第174部



駅前まで歩いた晃一は菜摘のために薬局で栄養ドリンクとビタミンドリンクを買った。本当なら高校生になど飲ませるものでは無いのかも知れないが、疲れている時には確実に効く。医者では無いので適当に薬を買って飲ませるのは無責任なような気がした。
更に少しコンビニで買い物をしてから晃一が戻ると、菜摘は晃一が部屋を出た時と全く同じ位置に同じ姿勢でじっとしていた。
「菜摘ちゃん、ただいま」
「・・・・パパ・・・」
「どう?少しは落ち着いた?」
「ちょっとだけ・・・・」
「起き上がれる?もう少ししてからの方が良いかな?」
「ごめんなさい・・・・・」
「ううん、気にしないで。喉が渇いたりしない?」
「・・・・・ちょっとだけ・・・・でもちょっと・・」
「分かった。待ってて」
晃一はそう言うと、キッチンに行ってなにかしてから直ぐに戻ってきた。手にオレンジジュースを持っている。
「オレンジジュースを薄めてきたんだ。そのままじゃ今の菜摘ちゃんには強すぎると思って。飲ませてあげるからちょっとだけ口を開けてごらん?」
菜摘は身体を起こそうとしたが、晃一が優しくそれをとどめた。
「大丈夫。起きなくて良いから」
そう言うと自分で一口含んでから菜摘に口づけをしてきた。言われたとおりにちょっとだけ口を開けると少しずつ流し込んでくれた。弱いながらも酸味があるのでとても飲み込みやすい。菜摘は晃一が与えるままに薄めたオレンジジュースを飲み込み、コップに半分近く飲んだ。
「それじゃ、ちょっとこのまま静かにしててね。もう少ししたらまた来るよ」
そう言うと晃一は部屋を出て行った。菜摘は晃一が出て行く姿を見送りながら、心から申し訳なく思った。きっと晃一は自分を抱きたくて仕方ないはずだ。それはドアを開けてくれた瞬間の嬉しそうな顔を思い出せば明らかだ。しかし、今はどうにもできない。
菜摘は晃一の思いに答えられなくて申し訳ないと思い、更に口移しでジュースを飲ませてくれた思いやりが嬉しかった。薄めてくれたおかげで口の中がべとついたりせず、飲み終わっても口の中がさっぱりしている。
菜摘はベッドで目をつぶりながら、晃一に会いたいと思わなかった自分を恥じた。『私って、普通の恋ができない女の子なの?』そんな思いが胸を突き刺す。しかし、安心できるベッドの上で静かにしていることで、菜摘の身体はやっと休息を欲し始めた。そしていつの間にか浅い眠りに入った。
ふと気が付くと、晃一が額の汗を拭いてくれていた。
「パパ・・・・・」
「あ、起こしちゃったね。ごめん。そのままじっとしてて。話さなくて良いから」
「大丈夫。さっきより楽になったから」
「そう、良かった」
「私、汗をかいてたの?」
「うん、きっと疲れが溜まってたんだよ。勉強のしすぎじゃ無いの?無理しなかった?」
その言葉は菜摘の心を激しく動揺させた。
「パパ・・・・・・がんばって、褒めて欲しくて・・・・・・・でも私・・・・」
そこから先は気持ちが渦巻いて言えなかった。
「そうか、やっぱりがんばったんだ。菜摘ちゃん、偉いね」
「違うの、私ががんばったのは・・・」
「どうしたの?」
「逃げてたの」
「勉強から?」
「ううん、パパを好きな気持ちから・・・」
「え?」
晃一にとっては意外な言葉だった。菜摘はまだ少し頭がぼうっとしていたが、晃一の気持ちに応えるためには正直に今の気持ちを話すべきだと思った。不思議と嫌われるかも知れないという怖さは感じなかった。
「私ね、またやっちゃったの。あのね・・・・・・、私・・・・・パパから離れたくなった・・・・また・・・・」
その言葉を聞いた晃一は、菜摘が何を言いたいのか何となく分かったような気がした。
「それで・・・・・勉強したら・・・・それをパパが褒めてくれるから・・・・・・それで十分だって思って・・・・・・」
晃一はそれを聞いて、菜摘をホテルの部屋で激しく愛しすぎたのだと思った。菜摘自身の気持ち以上に愛してしまい、それに夢中になって応えてくれた菜摘が本当の自分の気持ちとの間にギャップを生じたのだと思った。
実はこれは最初に菜摘が離れていった時に何となく思ったことだった。あの時は夢中で気が付かなかったが、最初に菜摘が離れていった時の菜摘の気持ちはもっと穏やかなものだったのかも知れない。そうだとすれば、責任は晃一にある。
「ちょっと無理にしすぎちゃったのかも知れないね」
「ううん・・・・・良いの。私だって幸せだったし・・・・本当にパパのこと大好きで・・・」
そこまで話した菜摘は少し息を乱した。一気に思い気持ちを吐き出したので気持ちが乱れたようだ。
「ちょっと待ってて」
そう言って晃一はドリンク剤を取り出した。
「これは薬じゃ無いから、身体が参った時には良いと思うんだ。ちょっと甘いからゆっくり飲んでね」
そう言って渡そうとしたが、
「パパ・・・・飲ませて・・・・さっきみたいに・・・」
と菜摘が言った。ただ、甘えているという感じでは無い。淡々とした感じだ。
「うん」
そう言うと晃一は再び口移しで菜摘の口にそっと注いだ。そして最後に再び薄めたオレンジジュースを飲ませた。
「このままもう少し静かにしているんだよ。また来るからね」
「うん、直ぐに来てね・・・・」
「分かったよ。少しだけ寝なさい」
「はい」
晃一が部屋を出て行った後、菜摘は心がとても穏やかになったことに気が付いた。美菜のことなどどうでも良いとさえ思えた。心が満たされると、こうも安心できるのだろうか?
だが、晃一は一つ大きなミスを犯した。ほとんど空きっ腹の菜摘にドリンク剤を飲ませたので成分は急速に身体に吸収された。そして菜摘が眠りに落ちた頃、菜摘の身体は急速に新陳代謝を加速させた。ドリンク剤とは端的に言えば身体を強制的に元気にさせる成分の入った飲み物だ。身体が元気になるために疲れを余り感じなくなるのだ。菜摘は浅く眠りながら大量に汗をかいた。
部屋の横を通りかかった晃一がそっと様子を伺うと、菜摘が寝苦しそうにもがいていた。晃一は自分の犯したミスに気が付いた。
部屋に入って再び菜摘の汗を拭いたが、既に汗だくになっている。
「ごめんね、菜摘ちゃん。高校生にドリンク剤なんてダメだったのかも知れない」
「大丈夫。暑いだけ」
晃一は心を決めた。
「それじゃ、良いかい、菜摘ちゃん。服を脱がせてあげる」
暑さにもがいていた菜摘がピタッと止まった。
「信じて。ね?お願いだから」
菜摘は一瞬迷ったが、承諾した。
「うん」
菜摘が頷くと、晃一は浴室から大きなバスタオルを持ってきて菜摘の隣に敷いた。そして、そっと菜摘の制服を脱がせ始めた。
制服とスカートを脱がせ、更に下着も脱がせてしまう。菜摘はじっと脱がされながら、とても恥ずかしかった。今まで晃一には何度も見せてきたはずなのに、こう言う状況で裸にされるのは全く違った感覚だった。
もちろん、全裸の菜摘の身体は綺麗だった。綺麗に盛り上がった乳房の上にはまだ尖っていない乳首が可愛らしく乗っており、綺麗にくびれた腰も、その先の茂みと僅かに覗いている秘唇も可愛らしかった。そしてスラリとした足も。
晃一は一糸まとわぬ姿になった菜摘の身体を丁寧にタオルで拭き、隣に敷いたバスタオルの上に移してその上にもう一枚大きなバスタオルを掛けた。
「美菜ちゃんが来るのは何時だっけ?」
突然美菜のことを言われて菜摘は現実に引き戻された。それでも、
「5時」
と答えると、
「まだ2時間ほどあるね。それなら下着は洗濯して乾かすよ。70分で終わるから」
と言って下着だけで無く制服まで持って行ってしまった。
最初は予想外の展開に驚いた菜摘だったが、晃一が出て行って考え直してみれば、晃一の質問は単に時間を確認しただけだと分かった。美菜の名前が急に出てきたので驚いてしまったが、晃一は何も菜摘の心配するようなことは考えていないようだった。
裸になってしまえば、もう暑くは無かった。ドリンク剤の効き目もあって身体のだるさは急速に薄れてきた。それから菜摘はまたすこし寝た。
しばらくして晃一が戻ってきた時、菜摘は自然に目を覚ました。今度は身体が元気になっているのが良く分かった。見ると晃一は制服も下着も持ってきている。どれも綺麗にたたんであった。
「どう?」
「パパ・・・・だいぶ楽になったみたい」
「よかった」
「ありがとう、パパ」
「ううん、菜摘ちゃんが元気になるのが一番嬉しいから」
「大夫からだが楽になったの」
「うん、でも今はまだドリンク剤が効いてるから疲れを感じなくなってるけど、家に帰ったらちゃんと身体を休めるんだよ。良いね?」
「はい」
「それじゃ、もう少し休むと良いよ」
「パパ、少し一緒にいて?」
「うん、いいよ」
「ねぇ、こっちに来て、抱いて」
そう言うと菜摘は少し身体をずらして晃一の場所を作った。
「うん」
晃一が服を着たままベッドに上がり、裸の菜摘をバスタオルごとそっと抱きしめた。
「タオルの上からじゃ嫌」
晃一はタオルの中に手を入れて菜摘をそっと抱き直した。
「パパも脱いで」
「えっ、でも・・・・」
「お願い」
「うん・・・・・」
晃一は違和感を感じながらもパンツ一枚になって菜摘を抱き直した。まさか菜摘がこの状況で晃一を求めてくるとはとうてい思えなかった。
「パパ・・・ありがとう。嬉しい・・・」
晃一の胸に頭をすり寄せて菜摘が言った。
「俺も嬉しいよ。菜摘ちゃんが元気になって」
「ねぇ、怒らないでね」
「え?うん・・・」
一瞬、菜摘が何を言いたいのか予測できなかった。
「怒らないで?ね?」
「うん、良いよ。言ってごらん」
「私、こうしてもらうのがとっても嬉しいの。でも、こうしていても今はパパにして欲しいと思えないの」
晃一は頭をガンと殴られたような気がした。気持ちは抱いて欲しいけど身体が言うことを聞かない、と言うのなら分かるが、全くその気にならないというのはショックだった。
「でも、本当にこうしてると嬉しいのよ。安心するし、暖かくて気持ち良いし」
「うん、良かった」
「ごめんなさい。でも、今はそれ以上の気持ちになれないの。パパのことは好きなのに。好きだからこうして抱いてもらっているのに・・・・。私って残酷ね」
そう話す菜摘の口調は淡々としたものだった。まるで自分のことでは無く、小説でも読んでいるかのような冷静な口調だった。それは晃一の心に冷たく響いたが、それでも晃一は菜摘の中にまだ自分を求める気持ちがあると信じたかった。
晃一は全裸の菜摘を優しく抱いたまま、菜摘は晃一の体温を肌で感じながら、しばらく全く動かなかった。
「もうすぐ5時になるよ」
やがて晃一がそう言うと、菜摘は自分でゆっくり起き上がった。そして晃一の用意してくれた服を着始めた。下着はもちろん綺麗に洗濯されていたが、制服も汗臭くは無く良い香りがした。どうやらデオドラントティッシュで丁寧に拭いてくれたらしい。スカートもそうだった。
晃一も起き上がって素早く服を着た。
菜摘は晃一の目の前で服装を整えると、
「キスして」
と言った。
晃一が菜摘を引き寄せると菜摘は静かに目をつぶって唇を求めてきた。そのまま唇が重なったが、晃一がそっと舌を入れても菜摘は反応しなかった。しかし、何度か繰り返すと最後には少しだけ舌を返してきた。
「どう?身体はまだ辛くない?」
「だいぶ良くなったみたい」
「一人で帰れる?タクシーを呼ぶ?」
「大丈夫。帰れる。今日もちゃんと勉強するの」
「偉いね」
「成績が上がったらパパ、また褒めてくれる?」
「もちろん」
「ありがとう、パパ」
そう言うと菜摘は帰っていった。
部屋に残された晃一は、これをどう考えるべきか混乱していた。多分、菜摘は今の自分の気持ちを正直に伝えただけなのだろう。それは分かっていた。しかし、それにしても、それを受け止めなくてはいけない晃一には辛い現実だった。
部屋を出た菜摘は、身体がとても楽になっていることに気が付いた。もう足が重くはないし、駅までの道のりも長くは感じない。これなら家に帰るのに何の心配もいらなかった。菜摘は部屋で横になっている間に考えていたことをメールで打ち始めた。しかし、打ち始めてみると長くなった。自分でも自分の気持ちを受け入れられないのだから晃一に説明するのは難しい。だから菜摘はなるべくわかりやすいように書いたつもりだったが、読み返してみるとまるで他人が書いたかのようなメールだった。
菜摘はそれからあちこちを直したりしたが、どうしても他人事のような感じは抜けなかった。