第147部



友紀は菜摘と英語の成績を競うことにしてからは少しするようになったが、それでも断片的な勉強でしか無かったので頭の中はどんどん恋に置き換わるのを止めることはできなかった。そして、その結果がこれだった。
「菜摘、良いよ。約束通り手伝ってあげる。でも、今度だけだよ。次はあんたが手伝う番だからね」
そう言って、やっと菜摘の成績表を見た。
「こんなに・・・・・。菜摘、凄いね・・・あんた・・・・」
友紀の表情が凍り付いた。
「因みに聞かせて貰って良い?毎日何時間やった?」
「8時から4時まで・・・かな・・」
「4時・・そう・・・・・バカよね・・・・・こんな子を相手に・・・・私って・・・・遊んで・・・」
「友紀・・・・・」
「覚えておいて。私、絶対国立入るんだから。ちゃんと勉強もするし・・・・。どっちもよ。それくらい良いでしょ?今回は私の負け、認めるわ。でも次は絶対勝ってみせる。菜摘にこんな思いをさせられるなんて私ったら・・・・・。菜摘、次よ。いいわね」
そう言い放った友紀の目は真っ赤だった。
足早に去って行く友紀を見て菜摘はショックを受けていた。菜摘は次の勝負など約束した覚えは無いが、友紀はどうしても次に勝ちたいらしい。菜摘としてはこのままの勉強を続けるのは辛くて仕方ないので、結果が出たところで一息入れたいのにそうもいかないらしい。
友紀は菜摘に負けたのがよほど悔しかったのか、お昼休みに菜摘が行っても見えているのにいつもと違って教室の外に出てこようとしなかった。
しかし、夕方になって菜摘がミーティングのためにいつもの店に行こうと校門を出た時、後ろから友紀が追いついてきた。今度はさっぱりとした顔をしている。
「菜摘、一緒に行こう」
「うん」
菜摘も喜んで返事をした。
「さっきはごめんね。菜摘だから安心しちゃってあんなこと・・・。私ね、実は最近ちょっとあってさ・・・・焦ってたかな?」
「どうしたの?彼?」
「うん・・・・・、何か上手く行かなくなっちゃって」
「もう?早いんじゃ無い?」
「誰でもそう思うよね。でも残念ながら事実なの」
「何回くらい出かけたの?」
「それが・・・・毎日・・・・に近い・・・かな・・・」
「それで勉強が十分できなかったんだ・・・・。でも、そんなに会ってて・・・・向こうもその気十分てことでしょ?どうして?」
「それが・・・・何かよくわかんないんだ・・・・・。ちゃんと好きだって言ってくれるし、それは私も分かってるし・・・・あっちだってちゃんと・・・・」
「まだ最初だからお互いに慣れてないだけじゃないの?」
「そうだね。でもね、焦っても仕方ないからもう一度やり直してみるわ」
「そうそう、恋に焦るなんて友紀のキャラじゃ無いよ」
「そうよね・・・確かに。私って、今まではもっと普通に恋してたものね。やっぱりおじさまの影響があったのかな?これってもしかして菜摘と一緒って事?おじさま病ってこと?」
「そうかもね」
「もう、自分はさっさと元の鞘に収まったからって気楽な物ね。それでどうするの?今度の土曜日?出かけるんでしょ?」
「パパと相談してみなきゃいけないから、明日で良い?」
「うん、明日が良い。夜にメールもらうと、またメールに嵌まっちゃうから。今日からまず勉強してみるわ」
「おぬし、やる気になってるな?」
菜摘は友紀の方が友達も多くメールが好きなのを知っている。
「そうよ、まず元の成績に戻して、それから菜摘を突き放さなきゃね。それで、私も出かけるんだ。一緒に。菜摘にしっかり協力してもらってね」
「友紀も出かけたいの?神戸に行ってきたじゃないの」
「あれはあれよ。おじさまには感謝してるけど、相手が変われば当然リセット。覚悟しなさい」
「あーあ、これでしばらく楽できると思ったのにぃ」
「楽して良いのよ。ゆっくり漫画でも読んでおじさまの所に遊びに行けば?次のテストを楽しみにしてて」
「何言ってんのよ。次も競争するなんて言った覚えは無いわよ」
「逃げるの?勝ち逃げ?第一、そう言うって事は、このまま続けるつもりあるから言うんでしょ?」
「だから言ってるじゃない。楽はできないって事かなって」
「楽して良いの。楽してて」
「いや、もっと縮めて、また協力してもらうんだから」
「ふふぅ〜ん、菜摘にはこれ以上無理だと思うけどな」
友紀は挑戦的にならないようにそっと言った。
「ま、確かに友紀は覚えるのはやいもんね。私の半分の時間で覚えちゃうんだから」
確かに勉強は友紀の方が上手だった。それは紛れもない事実だ。
「って事は今回、私は菜摘の半分もしなかったって事か・・・・。確かにね、4時まで勉強されたんじゃぁね。まだ続けるの?」
「正直、毎日眠くて大変だったの。でも、友紀にこき使われたくないからできるところまでやってみる」
「私としては楽してて欲しいんだけどなぁ?」
「あら、友紀こそ。良いのよ、もっと恋を楽しんだら?」
「むかぁっ。良くも自分のことを棚にあげてそんなこと言えるわね」
「ごめん。感謝してるんだ、友紀。私がこうなれたのは友紀のおかげよ。それは忘れない」
いきなり菜摘がそう言ったので友紀は拍子抜けしてしまった。
「そんな風に言われたら強く言えないじゃ無いの」
「そう?」
「もう、そう言うところ、あんたってしたたかだよね」
「ごめんね。でも、悪気は無いの」
「分かってるって。私だって菜摘のそう言うところが好きなんだからさ」
「いきなり告るの?」
「何言ってんのよ。何にも言ってないからね。私、何か言った?」
「はいはい」
そう言うと二人は仲良くミーティングの店に入って行った。
みんなが揃ったところで麗華より発表があった。
「この前宿題にしてもらったこと、決めてきたから言うね」
麗華はグループの掟を破った罰を発表した。
「みんなには悪かったと思ってる。自分ではそう思わなかったけど、確かに私自身で掟を破ってたね。確かに私は責任をとる必要があるよ。だから、まず、みんなには借りを一つずつね。それと直接迷惑を掛けた友紀と菜摘には借りを二つずつね」
そう涼しい顔で言う麗華に、みんなは複雑な表情をした。明らかにみんな、それが責任をとると言うことだろうか?と言う顔をしている。
「なんだいみんな、これじゃだめなの?」
麗華は雰囲気が怪しいことに不安になりながらも平静を装っていた。
「あのさぁ」
グループの三菜が声を出した。学校では余り話さない子なのだが、今日は違うらしい。
「借りって何よ?」
麗華は少しホッとして答えた。
「借りは借りだよ。何か私にして欲しいこととか協力して欲しいことがあれば私に言えば良い。ちゃんとできる限り協力するから」
「それが借りなの?」
もう一度三菜が聞いてきた。
「そうだよ。それならみんなが困った時に力になれるだろ?そうすればこのグループにいるのが楽しくなるだろ?」
麗華は麗華なりに考えたらしい。
「でもさぁ・・・・・・・・・・」
三菜の隣に座っていたみずえが言い出した。
「借りって個人的なことでしょ?」
「そりゃまぁ・・ね」
「個人的なことを繰り返してもグループ全体のまとまりには影響ないと思うけどなぁ」
みずえがそう言うと、みんなは納得したように頷いた。
「ねぇ、私たちより菜摘と友紀はどうなのよ」
三菜が菜摘に水を向けてきた。
「そうね・・・・私としては借りを二つもらうよりも、麗華のおごりでみんなでぱぁっとやった方が良いような気が・・・・したりして・・・・。友紀は?」
「私はどっちでも良いけど・・・・・・」
「ははぁん、今は満ち足りている二人としては借りなんかもらう必要ないってか」
麗華が軽く混ぜ返したが、
「そんなんじゃないって」
と友紀はちょっと怒ったみたいだった。実は友紀としては、本当は借りをもらって置いた方が良いと思っていた。そうすればいつでも麗華の協力をもらうことができる。麗華の力がどれだけあるかは良く知っているつもりだった。
「それにさ・・・」
菜摘が再び口を開いた。
「もし、麗華に頼み事をしたいのなら、借りがあるとか無いとかじゃ無くて、本当に友達として助けてもらうべきじゃ無い?借りがあるからとか無いからとかっておかしいよ。借りがあるからしてもらうって、何か無理に頼んでるみたいだし」
菜摘の言葉に麗華は言葉を失った。みんなも結構納得しているみたいだ。仕方なく麗華がまとめに入る。
「つまり、私の奢りでぱぁっとやった方が良いって事かい?」
「私はそう思うけど、みんなは?」
菜摘が言うと、三菜やみずえも、
「そうねぇ、最近テストが多くて騒いでないしなぁ」
「確かに借りって使ってしまえばそれでお終いだから、一度使うと次が頼みにくくなるかも知れないし・・・」
と言い出した。他の子も頷いている。
「よし、それじゃ決を採ろう」
麗華が思い切って切り出した。
「借りが良いと思う人は?」
誰もいなかった。
「そうか、決まったね。私の奢りでぱぁっとやるって事だね」
麗華はため息をつくように頬杖を突いた。実は彼とよりを戻すのに遊びに行ったりしたので今月のお財布はかなり軽かったのだ。だからこそお金を使わない方法を考えたのだが、上手く行かなかったらしい。どうやら貯金に手を付けなくてはいけないようだ。
「でも、私の財布なんて全員で割るとたいしたお金にならないよ?」
麗華が正直に言うと、三菜が、
「大丈夫。みんなだって出すよね?」
と周りに同意を取った。
「どれくらい出してくれるの?」
麗華が心配そうに聞いてくる。こう言う時の麗華はとても可愛いと三菜は思った。
「半分は麗華、後はみんなって事でどう?それなら文句ないでしょ?」
「半分出してくれるのなら・・・・」
麗華はそう言ったが、カラオケに行ったとしてもこの人数だと半分で7千円くらいはかかる。痛い罰だった。
「もちろん半分で良いよね?みんな?」
三菜が見渡すとみんなが頷いている。
「それで、みんな、いつにするのよ?」
菜摘が切り出した。菜摘としては自分が言いだした事ながら、日程の方が心配だ。
「もちろん土曜日だろ?」
麗華がそう言うとみんなも当然と言うように頷いている。次の日曜日は外部テストが無いが、その翌週にはまた日曜日のテストが待っている。遊べるのは今度の週末か、3週間後なのだ。
頷いていないのは菜摘だけだった。
「なんだいナツ、日曜日が良いのかい?」
「あの・・・・・・・・」
「どっちなんだい?」
「ごめん・・・・私、欠席させてもらうかも・・・・」
菜摘の告白にみんなは一瞬驚いたが、そこからは麗華の独壇場だった。
「ははぁん、ナツ、みんなに報告することがあるね?」
「それは・・・・・・」
菜摘が詰まったのを見て麗華は確信した。
「正直に、正直に、だよ。分かってるよね?菜摘ちゃん?」
一転して余裕たっぷりに菜摘に迫ってきた麗華に、菜摘は為す術がない。
「あのさ・・・・・・・・・パパと旅行に行くかも・・・知れなくて・・・」
自分の蒔いた種で墓穴を掘った菜摘はがっかりしながら白状した。こんなことなら仮にして置いてもらった方が良かった。
「ほう、どこに行くんだい?」
「それはまだ・・・・・行くかどうかも決まってないし・・・・・場所はパパが決めるから・・・」
「でも土曜日かも知れないんだろう?」
「うん、行けたら良いねって話をしたから・・・・」
「そうかいそうかい、グループのランチミーティングより、そりゃ大切だわなぁ」
「ごめん。でも、もし私がいなくても、その分安くなるから良いでしょ?権利放棄って事で、ね?」
「分かったよ。それじゃぁもし旅行に行ったら報告はよろしくね?」
いきなりな麗華の突っ込みに菜摘は驚いた。
「なんでそんなこと」
しかし、麗華は落ち着いている。
「菜摘がランチミーティングを欠席するんだ。もともと今度の集まりはグループの結束の強化だろ?そのグループの公式な集まりを抜けて遊びに行くんだ。当然、結束を強化できるような話をしないとナツとみんなの距離が開いちゃうじゃ無いか。それに、きちんとした理由で欠席するんだから報告があって当然だろ?そうすればみんなもナツとの距離が縮まるってもんだ」
麗華は財布が軽くなる腹いせと言わんばかりに強引な理屈を持ち出した。もちろん、菜摘には旅行に行くという選択肢しか無いのを知り抜いた上でのことだ。グループのみんなは少し同情っぽい視線を投げかけているが何も言わないのは、どちらかと言えば麗華に賛成していると言うことだ。
「ナツ、それで良いの?」
やはり三菜が畳み込むように聞いてきた。しかし、今の菜摘の頭の中には旅行しか無い。
「旅行の話だけなら・・・・・・あの話は無しって事なら・・・」
菜摘は何とか報告を値切ろうとした。
「それは話を聞いてみないとわかんないだろ?だって、旅行の中であっちは重要なパートを占めるわけだし。女の子同士の旅行なら別だけどさ」
麗華はディスカウントを許しそうに無い。
「それに、もう一つ言わせてもらえば、私がグループの結束を乱したペナルティでやるランチミーティングなんだ。ナツが出ないって事はナツと私の結束を固める代わりの何かが無いと行けないって事にもなるだろう?」
麗華がそう念を押してきたところで菜摘がギブアップした。気合いの入っている麗華を相手にしても勝ち目は無い。
「なるべく聞かないで・・・・・」
菜摘がそう言うと、話が纏まったと見た麗華は声高々に宣言した。
「それじゃ、ナツは参加しない。その分、別の時にナツから話を聞く、それで良いな?」
「うん。楽しみがもう一つできたね。ごめん、菜摘」
みずえはそう言うとミーティングが終わったと見て勝手に三菜と話し出した。