第169部



「直ぐにOKしなかったんだ」
「そう、ちょっと迷ったの。だって、告られた直ぐにOKって変でしょ?」
「どうして?告ってるんだから直ぐに返事するべきだと思うけど?」
「そう?直ぐにOKって、なんか、待ってましたーって感じじゃ無い?」
「良いじゃ無いの。友紀ちゃんさえその気なら」
「それに、ちょっと不安もあったんだ。ちょっと頼りないかなって気がしたから」
「頼りない彼って嫌?」
「そう言われると困るけど、彼にはしっかりしていて欲しいって思うものでしょ?」
「そんなことは無いよ。頼りない彼氏が可愛いって子だっているよ」
「それはそうかも知れないけど・・・・」
「友紀ちゃん、どう?頼りない彼って?」
「そう改めて言われると・・・・・・そんなに嫌じゃ無いかも・・・・・でも、嫌じゃ無いだけだけど・・・・でも、それが良いってほどじゃ無い・・・・」
「それじゃ、どうしてOKしたの?」
「それは・・・・・」
友紀はちょっと考えた。菜摘とのことを言うべきだろうか?しかし、今の晃一は真剣に自分のことを考えてくれている。それならちゃんと話した方が良いに決まっている。友紀はそう思うと、晃一に話し始めた。
「あのね、菜摘が絡んでるの」
「菜摘ちゃんが?」
「そう、彼に告られて、直ぐにはOKしなかったんだけど、その時彼と喫茶店に行ったの。そうしたら菜摘が一人でいたの」
「菜摘ちゃんが一人で?」
「おかしいでしょ?絶対。一人で行くとこじゃ無いもん」
「そうだよね。女の子だったら普通友達と行くはずだよね」
「それで、菜摘に声をかけたらおじさまと由佳の話になって・・・」
友紀は、自分から話を振ったことは黙っていた。
「由佳ちゃん?」
晃一はドキッとした。
「そう、由佳をおじさまに紹介したのは麗華でしょ?」
「そうだよ」
「やっぱりね」
「うん、相談に乗ってあげて欲しいって言われたんだ」
「それ、菜摘に言わなかったでしょう?」
「うん、ちょっと考えたんだけど、その時は菜摘ちゃんはまだ・・・・」
「そういうとこ、おじさまってダメよね」
「どうして?」
「だって、それを口実にすれば菜摘とも会えるし、菜摘と仲直りできたかも知れないじゃ無いの。きっとおじさまが話をすれば、菜摘だって乗ってきたはずよ。その時はもう気持ちが決まっていたんだから」
「そう言うもんなの?だって、その時はまだ菜摘ちゃんの気持ちが分かってなかったし・・・」
「それはそうよね」
「だから、もし聞くとしたら菜摘ちゃんじゃ無くて友紀ちゃんになってたんじゃ無いかな?」
そう言われて友紀はちょっと胸が熱くなった。しかし、そんな友紀の変化に気づかない晃一は言葉を続けた。
「あ、でも確かにそのちょっと前に菜摘ちゃんに突然呼び出されて、小さなマスコットを買ってあげたんだった」
「なに?そんなことがあったの?それで?」
「それだけ、突然呼び出されて小さなものが欲しいって言われて、マスコットを買ってお終い。話しかける隙も無かったよ。会ってから別れるまで1時間くらいじゃなかったかな?」
「それなら尚のこと」
「う〜ん、たぶん、あの時話をしても菜摘ちゃんはOKしなかったんじゃないかな?」
「そう?・・・・・そうね・・・・・・・そうかも・・・・・・」
友紀は、たぶんその時、菜摘は既に勉強を頑張る決意をしていたのだと気がついた。そして、それを察してくれる晃一が菜摘の傍にいることを羨ましいと思った。自分から決めて離れていったとは言え、やはり残念な気持ちになるのは仕方ない。
「どうしたの?」
友紀が黙ってしまったので晃一が声をかけた。
「うん・・・・ちょっとね・・・・・あの頃のことは・・・・・」
「あの頃って、ちょっと前だよ」
「わかってるわよ、そんなこと」
急に言葉の調子がきつくなったので、晃一は少し驚いた。今まで良い感じで大人しく話をしていたのに、突然様子が変わってしまったのだ。
「友紀ちゃん、もしかして、何か気に障ることを言った?」
その言い方が更に友紀の気に障った。菜摘の気持ちはあんなにも察してくれるのに、自分の気持ちは全然分かってくれない。
「別に・・・・・」
憮然とした友紀に、晃一は完全に地雷を踏んでしまったことを悟った。
「あの・・・・気に障ることを言ったんだね。ごめんね」
晃一はちゃんとすまないと思って謝ったのだが、それが更に友紀の感に障った。
「そんなこと思ってないくせに」
友紀は、晃一がその場を収めようと思って本心からでも無いのに形だけ謝ったと思ったのだ。そしてそれは、友紀が晃一の他人であることを宣言されたような気になって悲しくなった。
晃一はなんと言って良いか分からずに黙ってしまった。
「・・・・・・・」
しかし、それは更に友紀を怒らせた。
「思ってないんでしょ?だったら何で謝るの?」
「・・・・・ごめん・・・・」
「だから、何で謝るのよ」
「分からないけど、きっと友紀ちゃんの気を悪くすることを言っちゃったと思ったから・・・」
「そうやってその場を取り繕うなんてサイテー」
「・・・・・本当にごめんなさい」
「そうやって口先だけで謝ったってダメよ」
「口先だけじゃ無いよ」
「そう?」
友紀は冷たく言い放った。そして、自分だけ幸せを独占している菜摘にちょっとだけ意地悪をしてやりたくなった。今までいつも自分ばかり損をしてきたのだから、少しくらいわがままをしても良いような気がした。
「友紀ちゃん・・・・」
晃一は完全に言葉を失った。いくら考えても言葉が出てこない。
「おじさま、それじゃぁ、私のお願いを聞いて?」
友紀は意地悪な子が突然優しくなったような不自然な笑顔で話し始めた。
「え?なに?」
「明日、もう一回会って欲しいの。いいでしょ?」
その言い方には有無を言わせないものがあった。
「・・・うん・・・・・・」
「5時にあの駅の前で」
「5時はダメだよ。まだ仕事の時間中だから」
「それじゃ5時半、良いでしょ?」
晃一は素早く時間を計算した。明日は会議が続くので残業して書類を揃えるつもりだったが、どうやらその時間が無くなるようだ。それならその前に揃えるしか無い。
「分かったよ」
「良いわね、約束したわよ」
「うん。5時半に駅の前だね」
「そうよ」
「どこか、行きたいところはある?」
晃一は、もしかして友紀がマンションに行きたいと言わないかと思って確かめようとした。
「あるけど、今は言わない」
友紀の方は、今言えば断られるかも知れないと思ったので言わなかった。
「そう・・・・分かった。それじゃ、その時」
「菜摘には相談しても良いって言われてるから」
友紀は改めて菜摘の許可を得ていることを宣言した。
「わかってるよ」
「お腹、減らしておくからね」
「うん、わかった」
「良かった。それじゃ、また明日ね。今日はおじさまと会えて良かった。少し気持ちが楽になったの。ありがと」
そう言って友紀は席を立つことを伝えた。
そのまま二人は駅で別れて家路についた。友紀は最初、菜摘にちょっとした意地悪ができると思って有頂天だった。もちろん、明日は外でお寿司でも食べさせて貰ってから晃一のマンションに行くつもりだった。抱かれるつもりは無かったが、少し迫ってみて晃一が戸惑う様子を見ようと思ったのだ。そしてそれを聞いた菜摘がどう思うか、楽しみだった。
そして、同時に菜摘にもう一つの借りを返す必要があることに気がついた。英語の成績だ。本来なら菜摘よりもずっと成績が上のはずなのに前回は差を縮められてしまったので、引き離しておく必要がある。それができて初めて完全な勝利となるのだ。
だから友紀は帰ってから遅くなるまで英語の勉強をした。ただ、勉強を初めて直ぐに今まで勉強をサボっていた分、かなり自分の英語力が下がってしまっていることを再確認させられる羽目になった。しかし、それに気がついたのが自分一人だけの時で良かったと思い直し、更に気合いを入れた。3時近くまで頑張ったが、時々菜摘が落ち込むのを想像してニヤッと笑った。
友紀が英語の勉強をしているとき、晃一は会社で仕事をしていた。明日の朝、早く出てくるくらいなら今のうちにやっておいた方が良いと思ったのだ。そして、晃一が家に帰ったのも3時近かった。
翌日、今度は友紀が菜摘を避けていた。上手く避けたつもりだったが、放課後になった途端、菜摘に掴まった。
「友紀、一緒に帰ろ」
菜摘は相変わらず元気だが、今日の友紀にはそれが鬱陶しい。しかし、敢えて取り繕った。
「うん」
ここで友紀は作戦を変えた。後で菜摘が知るなら、今でも同じ事だ。
「菜摘、今日、おじさまに会うの」
「あ、そう・・なんだ・・・」
「ありがとうね、菜摘。おじさまに彼のこと、相談したいから」
その言い方に菜摘はちょっと不自然さを感じた。既に昨日、晃一から貰ったメールで今日も会うことを知っていた。菜摘は自分から晃一にお願いしたことなので、二日連続だろうと友紀が晃一に会うことは問題ないと思っていたし、駅の階段での友紀の悲しそうな顔を思い出すとそれを敢えて話題にするつもりは無かった。しかし、何か変だ。
「パパに相談して、何とかなりそう?」
「うん、すっごくなってる。やっぱりおじさまは違うわ」
その明るい言い方に、更に不自然なものを感じた。恋愛で悩んでいる子が相談したとして、こんなに明るくなれるものだろうか?
「それなら良いけど。よく相談してね」
「ありがとう。そうする」
友紀は平然と答えながら『ええ、そうさせて貰いますとも。たっぷり、じっくりとね』と心の中で思った。
菜摘はその言葉を聞き流した。ここで心配するくらいなら晃一に会うことを許した意味が無いからだ。そして話題を変えた。
「それでさ、美菜のことなんだけど」
「美菜?なにかあったの?」
「ううんまだ」
「そう・・・・・」
「美菜ってさ、きっとパパの好みだと思うの」
友紀は『そんなことか』と呆れた。『今は目の前にいる私のことを心配すれば良いのに』と思った。
「でもね、美菜が好みじゃ無い男って、滅多にいないと思うよ」
「そうよね・・・・・・」
「それは、たぶん菜摘の方がプロポーションは良いと思うけどさ」
「そんなこと言ったって」
『そうよ、何にも意味ないわよね。そんなこと言ったってさ。おじさまが美菜を気に入れば』
「まだ何も始まってないんだから心配しても仕方ないんじゃ無い?美菜が何かしないと考えようが無いでしょ?」
「それはそうだけど・・・・」
菜摘は今日の友紀の言い方がどうも気になった。いつもならもっと菜摘の気持ちに添った言い方をしてくれるのに、今日は突っ放した感じでしか話してくれない。たぶん、彼とのことで頭がいっぱいなのだろうと思った。
『でも、せっかく相談してくれたんだったら、もう少し何か言ってあげないとね。私のことを心配させるのは後のお楽しみと言うことにして、とりあえず美菜を褒めておくか。これって一種の陽動作戦てやつね』
「美菜ってああ見えて、結構シビアに男を見てるみたいなのよね。経験が多いからかなぁ。ねぇ、美菜って彼としたって話は何回か聞いたことあるけど、感想って聞いたこと、ある?」
「感想?」
「うん、美菜ってあんまり感じたこと無いらしいんだ。どっかでチラッと聞いたことあるんだけど、しちゃっても美菜はあんまり感じないんだって」
「そうなの・・・・・・」
「そう、だからさ、もし美菜がおじさまに・・・・・」
菜摘の顔色がさっと変わった。
『ほう、やっと気がついたんだ。後一押ししておこう』
「そう、気がついた?美菜はそんな気が無いって言ってたし、麗華もそう言ってたけど、麗華が後押ししたって事はさ・・・・」
「分かったから言わないで」
「うん、そうしとく」
『残念、もう一言くらい言ってあんたの反応を見たかったのに。ま、良いか、これでとりあえず私のこと所じゃ無いわね』
「美菜ってそうだったんだ・・・・・知らなかった」
『そりゃ、あんたの情報網じゃ手に入らない話だものね。せいぜい心配なさい』
「本当かどうかは分からないけどね」
「ううん、絶対本当。こういう話で友紀の話、外したことないもの」
『それじゃ、私はおじさまの所に行かせて貰うからね』
「もしかしたら間違ってるかも知れないけどね。でも、美菜が急におじさまの所に行くって話になったのには、きっと裏があるよ。それも菜摘が一泊旅行に出かけて、私が帰った後にいきなり美菜って絶対変だと思うの。偶然にしては重なりすぎよ。また何か分かったら教えるから」
「うん、お願い」
「それじゃ、私は行くわ。菜摘、感謝してる、ありがと」
一つ目の駅で友紀が降りると、菜摘はしばらく考えていた。しかし、迷ったときには友達を信じるべきだと思った。この前のことでそれがよく分かった。だから菜摘は心の中に溜まっている思いを晃一にメールで送った。
高校生が少しくらい話をしてから帰ったとしても、5時まで半には時間がある。友紀は少しの間、コンビニのテーブルで英語の勉強をしていた。そして少しでも頭に新しいことが入る度に菜摘との差が開いていく気がして気持ち良かった。
そして約束の10分前にはしっかりと駅前で待っていた。彼氏のいる身ではあったが、正直に言うと少し浮き浮きしている。友紀は、早く晃一が現れないかとあちこちを見渡しながら待っていた。しかし、いくら見渡しても晃一は現れない。時間を見ると既に約束の時間を過ぎていた。時間をきっちりと守る晃一にしては珍しい、と言うか友紀にとっては晃一が遅れるなど初めてだった。
『おじさま、きっと仕事が忙しいんだな。でも、それで時間を作ってくれたんだから感謝しなきゃ』と思っていると、晃一が歩いてくるのを見つけた。
「おじさま、遅かったよ」
「ごめんね、ちょっと遅れちゃって・・・」
時間を見ると4分ほど過ぎている。
「それじゃぁ、ご飯に連れてって」
「何を食べたいの?」
「お寿司かな?」
「それじゃぁ、ちょっとタクシーに乗っても良い?」
「うんっ」
友紀は久しぶりに乗るタクシーに喜び、『おじさまの秘密の店とかに連れてってくれるのかな?』と心を躍らせた。ただ、タクシーはそんなに遠くまで行ったわけでは無く、ほんの数分走っただけで止まった。