第172部



「もしかして、きわどい服でも着ていくつもり?」
「まさか、おじさまには制服が一番なんだってさ。ただ、スカートくらいは上げるかな」
「美菜は足が綺麗だもんねぇ・・・・」
友紀が褒めると美菜はちょっと嬉しくなった。
「そう、胸がない分、足で勝負って所かな」
そう言って美菜は笑った。美菜は自分の胸が小さいというコンプレックスを持っている。菜摘のように少し小さめ、と言うのでは無く、ブラジャーのパットが必須で、それでもまだ他の子より小さい。
「でもさ、美菜くらい可愛かったら胸なんて気にならないんじゃ無いの?服を脱ぐなら話は別かも知れないけど、どうせ最初の引っかけだけでしょ?釣り師としてのさ」
友紀は上手に美菜の話を発展させた。実はここからが友紀が美菜の所に来た本当の目的だった。
「そうよ。もちろん触らせたりするもんですか。いくら今彼がいないって言っても、おじさまになんて絶対無理。その気ゼロだから」
「それじゃ、おじさまが色目を使ったとか、ちょっとスカートを覗いたとか、肩を抱こうとしたとか、そんなのを報告するつもり?」
「そう言われると・・・・・・。でも、真面目な話、そうなるかも」
「それってなんか美菜が・・・・・」
「そうねぇ・・・・・、まるで電車の中みたいで、真面目に報告してるこっちが惨めになりそう」
「でも、隣に座っちゃダメよ。いつの間にか乗せられて感じさせられるから」
「そんなことは無いよ。でも、ご忠告ありがとうね。良く覚えておくから。それに、どんな報告をするのかを考えながら釣ってみるわ」
「おじさまといえども美菜にはかなわないでしょうね、きっと」
友紀は美菜を持ち上げた。友紀がそんなことを言うのは初めてだったので、美菜はちょっと不思議に思ったが、それでも嬉しかった。
「でもさ、そう言う話になったとしたら、あんたや菜摘って惨めにならない?」
ちょっと得意げに言ってみる。
「ううん、おじさまだってただのオトコだったって事だから別に問題ないわよ」
「そう?」
美菜は嬉しそうに言った。いつの間にか、美菜は『晃一が美菜を口説こうとするか試してみる』のでは無く、『晃一に口説かせてから断る』つもりになっていった。
そんな話をしてから二人は別れた。
そしてお昼休みになると、菜摘が友紀の所に来た。もちろん、昨日の様子を聞くためなのは明らかだ。ただ、友紀は菜摘の様子がちょっと暗いような気がしたが、それは菜摘が心配しているせいだろうと思った。
「菜摘、ありがとうね。だいぶ気が楽になった」
「そうなんだ・・・・」
「うん、思い切っておじさまに相談して良かった。それでね、最初にお寿司屋さんに連れて行ってもらったの。すぅっごく美味しかったなぁ」
「そうなの?」
「そうそう、ちょっとって言うか、だいぶ得しちゃった。高校生の彼じゃ、無理だもん」
「私だって1回しか連れて行ってもらってないのに」
「そうだったの・・・。まぁ、北海道に連れてってもらったんだから良いじゃ無い」
「友紀だって神戸に連れてってもらったくせに」
「まぁまぁ、あれだって菜摘のお下がりじゃ無い。それに菜摘はこれからいくらでもチャンスがあるでしょ?」
「そりゃそうかも知れないけど・・・・・・」
菜摘はまだ不満のようだったが、友紀はさっさと話を進めることにした。
「それでね、ご飯食べてからおじさまの部屋に行って話を聞いて貰ったんだけど、おじさまは私が心配するようなことは無いんじゃ無いかって言うの」
「そうなの?」
菜摘はちょっと意外だった。友紀から話を聞いた限りでは友紀の彼は友紀から気持ちが離れているような気がしていたからだ。だからこそ菜摘は友紀が晃一に会うのを心配したのだ。
「うん、でもね、そう言われてみると思い当たる節があってさ」
「節って?」
「うん、それで家に帰ってから電話を止めてみたの」
「そんなことしたら・・・・・」
「そう思うでしょ?ありがと。心配してくれて。でもね、そうしたら向こうから電話がかかってきたのよ。凄いでしょ」
友紀の話を聞きながら菜摘は友紀の様子に安心した。どう見てもやましい気持ちなど友紀にありそうも無い。菜摘は本当に友紀と晃一の間には何も無かったんだと確信した。実は昨日、晃一が友紀に会う直前に菜摘は晃一に電話していた。少し話が長引いたために晃一は約束の時間に遅れたのだ。『なんのためにあんな思いまでしてパパに電話したのよ』菜摘は自分がピエロになった気分だった。
「それで、ちゃんと私の気持ちを彼に伝えたの。そうしたら、何となくちょっとだけ元に戻った気がした」
「ちょっとだけってどういうこと?」
「うん、直ぐには元通りにならないのは分かってるから。でも、それで良いの」
「ふうん、そうなんだ」
菜摘はちょっと引っかかる気がしたが、それで友紀が納得しているのなら菜摘から言うことは無い。
「そう、ねぇ、もしかして心配した?」
友紀はからかうように菜摘に言った。
「え・・まぁ・・・それは・・・・ちょっとは・・・・・・」
菜摘はしどろもどろになっている。
「ちょっとだけなの???本当に???」
友紀は更に楽しそうに追い詰めた。
「・・・・・・・・ううん・・・・・もっと」
菜摘は堪らずに正直に白状した。
「もっとって?????」
「もう許してよぉ。良いじゃ無いの、それくらい心配したって」
「そうね、でもね、私、最初からそんな気無かったんだよ」
「そうなんだ」
「うん、だって私、相談してるんだよ、彼のこと。それって気持ちがまだ彼にあるって事でしょ?それなのにおじさまと何かあると思う?」
「それは・・・・・・」
「だから心配するだけ無駄だったって事」
「本当?本当に本当?何にもそんな気持ち無かったって言える?」
菜摘は更に友紀に確認した。
「うん、大丈夫だよ」
友紀は直ぐにそう答えたが、実は心の中に引っかかりがあった。ちょっと後ろめたかった。だから少しだけ会話に間が空いた。
「それならいいけど・・・・・・・・」
「で、今朝も一緒に来たの」
「はいはい、おめでとうございます」
「うん、それに今日の朝はね、一緒に歩くだけじゃ無くて、今日は何となく自然に会話ができたの」
「それって惚気てるわけ?」
「良いじゃ無いの。久しぶりなんだからさ」
「それじゃ、今度の土曜日は?」
「ふふふぅん、どうなりますかね?まだ言わない」
「もしかして彼の部屋に行く?」
「だから言わないって言ったでしょ。でもさぁ、どうして私達、土曜も学校のあるこんな進学校に来たんだろうね。他の学校はみんな休みなのにさ」
「って言うことは、もし他の学校だったら土曜が休みだから朝から彼と一緒にいられるのに、ってそう言う事?」
「菜摘、鋭いね」
「ばっかじゃ無いの?そう言われれば誰だって分かるわよ」
「そう?それじゃぁ、教えるの止めちゃおうかなぁ???」
「何のこと?」
「美菜と話したんだ、今日」
友紀の言葉は菜摘を強力に引きつけた。
「嘘、どうだった?」
「うん、やっぱりその気満々だね」
「やっぱり・・・・」
友紀は自分からけしかけた部分があることは黙っていた。
「でも、私と一緒で心配することは無いと思うけどなぁ」
「そう?」
菜摘の言葉には信じられないと言ったニュアンスが含まれていた。菜摘は落とすと言ったら絶対落とす子だ。そして菜摘から見ると美菜はその気にさせるのが上手いと思っている。美菜がどうやるのかは分からないが、男の子からいつも仕掛けていくらしいのだ。
「でもね、今回のライバルは菜摘でしょ?さすがに美菜も考えたみたいで、ちょっとスカートを上げてくって言ってた」
菜摘だってそれが何を意味しているかくらいは分かる。
「それだけ?」
「当然、おじさまの前で足を組み替えたりして注意を引くんでしょうよ」
「でも、そんな事したってパパは・・・」
菜摘が直ぐそう答えたので、友紀はちょっと『あれっ』と思った。明らかに菜摘はそんなことをしても無駄だと確信している。確かに言われてみればそうかも知れない。そこで晃一が揺らぐようなら友紀との時だってそうなったはずだ。
「そうねぇ、やっぱりそれくらいじゃぁ無理かも知れないわねぇ」
「麗華みたいな子だったら・・・とは思ったりするけど、ボーイッシュな美菜じゃ」
「ううん、確かにそうだよね・・・」
「もしかして友紀、美菜とおじさまをどうやってその気にさせるか、相談してた?」
「そんなことしないよ。ちょっと美菜の作戦を聞き出して、ハラハラしながら心配してる菜摘に教えてあげようと思っただけ」
「そう、それなら嬉しいけど・・・・」
「でも、何となく美菜はおじさまがその気になるのが当たり前って思ってるみたいだけどね」
「それなら心配ないけどさ・・・・」
菜摘は平然と言い放った。しかし、友紀はどうして菜摘がそこまで自信を持てるのか不思議だった。
「それなら心配ない、か。凄い自信だね」
「だってさ、パパは友紀から離れて私の所に戻ってきてくれたんだよ?」
「なに、それ?」
「だって、友紀と上手くいってたのに、それを離れてひどい事した私の所にさ・・」
「何言ってんのよ、あんた、それはさ・・」
友紀は菜摘の感覚が自分と少しずれていることに気が付いた。
「あれは、元々おじさまが菜摘のことをずっと忘れていなくて、私はそれに気が付いたから離れたの。もしかしたら、おじさま自身菜摘を忘れようとしていたのかも知れないけど、それでも菜摘を思っていた、気持ちは結局変わらなかったってことでしょ?」
「それなら、パパは最初から気持ちが変わってないって事になるじゃ無いの」
「そういうことでしょ?」
「そんなことってある?」
「あるんでしょうね、だって現実に今、そうなってるでしょ?」
「そんなこと言われると・・・・・・私・・・・・パパのことは大好きだけど・・・そんなに思われるような子じゃ無いのに・・・・」
「それだけ思われてるのに不満なの?」
友紀は菜摘が余り喜ばないのが却って不思議だった。しかし、菜摘には分かっていた。また自分の心の中に晃一との恋愛にのめり込めない気持ちが芽生えてきているのだ。北海道の旅行から帰ってきて、ちゃんと勉強もしているし晃一に毎日メールも出しているが、旅行に行く前ほど強烈に会いたいという感情が湧いてこない。北海道のホテルで徹底的に愛されたことで気持ちが完全に満足しているのだ。旅行に行く前は晃一の気持ちを確かめたい、晃一に気持ちを伝えたい、と思っていたが、その目的が完全に達成されてしまったので今は正直、前ほどは会いたいと思わない。
「どうしたのよ・・・・黙り込んじゃって」
「ううん、不満じゃ無いんだけど、先週ほど気持ちが熱くなってないの。なんて言うか、今はそれほど会いたい気持ちが強くないし。会いたいのよ。会いたいんだけど、前ほどじゃないような・・・」
友紀は呆れてしまった。あれだけ大騒ぎをして晃一と再びくっついたのに、旅行から帰ってきたら気持ちが冷め始めているらしい。
「菜摘、そんな事じゃおじさまは美菜に遊ばれちゃうよ?いいの?」
「そんなこと言われても・・・・・」
「おじさまが皆を好きになったら嫌でしょう?」
「うん・・」
「それならちゃんとしなさいよ。しっかり捕まえておかないと」
「うん」
「美菜って結構年上に人気あるんだよ?話うまいし、甘え上手だからさ。みんなは大丈夫って言ってるけど、もし美菜が本気になったらどうするのよ」
「それは・・・・・・・」
友紀は菜摘がはっきりと『パパは私のもの』と言わないのが腹立たしかった。まったく、誰のために別れたと思っているのだろう?好きになったり気持ちが離れたりしない晃一の方がよっぽど気持ちが純粋だと思った。
「しっかりしなさいよ。このままじゃまた後悔するよ?」
「うん・・・・・・ありがと・・・・・・」
菜摘は自分で自分が情けなかった。晃一には会いたい。しかし、今の会いたいという気持ちは好きだからと言うよりは美菜に撮られないようにするためで、それさえも自分の気持ちの中では中途半端なのだ。
「菜摘ぃたらぁっ」
友紀ははっきりしない菜摘の態度にしびれを切らしている。
「明後日おじさまに会って、しっかりと甘えるんでしょ?それが楽しみなんでしょ?」
「うん、それはそう・・・・・」
「だったら、おじさまを取られないようにしなきゃいけないでしょ?」
「うん」
「土曜日のミーティングではっきり言ってやりなよ。『私の後でおじさまに会ったって無駄よ』ってさ」
「無駄って?」
「菜摘っ、そこであんたが?なの。もう、いい加減にしてよ。もう、おじさまが美菜の身体を抱いて夢中になったって知らないから」
その直接的な表現がやっと菜摘の気持ちを揺り動かした。
「それは嫌」
「だったら。だったらしっかりしなさい。おじさまに会ったら思い切り甘えないと」
「うん」
友紀に指摘されるまで、菜摘は晃一が美菜を好きになるなど考えたことが無かった。それは美菜自身が本気になるつもりなど無いことを明言していたからに他ならないが、考えてみれば予想外に美菜の方からその気になる可能性だってあるのだ。
「良い?もし美菜がちょっと仕掛けておじさまが全く乗ってこなかったらどうなると思う?」
「え?どうなるって・・・・・???」
「それを美菜がバカ正直に報告すると思う?」
「え・・・・・しないの・・・・・???」
「するわけ無いでしょ。それじゃ美菜がバカみたいに見えるじゃ無いの。あれだけはっきり言っといて釣り上げに行ってるんだから」
「それじゃ・・・・・・」
「そうよ。自分からおじさまの膝の上に載るくらいはするでしょうね」
「そんな・・・・・・・」
「そして、おじさまの手が美菜のスカートの中に入った時点で美菜の勝ち」
友紀はそう言ったが、菜摘はそんなことは心配していなかった。
「ううん、それなら良いけど・・・」
菜摘はその先を心配しているのだ。晃一がグループの中でどう思われようと菜摘には関係ないし興味も無い。だから美菜が仕掛けて晃一がそれに惑わされ、それをみんなに笑われたって菜摘にとってはどうでも良いし、正直、そうやって晃一の評判が落ちてくれれば誰も見向きもしなくなるのでちょうど良いくらいだ。しかし、晃一の気持ちが美菜に向くのは不味い。
「そうよ。そこで美菜が受け入れたらさ・・・・・」
友紀に言われて初めて菜摘はぞっとした。菜摘は自分と容姿が似ているし時々思い切ったことをするのも同じだ。ただ美菜の方が圧倒的に目立つし男子からの人気も高い。その理由の一つには美菜が自分でそうなるように努力しているというのは確かにある。
美菜が話しかけると、とても身近な話し方をするので男子は直ぐに自分に気があると思ってしまうらしいのだ。それはあくまで話し方であり、美菜の気持ちが向いているわけでも無いのだが、男子の方はどんどん積極的にアプローチするようになる。結果として美菜は釣り師と言われているのだ。ただ、その理由の一つには美菜が常に自分で努力している部分があるのをメンバーは知っている。男子同士の話題が出ても嫌がらないし、常に『教えて?』『そうなの?』と相手から言葉を引き出す話し方をすることで、美菜が横にいても男子に負担にならないようにしているし、男子同士が話をしている時に少しくらい美菜のことを放っておいても美菜は機嫌を悪くしたりしない。横にいても男子が疲れないように美菜自身が気をつけているのだ。