第173部



もし、その美菜が晃一の魅力に気が付いて本気になったらどうなってしまうのか?
「やっと分かってきた?」
友紀はやっと菜摘のスイッチが入ったことで少し安心した。
「うん・・・・」
「美菜自身、そう思ってないみたいだけど、美菜が今まで相手にしてきた男子とおじさまは全然違うでしょ?」
「うん」
「だから、美菜の方から本気になる可能性だって結構あると思うよ」
「・・・・そうね」
「おじさまだって簡単にその気にはならないだろうけど、今回は美菜がおじさまをその気にさせられるかどうかを見るって企画なんだから美菜からどんどん仕掛けるでしょ?その挙げ句に、例えば美菜がおじさまの膝の上に載るとか、もしかしたらおじさまの目の前で脱ぐぐらいするかも知れないわよ」
「まさか、そこまではいくら何でも・・・・」
「良い?おじさまが美菜の仕掛けに乗らなかったら恥をかくのは美菜なのよ?って事は、美菜はおじさまが乗ってくるまでどんどん仕掛けをエスカレートさせるって事、分かってる?いきなりおじさまの前で全部脱ぐことは無いかも知れないけど、スカートがめくれ上がるとか、制服のジッパーをちょっと下げることくらいするかも知れないよ」
「だって、どうしてそこまでしなくちゃいけないの?」
「美菜はプライドが高いのよ。男の視線が自分に向いてないと嫌なの。そのプライドの問題なんだから、今回は」
「良い?私の予想は5割。おじさまが美菜の仕掛けに乗って釣られてお終いが5割で、美菜が本気になるのが5割だからね」
菜摘はその予想に一瞬驚いたが、確かにもし美菜が晃一が乗ってくるまで次々に仕掛け続けるのであれば友紀の言うようにどちらかしか無いのかも知れない。今までは、美菜にちょっとくらい思わせぶりな態度を取られても晃一が揺らぐことはないと思っていた。『もっと真面目にどうなるか考えれば良かった』菜摘は心の底から後悔した。月曜日のミーティングでは、まだ満足感に満たされていたので晃一が美菜の仕掛けに乗るとは思えなかったから比較的簡単にOKしてしまった。しかし、その満足感が薄らいだ今となってはもう安心できない。
「でも、ちゃんと勉強してるし・・・・・」
そこで菜摘の本音が出た。
「どういうこと?」
「がんばって勉強して、成績が上がったからパパは褒めてくれたし・・・」
すかさず友紀が反論する。
「だからなんなのよ。それは菜摘、あんた自身の問題でしょ?私がおじさまから離れた時だって直ぐに行けば良かったのに成績がどうのこうのってさ。あんたは勉強して成績が上がったらおじさまが好きになってくれたとでも思ってるの?おじさまは菜摘が好きだから勉強をがんばったことを褒めてくれたの。勉強をがんばったから好きになったわけじゃ無いわ」
確かにそうだ。勉強の苦手な菜摘にとって、毎日しっかりと勉強するのはとても辛いことなので勉強さえしっかりやって成績を上げれば晃一が褒めてくれて好きでいてくれると思っているが、友紀の言うように、考えてみれば晃一にとって菜摘の成績なんて余り意味が無いのかも知れない。菜摘は自分がどうすれば良いのか分からなくなってきた。
「私、どうすれば・・・・」
「決まってるでしょ?おじさまに思い切り甘えなさい」
そこで友紀はグッと近寄って菜摘の耳元で囁いた。
「菜摘だからはっきり言うわよ。何度もいかせてもらって、おじさまを徹底的に満足させる事よ。おじさまは年が上だから一回終わったら直ぐにはできないでしょ?だったらおじさまができなくなるまでするしかないわよ。そうすれば仮におじさまが美菜に興味を持っても美菜と面倒なことにはならないだろうから」
友紀の指摘に菜摘は戦慄した。
「そうするしかないの?」
菜摘は小さな声で言った。
「高校生だとか社会人だとか言ったって、結局は男と女なんだから、他に何があるのよ」
「でも私、なんて言うか、今日会っても、今はおじさまにそこまでしてもらわなくても・・・って思って・・・はっきり言えば明後日会わなくたって気持ちは十分・・・・」
「あっきれた。上手くいったらまたおじさまと距離を置く訳?またおんなじこと繰り返すの?そうやって上手くいったら離れて、それで満足したら自分から離れて後悔してまたくっついて?あんた本当におじさまのこと好きなの?信じらんない」
菜摘は友紀がそこまではっきりと言ってくれる気持ちはありがたかった。しかし、自分の気持ちは今晃一に抱かれたいとは思っていないのだ。自然にそうなるなら仕方ないかも知れないが。何故だかは分からない。会いたいという気持ちはあるが今はそれほど強くない。それに、友紀に指摘されたから気持ちが変わるというものでも無いのだ。
黙り込んでしまった菜摘を見て、友紀は本当の問題は菜摘の心の中にあると確信した。しかし、ここで放り出すわけにも行かない。
「それじゃぁさ、延期できないかみんなに聞いてみようっか?」
「延期できるの?」
「分かんない。でも、菜摘の気持ちが乗ってこないんじゃ不利でしょ?菜摘の体調が良くないって事で延期できないか探りを入れてみるしかないかな?」
「友紀・・・・・・」
菜摘は友紀の気持ちが嬉しかった。きっと呆れられるだろうと思いながらも正直な気持ちを言ったのだが、それを知っても友紀は放り出さずに付き合ってくれる。それはとても嬉しいことだった。
「良い?麗華にはまだ言わないでね。私が回りから聞いてみるから」
「うん、ありがと」
「良いって事よ。でも、その分は貸しにしておくわ」
そう軽快に笑うと友紀は教室に戻っていった。
菜摘は友紀が友達で本当に幸せだと思った。自分のことに本当に本気になって一緒に考えてくれる。菜摘自身は自分のことについては思い切りが良い方だが、友紀ほど友達づきあいが多くない。それは多分、友紀の方が友達関係について思い切り良く力強いサポートをしてくれるからだと思っていた。
しかし、土曜日の放課後にミーティングに集まった友紀と菜摘は浮かない顔をしていた。友紀から探りを入れてもらったが、誰もみんな延期には否定的だったのだ。第一、延期する理由をはっきり言えないのだから仕方ない。
そして友紀と話をしてから後、菜摘は更に急激に体調を崩した。自分で自分の気持ちがはっきりしないことや、そのはっきりしない気持ちが嫌なこと、また同じ事の繰り返しになりそうなこと、等で菜摘の気持ちは大きく揺れており、それが体調を崩していた。今の菜摘ははっきり言ってフラフラだった。元々色白ではあったが、今は誰が見ても青白い顔で体調が悪そうなのは一目瞭然だった。
土曜の午後、集まったメンバーを前にいつものように麗華が口火を切った。
「今日のミーティングはちょっと早めに切り上げないといけないからさっさとやるよ。菜摘の大切な時間を取るのは可哀想だからな。だから話が終わったら自由時間だ。菜摘は行って良いよ。残りたい奴は残っても良いけどね」
友紀はチラッと菜摘を見た。どちらから言い出すか視線で相談しているのだ。さすがに友紀に言わせるわけには行かなかったので、菜摘が重い口を開いた。
「そのことなんだけど・・・・」
「ナツ、どうした?」
「延期してもらえない・・かな・・??」
「ほう、どうしてだい?」
「ちょっと体調が悪くて・・・・・・」
「風邪かい?」
「分かんない・・・・・でも・・・・パパの所に行ったら移しちゃうかも知れないし・・・・・」
「ほう?体調がねぇ。確かに調子悪そうだな。熱は?」
「朝、計ったらちょっとあった・・・・・」
「そうだろうな、その顔色じゃあな。辛そうなのは見れば分かるさ」
菜摘は思い頭で、もしかしたら延期してもらえるかも知れないと思った。友紀は何も言わずにじっと麗華を見つめている。
「それで美菜、あんたはどうだい?」
「私は・・・・・できれば延期したくない」
「どうして?延期できない理由は?」
「菜摘には菜摘の事情があると思うけど、私にだって。ちょっとだけど準備だってしたし。今更延期なんてさ。菜摘、どうしても無理なの?」
「ううん、どうしてもって訳じゃ無くて・・・・・」
菜摘がそこまで言った時に麗華が口を挟んだ。
「ナツだって早く結果を出した方が良いだろう?」
「え・・・・・」
「来週に延期すれば、また一週間心配することになるだろ?」
「それは・・・・そうだけど・・・・・」
「延期したら何かが変わるってもんでも無いんだしさ」
「うん・・・・・・」
菜摘は旗色が悪いことに気が付いた。
「それに、友紀があっちこっち延期の根回ししてたろ?私に内緒でさ」
友紀の顔色が変わった。地雷を踏んでしまったことに気が付いた。麗華は明らかにプライドを傷つけられたと思っている。聞いて回った時にもっとしっかりと口止めしておくべきだったかも知れない。ただ、もし口止めまでしてそれがばれたらどうなるか・・・・。
麗華が友紀と菜摘を見ながら言った。
「あんたたち、私たちに何か隠してるね?もしかしたら何か都合の悪いことが怒ったのかも知れないけど・・」
「それは菜摘の調子が悪いから・・」
「木曜日からかい?その日は菜摘、元気だったろう?」
「それは・・・・・」
友紀は黙り込んでしまった。
「何か事情があるのかも知れないが、そう言うことなら尚更さっさと終わらせてしまうべきだろ?そうすればもう悩む必要なんて無いんだから。ナツの体調が良くないのは見れば分かるよ。だったらおじさまに優しくして貰えば良いだけの話だ。美菜に迷惑を掛けるべきじゃ無いよ。そうだろ?」
そう言われてしまうと返す言葉が無い。その二人を見て麗華が決断を下した。
「よし、決まった。今日は予定通り。美菜は来週結果を報告、良いな?それじゃ解散。後は自由時間だ」
結論が出てしまった。菜摘は友紀は居残り組を置いて店を出た。店を出た途端に一気に身体が怠く重くなった。
「ごめんね。私、失敗しちゃってさ・・・・」
「ううん、仕方ないよ」
菜摘はぐったりとした様子で力なく言った。
「もっとしっかり口止めしておくべきだったかも」
「ダメ、もしそんな事したら、麗華に反省会開かれちゃうよ」
「そうか・・・・・だね・・・・」
友紀はそこまで言ってから菜摘の様子がかなり悪そうなことに気が付いた。ミーティングの時も菜摘はしゃべらなかったが、麗華の言うように顔色は悪いし表情は暗い。さっきも少しそう思ったが、日の当たるところで見ると顔色の悪さは想像以上だった。
「どうしたの菜摘、すごく悪いの?さっきも全然話さなかったし」
「うん、ちょっとね・・・・・」
「大丈夫?これからおじさまの所でしょ?」
友紀はちょっと茶化しながら言ったつもりだったが、菜摘は更に力なく言った。
「ちょっと今日は気持ち悪くて・・・・・吐きそう・・・・・・」
友紀は驚いた。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?風邪?」
「わかんない・・・・・」
「いつから?」
「昨日の夜くらいから・・・・」
実は、菜摘は昨日からストレスで完全に体調を崩していた。月曜日はまだ旅行の余韻が残っていて大丈夫だったのだが、火曜日辺りからまたあの癖が始まってしまったのだ。晃一に満たされている間は心から幸せで夢中になっているのに、晃一と離れると夢中になっていた自分が怖くなり何となく離れたくなってしまう。それは最初に菜摘が晃一から離れた時と同じだった。ただ、今回は前ほど夢中になっている自分が怖くは無いが、それでも晃一に会うのを躊躇ってしまう。
これでは友紀に言われたように、これではくっついって離れてを繰り返すだけで何も進歩が無いし、晃一と別れれば再び求めてしまうのは火を見るより明らかだ。だから一生懸命勉強して晃一の褒めてもらおうと思うのだが、どんどんそれが辛くなってくる。なんか、自分で自分の進む道を狭くしているような気がするのだ。
更にそこに友紀と美菜のことが菜摘に更にストレスを掛けた。本当に正直に言えば、友紀に晃一と会うことを許した時点で友紀と晃一の間に何か起きるかも知れないと思ったし、それでも仕方ないと思った。本当なら独占したいはずなのに、自分の気持ちが揺れていたので晃一に会うことを一度断ったのに結局許してしまった。菜摘自身、それが自分の気持ちの揺れであることは分かっていた。
そしてとどめが美菜だった。菜摘は美菜がこんなことをするとは思ってもいなかったし、たぶん晃一との間には何も起きないのではないかと思っていた。ただ、さっき美菜が結構本気になっていることを教えられてからは心配度が一気に増した。晃一に真剣にぶつかっていけば、きっと美菜は晃一の大人の優しさに気が付いてしまう。それが菜摘には怖かった。
「菜摘、でもさ、どう思う?美菜って結構面食いだよ?」
友紀はそう言って話題を変えた。
「美菜が今まで付き合った男って、だいたいかなりレベルの高いのばっかりだと思うんだ」
確かにそうかも知れない。菜摘は美菜が付き合っている相手を一度しか見たことは無いが、長身でさわやかな感じの一つ上の男子だった。
「そうかも・・・・よく分かんないけど・・・・」
「だから、もしかしたら美菜自身、おじさまに仕掛ける気にならないかも知れないじゃ無い?」
「それで美菜がみんなの前で恥をかくの?」
「やっぱりそれはないか・・・・・」
菜摘だってそのことを考えなかったわけでは無い。しかし、それは美菜に聞かないことにはわからない。
そんな心配の中で無理に勉強を続けていたのでしっかり眠れない夜が続き、身体がストレスで参ってしまったのだ。今日は学校に来ることはできた物の、全く授業が頭に入っていなかった。
「菜摘、マックででも休んでいく?」
「ううん、多分大丈夫だから」
菜摘はそう言っているが、どう見ても大丈夫には見えない。
「おじさまのとこまで付いていこうか?」
「ううん、一人で行ける。駅からはゆっくり歩いて行くから」
「そう?」
「私・・・・とにかく行ってくる。静かにしてれば何とかなるから」
「もう一度聞くけど、本当に本当にだいじょうぶ?」
菜摘は友紀が心配してくれているのが良く分かった。しかし身体が辛いのはどうしようも無い。
「分かんない。でも、パパは優しいから・・・・・。これから友紀はデートでしょ?」
「うん、今日はウチに来るんだ」
「そう?友紀の所なんて初めてなんじゃ無い?」
「うん、昨日、寝る前に一生懸命片付けたんだ。真夜中に親に静かにしろって怒られた」
「はは、・・・・・・友紀もがんばってね」
菜摘は無理に力なく笑った。
「うん、ありがと。菜摘も」
「うん」
それだけ話をすると、後は言葉が出てこなかった。菜摘は軽快な足取りで去って行く友紀を見送ると、暗澹たる気持ちで晃一のマンションに向かった。身体が重い。とても晃一に会っても抱かれるどころかまともに話もできそうに無かった。このまま断ってしまおうかとも思ったが、美菜のことが頭から離れない。そうやって迷いながらも心のどこかで晃一を求めており、菜摘の足が止まることは無かった。ただ、そんなに遠くは無い道のりが今日はとてつもなく遠く感じた。
 一方、晃一は菜摘がストレスで体調を崩していることなど全く知らず、菜摘を抱けるうれしさから前に一緒に行ったオーガニックのハンバーガーショップまで行って買い出しして気合い十分で待っていた。
ピンポーン
チャイムが鳴るとドアが開いた。晃一がドアを開けた。
「菜摘ちゃん、いらっしゃ・・・・」
晃一は菜摘の様子が尋常では無いことに直ぐに気が付いた。
「どうしたの??・・・・とにかく入って」
晃一は菜摘を招き入れると、リビングに導いた。いつもの菜摘だったら直ぐにシャワーを浴びるのだが、フラフラとは行ってきた菜摘はそれどころでは無いのは明らかだ。
「菜摘ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと・・・体調が悪くて・・・・・」
「そんな身体で来てくれたの?ありがとう。嬉しいよ」
「でも今日は・・・・・」
「とにかくちょっと休んだ方が良いね。その前にお腹は空いてる?一応前に一緒に行った店のハンバーガーを買ってきてあるけど?」
「ごめんなさい・・・・脂っこいのは・・・・」
「ううん、良いよ。とにかくちょっと休まなきゃね」
「このまま少し静かにしてればきっと・・・・・」
「何言ってるの。ちゃんとベッドで休んだ方が良いよ」
「大丈夫。このままでも静かにしてれば・・・」
「世話の焼ける子だなぁ」
そう言うと晃一はソファに力なく座っている菜摘を抱き上げてベッドルームに運んだ。抱き上げられた時に少し目眩がした。
「ごめんなさい」
「良いの。少し目をつぶっていてごらん」
晃一はそう言うと菜摘をベッドに下ろし、制服姿のままベッドカバーを掛けた。
「良いかい。じっとしてるんだよ。ちょっと薬局に行ってくるからね」
「薬なんて・・・」
「良いから。とにかく動いちゃダメだよ」
晃一はそう言うと、菜摘を部屋に残して外に出た。