第166部



「それよりも、今日のミーティング、覚悟しておいてね」
「え?何で?私はちょっと報告してお終いじゃ無いの?」
「それがね、土曜日にちょっとあったの」
「なにが?」
「考えてみてよ。麗華は散財させられてるのに菜摘はおじさまとお泊まりデートよ?麗華が黙ってるわけ無いでしょ?」
「なによ、それ・・・・・・・」
菜摘は嫌な予感がした。麗華が何か仕掛けてくるとしたらきっと晃一との間に何か起こそうとしているのだと直感した。由佳のことが再び思い出された。
「私も良くはわかんないんだ。土曜日にみんなで食べて盛り上がってさ、最後の頃に聞かれたのよ。どうしてそんなにおじさまが良いんだって」
「友紀に?」
「そう」
「それで?」
「ちょっと落ち込んでてさ。私、終わってから彼のところに行こうって思ってたのに行けなくなっちゃって。それで、ちょっと言い過ぎたみたい」
「言い過ぎたって・・・・・まさか・・・・」
「安心感があって、優しく包んでくれて、最高にしてくれてって、言っちゃった・・・・」
「そんなこと言ったら・・・・・」
「でもね、菜摘は気づいていないかも知れないけど、菜摘の話の方がずっとそういうことを言ってたのよ。だからみんな直ぐに納得したもん」
「それから何かあったのね?」
「うん、たぶん。でも、その時ちょっとね・・・・」
「友紀が何かしたの?」
「ううん、したってほどじゃ無いんだけど・・・・・・」
友紀はそこで言葉を句切った。いって良いものかどうか迷ってるらしい。
「言いなさいよ。怒らないから」
「菜摘が怒る話じゃ無いんだけど・・・・・。言っちゃったの。きっと私じゃ無くたって、おじさまにアプローチされたら誰だってそう思うはずだって」
「それこそそんなこと言ったら!」
菜摘はその挑戦的な言葉が巻き起こすだろう結果を恐れた。もともと麗華は晃一との件を外部に漏らした、と言うか由佳を使って晃一にアプローチさせたことで全員に半額奢る羽目になったのだ。麗華だって晃一の魅力は分かっているのだ。そして、菜摘自身も友紀が言うように、あれほど大人の対応で上手に扱われて拒める女の子なんているのだろうかと思った。あの感覚は独特だ。知らず知らずの間にどんどん好きになっていってしまうような・・・・。そして一度抱きしめられて少しでも感じさせられたら・・・。
「そうね・・・ちょっとまずったかな」
「ねぇ友紀、ところで土曜日は全部でいくら使ったの?」
「私、最後までいなかったの。なんか・・・みんながチラチラと見たりして居づらくなっちゃってさ。だから『これで帰る』ってお金だけ置いて出てきたんだ。でも、その時私は千五百円払ったから全部だと・・・えーと・・・・・5倍して倍にして」
「一万五千円」
「だね」
「そのうち半分が麗華ね」
「そういうこと」
「美菜が計算したの?」
「そう」
「それじゃ、間違いないよね・・・・」
美菜は算盤をやっていたのでグループで食べたりする時はあっという間に計算してくれる。菜摘の知る限り間違えたことなど無い。
「うん、それはそうなんだけど・・・・・」
「ど?」
「帰る時の雰囲気からすると、何か今日ありそうだなって・・・」
「そう言うことか。分かった」
「だいじょうぶ?」
「うん、・・・て言うか、仕方ないじゃん。私から言い出しておいて土曜日のを抜けたのは事実なんだから」
「菜摘、大丈夫だよね?ね?」
今日の友紀は珍しく弱気だ。どんなことが起こりそうなのかが分からないこそ余計に心配なのだろう。菜摘だって弱気になりそうだったが、気合いを入れてがんばることにする。
ただ、その時菜摘は晃一とのことを考えていて突然一つ気が付いた。今まで頭の中でもやもやしていたことだ。晃一と一緒にいる時は本当に晃一のことが大好きでそれ以外は全然考えない。だからこそ愛されるのが嬉しいし、もっともっとと思う。しかし、晃一から離れると晃一のことしか考えなかった自分が不安になるのだ。あれほど好きだった自分の気持ちに自信が持てなくなるのだ。『そういうことか!』菜摘は心の中が一つ整理できた。
もちろん晃一と約束した勉強は、昨日はできなかったが今日は絶対やるつもりだし、それは晃一が好きだという気持ちがあるから続けていけると言う自信がある。しかし、抱かれている時はもっと別な、何というか意識にフィルターがかかってそれしか見えなくなる、それしか考えなくなるような感じがある。後からそれが不安に感じるのだ。分かってしまえば何のことは無い。
「うん、だいじょうぶ」
菜摘がはっきりとそう言ったので友紀は驚いた。菜摘は不安の正体が分かってきたのでそう言ったのだが、友紀には菜摘の自信が理解できなかった。
「ねぇ、私、上手く助け船出せるかどうか分かんないけど・・・・」
「うん、応援してくれれば嬉しいけどね。それは空気って物があるから・・・」
そんなことを話している内に二人はいつもの店に着いた。すると、少しの間にみんなが集まった。いつものように麗華が口火を切る。
「それじゃ、始めようか。ナツ、お疲れ様だったね」
「お疲れ様って何よ。ちょっと遊びに行ってきたくらいで」
「おや、お疲れじゃなかったのかい?」
「いきなり何よ。ちゃんとお土産買ってきたのに」
そう言って菜摘はみんなに買ってきたお菓子を出した。みんなから声が上がる。それはそうだ。お菓子の包み紙にははっきりと北海道と書いてある。しかし、メンバーの誰も土曜の午後から北海道に行けるなどと考えていた子はいなかった。出かけるとしても那須高原とか軽井沢とか、その程度の世界しか持ち合わせていない。それは菜摘も同じだったが。
「あんた、ここに行ってきたの?」
麗華がそう言いながらお菓子を指で軽くたたいた。
「そうみたいね」
「そうみたいって・・・・ナツから言い出したの?」
「ううん、パパに言われた通りにしたら羽田に着いて、そこから千歳に行って・・・それでそうなったの」
「凄いね。それで、温泉か何かに行ったのかい?」
「ううん、山の上にあるホテルだった。湖が下に見えて、綺麗だったよ」
菜摘はそう言いながら視界の端の友紀の様子を見ていた。友紀は大人しく聞いているが、内心はどう思っているのだろう?
「それで、ホテルに着いてからは、後はお楽しみいっぱいって訳か」
「でもね、着いたのは7時過ぎだったし、着いてすぐご飯を食べたから。それもちゃんとしたコースになってたから結構時間かかったし。やっぱり北海道って遠いなって思った」
「何でまたそんなところに・・・・・。可愛らしい女子高生を連れて行くんなら早くいっぱい楽しみたいだろうにさ」
「それは私だってわかんないけど、たぶん、思い出に残るような景色のところに連れて行きたかったんだと思う」
「ねぇ、部屋ってどれくらいの広さだった?」
友紀が初めて聞いてきた。
「うん、広かったよ」
「どれくらい?」
「うーんと・・・・このお店の半分弱くらいかな?」
メンバーからは再びどよめきが起こったが、友紀は『それなら私が連れて行ってもらった神戸のホテルの方が広い』と思った。
「田舎だから広いんだよ。土地が安いんだから」
と麗華は言ったが、無理して言ってる感が出ている。
「そうかも知れないけど、あ、お風呂から外が見えた。とにかく湖が綺麗でさ。山の上から見下ろしてるから飛行機から見てるみたいに見えるんだ」
「それで、一緒に入ったのかい?」
「それはご想像にお任せします。今回はもうそっちの話はしなくても良いでしょ?何にも悪いことしてないし、初めてでも無いんだから。言っとくけど、絶対嘘なんかついてないし、盛ってもいないからね」
「分かってるよ。さぁみんな、友紀みたいに何か聞きたいことがあれば今のうちに聞いておきな」
麗華が促すと、意外にみんなは『ご飯は何を食べたの?』とか『遠くて疲れたんじゃ無い?』とか、結構当たり障りの無いところを聞いてきた。ただ、美菜だけは、
「ねぇ、やっぱり最高だった?」
と聞いてきた。
「え?最高って・・・・」
「うん、アレ。それくらい教えてくれても良いでしょう?」
「それもご想像にお任せしますが、まぁそうね」
「・・・・え?それだけ?」
「もういいでしょ?」
「はいはい、それくらいで良いだろう?こっちだってナツに話すことがあるんだから」
「何?聞いてない」
「そりゃそうだろうさ。土曜日の飲み会で出てきたんだから。その頃あんたは飛行機の中で幸せだったんだろう?」
「それはどうでしたかね。で、なんの話?」
「うん、みんなで盛り上がってた時に、ちょっとおじさまの話が出てさ、友紀に聞いたらね・・・」
「それは友紀からもう聞いた」
「ほう、そうかい。それなら話は早い。そういう訳で、友紀はどんな子でもおじさまがその気になれば落ちるって言うんだ。それで試してみようって話になったんだ」
友紀の話とはずれている気がするが、話した方と聞いた方で違う理解なのは別に珍しいことでは無い。それより最後の言葉の方がずっと気になった。
「試す?おじさまを?」
「だからナツにも知っておいて欲しくてね」
「何するつもりなのよ。麗華、あんたまさかおじさまに行く気?」
「私じゃ無いよ。私が行ったんじゃ、まるで私がおじさまに行きたいからこういう話になったって思われるだろ?」
「じゃ、誰なのよ」
「はーい、誰ですかー?ボランティアは?」
麗華がそう言うと、美菜が小さく手を上げた。
「美菜!だって美菜には彼がいるじゃ無いのよ」
「別にベッドを共にしようって訳じゃ無いんだ。それにナツとおんなじ系統の子じゃぁおじさまだって食いつかないだろうしさ。それでみんなで話して美菜に試して貰うのが一番良いだろうってことになったんだ」
「私、聞いてないよ」
友紀が口を挟んだ。
「そうだね、あんたが帰って少ししてから出た話だからね。あんたも最後までいれば話を聞けたのに」
「そんなぁ」
友紀は不満そうだったが、文句を言える雰囲気では無い。友紀が黙ったことを確かめてから麗華が話し始めた。
「で、彼のいる美菜には悪いんだけど、おじさまの実験台になって貰うことになった」
「ま、彼って言ってもね・・・」
美菜はポツリと言った。美菜自身は今回のことを余り気にしていないようだ。美菜の彼は大学生で、バンドをやっている関係でブラズバンドをやっている美菜と知り合ったのだ。
「最初は美菜からおじさまに近づいて貰う。でも、おじさまが美菜のアプローチに反応しなければそれでお終いだ」
「何よ勝手に。そんなの許せるわけ無いでしょ」
菜摘は怒って言った。せっかくの彼をみんなのおもちゃにされてはかなわない。これでは友達の間に仁義も何も無いでは無いか。まるで自分たちがおもちゃにされているみたいな雰囲気に菜摘はむっとなった。
「いいかい。おじさまを取ろうって訳じゃ無いんだ。別に問題ないだろ?それに、おじさまが反応しなければ何も起こらないんだ。ナツには今こうやって仁義を切ってるんだし。それとも自信ないのかい?おじさまは直ぐにあちこちに手を出すってか?ナツは捕まえとく自信ないってこと?」
「そんなことはないけど・・・・」
「それなら決まりだね」
麗華は勝ち誇ったように言った。菜摘としても取るとかという話では無いので否定しにくい。
「でもパパは騙されることになるんでしょ?それってものすごく失礼なことでしょ?」
菜摘は何とか抵抗しようとした。
「あんたのパパが何も反応しなければ何も起きないんだ。なんの問題も無いだろう?」
菜摘は再度念を押されて言葉を失ってしまった。
「変なことしないでよ」
それしか言えなかった。菜摘が睨んだが美菜は知らん顔だ。
「もし美菜におじさまが反応して向こうからアプローチしてくれば第2段階。美菜がおじさまのテクニックを確かめる」
「何よ、それ。そんなの聞いてない。私、最後までするつもりなんて無いんだから」
今度は美菜が言った。
「分かってるよ。テクニックって言っても、アレのことじゃ無いんだ。話し方やなんかも全部さ。それなら良いだろ?」
「それなら・・・・」
「第一、アレを始めたらどうやったって経験の少ないアタシらはおじさまにかなうはず無いさ。きっとナツや友紀みたいにメロメロにされてお終いさ。だからそっちは無し、良いだろ?美菜?」
「もちろん、私だってそのつもりだし」
美菜はそう言ったが、ちょっと麗華の言い方が気になった。
「それで、美菜がここまでって思ったところでネタをばらしてお終い」
「うん、わかった」
「それじゃ、もし美菜が本気になったらどうするの?」
友紀が突っ込んできた。
「確かにその可能性は無いわけじゃ無いけど、まぁ、無いだろうな。今の美菜にはその気はとりあえず無いみたいだし、そこまでは考えてらんないってとこだな。そうだろ、美菜?」
「おじさまなんて興味ないもん。私、意外にさっさと報告できるかも」
最初から自信ありげに言う美菜の言い方にちょっとカチンときた友紀は少しだけ言い返した。
「本当?おじさまがその気になったら美菜なんかいちころだと思うけどなぁ」
「なんか、とは何よ」
美菜の目が光った。美菜はメンバーの中では一番ボーイッシュなので『可愛い』というと語弊があるが、美しいのは間違いない。スリムで小さな顔に端整な顔立ちとショートカットの髪とすらりとした体型は常に男子の注意を引くので、美菜には彼がいないという時期もあるにはあるが、それは美菜が選ばないと言うだけ、で告られるのはしょっちゅうだった。
「でも、もう一度聞くけど何で美菜なの?」
菜摘が話題を元に戻すかのように言った。
「それはきちんともう一度私から話すよ。土曜の飲み会の時に友紀はおじさまならどんな女の子でも落とせるって言ったって言うのは話したろ?その後で友紀が帰ってから、みんなで話し合ったんだ。それってどういう意味だろうって。だって、もしテクニックとかなんだったら私達だって知っておいて方が良いだろう?それで、どんな風にアプローチしてくるんだろうって言う話になって、その後、それじゃぁ、どんな子だったらおじさまでも落とせない子なんだろうって言う話になったんだ。そうしてみんなで話した結果、美菜が一番それに近いかなってことになったんだ」
麗華がそう言うと美菜が後を続けた。
「それで、もし私がおじさまに近づいたらどうなると思うって話になってさ、あれこれ考えてみたんだけどすっきりしなくて、それなら試してみようってことになったんだ」