第177部



「結構気合い入れて食べてるね。お腹空いてた?」
「減ってた。それに、なんかこれ、夢中になっちゃうかも」
脂の強い濃いスープなので美菜はさすがに服を汚さないように慎重に食べている。今日の美菜は薄い水色のブラウスにタイトなミニスカートという軽快な格好だ。足に自信のある美菜らしいスタイルではある。
「チャーシューも美味しいね」
「うん」
美菜は真剣に食べたので、意外に簡単に食べてしまった。こんな細い女の子のどこにこれだけのラーメンが入るのかと思うくらいだ。
「ねぇ、おじさま?」
「ん?」
「もうだいぶお腹いっぱいだけど、あと少しだけ。だから替え玉って頼んで良い?一度やってみたかったの」
「もちろん良いよ。余ったら俺が食べるから。替え玉って茹でた麺を入れるだけだから、元のスープの味がしっかりしてないと替え玉を入れても美味しくないんだ。水っぽくなっちゃうから。ここは替え玉無料だって事は、かなりスープの味が濃いって事だね」
そう言うと晃一は美菜の分と自分の替え玉を頼んだ。替え玉は細麺なので直ぐに届いた。ただ、美菜は調子が狂ったのか、半分ほどしか食べなかったが。
「あれ?もう食べないの?」
「待ってる間にお腹がいっぱいになっちゃったみたいで」
「そうなの?直ぐに来たのに」
「ごめんなさい」
「いや、謝るようなことじゃないと思うけど。待ってる間にお腹がいっぱいになったんだから・・・」
そこで晃一は自分の分をさっさと食べると店を出た。
「どうだった?」
「うん、なんか後を引くって言うか、食べれば食べるほどって感じ」
「うん、美味しかったね」
「元の店の味と比べてどうだった?」
「うん、見かけは同じ感じだったけど、たれの味とかはだいぶ変わってた様な気がする。でも、俺の記憶もいい加減だから本当のことはわかんないけどね」
「うん、でもこんなラーメン初めて。それも、おじさまと食べたなんて信じられない」
「そりゃぁ、そうだよね。さっきあそこで会わなきゃ絶対にこんな事にならないと思うよ」
「そうね」
「さぁ、戻ろうか」
「あ、またタクシーなの」
「そりゃそうだよ」
「すっごい贅沢」
「高校生だからタクシーなんて乗らないか」
「お金持ちの子には乗る子もいるけど、それはやっぱり特別よ」
「そうだよね」
晃一は流しのタクシーを拾うとマンションの位置を告げた。それを横で聞いていた美菜はちょっと緊張したようだ。
しかし、元々自分から晃一を訪ねた位なので結構度胸が据わっているのか、マンションに着いて男性と二人でタクシーを降りても特に戸惑っているような感じはしなかった。
「さぁ、入って」
「おじゃましまぁす」
晃一はドアを開けると美菜を招き入れた。2回目なので美菜も堂々としている。靴を脱ぐと自分からリビングに入った。
「今お茶を入れるからね。こってりでしょっぱかったから喉が渇いたろう?」
「あ、ありがとう・・・・」
美菜は確かに喉が渇いていたが、一人用のソファに座るといよいよという感じがして緊張で飲み物を飲むどころでは無かった。昨日からどうも予想外のことが立て続けに起こったのでどうして良いのか自分でもよく分からない部分がある。最初の予想外は晃一が美菜の足に興味を示さなかったこと、次は菜摘が体調不良で寝込んでいたこと、その次は自分から相談してみる気になったこと、そしてそれに対して菜摘からの返事はあっさりしていてとても割り込まないように警戒しているという感じでは無かったこと、そして最後には今日、晃一と出会ってラーメンを食べたことだ。
そこで美菜は、まずこのことから相談してみることにした。
「おじさま、どうしてここに来ると予想できないことばっかり起こるの?」
「なんのこと?」
「だって、昨日はおじさま、私に全然興味を示さなかったでしょ?」
「そんなこと無いよ。ちゃんと話、聞いてたよ」
「そうじゃなくて、私の足に・・・」
「綺麗な足だね」
「うん、ありがとう。それだけ?」
「え?とっても綺麗な足だなって思って・・・・」
美菜は晃一の自分への興味のレベルがその程度だと知ってちょっとがっかりしたが、頭を切り換えて答えた。
「でも、話はしっかりと聞いてくれたのは嬉しかった」
「良かった。そう言ってくれて」
「でも、もっと私の足、見るかと思ったのに」
「そんな失礼なことできないよ」
「やっぱり大人なんだ」
「男子生徒とかはもっと見るの?」
「普段はそうでも無いけど、付き合ったりした男子と二人になったりすると凄いの」
美菜はできるだけ自然に言ったつもりだったが、ちょっとだけ得意だった。しかし、それも次の言葉で砕け散った。
「俺はどっちかって言うと、足よりは胸に興味があるけどね」
「そんな・・・・」
美菜は自然に自分の胸を見下ろし、そっと両手で覆った。その仕草から、晃一にも美菜は足に自信を持っていて胸には持っていないことが分かった。
「余計なこと言ったかな・・・。美菜ちゃんは足を見られるのが嫌なの?」
「嫌って言うか・・・・・・」
「それじゃ胸は?」
「いや、絶対」
「どうしてそんなに嫌がるの?」
「だって、見れば分かるでしょ?私、胸ないもん」
「そうなんだ」
「そうなんだ、って、見て分からないの?」
「分からないよ。昨日、今日は制服とブラウスだけど、ぴったりしたのならまだしも、それだけゆったりしてれば服の中なんて全然想像できないよ」
「嘘ばっかり言って」
美菜はちょっと不機嫌になってきた。美菜の中ではこの胸の大きさを推定しない男性など存在しないのだ。推定して、そしてランク付けされる、視線が胸に止まった途端に落胆が目に出る。それが堪らなく嫌だった。
「そんなに怒った顔しないで」
「怒ったんじゃない。気分が悪くなっただけ。それなら顔にだって出るでしょ?」
美菜は明らかに怒っていた。晃一は何故美菜が怒るのか、今一歩よく分からなかった。
「美菜ちゃん、怒ってる、じゃなくて気分が悪くなったときに言うのもなんだけど、本当に考えてなかったよ。信じられないって言うなら仕方ないけどね。美菜ちゃんの周りはそう言う男の子ばっかりなのかも知れないから」
「私の周りだけ特別に変なオトコばっかり集まってるって言うの?」
美菜は鋭い目つきで睨み付けた。晃一は『何でこんな事になったんだ???』と思いながらもできるだけ誠実に話を続けた。
「だって、美菜ちゃんはそんなに可愛いから、男の子から寄ってくるんじゃ無いの?」
「まぁ、たいていは向こうから言ってくるけど・・・・・・。でも、それなら菜摘はどうなのよ。菜摘だって可愛いけど、おじさまと知り合うまでは何にも無かったんだから」
「それは、菜摘ちゃん自身にそれまでその気が無かったからじゃ無いのかな?」
「友紀と二人でサッカー部の子、追っかけてたの知ってるわよ」
「よくわかんないけど、知り合った頃の菜摘ちゃんは、どう見ても付き合い慣れてるって感じじゃ無かったよ」
「それ、私と比べてるの?」
「美菜ちゃんは少なくとも昨日、自分一人でここに来たし、その時に30分ほど話しただけで翌日に二人っきりで食事に付き合ってくれたよ。それってとっても勇気のいることだと思うけど、美菜ちゃんはしてくれただろ?ある程度自分に自信があって、いざというときにも自分を守る自身が無いとできなことだと思うよ」
「簡単に付き合うってこと?私のこと、尻軽って言いたいの?」
「あのね、いちいち怒らないで欲しいな。美菜ちゃんは菜摘ちゃんじゃ無い。それははっきりしてる。美菜ちゃんはもしかしたら菜摘ちゃんのことを気にしてるのかも知れないけど、菜摘ちゃん美菜ちゃんのこと、たぶん全然気にしてないよ。それだけでも大違いだろ?」
「それは・・・・そう・・・・・かも・・・・」
「それに菜摘ちゃんは足をわざと見せて挑発したりしないしね。どうして初対面でそんなことをしたのか分からないけど。それは正直に言えば、俺には余り楽しいことじゃないよ」
美菜は思わず言葉に詰まった。そして、晃一は実に効果的に言葉を使うと思った。
「それは・・・・・ごめんなさい・・・・」
やっと美菜が大人しくなった。実はそれで一番喜んだのは美菜自身だった。一度火がつくと自分でも抑えきれないところがあるのだ。たいていは次々と言葉を浴びせかける美菜が嫌になって言葉を投げつけていくか、それさえも言わずに単に去って行くか、そうなってしまうのだが、今回は違っていた。ちゃんと落ち着いた言い方で美菜を落ち着かせてくれたのだ。それは美菜にとって、とてもありがたいことだった。
「第一、美菜ちゃんは菜摘ちゃんと一緒じゃ無いんだから、そんなに比べる理由なんて無いだろう?男子の人気で言えば、きっと美菜ちゃんの方がずっとあるだろうしさ」
「うん、それは・・・そう・・・・だけど・・・」
「美菜ちゃんは告白を誘う力があるみたいだね、告らせるって言うのかな?」
「告らせる?」
「うん、早く告って自分の彼女にしたいって思わせてるって事。アピールが上手いんだよ。それは菜摘ちゃんは絶対にしないし、したいとも思わないだろうしね」
「そうかしら?」
「そうだと思うよ」
「・・・・・・・・・確かにね・・・・・私よりおじさまの方が菜摘のことをよく知ってるのね」
「ある意味、自分のことは他人の方がよく知ってたりするものさ」
「そうか・・・・・それは・・・・・そうかも・・・・・・・」
「どうしたの?」
「ううん、私のこと、おじさまの方がよく分かってるなって思ったの」
「そうかなぁ?」
「うん、もっと私のこと、想像してみて?」
「それじゃあね、図に乗らせて貰ってもう少し言うと、きっと美菜ちゃんは甘えたいんだと思うんだ」
最初美菜にはピンとこなかった。自分では甘えたいと思ったことなどあまりないからだ。
「誰に?」
「もちろん彼氏さ。彼と話す話題を結構セレクトしてない?」
美菜はドキッとした。確かにそうなのだ。基本的に美菜は相手の答えを想像しながら話をする。それは自然についた癖だった。
「どうしてそう思うの?」
美菜は努めて平静を装って聞き返した。
「甘えたい子って隙を見せているようで全然見せてないんだ。隙があるって思わせないと誰も告白してくれないけど、隙を見せると自分の弱さが出るからね。だから甘えたい子って信号を出しているのにオトコの方から誘いをかけた段階でシャットアウトしたりたりするんだよ。言われた通りにしてたんじゃ自分の好きにできないし、いつまで経っても相手次第だからね?甘えたいって言うのは相手に自分の話をもっともっと聞いてもらって自分のことを知って欲しいってことだけど、誰だって心の奥のことなんかそう簡単に話せるもんじゃ無い。だからそう甘えたいって信号を出してる子ってもっと気持ちの深いレベルではぴっちり隙なんか無いものなんだよ。よく甘え上手って言う子、いるだろ?そう言う子は、実際には心の中にしっかりと壁があって、彼氏の中の自分と本当の自分を分けてる子なんだよ。そこまで行かないのが甘えたい子ってこと。言い方が下手でわかりにくかったかも知れないけど・・・」
そんなことは無かった。美菜には何故かスッと理解できた。しかし、気分的に面白くは無い。
「もしかしてあたってるかも・・・・・ある程度は・・・」
「おう、それは凄い。占い師にだってなれるかも知れないなぁ」
「それじゃ、今日私がここに来た理由はわかります?」
「それを俺に聞くの?」
「そう、教えて?」
「自分で来ておいて『教えて』は無いと思うけどなぁ?」
「ねぇ、良いから教えて?」
「うーん、よくわかんないけど、話がしたかったから、じゃないの?」
「なんの?」
「それを聞く?そうだなぁ、友達のこと、とか・・・・・」
「まぁ、半分くらい当たりかな?」
「半分も当たれば凄いことだよね」
「そうかなぁ?誰でもそれくらいは思いつくと思うけど・・・」
「じゃぁ、美菜ちゃんは俺が美菜ちゃんのことをどう思っているか分かる?」
「そうねぇ・・・・・」
美菜は一度深呼吸をしてから答えた。
「菜摘ほど可愛くないけど、見かけはそこそこ良くて、ちょっと図々しい女の子、って感じかな?」
「まぁ、それも半分だね」
晃一はそう答えたが、美菜は周りが自分をどう見ているのか、かなり正確に知っていると思った。それはかなり凄いことだ。
「そうなの?それじゃ、本当のこと、教えて」
「菜摘ちゃんとは違うタイプの可愛らしい子で、もちろん見かけはOK。図々しいと言うよりは、どうして俺なんかに興味を持ってまた来たのか分からない不思議な女の子、ってとこだね」
「それ本音?」
「もちろん、絶対100%本当だよ。誓って本当。不思議には思ったけど図々しいとは思ってない」
「そうなんだ・・・・・そう思ってたんだ・・・・」
「え?何か問題でも?」
「別に・・・・・」
美菜は正直、ちょっとだけがっかりした。もっと自分に興味を持ってもらえたと期待していたのだ。今の晃一の言葉にはどう見ても美菜に対する好意は含まれていそうも無い。それは明らかに美菜の表情を硬くした。それを見た晃一は、自分の答えで美菜が何か悲しい思いをしたのだと感じた。それが何かは分からなかったが、もう少し気持ち的に寄り添うべきだと思った。
「言っておくけど、不思議な子って結構魅力的なものだよ。ミステリアスでもあるし、これから何が起こるのか楽しみって事でもあるしね。それが美菜ちゃんみたいに可愛らしい子なら尚のことさ」
「上手にフォローするのね」
美菜はそう言ったが、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
「うん、見かけの良い子って、みんなの注目を集める分、いろんな悩みがあるだろうと思うんだ。だから、そんな子と話ができるのはとってもラッキーだね」
「どうして悩みがあると思うの?」
「だって、外見はどうであれ、中身は普通の女の子だろ?本当なら好きな男の子と付き合いたいって思うだろうけど、みんなの注目が集まってれば彼氏との釣り合いだって考えないと他の女の子から何言われるかわかんないだろうから」
「よく知ってるのね」
「当たってる?」
「だいたいは・・・・・」
晃一は『よし』と思った。そろそろカードを切る頃だ。
「それじゃ、思い切って話してみない?俺にだったら話しても学校内に漏れることは無いよ」
美菜は考え込んだ。確かに、これ以上こんな話をしていても時間の無駄だ。相談したことがあるのなら早くするべきだ。そうは思うがなかなか切り出せるものでは無い。そこで、本題からはちょっと離れたことから話してみることにした。
「おじさまに教えて欲しいんだけど、どうして見かけの良い男子に信用できる人がいないの?」
「どういうこと?」
「見かけの良い男子って、図に乗るし嘘はつくし、自己中だし。もしかしたら私の周りにそう言う男子ばっかりなのかって思ったけど、実際はそうでも無いみたいなの。本当の事みたい。どうして?」
「いきなりハードル高い質問してくるなぁ」
「教えて」
「一応俺の意見を言うけど、その前に、俺の意見を確認したいから、差し支えの無い範囲で美菜ちゃんがそう思った体験を話してくれない?名前も年も必要ないよ。美菜ちゃんがどう思ったかが知りたいだけだから。話してもらえないかな?」
「そうねぇ、良いわ。話してあげる」
そう言うと美菜は自分の体験を話し始めた。