなかった。そしてふと、『もし私達が普通の恋人同士だったら、このまま素敵なホテルとかに行くのかな・・・??』と思って顔を赤らめた。そして、『私、パパとなら・・・・・・良い・・・・かな・・・???』とだんだん近づいてくるレインボーブリッジを眺めながら夢見心地でデート最後の時間を過ごしていた。

「ほら、レインボーブリッジの上からは横浜の街全体が見えるだろ?」

「そうね。あそこでご飯食べたんだ」

「そうだよ。中華街は左側かな」

「パパ、私、こんな素敵なデート、初めてだよ」

「菜摘ちゃんに喜んでもらおうと思ってがんばったんだから、ちょっとは褒めて欲しいな」

「うん、パパ、大好き」

「それって、車でデートに連れてってくれるからかな?」

「まさか、パパが大人で、大人のデートができたし、パパの気持ちがうれしかったから」

菜摘は晃一の茶化した言葉に反応せずに正直な気持ちを伝えた。菜摘にとっては晃一が大人への入り口であり階段なのだ。自分の知らない世界へと入っていく時特有のドキドキした気持ちは菜摘の心を虜にしている。

「このまま羽田空港の中を通っていくからね」

「空港の中を通るの?」

「うん、ここは空港の真ん中を高速が通っているんだ。だけど、ずっと低いところを通っていくからほとんど空港は見えないけどね」

「なあんだ。つまんないの」

「もしかしたら飛行機くらいは見えるかもしれないよ」

「そんなの・・・・・・・・」

「菜摘ちゃん、大丈夫。まだ綺麗な場所はいっぱいあるから」

「うん。でもパパ、あんまり気にしないで。それよりも9時に遅れる?電話した方が良い?」

菜摘はそろそろ帰宅時間が気になってきたようだ。いつもの生活とのギャップが大きいだけに余計そう思うのだろう。

「ええとね、たぶん間に合うよ。渋滞もなさそうだし、流れも順調だからね」

「うん・・・・わかった・・・・・・・」

菜摘は刻一刻と時間が過ぎていくのを時計で確かめながら、だんだん落ち着きが無くなっていった。

「菜摘ちゃん、9時を1分でも遅れたらだめなの?」

「うん、それが約束だから」

「そうか、それが菜摘ちゃんの家のルールなんだね」

「妹もいるから、お姉ちゃんが約束守らないとどうするのっていつも言われるの」

「そうなんだ。お姉ちゃんは大変なんだね」

「そうなの。今日だって、連れてけーってうるさかったんだから」