第137部



そして菜摘が起きたのは11時過ぎだった。母親が気を使って寝かせておいてくれたのだ。菜摘は慌てて台所の母の所に行った。
「こんな時間まで寝てたんじゃ、4時まで頑張った意味無いじゃ無いのよぉっ」
「だって、しっかり寝ないと勉強の効率下がるでしょ?無理したって効率は下がるばっかりよ」
「んもうっ、私、これから勉強するからお昼は後で食べるっ」
「はいはい、結局食べるんなら早く食べてよね。片付かないから」
「知らないっ」
そう言って菜摘は部屋に籠もった。前の夜頑張っても、その分翌日寝ていては意味が無い。それは十分分かっていたのに、気合いが入っていただけに無茶をしてしまった。『こう言う時、友紀はきっちりと自分で管理するんだろうなぁ』そう思うと悔しくて残念で仕方なかった。しかし、悔やんでいても始まらない。菜摘は直ぐに参考書を開くとノートにペンを走らせ始めた。書いて覚える、書いて覚える、書いて覚える・・・・・。何度も何度も書いていく。それが菜摘が母から教わった勉強方法だった。母の持論は『書いて覚えれば、頭で忘れても指が覚えている』だった。もしかしたらそうなのかも知れない。しかし、それは同じ問題が出たら、の話だ。本来なら書いて覚えながら自分でいろいろ問題に変化を付けていろんな状況の問題に対応できるようにするべきなのだ。しかし、もともと勉強が苦手な菜摘にとって、一度に何もかもは無理な話だった。とにかく、勉強し続けていないと安心できなかった。
3時頃になってノートの余白が無くなった。そこで居間に行くと大盛りの焼きそばが於いてあった。一気に掻き込みながら母に話しかけた。
「おかぁさん、ノート、無くなった」
「あら?全部書いちゃったの?」
「うん、買ってくるからお金、頂戴」
「菜摘、書くだけなら、ほら、土曜日に来た広告の裏があるでしょう?最近は片面の広告って少ないけど、昨日のにも何枚かはあったはず・・・」
「あのねぇ、娘が本気になって勉強してるのに、温かく応援しようって気は無いわけ?」
「そうじゃないけど、書くだけなら広告だって同じでしょ?ほら、これと・・これと、これも使えるわよ」
母親は涼しい顔で広告を差し出した。
「もうっ、けちっ」
「そのけちの分、あなたのお腹に入るんだからね。今、あなたの食べた分だってそうだよ」
「もうっ、知らないっ」
また菜摘はそう言うと、渡された広告を掴んで部屋に戻った。『あっと言う間に全部書いてやる』そう思ってひたすら文字を書き続ける。すると、夕方には全部裏紙は字で埋まってしまった。『ふぅ、一休みするか・・・・』そう思って居間に入った菜摘は、そこに真新しいノートが5冊、置いてあるのを見つけた。どうやら母親が夜勤の仕事に出かける前に買っておいてくれたらしい。ノートに添えられたメモに「今週分」と書いてある。
『これ・・・、全部書けって言うの?????今週中に?』菜摘は大きくため息をついたが、応援してくれる母の思いも分かるだけに、そのままノートを持って再び部屋に戻った。ただ、さすがに休憩無しで勉強し続けるのは体力的にきつい。それでも菜摘は夕食に30分割いた以外、夜半までちゃんと勉強を続けた。ただ、10時を回ってからはほとんど頭に入っていないような気がした。それでも菜摘は機械的に手を動かし続けた。
菜摘がくたくたになって気力でペンを握っていた頃、友紀は嫌な予感にさいなまれていた。本当なら菜摘との競争に負けないために勉強しなければいけないのだが、彼からのメールがどうも変なのだ。友紀が嬉しかったこと、楽しかったこと、等を心を込めてメールしても簡単な気のない返事が返ってくるだけで昨日までの心のこもった言葉が見当たらない。友紀は少し考え込んだが、特に嫌われるような心当たりは無いので、きっと疲れているのだろう、と思って明日会った時に様子を確認することにした。その時はまだ有頂天だった。
そして水曜日になって、昼休みに麗華から夕方のミーティングの招集がかかった。菜摘はこの時、ちょっと仕掛けをすることにした。そして友紀の所に出かけた。その夕方、グループのメンバーはいつもの店に集まってきた。
「よおし、揃ったみたいだね。始めようか」
そう言って麗華が口火を切る。菜摘はまだ黙っていた。
「このところバタバタしていたけど、みんなどうだった?アタシなんか忙しくてさぁ。でも、今日は大したことも無さそうだし、みんなだべって終わりって感じかな?」
「そうねぇ、どう?」
「私はいつも通りよ」
「私だって・・・」
などなどみんなそれぞれ勝手なことを言っていると、店に結佳が入ってきた。
「あれ?結佳じゃないの。どうしたの?」
麗華は知らん顔をして声を掛けたが、結佳は
「うん、菜摘に顔を出してって言われたからさ・・・・何よ?」
と答えた。
「ちょっと結佳を入れて相談したいことがあったから来てもらったの」
そう菜摘が言うと、麗華は嫌な予感がした。だから、
「ナツ、それじゃぁ、結佳のことは私も相談に乗るから後で3人で話そうか」
と言うと、
「それじゃダメなの。みんなにも相談したいから。グループの話だから」
と菜摘は断った。麗華は悪い予感が当たったことを確信した。もっと菜摘の方に時間を掛けて状況を整えておくべきだった、と今さら後悔しても襲い。実は麗華は、よりを戻した彼に改めてグループのメンバーの情報をもらう話をしたが、それを最初断られて再び仲が悪くなりそうになり、その対策にデートしたり彼の部屋に行ったりと忙しかったのだ。結局、いくつかの限定的な情報だけはもらえることになったが、麗華からのリクエストで情報を好きなだけ集めることはできなくなった。
だから麗華には菜摘に割く時間がなかったのだ。
「さっき、ちょっと友紀とも話したんだけど、みんなにも話しておきたいの」
「それって、おじさまのこと?」
誰かが言うと、みんなは一気に興味を示した。
「そうよ」
友紀がすかさず応じる。しかし、
「でもさぁ、ナツも友紀も別れたんだろう?それじゃ、あんた達がどうこう言うのは変なんじゃないの?」
と麗華が火消しに躍起になったが、
「ううん、これはグループの話で、パパそのものは関係ないから。私たちの話だから」
と菜摘に言われてしまった。その横で友紀が頷いている。何も言わないと言うことは、既に菜摘と打ち合わせができていると言うことだろう。きっと、“ちょっと”どころではない十分な打ち合わせができていると考えた方が良い。
「ほう、それじゃ、話してもらおうか」
麗華は暗澹たる気分になったが、ここはそう言う以外に方法がない。
「あのね、もう一度整理して言うと、最初、私とパパが知り合って付き合って、それで・・私が怖くなって逃げ出しちゃったの」
と言うと、それまでのことをくっついた、とか、別れた、とか表面的にしか知らなかった他の子達は、
「そうだったんだ」
とか、
「そう言うことか。やっと分かった」
とか言っている。菜摘は構わずに続けた。
「その時、友紀が心配してくれて、私が放り出しちゃったパパの相談に乗ってくれてたんだ。それで今度は友紀が付き合うことになったの。それはみんな知ってるわよね?」
みんなは当然だという風に頷いた。そこで何かが少しおかしいような気がした麗華が突っ込む。
「友紀とおじさまの関係は、そのままだと友紀がナツの彼を寝取ることになるけど、実際はナツが別れてたから問題にならない、って話じゃなかったっけ?」
「あのね、正確に言うとちょっと違うわ。だって、友紀がパパに連絡してから二人は話をするようになったんだけど、それは友紀が、私がパパから逃げ出したのを知ってたからよ。そうでしょ?」
「うん、そうだよ」
友紀がすかさず応じる。これはさっき菜摘と打ち合わせした通りだ。
「つまり、友紀は私がパパと別れたいって言って、パパのことをどうしようか迷ってたからパパに連絡をしてくれたの。だって、別れたいって言ってトラブルのも嫌じゃない?それで友紀がパパに話をするのを引き受けてくれたの。友紀が勝手にパパを取ったわけじゃないわ」
「ほう?そうなのかい?そう言う雰囲気だったっけ?」
麗華が聞くと、友紀が直ぐに答えた。
「そうよ。だから、私、菜摘にはちゃんと報告してたもん」
友紀は少し心が痛んだが、そういうことにしておいた。
「そうかい・・・・・・・」
今までの二人の話には問題は無いが、麗華は何となく包囲網が狭まってくるような気がした。
「あのね、私はおじさまに神戸に連れてってもらったけど、もともとは菜摘が一緒に神戸に行く予定だったの。それが菜摘が怖くなって離れていったから私がおじさまと行ってきたの」
友紀は自分がまるで菜摘の替わりを頼まれたと言わんばかりに言ったので、みんなが少し驚いた。普通なら自分からそんなことを言う子がいるとは信じられないが、菜摘と友紀の間ならそうなのかも知れないと思った。
「でね、そこまでは良いんだけど、私、麗華をパパに紹介したのよ。麗華が悩んでるって言ってくれたから。だって、パパはなんでも知ってるし、とっても話がうまいし、良く話を聞いてくれるから。パパならきっと麗華の力になってくれるって思って。正直に言うと、急に友紀とパパが良い関係になっちゃったから、パパが麗華の相談に乗ってくれれば、友紀とパパが親しくなりすぎるのも止められるかな、なんて思ったりして。ごめんね、友紀。今から考えると、あの頃もパパのことが気になってたんだなぁ。自分でも気が付かなかったけど」
ここが今回の話のポイントなのだが、みんなに考える時間を与えないように友紀がすかさず話を繋いだ。
「ううん、良いのよ。おじさまは誰かの相談に乗ったからって付き合いを変える人じゃないし、それに結局おじさまとは別れたんだし、なんの影響もなかったから」
これでみんなはスムースに話が流れたように感じるはずだ。菜摘はみんなの様子から上手く行ったことを確信した。
一方、『あぁ、やっぱりその話に来たか・・・・』と麗華は来るべき時が来たことを知った。彼との関係の修復に時間を取られて菜摘の方を結果的に放り出してしまったので、こんなことになるのではないかと思っていた。それについて麗華はある程度準備はしてあったが、分が悪いのは明らかだった。
「で、どうだったのよ。その話、聞いてないから。麗華がおじさまと会ってたなんてさ」
一人がそう言うと、みんなうんうんと頷いて麗華を見ている。
「もちろん、上手く行ったさ。ちゃんと相談に乗ってくれたし、私も自分で納得できたしね。正直、結構厳しかったな。何度かおじさまの前で泣いちゃったけど、その分、気持ちの整理が付いたよ」
麗華は言いたくなかったことまで引っ張り出して順調に相談が終わったことを印象付けようとした。
「つまり、麗華は彼との仲が元通りって事よね?」
菜摘がもう一度念を押してきた。
「そうさ。元通りになったよ。それは前にも言ったろ?」
「つまり、麗華はパパに感謝してるワケよね?」
「そうさ・・・・感謝・・・してるよ・・・・」
麗華はいよいよ身動きが取れなくなった。必死に頭を回すが解決策が出てこない。次に菜摘が何を言うか分かっているだけに、何とかしたいのだがどうにもならない。そして菜摘が言った。
「それで、どうしてパパを結佳に紹介したわけ?」
『えっ』という雰囲気がグループを走った。みんなの視線が一瞬固くなった。その視線が麗華に注がれる。グループの中のことは絶対秘密、と言うみんなで作った決まりに違反するのは明らかだった。
「それは・・・・・結佳が悩んでるのを知ってたから・・・・だから・・・・結佳にもさ・・・・」
麗華は厳しい言い訳を試みた。
「麗華自身はどう思ってるのよ。グループの中のことを堂々とグループ外に漏らして。これは私が勝手に言ってるんじゃないわ。いつも麗華が言ってることじゃないの。それを自分で破ったりして。そのことについてどう思ってるかみんなの前ではっきり言って」
菜摘が畳み掛けてきた。
「それは・・・・・・」
麗華は完全に観念した。こう言う時は無理に言い訳せずに謝るに限る。それが麗華の処世術だった。
「ごめん・・・・・・」
それだけを言ったが、菜摘は容赦しなかった。
「ねぇ、どうして結佳を巻き込んだの?」
「それは・・・・・・・・・」
まさか本当のことを言うわけには行かない。
「舞い上がってたんだと思う。おじさまに相談に乗ってもらって上手く行ったもんだから、舞い上がっちゃってさ・・・・・。結佳にも悪かったよ。ごめん。巻き込んじゃったね」
「私は良いけどさ。どのみちこのグループじゃないんだし」
結佳は気のない返事で麗華に言った。しかし、菜摘はまだ納得していないようだ。
「舞い上がって結佳を巻き込んだの?彼氏を連れて昼で学校抜けて、その日直ぐに結佳に会いに行ったんでしょ?」
「それは・・・・」
そこまで掴まれているとは知らなかった。麗華は何も言えない。そして結佳も『えっ?』という顔で麗華を見ている。
麗華が返事に窮していると、やっと友紀が割って入った。
「菜摘、そのくらいにしておこうよ。何でもかんでもひっくり返してたら麗華も可愛そうだよ。麗華も謝ってるんだし、そうでしょ?」
「ごめん、ナツ、みんな」
菜摘は友紀にたしなめられ、取り敢えず追求するのは止めることにしたようだが、更に続けた。
「分かった。もう言わない。で、どうする?」
「どうって・・なにさ・・」
「パパのこと、もう誰かを紹介したりしない?」
麗華は素直に非を認めた。
「そうだよ。もうするわけないだろ?これからもグループのことは絶対秘密なんだから。結佳はどうなのさ、まだおじさまと会う気、あるの?」
「ううん、もうない。それだけよ。用事は済んだ?」
その言い方がちょっと菜摘には引っかかったが、今は結佳を追求しても仕方がない。
「それなら、パパのことはこのグループの中からもう漏れないね」
「そういうことだ。それでいいだろ?」
「もちろん。みんなは?」
他の子達は口々に菜摘や麗華達が良いのなら問題無いと言った。
「よし、それじゃ今日の話はこれでお終いだ。注文しよう」
「ちょっと待って」
再び菜摘が割って入った。
「何だよ。まだ何かあるのかい?」
「麗華は今回のことについて、どう思ってるの?ペナルティも何も無し?」
「どう言うこと?謝ったろ?」
「私なんてこの前、正直に話さなかったって事だけで恥ずかしいことを話す時間が延びたんだから、麗華だって何かするべきじゃない?」
「何をすれば良いって言うのさ」
「それくらいリーダーなんだから自分で決めてよ」
菜摘は平然と言い放った。麗華は今回のことで菜摘が如何に怒っているのかを思い知った。自分で自分を罰しなくてはいけない、それもみんなの納得する方法で。麗華は菜摘が恐ろしくなった。しかし、ここは頭を低くしてこれ以上嵐が吹き荒れないようにするしかない。
「・・・・・わかった・・・・・・でも、今じゃなくても良いだろ。考えるよ、次までに」
麗華は力なく言うと、無理に元気を出すように、
「とにかく食っちまおう。みんなも注文しな」
と店の人を呼んで暗記してしまったメニューの中からチョコレートパフェを注文した。甘いものでも食べないと心が落ち着きそうになかった。みんなも思い思いの品を注文し、菜摘と友紀の話や麗華や結佳がどう言う関係になったのかを本人に聞き始めた。しかし、二人とも曖昧な受け答えで何とかすり抜けようとしている。
帰る時、友紀は結佳を誘って一緒に店を出た。
「ねぇ、同じ男の人とエッチした女の子同士ってなんて言うか知ってる?」
結佳はそう切り出した。
「知らない・・・・・」
何気なく友紀がそう言うと、
「サオトモって言うらしいよ」
と結佳が答えた。その途端、友紀にはピンと来た。