第178部



「私、この前までは結構男子と付き合ってたのよ。別れても直ぐに見つかったし。でも、最近はもう、なんか疲れちゃって。どの男子と付き合っても結局全部同じなんだもん。いっつも付き合い始めると最初は優しいのに、ちょっと経って、付き合って当たり前って感じになると我が儘になって話が食い違ってけんかして、それで何度かけんかしてから別れて、ってずっとこうなのよ?どうして?」
その美菜の言葉には疲れと悲しさとあきらめがたくさん入っていた。
「美菜ちゃんはどうしていつもそうなるのか、分からないの?」
「分かってれば繰り返したりしないわよ」
「そうだよね。その男子って、やっぱり格好いい人?」
「それは・・そうね・・・・・・」
「だいたい付き合った男子って、格好いい人が多い?」
「そう・・・・・・。それが拙いの?いけないこと?」
美菜は気色ばんで問い詰めようとした。
「まぁ、そう焦らずに・・・・・」
晃一はそう言ったが、正直なんと言って良いのか分からない。しかし、相談してくれた以上は全力で対応するべきだし、それが誠実さだと思った。しかし適切な言葉で伝えなければいけない。晃一はちょっと考え込んだ。
「ねぇ、教えてよ」
美菜は不安になって逆に質問してきた。心の中を見せているのに何も反応が返ってこないのはとても不安だ。もし笑われたりしたら、と思うとぞっとする。
「ちょっと待って・・・・・・・・」
「もっと話した方が良かったら・・・・」
「ううん、だいたい分かる。だから落ち着いて」
晃一はそう言うと、取り敢えず分かるところから明らかにしていこうと思った。
「まず、美菜ちゃんに聞きたいんだけど、どうしてかっこいい人ばっかりを選ぶの?」
「いけない?私だって格好いい人が好きだもん」
「良いとか悪いとか言ってるんじゃ無いよ。どうしてそう言う人を選ぶのか教えて欲しいんだ。他にもいろんな男子がいるだろうに。頭のいい人とか、ごく見た目はぱっとしないけど頭のいい人や優しい人とか」
「やっぱり格好いい人が良い、から。どうせ彼氏にするなら」
「そうか。その時って、格好いい人の中からどんな条件で選ぶ?格好いい人だって一人じゃ無いだろう?」
「そうね、私に興味を持ってくれて、優しい人・・・かな?」
晃一は至極当然だと思った。きっとどんな女の子だってそう思うものだろう。
「でも、美菜ちゃんは可愛いから、たいていの男子は可愛い美菜ちゃんに興味を持つんじゃ無い?」
「少しくらい興味持たれるのは分かってるわよ。でも、どうすれば良いって言うの?第一、男子が私に興味を持ってくれなきゃどうしようも無いじゃ無いの」
確かに本音を正直に話していると思った。
「確かにそうだね」
「そうなのよ。どうしろって言うのよ。私を見ている男子にテストでもすればいいの?」
「それはちょっと・・ね」
「でしょう?」
「それじゃ、相手の男子のことを考えてみようか。そう言う男子って、どんな環境にいる?」
「環境?」
「うん、学校ではどんな風な生活をしてる?」
「それは普通でしょ?」
「美菜ちゃんは可愛いからみんなの視線を浴びるよね。男子はどう?」
「そりゃ、格好良ければそういうことだってあるでしょうね」
「って事は、女子からの視線を浴びるって事?」
「そうなんじゃないの?」
「美菜ちゃんは、なかなか良い出会いが無いって言ってたけど、格好良い男子って彼女と長続きする?」
「どうかな?・・・・・・・・」
「そう言う男子の彼女って、やっぱり可愛い子が多いの?」
「ちょっと待って・・・・・・」
美菜は全力で頭をフル回転させた。今までそこまで考えたことなど無かった。
「そうかも・・・・」
「そうかもって?」
「いろいろだけど、全体的に見れば女の子は可愛い子が多いと思う」
「それじゃぁ、きっと格好良い男子も美菜ちゃんと同じ事考えてるのかも知れないね」
「それってどういうこと?やっぱり可愛い子が好きで、釣り合いとかも考えるって事?」
美菜は無意識に『釣り合い』という言葉を使った。晃一はそれに気づいたが何も言わなかった。
「そうじゃないのかな?」
「それで、やっぱり上手くいかなくなるって事?」
「そうなの?美菜ちゃんの場合はそう言ってたけど、格好良い男子ってやっぱり上手くいかなくなる場合が多い?」
「そうでも無い。ずっと続いてるのだってあるもん」
「その男子と続かない男子って何が違うの?」
「そう言われても・・・・・・」
「考えてごらんよ。何か見えてくるかも知れないから。自分で自分の事って結構分からないもんだけど、人のことはよく見えるものだよ」
美菜は更に考えた。いろんなカップルを知っているので共通項を探すのは大変だ。しかし、だんだん分かってきたことがあった。
「長く続くカップルって、結構地味かも」
「地味?見かけは良いんでしょ?」
「見かけは良くても、どっちも遊んでないし、生徒会とかやってたりするし、男子は真面目にスポーツとかしてる人が多いの」
そこまで答えて美菜はだんだん気持ちが重くなってきた。自分が別れた彼にはそんな男子は一人もいない。しかし、それには明確な理由があった。そう言う男子とは知り合う機会がほとんど無いのだ。そう言う男子は放課後は決まって何かすることがあるから話をすることさえできない。
「それじゃぁ、その長続きしているカップルの彼女には何か共通項がある?」
美菜は気持ちが重くなるのを我慢して更に考えてみた。
「うん・・・・大人しい子が多い・・・・・たぶん。もちろんそうで無い子もいるけど」
そう言ってから自分で後悔した。また自分には当てはまらない。美菜は黙り込んだ。
「どうする?もう少し考えてみる?大丈夫?」
美菜の様子が変わったので晃一はどうしようか迷っていた。これ以上続けると美菜が悲しむことになりそうだ。少し考えていたが、美菜は言った。
「うん、続けて」
美菜はこのチャンスしか無いと思った。ここで考えておかないと同じ事をまた繰り返すだろうし、それはもう嫌だったからだ。
「それじゃ、どうして長続きするカップルの彼女は大人しい子が多いんだと思う?」
「浮気しないから」
「ストレートだね。たぶんそうなんだろうね。大人しい子は派手に遊んでないから浮気しないって事かな?浮気の他には何か無いかな?」
そう言われても、もう簡単に共通項など出てこない。しかし美菜は必死になって考え続けた。しばらく考え込んで、そして出た答えは美菜自身にとって意外なものだった。
「頭が良いから、かも・・・」
「頭が良い、か。成績って事?」
「うん、成績の良い子が多いと思うの。すごく良い子はいないけど、結構良い子が多いかな」
「それじゃ、最後の質問。どうして大人しくて成績の良い彼女の彼氏は格好良い男子なんだと思う?」
「それは・・・・・・・・・・」
「たぶん、美菜ちゃんじゃ無いと分からないと思うんだ。いろんなカップルを見てるし、格好良い男子についてもよく知ってるからね。考えてごらんよ、急がなくて良いから」
そう言うと晃一は紅茶を入れ替えるために席を立った。
美菜は静かに考えた。こんな事は今までしたことが無かった。女子同士で話すときはこんな風に静かに考えることなど無い。
やがて紅茶を入れ替えた晃一が戻ってきたとき、美菜の表情は凍り付いていた。
「どう?わかった?」
「分かった・・・・・と思う」
「聞かせてくれる?」
「話したくない・・・・・んだけど・・・・・」
「一度言葉にした方が良いよ。せっかくここまで考えたんだから。もし、俺が聞かない方が良いのなら、自分で自分にメールを打ってごらん。席を外そうか?」
美菜は一瞬、そうして貰おうかと思ったが、即座に考え直した。
「ううん、大丈夫。話すから」
「それじゃ、ゆっくり話してごらん。時間がかかっても良いから」
「あのね、もしかしたら間違ってるかも知れないけど、私が分かったことを言うね。頭の良い女子と格好の良い男子のカップルが長続きするのは、女の子がそう言う男子を選んでいるからだと思うの」
それは晃一にとって意外な答えだった。
「最初から長続きさせようと思って、って事?」
「たぶん、そう」
「どういう風に選んでるのか分かる?」
「それはね・・・」
美菜は自分でたどり着いた恐ろしい結論を話し始めた。
「格好良い男子って、女の子に騒がれるからその気になれば直ぐに浮気ができるでしょ?だから真面目にスポーツや生徒会や何かをやってる男子じゃ無くて、あっちこっち遊び回ってる男子はその時点でアウト。彼女には選ばれない。で、女子はその中からあちこち手を回して選んだ男子に告るように仕向けてから、付き合い始めるんだけど、付き合い始めてからは女子の方がしっかり男子を捕まえてるの。少しくらい我が儘しても我慢してるし、女子の方がかなり頑張ってる。だから男子は逃げられないの。自分の我が儘を聞いてくれる彼女だし、もともとそんなに遊び回ったりできないから」
そこまで言ってから美菜は黙り込んだ。それなら長続きするはずだと思った。いや、長続きしない方がおかしい。ちゃんと自分の気持ちを通すところと我慢するところを心得ている。その中には麗華も入っていた。
「私、そんなのできない。大人しい子になんかなれない。私には無理って事なのね・・・。だって、そんなに深く考えて付き合った事なんて無いから。それに、私じゃきっと我慢なんてできないから。きっと直ぐにけんかになるし・・・」
そう言う美菜の目には涙が一杯浮かんできらきら輝いていた。
「そんな男子と知り合う機会なんてまず無いもの。私が見つけられるのは遊んでるのばっかり。私以外にも付き合ってる子がいたり、直ぐに他の子に移ったり・・・・、私にはそんな男子しか見えない。私、好きでこんな姿になったんじゃ無い。格好良い男子を選んじゃいけないの?私だって普通の子なのに」
とうとう美菜の目から涙が落ちた。
晃一は今の美菜に対して何もしてあげることが無かった。どうしようもできない。ただ、そこにじっとしていることしかできなかった。美菜がかわいそうだと思った。こんなに可愛い子でも彼氏に恵まれないらしい。美菜が言ったように自分の性格ではゴールにはたどり着けない場合もあるらしい。美菜はちょっと見には不自由などしそうに無いのに、世の中は不思議なものだと思った。
美菜は静かに泣いていた。ほとんど声を出さない。ただ、目を真っ赤にして涙を流しているだけだ。それは晃一に対する警戒心もあった。ここまで話して晃一にどう思われるかと思うと、必死になって泣きたい気持ちを抑えてしまう。いい人なのは分かっているが、まだ身近にいる人とは感じられないからだ。
晃一は何とかしてあげたいと思った。横で見ていてとても寂しそうに見える。
「美菜ちゃん、こっちに来る?肩を抱いていてあげようか?」
晃一はそれくらいしかしてあげられないと思った。しかし、美菜はたぶん来ないだろうとも思った。美菜はとても芯の強い子だ。よく知らない人でも良いからとにかく誰かに傍にいて欲しいというタイプでは無いと思った。
美菜は何も言わずじっと下を向いていた。きっとまだ泣いているのだろう。これ以上は声をかけない方が良い、静かにしていよう、と思った。
すると、2,3分ほどしてから美菜はゆっくりと立ち上がって、晃一の隣に座った。晃一はちょっと驚いたが、静かに肩に手を回してそっと引き寄せると抵抗せずに晃一に寄りかかって肩に頭を乗せてきた。そのまましばらくじっとしていたが、そっと方をなで、頭をなでても嫌がらないし、どうやらそれを受け入れているようだ。
『きっと美菜ちゃんも誰かに寄り添って欲しいんだな』と思い、そのままショートの髪を優しく撫でていると、少しずつ身体の力を抜いたらしく完全に晃一に寄りかかってきた。
「こうしていれば少しは落ち着くだろ?」
そう言うと美菜はごくわずかに頷いたような気がした。
しかし、そのまま少しすると今度は微かだがはっきりと泣き始めた。安心したので緊張の糸が切れたのかも知れない。『まぁ、こういうことはこの年頃の女の子にはありがちなんだろうな』と思い、髪だけで無く背中も優しく撫でてやる。すると、すすり泣きが少し大きくなったような気がした。
「だいじょうぶ?」
声をかけるが全く返事をしない。その代わりに鳴き声がはっきりと大きくなった。晃一はどうしようか迷ったが、こういうときは誰であろうと優しく包んで欲しいものだ。
「良いかい?変なことはしないから、身体の力を抜いてごらん。抱いてあげるから」
そう言うと美菜をそっと膝の上に引き倒して膝の上で抱いてやる。美菜は予想していたのか、全く抵抗しなかったし、静かに晃一の膝の上で仰向けに抱きしめられていた。
実はその時の美菜は、ほとんど無き終わっていた。女の子は泣いている自分を結構冷静に見つめているものだ。激しく泣いていても心は泣いている自分を受け入れているし、少しすれば泣き止むのを自分で知っている。だから泣いているからと言って弱みにつけ込むようなことをすると直ぐに拒絶されたりするのだ。
しかし、その時の美菜は晃一に抱きしめられるのを心の奥で少しドキドキしながら受け入れていた。もちろん、外見はまだ泣いているのだが、心は晃一に抱きしめられている自分を想像していた。『こんな風に抱いて貰ったのって、どれだけぶりだろう?子供の頃?小学生?わかんないな・・・』
ただ、晃一は何もしないことがはっきりと判っているので抱かれているというのはとても安心できるものだと思った。優しく腕に包まれて髪を撫でられ、背中をそっとさすられていると心が安らぐ。美菜は頬を何度か自然に晃一の胸に擦り付けるような仕草をしたが、そんなことをする自分自身がとても可愛いと思った。
『こんな風に優しくされるのってとっても気持ち良い。このままねちゃいそうかも。いつでもこうしてくれる人がいてくれれば良いのに・・』そう思いながら美菜は目を閉じて晃一の胸に抱かれていた。
「大丈夫。落ち着くまでこうしていて上げるから」
晃一はそう言ったが、美菜は何も言わなかった。しかし美菜は何も言わなくても良いと分かっていたのだ。じっとそれを受け入れていれば十分なのだ。
美菜を膝の上で横抱きにしている晃一は、美菜の身体がが菜摘よりも更に細いことを実感していた。美菜は自然に両手で胸をガードしているので胸の膨らみが大きいかどうかは抱いていても全く分からない。しかし、菜摘とほとんど身長が同じなのに菜摘より更に腰は一回り細いし幅も小さかった。そして、こうなって初めて晃一は美菜の足がとても綺麗で長いと言うことを実感した。菜摘はバランスの取れた綺麗な身体をしているが、美菜は更に細くて華奢な身体をしているのがよく分かった。髪から背中を撫でていると肩も背中も小さいのがよく分かる。
それから更に10分近く美菜を抱いて髪を撫でていただろうか、やがて美菜は目をぱっちりと開けて晃一を見上げた。既にだいぶ前に泣き止んでいる。
「落ち着いてきた?」
美菜はこっくりと頷いた。
「起き上がる?紅茶を入れ直そうか?」
そう言うと美菜はゆっくりと起き上がって晃一の隣に座った。
晃一は新しい紅茶を入れにキッチンに向かった。
「テレビでも点けたら?」
晃一がキッチンから声をかけると、テレビの音がキッチンまで流れてきた。しかし、気に入ったのが無かったのか、しばらくすると再び静かになってしまった。
「どうしたの?面白いの、無かった?」
晃一が紅茶を入れ直して美菜の前に置くと、
「ねぇ、さっき、私になんにもしようと思わなかったの?」
とまだ目が赤い美菜が聞いてきた。
「え、あ、あぁ・・・・まぁ・・・ね・・・・」
「どうして?しようと思えばできたでしょう?私はあんなんだったんだし」
美菜の口調は完全に元に戻っていた。
「かも知れないけど・・・・でもね・・・」
「私じゃ菜摘の代わりにはならない?」
「代わり?美菜ちゃんが?どうして?」
「ううん、・・なんでもない・・・・」
美菜は慌てて紅茶のカップを手に取った。少しの間美菜は黙っていたが、やがてちょっとずつ話し始めた。