第167部



「美菜、あんた自分でそんなことしておかしいと思わないの?」
菜摘はどうしても納得できないというように再度美菜を問い詰めた。
「良いじゃん、最近退屈だったし」
菜摘の厳しい視線を外すように美菜はさらっと言ってのけたが、それが菜摘の気持ちに火を付けた。
「いきなりおじさまの前に行ったって話を聞いてもらえないと思うけどな・・・」
菜摘がちょっと挑戦的にそう言うと、美菜は少しひるんだ。確かに、晃一が最初に美菜と話をしなければ何も始まらない。
「それもそうだな。セッティングだけは必要だろうな」
麗華はそう言うと、菜摘に向かって言った。
「ナツ、最初だけ協力しな。美菜の話を聞いてあげてって」
「嫌よ。何で私がそんなことしなきゃならないのよ」
「そうしないといつまで経ってもこの件の答えが出ないだろ?私だって以前にちょっとおじさまと話したことあるけど、そんなようなもんだよ。それくらいは協力してくれたって良いだろ?」
麗華がそう言った途端、グループのメンバーの間に一瞬、『えっ?』と言うような動揺が走った。それに気づいた麗華が補足する。
「ほら、前にも言ったろ?菜摘や友紀に手伝って貰って相談したって」
メンバーに『あぁ、あれか・・・』という雰囲気が広がる。どうやら麗華はそれを承知で明かしたらしい。メンバーに今一度自分は既に晃一に会っていると念を押したのだ。
「そう、アタシ、前にちょっとだけナツと一緒におじさまと話したことあるんだ。でも、普通のおじさんだったよ」
菜摘は由佳のこともあるので今でも麗華と晃一の間に何があったか疑っているが、それは自分が晃一から離れていた間のことなので問い詰めたところでどうしようもない。しかし、今回はきちんと晃一との関係をみんなが認識した上でのことなので、心配ないと言われても心配してしまう。しかし、ここで意固地になって抵抗するのも空気に合わない気がした。菜摘は仕方なく同意した。
「・・・・わかったわ。話を聞いてあげてねってメールするだけだからね」
「サンキュー」
「もしパパと・・・」
「心配ないって。ただ、おじさまの情けない話を報告することになっても私のせいじゃないからね」
美菜はそう言ってにっこり笑った。菜摘はその笑顔を見ながら、美菜の笑顔は強力に男性を引きつけるだろうと思った。
「それじゃ、決まりだ。美菜、いつから始める?」
「そうね、こっちにも都合ってもんがあるから今日明日ってのは無理だけど、木曜からなら」
「それじゃ、木曜日ね」
菜摘がすかさず言った。
「ちょっと待って。パパは今週忙しいし、土曜日なら私と会うことになってるから。その後ならOKよ」
「ほう、そう来たかい。私と会った後ならおじさまは美菜になびかないってか?それなら、土曜日まではメールだけってことにして、合うのは土曜日にすれば良いだろ?そうすれば時間も節約できる」
麗華はおもしろそうに言った。菜摘は何も言わないが、麗華は菜摘のの表情に自信があるというのはよく分かった。
「ナツ、あんたは男ってものを知らないね。ま、せいぜいおじさまに甘えて満足させておくことさ。美菜、ナツの後でも良いだろう?」
「もちろん。私は何時でも構わないよ。木曜にメールすれば良いんだね?で、土曜日の時間は?」
「あ、時間か。でも時間切れなんてのは無しにしよう。ナツ、5時までには時間を作りな」
「そんなぁ」
菜摘は痛いところを突かれて戸惑った。
「当たり前だろう。おじさまがナツと会ってる間、美菜は時間をつぶして待ってなきゃいけないんだ。あんたの都合に合わせてね。その挙げ句に時間切れになったら騙したことになるだろう?」
「そうなるね」
美菜は涼しい顔で言った。菜摘はグゥの根も出ない。実は本気でたっぷり晃一と楽しんで時間切れになるのを狙っていたのだ。
「美菜、一応アドバイスだ。あんたの釣りテクはよく分かってるけど、一応何か仕掛けはしておいた方が良いよ。そこらの飢えてる男子とは違うんだから」
「そう?何かしておいた方が良いの?まぁ・・・麗華がそう言うなら考えておくわ」
美菜がそう言ったところでミーティングはお開きになった。みんな飲み物を注文しながら好き勝手なことを言い始めた。
「楽しくなってきたね」
「これで友紀や菜摘の立ち位置が変わるかもね」
「でも、どっちが勝つか、賭ようか?」
「美菜が気合いを入れてなびかない男はいないと思うけど、おじさまのテクだって強力みたいだし、考え所だね」
そんな話を聞きながらも、菜摘は余り気にしないことにした。どちらになろうと、答えが出た時点でお終いになるのだし、美菜が抱かれる心配も無いみたいなので気にしないことにしたのだ。ただ、晃一にはこれを理由にして何かお礼をしなければ、と思った。
ただ、菜摘ほどみんなは深刻に考えているわけでは無いようで、自然に話題は学校のことに移っていった。だから菜摘はみんなに取り残された様な気がした。
帰り道、友紀がくっついてきた。
「帰ろ」
「うん」
二人は歩き出した。
「菜摘、あのね、報告があるんだ・・・・」
「どうしたの?話ってそれのこと?」
「うん・・・・・・。報告って言うか、聞いて欲しいんだ」
「私がね、田中君に告られた後のことなんだけど・・・」
「うん」
菜摘は友紀の様子から、本当に困っているらしいと予想を付けた。
「告られてから二人で会うようになって、土曜日に彼の家に行ったの」
「そうなんだ」
「うん、それで、そうなったんだけど・・・・・」
「どうしたのよ?それで幸せになったって話でしょ?」
「それが・・・最初はそうだったんだけど、なんか違う感じがするの」
「違うって?友紀を好きじゃ無いってこと?」
「うーん、そこなんだよなぁ、それがわかんなくて・・・・」
「どういうこと?」
「好きだって言ってくれてるんだけど、どうもそんな気がしなくってさ・・・・」
「会ってくれないとか?」
「それは最近だけどね」
「その前から何かおかしい感じがするのね?」
「うん・・・・・・なんていうのかな・・・・実感が無いって言うか・・・・」
友紀は少し考えてから話し始めた。
「メールも良く来るし、行き帰りはいつも一緒なんだけど、その割には二人きりになると感じが違うの。最初、私も熱かったから全然気にならなかったんだけどね」
「いつから気がついたの?」
「先々週、彼の家・・かな?」
「したの?」
「うん」
「家の人はいないの?」
「うん、両親や弟は夜にならないと帰ってこないから」
「それで、どんな感じだったの?」
「うん・・・・・・言いにくいんだけど・・・・・なんか、ほかのことを考えてるような感じで、あんまり私のことを見てくれないって言うか・・・・、してもどこか本気じゃ無いって言うか・・・」
「気のせいってことは無い?」
「最初はそう思ったの。でも、やっぱりそうだった」
「本当?」
「うん、次の土曜日、一緒に勉強しようって言ったら断られたもん」
「次の日曜はまたテストでしょ?だからじゃないの?」
「ううん、違う。だって田中君はぎりぎりまで詰め込んだりしないもの。いつもきちんと時間を決めて勉強してるって言ってるし、実際その通りだから。だから自分だけの勉強のために彼女と会わないなんて変」
「そのあたりは友紀じゃ無いと分からないんだろうな。ま、そういうことにして、ってことは田中が会いたくないと思ってるってこと?」
「会いたくないって言うか、どっちかって言うと会うほどでは無いって言うか・・・・・」
「そんなに熱くないってことか・・・」
「そうなの。そんな感じなの」
「で、友紀は?」
「たぶん、私の方が今は熱いかな・・・。だって・・・」
友紀は次の言葉を飲み込んだ。『だって、田中がいなくなったらまたおじさまに戻りたくなる』とはとても言えない。あれほどの啖呵を切って菜摘に渡したのだ。もう戻れるはずが無い。慌てて言葉をごまかした。
「だって、あれで結構優しいところ、あるから。一緒にいると楽しいし」
菜摘はそう言う友紀の横顔を見ながら、覇気の無い顔だと思った。とても自分の恋を語っているとは思えない。
「ねぇ、友紀、でもそれって難しいんじゃ無い?」
「難しいって?」
「なんか心が通じてないって気がするもん。それだとお互いに気持ちがすれ違って辛くなるんじゃ無い?」
「やっぱりそうかなぁ。男の子って、好きな気持ちがあっても、そんなに好きじゃ無い子と一緒だと鬱陶しくなるのかなぁ?」
「それは・・・・・わかんない。でも、好きになってくれてるってのは感じるんだ」
「あることはあるの。それは間違いないの」
「麗華から情報を仕入れて見ようっか?」
「ううん、それはダメ。だって、周りには上手くいってるって言ってるらしいから」
「そうなの?」
「うん、土曜日のこと、断られた後で『これでも上手くいってるってことだろ?そう言ったって良いよな?』って言ってたもん」
「何でそんなことみんなに言うのよ」
「私だってそう思うわよ。私達のことなんだから他の人への報告なんて放っておけば良いじゃ無いって。でも、田中君としては私と上手くいってるって言いたいみたいなの」
「見栄?」
「かも・・・違うかも・・・・」
そう言っているうちに二人は駅に着いた。ここで別れなくてはいけない。友紀は思い切って菜摘に言った。
「それでさ、お願いがあるんだけどさ」
友紀は言いにくそうな感じで切り出してきた。もちろん菜摘には何を言いたいのか分かっている。
「絶対ダメ。ごめん」
「えっ?まだ何も・・・」
「パパはダメ。ただでさえ美菜がややこしいことにしてくれたのに、この上友紀なんて」
「お願いっ、菜摘と一緒で良いの。マックでもどこでも。それなら良いでしょ?」
友紀はすがるような目で菜摘を見つめた。
「ダメよ。パパに会ったら絶対友紀の心は動くし、そうしたらパパだって・・・どうなるかわかんないもん。パパだって友紀の話を真剣に聞くだろうし」
「お願い。このままじゃ不安で・・・・、ね?助けると思って」
「ダメ、良い?ダメよ。パパに相談するなんて絶対ダメ。私はいくらでも相談に乗るけど」
菜摘が余りに毅然と断ったので、友紀は呆然となった。しかし、菜摘がそう言う以上、無理強いはできない。
「・・・・・うん・・・・・分かった・・・・・ごめん、変なこと言って・・・・・。私って本当に馬鹿・・・・・・・ごめんね・・・・・・」
友紀は蚊の泣くような声でそう言うと、重そうな足取りで階段を上り始めた。残された菜摘が、
「元気を出して」
と声をかけると友紀が少し振り向いた。そして小さく頷くとまた上っていった。その時菜摘は友紀の頬に涙を見たような気がした。
さすがにその夜、菜摘の勉強は捗らなかった。机に向かって勉強を初めても、直ぐに友紀のことが頭に浮かんでしまう。菜摘は友紀が晃一を離れた理由を知っているが、菜摘から見れば、友紀の心の中には菜摘に対して身を引いた部分があると思っている。だから余計に気になるのだ。
しかし、ここで友紀を晃一に引き合わせればどうなるか予想できない。もし友紀が晃一の前で泣き崩れて甘えたいと言ったら晃一は拒絶できるだろうか?『たぶん無理。パパはそんなに冷たくないし、第一パパからすれば、友紀を好きだったのに突然フラれたんだから。私が離れた後にパパにはまだ私への気持ちが残っていたのと同じように、きっと友紀にだって残ってる。だからダメ、友紀には悪いけど。友紀だって分かってくれる・・・・・』
頭の中でそんな思いがぐるぐる回っていた。理屈は確かにその通りなのだが、いつまで経っても心がすっきりしない。どうしても涙を見せ合って心が通じ合ったと感じた時の会話が強く印象に残っていて毅然となれない。
『あー、このままじゃ勉強になんないじゃ無いのよ』菜摘は参考書を閉じると思い切って友紀にメールを打ち始めた。凄い勢いでメールを書いていくが、書いては消し、消しては書いて何度も内容を変えた。少しでもきちんと気持ちを伝えようとすると、どうしてもきつい内容になってしまう。しかし、今の友紀には包み込むような理解が必要なのだ。それが分かっていたので、結局簡単なメールを送った。
『さっきはああ言ったけど、やっぱりOK。パパにもちゃんと言っておく。私が友紀にしてあげられることがあって良かったよ』
すると、直ぐに友紀からかかって来た。
『菜摘・・・・・・』
「読んだでしょ?その通りよ」
『良いの?』
「あのね、こうでもしないと私の勉強が進まないの。だからそうしただけ。勉強の邪魔しないでね」
『ありがとう・・・・・・菜摘・・・・・』
「なんなんだかなぁ、そんなこと言われる筋合いなんて無いのに」
『ありがとう。それじゃ、おじさまに連絡しても良い?』
「もちろん。今日中に連絡しておくから」
『菜摘はいつが良いの?』
「私は行かない。行けばきっと嫌な子になるから。友紀が相談してる横でハラハラしながら睨むなんて嫌だもん。一人で相談して」
『そんな・・・私だけだなんて・・・・・・』
「その方が友紀だって正直に話せるでしょ?」
『それはそうかも知れないけど・・・・・』
「パパにきちんと話す自信ないの?」
『そうじゃ無いけど・・・・・・正直に言うと、ちょっと自信ないよ。菜摘、一緒にいてよ?』
「何言ってんの、自分のことくらい自分で言えなくてどうするのよ」
『・・・・・・・分かった』
「それじゃ、報告だけはちょうだいね。ずっと気にするの、やだから」
『うん。必ず』
菜摘は電話を切ると、ふぅ、と息をついた。とうとう言ってしまった。これでまた友紀は晃一に会うことになる。しかし、それでだいぶ気が楽になったのも確かだった。女の子は、自分の恋が一番で、恋を守るためにはほかを全て犠牲にできると言ったのは誰だったろう?ネットで読んだのだったか?とにかく、絶対自分にはできないと思った。
そして直ぐに晃一にメールを送った。『パパは驚いてるかな?それとも、またか、って呆れてるかな?なんか、私のしてること、とっても中途半端・・・・』菜摘はそう思ったが、今はほかにどうして良いのかよく分からなかった。それでも、そう決めてしまったのだから仕方が無い。
心の支えが下りたからか、その後は順調に勉強が進んだ。
一方晃一は、夜遅くに来た菜摘のメールを翌日に読んだ。菜摘にしては長いメールだった。『パパ、一緒に旅行に行けてとっても嬉しかった。ちょっと疲れたけど、気持ちは元気いっぱいだからパパに褒めてもらえるようにがんばって勉強しています。でも、勉強しながらでも時々ホテルからの景色を思い出すと、また元気が出てきます。パパと一緒にいると、どうしてあんなに幸せになれるのかな?ちょっと不思議なくらい幸せ。それでね、お願いがあります。友紀が彼のことで相談に乗って欲しいそうです。とっても困ってるみたいなので相談に乗ってあげて下さい。それと、もう一人、美菜って言う子が話を聞いて欲しいそうです。お願いばかりでごめんなさい 菜摘』しかし、晃一は困ってしまった。今週は接待もあるし、全体的に仕事が忙しい。
しかし、菜摘からの依頼をむげに断るわけにも行かないので、とりあえず様子を見ることにした。
すると、翌日の昼に友紀からメールが来ていた。
『おじさま、こんにちは。お元気ですか?菜摘から連絡があったと思いますが、相談したいことがあるので少し会ってもらえませんか? 友紀』陽気な友紀にしては元気の無いメールだと思った。しかし、いくら菜摘の頼みとは言え、仕事を放り出すわけには行かない。結局、友紀とメールのやりとりをした挙げ句、明日の夜に会うことになったが、時間は9時過ぎになってしまった。